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In-Depth ジョージ・ダニエルズ スプリングケース トゥールビヨンは、今季オークションの最も重要な腕時計になるだろう

今年11月、フィリップス(Phillips)が主催するオークションで、この時計を手に入れる門戸が開く。この重要なジョージ・ダニエルズの時計について知っておくべきことを紹介しよう。


数週間前に、フィリップスがBacs & Russoと共同で、ジュネーブ・ウォッチ・オークションXVIにジョージ・ダニエルズの特別な腕時計3本を11月に出品するというニュースをお届けした。

 この発表を見逃し、3本(!)のダニエルズ腕時計が1つのオークションで同時に並ぶと考え眉をひそめているのなら、驚くのは当然のことだ。ジョージ・ダニエルズの名を冠した腕時計は、それだけで驚くべきものであり、それゆえ、1シーズンに1~2本しかオークションに出品されることがないのだ。1回のオークションで3本も取り上げられるのは前代未聞である。

All three of the George Daniels watches available for sale at Phillips Geneva in November 2022.

2022年11月にフィリップス・ジュネーブでオークションに出品されるジョージ・ダニエルズの全3点、詳細はこちらImage, Phillips

 ジョージ・ダニエルズのアニバーサリーウォッチとミレニアムウォッチ(ともにYG製)が同じオークションに登場するのは、まさに初めてのことだ。この2本の腕時計は、ほとんどのカタログで注目の逸材となるが、どうしてか、それらが足元にも及ばない時計がある。ジュネーブ・ウォッチ・オークションの見出しを飾り、実質トップロットの時計だ。1992年に完成した伝説のスプリングケース トゥールビヨンは、その後10年以上にわたってダニエルズ自身の時計として忠実に務めを果たした。これまでオークションに登場したことはなく、私が聞いた噂では、数億円規模の記録的な落札結果は不可避なようだ。

 先週、ジュネーブ・ウォッチ・デイズの展示会に参加するためにスイスを訪れた際、フィリップスのブースに立ち寄って話を聞くことができた。そこではスプリングケース トゥールビヨンが展示されており、私はその時計を検査し、フィリップスウォッチ部門のヨーロッパ大陸および中東の責任者であるアレクサンドル・ゴトビ氏と会話し、その背景やジョージ・ダニエルズの腕からオーレル・バックスの壇上に登壇するまでの経緯について詳しく知ることができたのである。

ジョージ・ダニエルズ スプリングケース トゥールビヨン

もし、ジョージ・ダニエルズがこの時計に出合っていなかったら、今日の時計製造の風景は取り返しのつかないほど変わっていたことだろう。彼のアプローチは、完全に手仕事を中心としたものであり、後世に人間中心の時計製造という考えを伝える先駆者となった。アイリッシュ海の中間に位置するマン島の工房で、ダニエルズは伝統的な手動の機械を使って文字盤、ケース、ムーブメントを独りで製作し、その創意工夫によってコーアクシャル脱進機のような革新的な技術を開拓したのである。

 創業者や彼らの名に由来したメーカーの気まぐれや創造力に支えられた独立系時計メーカーやブランドの現状は、ダニエルズの作品に直接遡ることができる。しかし、その作品の数は驚くほど少ない。自伝『All In Good Time: Reflections Of A Watchmaker』の付録によると、ダニエルズは生涯で合計94個の時計を製作または共作したという。その内訳は、懐中時計23個、腕時計4本、ミレニアムシリーズ60本、3輪置時計2個、グラスホッパー・ロングクロックの改造版4個、クロノメーター1個だ。アニバーサリーシリーズを含めると(自伝の付録には記載されていないが)、その数は129個に跳ね上がる。

George Daniels Spring Case Tourbillon

 しかし、この数字は完全に正確なものではない。この数字に含まれる腕時計のほとんどは、ダニエルズの弟子であり、現在もマン島でダニエルズの仕事を引き継いでいるロジャー・スミスとのパートナーシップによって製作されたものだからである。60本のミレニアムウォッチ、35本のアニバーサリーウォッチ、そしてその他の2本の腕時計は、ダニエルズの指導と助言のもと、スミスの手によって製作されたものである。ダニエルズが完全に独力で製作した腕時計は、生涯で2本だけであった。

 まず1991年にフォーミニッツ トゥールビヨンが完成し、そのすぐ1年後、ダニエルズが66歳の時にスプリングケース トゥールビヨンが完成した。その出来栄えに満足したダニエルズは、この時計を自分専用の時計として採用し、10年以上彼の腕の上でその姿を見ることができたという。2000年代初頭に個人の手に渡ったこの時計は、フィリップスでの登場がオークションの世界でのデビューとなり、最高額の落札者の手に渡るのは初めてとなる。

 20年近く不世出を守ったこの時計が、ついに沈黙を破ったのだ。先日、ジュネーブ・ウォッチ・デイズのショーの初日にフィリップスのスイートルームに入ったとき、私はどう切り出したらいいのかわからなかった。そう、緊張していたのだ。普段、時計を見る前に緊張することはない。100万ドルのパテック フィリップやリシャール・ミルの時計を扱ったことがあるからだ。ポール・ニューマン所蔵の20億円のポール・ニューマン デイトナなど、記録的なヴィンテージウォッチにもルーペを通して何度も触れてきた。しかし、ジョージ・ダニエルズの個人的な作品の歴史と重要性を前にすると、それらはすべてどこか初歩的なものに感じられたのだ。

George Daniels Spring Case Tourbillon

 そこで私は、この時計を手に取って、精査するとき、その来歴をあえて無視するようにした。眼鏡をかけたダニエルズが私を見下ろして、彼の時計で一体何をしているのだろうというイメージを遮断する努力をしたのだ。そして、この時計と著名な時計師を切り離そうとした結果、この時計がいかに特別なものであるかに気づいたのだ。この時計は、まさに唯一無二の時計であるということに。

 スプリングケース トゥールビヨンは、一見するとごく普通のジョージ・ダニエルズの時計に見える(そんな時計があるのかどうか知らないが)。42mmのYG製腕時計は、アブラアン-ルイ・ブレゲの古き良き時代の美学を反映したダイヤルを備えている。ダイヤルには、時、分、秒、パワーリザーブがサブダイヤル毎に表示され、それぞれシルバートーンの繊細な手彫りギョーシェ模様(しかもそれぞれが異なるパターンの模様を持つギョーシェ彫り)のダイヤルを囲む立体的なゴールド無垢のフレームが特徴的だ。針はすべてケースと同じYG製で視認性が高く、特に時針と分針はシャープな槍型デザインになっている。それ以外の何があるかと思うほど衝撃的にシンプルな時計なのだ。

George Daniels Spring Case Tourbillon
George Daniels Spring Case Tourbillon

 この時計の名は体を表す。ケースは2つのパーツに分かれており、外側の滑らかな殻部分と、ダイヤルとムーブメントを収納する内側の丸い本体部分で構成されている。内側のミドルケースの底にはシンプルなカーブを描くスプリング、3時位置の外側にはヒンジが取り付けられている。9時位置にある小さなボタンを押すと、インナーケースが瞬時に跳ね上がり、半分ほど開いて時計の裏側が見える。この回転機構により、時計を腕から外すことなく、ケースバックのディスプレイに素早くアクセスすることができるのだ。

 ケースバックには、日付表示、曜日表示、そしてトゥールビヨンが見える開口部とともに、時計の表側と同様のシルバー地とギョーシェ模様が施されている。6時位置のトゥールビヨンには、よりスリムな初期バージョンのコーアクシャル脱進機、可変慣性モーメント式テンプ、ターミナルカーブを持つブレゲ式巻き上げ式ヒゲゼンマイなどが搭載されているという。リューズは12時位置にさりげなく配置され、ケースをより左右対称な外観に仕上げている。これらはすべて非常に高度な技術だが、表示の伝統的なエレガンスを損なうものではない。

「想像できますか?彼は独学で時計学を学んだのです」とフィリップス社幹部のゴトビ氏は言う。「ダニエルズには神秘性とロマンを感じますね。彼は自分でダイヤルを作り、針を作り、ケースを作り、そしてやはり目を楽しませるものを作るからです。彼の時計を見ると、人によっては野暮ったく感じるかもしれませんが、それは全てハンドメイドだからで、彼が装飾に走ったからというわけではないのです。彼は、自分のすることはすべて必要なことであり、派手さはなく、美しさの追求には興味がなかったのです。彼は、すべてが理に適ったものであることを望んだのです」。

 最近、別のコレクターの友人と話したとき、ダニエルズが製造した時計は、18世紀の時計師アブラアン-ルイ・ブレゲの先駆的な時計学的・美的開発の子孫であり、現在その名を受け継いだ時計メーカーよりもさらに近い存在だという考えを投げかけられた。スプリングケース トゥールビヨンは、限界を押し広げる技術的な時計製造と巧妙な“ジャンピング”ケースデザインと伝統的なダイヤルフォーマットとの組み合わせにより、時計製造において時空を超えて横断するダニエルズ独自の能力を示す素晴らしい遺産だと思うのだ。

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出品に至るまでの経緯

過去20年間、スプリングケース トゥールビヨンに関する公の議論はほとんど起こらなかった。私たちは、この腕時計が世界のどこかに存在していることは知っていたが、この腕時計の重要性をめぐる議論はほとんど俎上に載ることはなく、ほとんど無視されていたと言ってもよいだろう。結局、人は見えないところは、気にかけないのである。

 私は、この時計の調達はフィリップス社にとって世紀の大仕事だったに違いないと思っている。ダニエルズの腕時計が1本だけでなく、同じオークションの中で3本も手に入るなんて、これまた驚きだ。しかし、実はそれほど難しいことではなかった。すべては簡単な会話から始まったからである。

George Daniels Spring Case Tourbillon

 スプリングケース トゥールビヨンの現オーナー兼委託者である無名の人物が、数ヶ月前にフィリップスに電話をかけ、今度のセールで、ダニエルズ作品ではない時計を1本引き取ってもらえないか頼んできた。ゴトビ氏は、その人のコレクションにスプリングケース トゥールビヨンがあることを知っていたので、さりげなくその話を持ちかけることにした。

「私はその方に今がチャンスですよと言いました。プラチナのアニバーサリー00が200万ドルで売れたばかりだし、独立時計師の作品へのニーズはかつてないほど高まっているし、独立時計師とダニエルズについて学ぶ人もかつてないほど多いですから」とゴトビ氏は言う。「数日後、彼のアドバイザーのひとりと話していると、別のクライアントが立ち寄って、ジョージ・ダニエルズのミレニアムの売却を考えていると言ってきたのです。もちろん興味があることを伝えました」。

George Daniels Spring Case Tourbillon

Image, Phillips

 さらにその数日後、ゴトビ氏はジョージ・ダニエルズのアニバーサリーを所有する別の顧客と、ゴトビ氏が委託されたダニエルズ作品について話していた。「ジョージ・ダニエルの3本の腕時計が揃うというのは、基本的に今までなかったことなので、‘かなり面白い’と思ってくれたそうです。昨年、フィリップ・デュフォーF.P.ジュルヌのセットがありましたが、それと同じように、小規模なセットでもいいのではないかと思いました。何気ない会話や口コミで、ごく自然に話がまとまり、この3本を揃えることができたのです。このような素晴らしいセレクションを手に入れることができたことは、とてもエキサイティングで、身が引き締まる思いです。特にスプリングケース トゥールビヨンは市場に出たことがありませんからね」。

 スプリングケース トゥールビヨンは、フィリップスに到着するまで長い旅路にあった。ダニエルズの腕の上で10年の大半を過ごした後、ダニエルズの友人が彼にこの時計を売るように説得したと伝えられている。その友人は数年間この時計を所有していたが、最近になって別の個人コレクターに売却され、その人物がこの時計をフィリップスに委託することにしたのだ。この時計はこれまで一度も公に販売されたことがなく、ジョージ・ダニエルズの時計の最高峰として、独自の地位を確立している。

いくらで落札されるだろう-過去の実績は?

ジョージ・ダニエルズの作品に対するマーケットや関心は、かつてないほど高まっている。数ヶ月前にフィリップス・ニューヨークで238万9500ドル(約3億2130万円)という驚くべき価格で落札されたプラチナケースのジョージ・ダニエルズ アニバーサリー00を取り上げたゴトビ氏の読みは正しかった。同じセールで、2010年にジュルヌからジョージ・ダニエルズに贈られたF.P.ジュルヌ クロノメーター スヴランが、会場内の入札により148万2000ドル(約1億9945万円)で落札されている。また、もう少し遡った2021年12月には、1971年にダニエルズがイギリスの弁護士エドワード・ホーンビーのために製作したトゥールビヨン懐中時計がフィリップス・ニューヨークにて166万3500ドル(約1億9080万円)で落札されている。また、オンライン上のハイエンド二次市場の小売業者A Collected Manは、2020年に、ロジャー・スミスとのコラボレーションで制作したジョージ・ダニエルズ “ザ・ブルー”を100万ポンド(約1億3696万円)で販売した。

 しかし、これまでのオークションで最も高価なジョージ・ダニエルズの時計は、さらにさかのぼること2019年、クロノグラフ懐中時計として有名なスペーストラベラーズ ウォッチⅠがサザビーズにて460万ドル(当時の為替で約5億5300万円)で落札されており、ダニエルズの時計としても、英国時計全体としても過去最高額を記録した。

 では、スプリングケース トゥールビヨンは、それを超える可能性があるのだろうか?

George Daniels Four-Minute Tourbillon Wristwatch

ジョージ・ダニエルズ 4ミニッツ トゥールビヨンは、ダニエルズ自身が製作した唯一の腕時計として知られており、2012年11月にロンドンのサザビーズで行われた伝説のジョージ・ダニエルズ エステートセールの一部として、38万5250ポンド(約4856万円)で落札された。Image, Sotheby's

 オークションの落札を予想するのは難しいのが常だが、過去1年間のジョージ・ダニエルズのタイムピースのオークション結果の中で、ひとつのトレンドを切り出すと、スプリングケース トゥールビヨンが前例のない領域に向かっているのは間違いないだろう。

 エドワード・ホーンビーの懐中時計とジョージ・ダニエルズのアニバーサリー00の結果を見てみよう。懐中時計は、英国時計師の歴史の中でユニークな章を象徴する、ジョージ・ダニエルズのクリエーションの真骨頂であった。20世紀半ばから後半にかけての時計製造の過渡期において、歴史的に重要な作品である。150万ドル以上という価格も頷けるが、この懐中時計の出自を考えると、この結果は少し物足りなく思えて仕方がない。

George Daniels Anniversary 00

プラチナケースのジョージ・ダニエルズ アニバーサリー00は、2022年6月にフィリップス・ニューヨークにて238万9500ドルという破格の値段で落札された。Image: James K./@waitlisted

 さて、プラチナケースのジョージ・ダニエルズ アニバーサリー 00の238万9500ドルという結果と比べてみてほしい。たしかにこれは、ダイヤルに彼の名を冠し、彼が創造に貢献した美学を備えているという点では、ジョージ・ダニエルズの時計である。しかし、エドワード・ホーンビー懐中時計やスプリングケース トゥールビヨンのように、ダニエルズ自身の手で作られたものではない。オークションに出品されたアニバーサリー00は、ダニエルズが亡くなってから約10年後の2019年頃、ロジャー・スミスが完成させたものだからだ。

The 1971 George Daniels "Edward Hornby" Tourbillon that sold at Phillips

1971年のジョージ・ダニエルズ“エドワード・ホーンビー”トゥールビヨンは、2021年12月にフィリップス・ニューヨークにて166万3500ドルで落札された。Image: Phillips

FP Journe Gift To George Daniels

2010年にジュルヌがジョージ・ダニエルズに贈ったユニークなF.P.ジュルヌ クロノメーター・スヴランは、2022年6月にフィリップス・ニューヨークにて148万2000ドルで落札された。Image: James K./@waitlisted

 そう、オークションで懐中時計と腕時計の結果にある程度の価格差を予想するのは自然なことだ-結局のところ、腕にはどちらか一方しか(快適に)装着できないのだから-そして私は、アニバーサリー00が今なお湛える美しさと本来の価値を貶めるつもりはない。しかし、市場のトップで獲物を虎視眈々と狙う時計コレクターが、現在、さまざまな時計の歴史的な意義をどのように優先付けているのか、考えさせられる。

 最近のジョージ・ダニエルズのオークションでの結果を振り返ると、スプリングケース トゥールビヨンには、高騰を抑えるような障壁は、ほとんどないように思われる。この時計は腕時計であるため、できるだけ多くの愛好家に受け入れられるはずであり、完全にジョージ・ダニエルズの手による作品であり、彼が10年の大半を自分の腕につけておくことに決めた唯一の時計なのだから。

George Daniels Space Traveller II

ダニエルズ スペース トラベラー ポケットウォッチは、ジョージ・ダニエルズの時計としては史上最高額で、2017年9月にロンドンのサザビーズにて319万6250ポンド(約4億6174万円)を達成。

「私にとっては、本当に今まで見た中で最も美しい時計のひとつです-そして、私は多くの時計を見てきた人間です」とゴトビ氏は言う。「落札予想価格を見積もるのは、ほとんど不可能でした。当時、最も偉大な時計職人のひとりが製作し、身につけていた時計に、どのような見積もりを出せばいいのでしょうか。彼は生涯でたった2本の腕時計しか作っていないのですから!」

ジョージ・ダニエルズ スプリングケース トゥールビヨンは、100万スイスフラン(約1億4820万円)を超える落札予想価格となっている。

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フィリップス・ジュネーブ・ウォッチ・オークション:XVIは、2022年11月5日から6日にかけてジュネーブのラ・レゼルブで開催されます。オークションの詳細と入札登録は、フィリップスの公式Webサイトから。