キャラクターウォッチの歴史は古く、1902年に出版されたアメリカの漫画マスター・ブラウンの顔をダイヤルに描いた懐中時計が発見されている。そして1933年、インガソール社がミッキーマウスの腕を針としたキャラクターウォッチを開発。以降、キャラクターウォッチは、ダイヤルの飾りである静止画タイプとメカニズムに取り込んだアニメーションタイプとが次々と登場していく。それらの大半はチープなモデルであったが、1980年代以降、高級時計の表現手段としてさまざまなキャラクターとのコラボレーションが試みられるようになった。
オーデマ ピゲは2017年からマーベルと長期的なパートナシップを模索し、2021年、メゾン初のキャラクターウォッチを世に送り出した。それは静止画タイプでもアニメーションタイプでもなく、キャラクターを立体的なモニュメントとして設えダイヤルに配した、まったく新しい表現であった。2023年には、その第2弾が登場。そして今年誕生したオーデマ ピゲの3Dキャラクターウォッチでは、現代アーティストが生み出したキャラクターの世界観をメカニズムと融合させるという、新たな試みに挑んだ。
オーデマ ピゲが目指すのはより良いものを成し遂げ、まだ存在しないものを創ること。そのための手段のひとつが、伝統と前衛の共存であるという。伝統はメゾンに息づく。そして前衛は、さまざまなカルチャーとともにインスピレーションを与え合うことで新たな創造の領域を得てきた。
マーベルとの提携では、前述したようにそれまで存在しなかった3Dキャラクターウォッチが生み出された。それをさらに発展させるため、メゾンが新たなパートナーとして選んだのは、世界的な人気を誇る現代アーティスト、KAWSであった。そのコラボモデルとなる「ロイヤル オーク コンセプト トゥールビヨン “コンパニオン”」のダイヤルは、その名の通り彼の代表作であるコンパニオンの立体的なモニュメントで埋め尽くされている。
ミッキーマウスから着想を得たと言われる、顔をスカルに仕立て目を“××”としたキャラクターはフィギュアでも人気で、グラフィックとしてもさまざまなブランドで用いられてきた。その上半身をオーデマ ピゲはチタンを使って立体的に創り上げ、サファイアクリスタル風防に手を押し当てて、外側を好奇心いっぱいにのぞき込んでいるかのように配した。そしてその胴体の真ん中は丸く開口され、トゥールビヨンの動きを見せている。
これまでの2作のマーベルウォッチは1作目のブラックパンサーがフライングトゥールビヨン、2作目のスパイダーマンがトゥールビヨンであったが、いずれもキャラクターとは切り離され、関連性を強く主張していなかった。それが今回、胴体に組み込まれたのは、KAWSには“解剖シリーズ”という作品群があるから。つまり機械式時計の心臓部を、解剖されたコンパニオンの心臓に見立てたのだ。これは、KAWSの世界観とメカニズムとの幸福なマリアージュだと言えよう。
また過去2作のモニュメントと比べ、ペイントを最低限にしているのも新たな試みである。色は、ライトとダーク、2つのグレーのみ。そしてサテン仕上げとサンドブラスト加工によるコントラストの違いで立体感を際立たせ、コンパニオンのフォルムを純化してみせた。さらにケースも同じチタン製として異なる仕上げを組み合わせ、グレーのトーン・オン・トーンによる静謐な外観を創出している。
KAWSのクリエイティビティを全身で表現
キャラクターの純化はメカニズムでも図られた。ご覧のようにダイヤルを埋め尽くすコンパニオン上には、針がない。代わりにその外側で、分・時の各指標が回転するペリフェラル式時刻表示を、メゾンとして初採用したのだ。ムーブメントの縁に設置した遊星歯車を調速し、分・時の各指標が載ったリング状の歯車を回す仕組みは、ミステリーウォッチや今年各社から登場したセンタートゥールビヨンで試みられてきた。それを、時分針がキャラクターを邪魔しないために用いたのは、おそらく過去に例がない。
このモデルのために開発されたCal.2979は、ケースバック側の造作にも凝る。主輪列を覆うのは、ブラックPVDを施したティアドロップ型の立体的なブリッジ。これはKAWSのキャラクターたちのパデッド(詰め物)デザインからインスピレーションを得ているという。中央には約72時間のパワーリザーブをかなえる大型の香箱が鎮座し、そのラチェットホイール(角穴車)にも、KAWSを象徴する“×”が象られている。さらに香箱の上を小さく開口し、巻き戻りを防ぐクリックを見せているのも、ユニークである。
時計製作の世界に魅了されると同時に、オーデマ ピゲの職人たちの技術力が真に傑出した存在であることを知りました
– KAWS真のコラボレーションを実現したキャラクターウォッチ
前に述べた通り、KAWSは現代アートの範疇を大きく超えて、実に多岐に渡る製品・ブランドとコラボレーションをしてきた。スニーカーやTシャツ、バッグにマウンテンパーカー、香水のボトル、スマホケース、スケボーデッキなど。しかしメカニズムとの融和が図られたのは、今回が初である。開発期間も、過去のコラボレーション作品と比べ圧倒的に長かったという。
「このプロジェクトの実現にあたり、2年という時間をかけてオーデマ ピゲと仕事ができたことは素晴らしい経験でした」と、KAWSは振り返る。
1974年、ニュージャージー州で生まれたKAWSは、高校生だった10代の頃、タギング(グラフィティで壁などに自分の名前を残す行為)をはじめ、その際にKAWSとのタグを用いた。名前を残すのは、それがコミュニケーションの手段だったから。一方で時計は、人と時間とのコミュニケーションツールである。だからだろうか、KAWSは今回のプロジェクトを通じ、「時計製作の世界に魅了された」と語っている。同時に、
「オーデマ ピゲの職人たちの技術力が真に傑出した存在であるということを知りました。卓越した時計を100年以上にわたり造り続けているオーデマ ピゲの作品リストに、私の時計が名を連ねることを光栄に思います」
他社にもキャラクターウォッチは数多い。しかしその多くは、キャラクターをモチーフにしているに過ぎない。対して本作は、ただKAWSのキャラクターを引用するだけに留まらず、作品の世界観をさまざまな工夫で時計の内で外で表現してみせた。オーデマ ピゲにとってコラボレーションとは、インスピレーションを与え合うこと。KAWSとのタッグで、メゾンと創造的な世界との間に新たな橋が架けられた。
オーデマ ピゲによるキャラクターウォッチたち
立体的モニュメントという、キャラクターウォッチの新たな領域を開いたオーデマ ピゲとマーベルとのパートナーシップ締結がアナウンスされたのは、2021年3月のことだった。しかしプロジェクトは、2017年から極秘裏に進められていた。きっかけは、メゾンの前CEOフランソワ-アンリ・ベナミアスが、友人である俳優ドン・チードルに、「マーベルとの提携は、昔からの夢」と打ち明けたことだった。チードルは、その場でマーベルに電話をかけ、オーデマ ピゲとのミーテングを設定したのだ。
数あるマーベルのキャラクターの中から最初に選ばれたのは、ブラックパンサーだった。2021年4月に発表された「ロイヤル オーク コンセプト “ブラックパンサー” フライング トゥールビヨン」は、WG製のブラックパンサーの立体的なモニュメントを、フライングトゥールビヨンをまたぐように設置。その上で大型の針が時を刻む、力強い外観を創出している。ヒーローのスーツの質感はレーザーカットとハンドエングレービングで表現。さらにハンドペインティングでリアルな陰影のコントランストが描きされた。キャラクターを工芸技術を駆使して、立体的なモニュメントすることで高級時計へと昇華する。キャラクターウォッチの新時代を開いた、これはまさに金字塔である。
マーベルとの提携のニュースは、実は時計ファンの間で賛否が議論された。キャラクターウォッチは、チープなトイウォッチとのイメージが強かったからだ。そんなネガティブな声をブラックパンサーは吹き飛ばし、250本が即完売。期待が大きく膨らんだ第2弾では、マーベルのキャラクターの中でももっとも人気が高いスパイダーマンが登場した。
その「ロイヤル オーク コンセプト トゥールビヨン “スパイダーマン”」は、ダイヤルから飛び出さんばかりに、蜘蛛の巣を発射せんとするスパイダーマンの姿が、実に印象的だ。このモニュメントはWG製で、塊から職人の手で1つずつ彫り出され、スーツの模様まで繊細にエングレービングされている。この彫刻と手作業による塗装には、計50時間以上を要するという。
搭載するCal.2974は、既存のCal.2948のスケルトン仕様。残されたフレームの間から、スパイダーマンは裏蓋側へ足を突き出している。そのブーツの底のパターンまでメゾンの職人はエングレービングしてみせた。
精緻な工芸技術を注いだ2つの3Dキャラクターウォッチは、それぞれ仕様が異なるユニークピースも製作され、オークションにかけられた。その落札で得たお金は、すべて世界各地の恵まれない家庭の若者たちに均等な教育の機会を与えることに使われる。
ドバイで開催されたスパイダーマンのユニークピースオークションでオーデマ ピゲは、「2025年には新たなキャラクターとのコラボモデルの登場を約束します」と、力強く宣言。どのキャラクターとどんな新しい表現でコラボレーションするのか、ファンの想像と期待は膨らむばかりだ。
Words:Norio Takagi