Watches & Wonders 2024のショパールのブースでは、雪に覆われたアルプスのパノラマに寄り添うように新作が展示されていた。それは、手つかずの大自然こそがメゾンの職人たちのインスピレーションの源であるとのメッセージである。優れた手業を持つ彼らは、ムーブメントや外装に美を織り成す工匠、すなわちアルチザンと呼ぶのがふさわしい。
今年の新作は、例年以上に高級自社製ムーブメントを搭載したL.U.Cコレクションに注力された。ブリッジに施されたくっきりとしたコート・ド・ジュネーブが、指先で触れると凹凸をほぼ感じないほどに加工が浅いのは、伝統的な手仕上げの証にほかならない。エッジの幅の広い面取りも手仕事ならではであり、鏡面状の仕上がりも完璧である。ミニッツリピーターやジャンピングアワーといったコンプリケーションは、まさにアルチザンの高い技術力なくしては決して生み出せない。外装においても、どのモデルも入念な手仕上げが隅々にまで行き届いている。
ショパールの腕時計は、優秀なアルチザンたちの手によって精巧さと美が融和を果たすことができるのだ。
エシカルな独自のスティールを用いた新L.U.C
Watches & Wonders 2024のブースでアルプスを主題としたのは、この豊かな大自然を未来に残すとの決意の表れでもあった。それを象徴するひとつが、時計産業に加え医療・航空宇宙・自動車産業から廃棄されるステンレススティールを原材料の80%以上に用いる、独自のルーセントスティール™である。2019年、アルパイン イーグル誕生に伴い導入された独自のアップサイクル素材は、昨年末に全SSモデルへの採用がかなえられた。
今年L.U.Cコレクションから登場したふたつの2針+スモールセコンドモデルのケースは、いずれもルーセントスティール™製であった。均質性に優れた結晶微細構造を持ち、かつ不純物の混合がきわめて低いためホワイトゴールドのような白い輝きを放つ独自のSSは、高級時計のケース素材としてまさにふさわしい。
ふたつのルーセントスティール™ 製L.U.Cは、いずれもマイクロローター式の薄型自動巻きCal.L.U.C 96系を搭載するが、ケースサイズもダイヤルデザインも異なる。さらにサンバーストとサテンで仕上げ分けたシルバーダイヤルのL.U.C カリテ フルリエは、その名のとおり、スイスの公的時計規格のなかで最も合格が難しいとされるカリテ フルリエ認定モデルであることが一番の違いだ。
同規格は、フルリエに工房を持つショパール、パルミジャーニ・フルリエ、ボヴェの主導により2001年に制定された。COSC認定クロノメーター取得のムーブメントであることを大前提とし、さらに高温、低温、湿潤、磁場にさらすなどのテストを実施。続いてケーシングしてストラップまで付けた、製品と同じ状態での耐磁・耐衝撃・防水テストなどを経て、最終的に歯磨きや食事など日常の腕の動きを再現するマシンに取り付け24時間テストしたのち、日差0~+5秒以内という超高精度であることが求められる。マシンは強烈な加速・減速を繰り返すため、腕時計への負担はかなり大きい。
ショパールは、このきわめて過酷な検査に2005年に初めて合格し、その認定モデルをリリースした。新作となるL.U.C カリテ フルリエのデザインは、そのモデルがモチーフだ。2021年にリリースされた前作のカリテ フルリエから期間が空いたのは、取得がそれほどに困難なためである。ショパールのアルチザンは、自らが主導した公的規格を守るために総力を結集。耐衝撃機構と緩急針機構を改良し、耐久性と精度の向上を図った。
また同規格は、全部品の装飾仕上げも前提条件とするため、仕上げ部門のアルチザンの力量も試される。すなわちL.U.C カリテ フルリエでは、高精度と優れた審美性・耐久性を高次元で兼ね備えていることを意味する。
また一方のL.U.C XPS フォレスト グリーンはカリテ フルリエ認定ではないものの、クロノメーター認定を取得している。サンバースト加工とPVDによるフォレスト グリーンカラーのダイヤルは、実に大胆だが、同時にセクターダイヤルとすることでクラシックな雰囲気を醸し出している。ダイヤル仕上げの美しさはショパールのアルチザンの誇り。同時に7.2mm厚の薄型ケースも彼らの技術力の賜物である。
サスティナブルなルーセントスティール™は、それ自体が優れた審美性を有し、さらにメゾンのアルチザンの手腕が機械と外装とに注力され、SSウォッチは本物の高級時計へと昇華する。
同心円状の透かし彫りのバックボーンにある伝統の彫金技術
以前、ショパールの共同社長カール-フリードリッヒ・ショイフレ氏にインタビューした際、「アルパイン イーグルは、開発当初からL.U.Cキャリバーを搭載することを想定していた」と語っていた。それはまず2022年にフライングトゥールビヨンでかなえられ、昨年マイクロローター式のCal.L.U.C96系を搭載した“XPS”が登場。そして今年、XPのスケルトナイズ仕様となる、アルパイン イーグル 41 XP TTがデビューを果たした。XPはeXtra-Plat(超薄型)、TTはテクニカルチタニウム(Technical Titanium)の略だ。搭載するCal.L.U.C 96.17-Sは、ほかの96系キャリバーと同じくマイクロローター式の自動巻きで、厚さはわずか3.3mm。その地板とブリッジを内部の複雑な機械的機構全体が視認できるよう同心円状に透かし彫りし、グレード5チタン製の外装に載せたのが本作である。
Cal.L.U.C 96.17-S自体のデビューは2012年のこと。搭載モデルの名は、L.U.C XP スケルテックであった。2021年にも同名の限定モデルが登場しているが、3作目にして初めてCal.L.U.C 96.17-Sはアルパイン イーグルに載せられた。これに際し、ショパールのアルチザンはコレクションの性格に合わせてムーブメントの仕上げを変更。過去2作の地板、すなわちダイヤル側に見える側がコート・ド・ジュネーブ仕上げだったのに対し、本作ではサンドブラスト加工としたのだ。スポーティなアルパイン イーグルには、工芸的であるよりインダストリアル的な装飾がふさわしいと判断したのであろう。そして同心円状の隙間からアルチザンが入念に手仕上げしてゴールドメッキを施した輪列や22金製のマイクロローターを垣間見せ、ハイコントラストな美を表現してみせた。
スケルトンダイヤルのスポーツウォッチは、近年のトレンドのひとつだ。その大半はシンメトリーで直線的な構造を採り、本作のような同心円状というのはほぼ例がない。これは初搭載したL.U.Cコレクションに合わせたがゆえであり、同心円はメゾンの伝統的な装飾モチーフであったからでもある。
フルリエのマニュファクチュールにあるショパールのミュージアム、「L.U.CEUM」にはムーブメントに繊細な渦巻き模様があしらわれたゴールド製の懐中時計が展示されている。この装飾に用いられたのは、19世紀に全盛期を迎えたフルリザンヌ彫り。当時フルリエの時計工房では、この技巧でムーブメントにヴォリュート(渦巻き模様)や花をモチーフにした装飾を施していた。ショパールは、この忘れ去られていた伝統を甦らせた。その実現に貢献したアルチザンがナタリー氏だ。
フルリエのマニュファクチュール内にあるメティエダール工房で、彼女は日々ひとりでビュラン(鋼の切削工具)を操っている。彼女はフルリザンヌ彫りを独学で習得した。技術を持つ職人がいなかったからだ。
「ショパールに入社し、装飾工房でトレーニングを受けたのち、芸術的な仕事に従事したかった私は彫金工房の設立を提案し、その際にショイフレ氏からフルリエの地に古くから伝わるフルリザンヌ彫りの再現を依頼されたのです」
彼女の教科書は、前述したL.U.CEUMに所蔵される1870年製の懐中時計のムーブメントであったという。
「その懐中時計のムーブメントを双眼顕微鏡で観察したときは、時をさかのぼるような不思議な感覚を覚えました。そして当時のエングレーバーがどのように彫金を施し、その作品を作り上げたのかを理解したとき、私は何か特別な感情を抱きました。まるでそのエングレーバー自身が、私にも同じような彫金を続けてほしいと語りかけているような、そんな感覚です」
フルリザンヌ彫りはダイヤルやブリッジ、その他の時計のパーツを非常に精密に装飾するための技法である。そのため彫金と時計装飾の知識、そして時計のすべてのパーツに対する専門知識が必要となる。
「私が受け取るブリッジは非常に粗く、それらに完璧な装飾を施さねばなりません。そしてデザインの調和がとれていること、渦巻装飾を美しい曲線にすることを心がけています。渦巻装飾は非常に繊細なため、彫刻刀で滑らせて切ってしまわないように細心の注意を払います。そして何よりもブリッジの強度を下げないよう、その厚みに関する技術的なことも考慮しながら作業を進めています。私が装飾を施す時計のなかには、ジュネーブ・シールの認定を受けるものもあります。そのため、すべての角を正確に45°にカットし、ジュエル・シンク(穴)を完璧に磨き上げる必要があるため、細部に至るまでの“完全性”を常に追求しています」
ビュランで渦巻き模様や花の輪郭を描き出し、それらのアウトラインが完成したら、モチーフの周囲の金を削り取ってレリーフを加え、浮き彫りにする。その後、背景を飾るために特殊なツールを用いて点描模様を彫り込んで行き、最後にモチーフに研磨を施してようやくフルリザンヌ彫りは完成する。この一連の工程で1カ月を要するモデルも存在するのだそうだ。
「私はこの仕事を20年続けていますが、いまだに日々学び続けています」
フルリザンヌ彫りを蘇らせたアルチザンというバックボーンを持つからこそ、ショパールのスケルトンウォッチは唯一無二の独創性を放つのである。
原料を明確にする自社鋳造のエシカルゴールド
1963年、ショパール家からメゾンを引き継いだ現会長のカール・ショイフレ氏は生産の垂直統合化をビジョンに掲げた。手始めとして、彼は1978年に合金の生産ができる工場を設立。ショパールはスイスでもきわめて、希有な18金を自社で鋳造するメゾンとなった。現在、鋳造設備があるのはジュネーブのマニュファクチュールの地下。純金と銅・銀などの割金を溶け混ざらせるのは、感応コイルで加熱する真空炉。ショパールが好んで用いる赤みが強いローズゴールドは、銅の含有率が高い。そして銅は溶解する際、酸素と結びつきやすく、それが合金となった際に“す”と呼ばれる気泡跡を生じさせる。それを避けるために真空炉が必須となるのだ。
この鋳造施設を統括するのがパウロ氏である。彼は2001年にショパールに入社し、先輩のアルチザンの下で金合金の鋳造技術を習得してきた。
「現在のショパールは、金合金の鋳造という時計製造の始まりから最終製品に至るまでの全工程に対し、社内で責任を持って統制管理ができる体制が整っています。私が扱うゴールドもその管理下に置かれ、100%エシカルゴールドの使用が証明されるのです」
ショパールが定義するエシカルゴールドとは、透明性のあるトレーサブルなふたつの制度に従って調達されたゴールド、すなわち責任ある方法で小規模鉱山採掘者が採掘したゴールド(=フェマインド認証ゴールド)とRJC CoC認証ゴールド(いわゆるゴールドスクラップやリサイクルゴールド)のふたつを合わせた、生産や流通の過程を明確にした金地金のことを指す。ショパールは、非公開の供給元として扱われてきた採掘者たちに環境保護や社会的援助を提供しながら支援を行ってきた。そして2018年3月、同社はすべてのジュエリーと時計にエシカルゴールドを100%使用すると発表した。
「この仕事に出合ったのは偶然のことですが、今はゴールド、銅や銀といった混合物を炉に流し込むたびに感動を覚えるようになり、私自身を誇らしい気持ちにさせてくれます」と、パウロ氏は胸を張る。
割金には銅や銀、パラジウムを使用する。純金と割金の各素材はパウロ氏の手で炉床に置かれ、真空状態にしてから1000℃で溶解・混合し、鋳型に流し込んでインゴットに成形したのちに冷水で結晶化させる。その際の硬度は160ビッカース。その後、インゴットを圧延ローラーに繰り返しかけ、組織を緻密にすることで硬度210ビッカースのバーが出来上がる。ゴールドバーはプレス工房に運ばれ、ケースやバックル、リンクなどのさまざまな部品の製造のために必要な大きさに圧延・切断したのち、用途の形状に合わせてプレス加工する。この工程で生じたゴールドのスクラップは鋳造工房へと再び戻され、100%リサイクルされる。
「原料の供給元を知り、明確にすることが真のラグジュアリーだと思います。ひとつひとつの製品の背景、そしてどのような環境や社会的条件のもとで素材が生産されたかを知ることで、その価値は高まるのだと我々は信じています」
ショパールのゴールドウォッチは、より公平かつ人を思いやる世界の構築に貢献し、その想いを未来に橋渡しする。
エクセレントであることを目指す、コンプリケーション
今年のL.U.Cコレクションのもうひとつのハイライトは、ジャンピングアワーとミニッツリピーターというふたつのコンプリケーションモデルである。いずれも伝統的な複雑機構ではあるが、設計や構造、素材にショパールの独自性がうかがい知れる。
L.U.C クアトロ スピリット 25は、2021年にショパール マニュファクチュール誕生25周年を祝し誕生したジャンピングアワーをブラックダイヤルで再来した新作だ。1時間ごとにアワーディスクを瞬転させるためには、大きなエネルギーを必要とするが、本作は同機構としては異例の約8日間駆動を実現している。そのベースムーブメントは、2000年に完成した2組の積載式二重香箱、つまり4つの香箱が備わり、8日間以上の超ロングリザーブを先駆けたCal.L.U.C 1.98(現Cal.L.U.C 98.06-L)がルーツ。このとき完成した4バレルによるクアトロ テクノロジーを継承し、ジャンピングアワー機構でも8日間駆動が実現された。
漆黒のダイヤルは、グラン・フー エナメル製。施釉と高温焼成を何度も繰り返し、黒の深みを増したあと、丁寧に研ぎ出してつややかな質感を得る。黒はわずかな傷でも目立つため、慎重な研ぎ出し作業が求められるという。ショパールは、このエナメル技巧に長けたアルチザンを自社に有する。
ミニッツリピーターを備えたL.U.C フル ストライクが搭載するCal.L.U.C 08.01-Lは、2016年に誕生した。リピーター機構自体は、伝統的な設計をベースとするが、リピーターの専用香箱をリューズで巻き上げる設計としたのが目新しい。その専用香箱に十分なエネルギーが蓄えられていない場合、作動をブロックする安全装置を装備。そして何よりゴングをサファイアクリスタル製とし、風防とモノブロックで成形しているのがきわめて革新的である。こうすることで風防が共鳴盤として機能するのだ。鋼製のゴングよりはるかに硬いため、凛とした音色を奏でるのも魅力である。
クリストフ氏は、533個ものパーツから成るCal.L.U.C 08.01-Lの組み立てを許された数少ないアルチザンのひとりだ。
「1998年に入社し、アフターサービスの時計職人としてキャリアをスタートした私は、子会社で働く時計職人のトレーナーを経て、複雑時計のアトリエに配属されました。この経験を通じ、ジュネーブ・シール認定を受けた時計の品質に特別な注意を払う必要性を学びました。複雑さを増すムーブメントの製作・組立には優れた職人でも10年以上の経験やノウハウが必要不可欠。数百個の部品で構成される機構の組み立ては、人の手でしか成し遂げることのできない仕事なのです」
自らの仕事に誇りを持つクリストフ氏は、ショパールで働くすべてのアルチザンに敬意を示し、チームワークの重要性も知る。
「組み立ては単独で作業しているような印象が強いですが、時計の構成に必要な各パーツは、さまざまな工程を経て精密に作り上げられ、我々のもとに届きます。各セクション、各アルチザンが丁寧に、正しく完成させるからこそ、正確に動くように組み立てることができるのです」
1996年にショパール マニュファクチュールが完成して以来、ショパールは実直に自社製ムーブメントと複雑機構の開発に取り組んできた。完成を決して急がず、社内で時間をかけて検証し、完璧な状態で世に送り出すことがメゾンの矜持。
「ショパールが誇る複雑時計製作の技術は、その巧みさを磨くだけではなく、“エクセレンス=最高の機構”を作り上げ、そして頂点を極めることを目指しています。我々が製造するキャリバーは、機械式時計における重要な要素としてそれぞれ開発がなされてきました。これらのキャリバーに搭載された数々の機構こそが、ショパール マニュファクチュールの礎を形成しています。今後も新しい複雑機構に取り組み、挑戦的な時計製造のプロジェクトを探求していきたいと思っていますが、私にとってもうひとつの重要な側面は、後進の育成を続けること。特にこの業界に入りたての若い同僚を支援することです」
優れたアルチザンは同時に優れた指導者であり、後進のよき手本となってそれぞれの技術を受け継いでいく。
クォーツショックが吹き荒れたスイス時計業界冬の時代、機械式時計製造技術の多くが失われた。そして1980年代半ば以降、黄金期を知る技術者と若き才能の手により、“オートオルロジュリー”の新時代が切り拓かれてきた。彼らを支えるのは、機械式時計の文化を未来につなげるという情熱。コンピュータが導入され、工作機械は格段に進化し、さまざまな工程の自動化も進んでいるものの、卓越した技術と情熱を持ったアルチザンの手でなければ、真の高級時計は生み出せない。
ショイフレ家はメゾンを引き継いで以降、時計製造の垂直統合を進めるなかで、最も重要視したのがアルチザンの確保と育成であった。設計・開発に始まり、18金の鋳造、機械加工、装飾仕上げ、組み立てに注力するアルチザンが、今のショパールの時計製作を支え、すべてのモデルをより特別な存在とする。その魅力は、今年の新作から十分に感じ取ることが出来よう。
ショイフレ氏はかつて「時計の歴史のなかに存在するすべての機構をL.U.Cキャリバーに網羅することが私の夢」だと語っていた。メゾンのアルチザンは、氏の夢をいつの日か必ずや叶えてくれることだろう。
2024年新作ギャラリー
Photos:Tetsuya Niikura(SIGNO) Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:Norio Takagi