輝ける星となる──。 そんな思いをこめて、オリエントスターと命名されたブランドの初号機が世に出たのは1951年のことだった。以来、夜空に輝く星のように、生活に寄り添う道標のような実直な時計製造を続けながら、昨年70周年を迎え、さらなる進化が続く。2017年には、オリエント時計が長年にわたり協力関係にあったセイコーエプソンと統合。オリエント、そしてオリエントスターもセイコーエプソンが擁するブランドとなり、技術的にも一層の充実が図られた。機構的な面はいわずもがな、外装や仕上げなどにいたる表現力の進化も著しい。
エプソンとの統合以前、前身のオリエント時計の時代から、オリエントスターブランドでは感性価値を追求してきた歴史がある。例えば1970年代には、カットガラスを使用してダイヤルにグラデーションを施したオリエントブランドで発売されたジャガーフォーカスなど、機能価値だけではなく、感性に訴える商品をリリースしてきた。自己を発信する価値、感性価値を時計に求めるユーザーが増えてきた今、改めて機能性と感性を両輪で高めながら、表現と価値を追求する姿勢を鮮明にしている。
朝に服を選び、お気に入りの時計を身につけ、気分を上げて自分にスイッチを入れる。スケルトンやニュアンスカラー、マザー・オブ・パール(MOP)などの作り込まれたダイヤルで人に見られることを意識したり、酒を傾けながら時計のうんちくを語りムーブメントの動きに魅了されたり……。時刻を知ること以上の価値を時計自体に見出し、時計をつけることで日常生活のなかで感情が揺さぶられ、時計を手にした満足感を味わおうとするユーザーとの価値観の共有を、オリエントスターは目指しているのだ。
構築的スタイルに挑戦したモダンなスケルトン
2022年の今シーズン、オリエントスターは、ブランド全体として“天空”をテーマに掲げた。自然に対する畏敬の念、興味、探求心を、腕時計という小宇宙で表現しようというものだ。70周年を迎えた2021年には、星雲や流星をインスピレーションソースとするモデルが発表され好評を博した。輝ける星となるという思いが込められているように、オリエントスターでは、宇宙や星との親和性が当初から強かった。
コンテポラリーコレクション スケルトン。この時計のデザインコンセプトは、人智の及ばぬ彼方まで無限に広がる深宇宙(Deep space)だ。機械式時計の価値が見直され始めた90年代、機械式時計を作り続けてきたオリエントが改めて国内に発信するため、機械式時計の魅力が凝縮したクラシカルなスケルトンウォッチ、モンビジュ(91年発売。現在は生産終了)を発売。以来、スケルトンはオリエントスターのアイコンとなった。2021年にはMEMSという先端技術を用い、高精度かつ独自の美しい発色によって審美性をも高めたシリコン製ガンギ車を採用した新世代のスケルトンが注目を集めた。これまではクラシックコレクションのなかでスケルトンを展開してきたが、コンテンポラリーコレクションとして初のスケルトンモデルとなったのが本作だ。
オープンダイヤルから覗くムーブメントの地板や受けは、極限まで肉抜きされ、グレーのメッキが施された。マットなグレー塗装を施したダイヤルパーツと重なり合うことで、深遠な宇宙空間が表現されている。渦巻き状のフォルムや鮮やかなブルーを独自の技術で実現させたシリコン製ガンギ車は、天の川銀河が着想の源。テンプ受けは、彗星特有のふたつの尾を持つ形状に。ディテールを積み重ねながら全体として、深宇宙のロマンをかきたてるデザインとなっている。
9時側のムーブメントパーツには丁寧な面取り加工が施され、表面には切削渦目模様が刻まれている。シースルーバックをとおして眺められるムーブメントのプレートやブリッジにも、切削波目模様や面取りが施され、立体感や審美性を高めている。グレーの世界に浮かぶブルーの3面カットのリーフ針は、視認性を確保しながら、美しく時を刻む。
シリコン製ガンギ車は、エプソンがプリンターの高精細プリントヘッド製造などで培ってきた精密加工技術MEMSによって実現されたもの。独特な形状は、天の川銀河を思わせるだけでなく、バネ性をも持たせることで衝撃吸収性や耐久性も高め、動力伝達効率も向上させている。また鮮やかなブルーも、エプソンが半導体技術で培ってきた技術の賜物だ。ナノメートル単位で膜厚をコントロールしながら光の反射率を調整し、鮮やかな発色が可能となったのだ。
オリエントスターでは、1971年に自社製自動巻きムーブメント46系を開発し、これを基幹ムーブメントとしてきた。46系の名は、誕生年の昭和46年にちなんだものだ。46系をベースにパワーリザーブ、ワールドタイム、セミスケルトン、GMTなどの機能や意匠が追加され、長年オリエントスターの中軸を担ってきた。コンテポラリーコレクション スケルトンが搭載するスケルトンムーブメント Cal.F8B61は、46系の流れを汲む機械で、前述したシリコン製ガンギ車の採用などによってパワーリザーブを70時間にまで高め、日差+15~-5秒の高精度も実現している。
ムーブメントだけでなく、ケースやブレスレットの質感も高い。直径39mmの快適なサイズ感のケースには繊細な筋目仕上げ、そしてベゼルとラグの部分には熟練技術者による平坦度の高い鏡面仕上げ技術である、ザラツ研磨を施す。異なる仕上げのコントラストが、洗練された印象をもたらしている。手巻きムーブメントを採用することにより、10.8mmという薄型化が実現されていることも特筆したい魅力である。ブレスレットは、ピッチの短いH型のコマを新たに採用し、腕なじみを向上させた。筋目仕上げのなかに鏡面仕上げを取り入れ、側面も面取り仕上げとするなど、手のかかったディテールも見逃せない。
スケルトンは時計愛好家に好まれる一方、着用シーンや合わせるファッションが限定される場合もある。コンテンポラリーコレクション スケルトンでは、ゴールドカラーのパーツや、曲線を多用した有機的でクラシカルなデザインから離れ、モダンで構築的な直線基調の造形を多用。そしてカラートーンを抑えることで、現代のファッションや生活シーンに合わせやすいことを意識したのだと企画担当者は話す。精巧な作り込みを見せることで時計の魅力を追求するのがクラシックコレクション スケルトンであり、そこから1歩踏み出し、日常的に機械式時計の魅力を感じられることへチャレンジしたのがコンテンポラリーコレクション スケルトンなのだ。
ワークスタイルの多様化に伴い、オンとオフの境界が曖昧である今、多様なシーンに対応できるアイテムは時代の要請とも言える。この新しいスケルトンモデルは、フォーマル過ぎず、カジュアル過ぎず、洗練された上質感とリラックス感が、程よいバランスでモダンかつスタイリッシュに表現されている。機能価値だけでなく、感性価値へのアプローチをこれまで以上に強化したモデルといっていい。
カラー塗装による大和絵のようなグラデーション
オリエントスターは現在、クラシック、コンテンポラリー、スポーツの3つのコレクションを展開する。そのなかでもクラシックコレクションは、ブランドイメージを牽引する存在だ。クラシック時計ならではの、機能だけではない味わいや深みを追求する姿勢をブランドアイデンティティとして、以前からグラデーションやMOPなど、特徴的なダイヤルカラーを積極的に採用してきた。こうした既存技術を組合わせ、新しいニュアンスカラーも開発するなど、さらなる艶感や大人の色気の表現の進化が続いている。
クラシックコレクションのメカニカルムーンフェイズは、2017年に初めてセミオープンダイヤルタイプが登場して以来、スケルトンと並ぶアイコン的な存在へと成長し、2021年には、オープンワークを外したシンプルでクラシカルなムーンフェイズモデルが大きな人気を博した。今回のモデルは、これをベースに“日本の自然に流れる風流な時間”をテーマとしたものだ。オリエントスターの製造拠点である秋田エプソンにほど近い秋田県の景勝地、田沢湖の湖面に映る月をイメージした、美しいカラーダイヤルが印象的なモデルである。
田沢湖は、日本の湖のなかで最も深い水深423.4mを誇る。神秘的な美しさを湛えた湖面は四季折々の景観を映し、日本百景にも数えられる。その湖面の美しさを表現するため、本作では自然素材であるMOPに着目した。見る角度や光の強弱によって常に表情を変える様子は、湖面の微妙なニュアンスにも通じるものがある。白蝶貝をスライスして作る関係で、ひとつとして同じものはないことも魅力につながっているが、その分色調のバラつきもあり、裏打ち塗装+グラデ―ションという技術とシェルの質感のマッチングの問題なども持ち上がり、製作は困難を極めたと企画担当者は語る。
グラデーションは、以前からオリエントスターが得意とするところだが、より滑らかな色調変化を実現できるよう研究を重ねられた。狙ったカラートーンの範囲内で仕上げるための塗装色、グラデーションの範囲、表裏両面からの塗装技術など、既存技術の組合わせも試み、微修正しながら試作が繰り返された。そうした試行錯誤を経て、新緑イメージのものはグリーン、晩秋イメージのものはグレーに仕上げられ、湖面に映る月を模した銀色のムーンフェイズディスクと相まって、さながら大和絵を見るかのような感興を呼び起こす。エプソンとの統合以降もたらされた塗装技術の向上が、この詩情あふれるグラデーションの背景にあることが感慨深い。
これに加えて、肉盛り印刷によるローマ数字のアワーマーカーや、ムーンフェイズ機構を取り囲むグレーの日付リングやダイヤルを区切るブラックリング、視認性に優れた峰カットのリーフ針、さらにダイヤルセンター部ではオリエントスターを象徴するOSマークを透明な隠し印刷で施すなど、立体感にあふれた複雑な表情も味わい深い。プッシュ三つ折式(中留)のクラスプを備えた本ワニ革ストラップも、ダイヤルの世界観にふさわしい高級感を漂わせている。正確さ、見やすさなどの時計の基本性能はきちんと押さえつつ、感性に訴えかけ、つける悦びが味わえるクラシックコレクション メカニカルムーンフェイズ。オリエントスターの進化の足取りが見えてくるようだ。
オリエントスターは、日常使いできる時計でありたいというスタンスを大切にしながら歴史を刻んできた。それゆえデザインにおいては、時計本来の機能である時刻の判読性やダイヤルの視認性確保を第一主義としてきた。近年は、そうした機能価値だけでなく、より一層、感性価値に目を向けることをデザイン哲学としている。その根底には、デジタル信号でヒトが管理される時代に、本来ヒトが過ごしてきたゆったりとした時を感じて欲しいという想いが流れている。五感で触れるさまざまなシーン、季節の移り変わり、月の満ち欠け、光の揺らぎ、宇宙の広がり……。身の回りに存在するシーンを、力強い鼓動と絶え間なく動き続けるその様で時の流れを表現するスケルトン、ひと言で表現できるカラーではなく、色を重ねることでより美しく感動的な自然を表現するニュアンスカラーやグラデーションダイヤル。オリエントスターを特徴づけるスケルトンやダイヤルカラーは、悠久の自然を時計で表現しようという思いに根ざしているのだ。
2017年にエプソンとの統合以降の技術力の底上げは、その実現を後押ししている。例えばムーブメントの基準についても、旧オリエントよりも厳しいエプソン規格に適合させる方針を採り、歯車とムーブメントの隙間や部品のばらつきに対しても厳格化を進め、ムーブメントの改良も、設計だけでなく製造工程の見直しから行った。その結果、機能性においても審美性においても、目の肥えた愛好家をも納得させる進化がもたらされたのである。国内での評価はもちろん、今後は海外に向けても新生オリエントスターの発信を強化していくという。昨年発表し話題を撒いた、1964年のダイバーズウォッチ、オリンピア カレンダー ダイバー(現在は生産終了)を着想の源とするダイバー1964 1stエディション(こちらも終売)、それに続く今年の2ndエディションは、海外でも評判を呼ぶなど、グローバルな支持が着実に広がりつつある。
“NOWHERE, NOW HERE(どこにもないものが今、ここに)”。オリエントスターは、このメッセージを掲げて時計製造を進める。そのチャレンジングな姿勢は、ふたつの新作、コンテポラリーコレクション スケルトン、そしてクラシックコレクション メカニカルムーンフェイズに遺憾なく発揮されている。
オリエントスター 2022 A/W 新作ギャラリー
Photos:Tetsuya Niikura(SIGNO) Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:Yasushi Matsuami Photos of Deep space by Sirintra Pumsopa(Moment), Lake Tazawa by ziggy_mars(iStock)/Getty Images