1950年に腕時計製造を開始したオリエント時計は、1951年に輝ける星をイメージした時計ブランド、オリエントスターを誕生させた。以降、自社製ムーブメントを用いた機械式時計を作り続け、2017年からはセイコーエプソンと統合。国産では珍しい機械式ムーンフェイズ機構やシリコン製のガンギ車などを開発し、趣味性と機能性を両立させる時計づくりを進めてきた。
そして2023年からはブランド哲学を深める一方でコレクションの整理・統合を推進し、時計愛好家に向けて新たに“Mコレクション”をスタートさせた。この“M”とはフランスの天文学者シャルル・メシエが製作した星雲・星団・銀河のカタログに収められた天体表記からの引用で、M1はカニ星雲、M31はアンドロメダ銀河など有名な天体を識別するために使われている。
新たに始動したMコレクションは、3つのコレクションでスタートした。もっとも普遍的でフォーマルなデザインをもつのが“M45”で、肉眼でも星が密集している様子がわかることから、太古の時代から世界中で愛されてきた星団“すばる/プレアデス”の名を冠している。時代性を機敏に取り入れるのは“M34”だ。“ペルセウス座”の語源であるギリシャ神話の勇者ペルセウスを思わせるシャープなラインを特徴とする。そしてアクティブなスポーツウォッチの“M42”は、“オリオン座”のこと。オリオンの父である海神ポセイドンにちなんで高い防水性を備えたアクティブなモデルとなる。
これまでの日本の時計は技術的には世界レベルであったものの、モデル名と顔やスタイルが一致しにくかった。すなわちそれはブランド戦略が曖昧だったということでもある。そこで前述の通り、オリエントスターではすでに確立した技術をベースにしつつ、宇宙をイメージさせるロマンティックな時計としてそれぞれ基本デザインを明確に規定をしコレクションを整理・統合。“星々”や“宇宙”など各モデルに名称にちなんだストーリーとデザイン、そして機能を与えることで、モデルごとの個性を明確化させた。それは長期的な視点に立った時計づくりを行なっていくという決意表明であり、技術力だけでなく変わらない価値をも提供しようという、これまでになかった新しい戦略をオリエントスターは打ち出したのである。
神秘的なオーロラを表現した色の揺らめき
“M34”はオリエントスターの中核をなすコレクションだ。コレクション名になっている“M34”は約100個の恒星で構成されるペルセウス座の星団のことで、毎年8月に流星群が出現するため天体ファンからも人気が高い。ちなみにこのペルセウスとは、ギリシャ神話における全能の神ゼウスの息子ペルセウスのことであり、ここにも宇宙や星の世界観を取り入れている。
新作のM34 F7 セミスケルトンは、ダイヤルに工夫を凝らしたモデルだ。9時位置からムーブメントを見せるスケルトンデザインも気になるが、何といってもポイントとなるのはダイヤルの色調である。これは神秘的なオーロラを表現したもので、その表現には白蝶貝にグラデーション塗装を重ねるという手法が取られた。ダイヤルのベースとなる白蝶貝の中央部分にはグリーン、12時位置と6時位置へと変化していくようにブルーのグラデーションを施した。
ある角度では白蝶貝の班の模様とグラデーションが際立ち、またある角度で見ると班の模様が控えめになる代わりに落ち着いた色味が際立つ。それはまさに空の上で不思議に揺らぐ光のカーテンが織りなすオーロラの色であり、美しい夜空の情景を巧みに表現している。
白蝶貝とグラデーション仕上げでオーロラを表現したM34 F7 セミスケルトンだが、華やかなデザイン表現だけが魅力ではない。マニュファクチュールブランドの時計として確かな性能を秘めている。時を告げる実用品であるからには視認性を犠牲にすることはできない。そこで針をしっかり読み取るために、ダイヤルのブルー系とは補色の関係になる金色の針やインデックスを使用。しかも上面は筋目仕上げ、斜面をポリッシュ仕上げにすることでメリハリのある輝きをみせる。
12時位置にはパワーリザーブインジケーターが収まる。連続駆動時間は約50時間だが、必要にして十分なレベルであろう。そしてケースデザインの特徴は、ケースサイドやラグに現れる。キレのある斜面を複数組み合わせることで美しい稜線を作り、美しい陰翳を作りだす。
そして搭載するムーブメントには自社製のCal.7F44を採用する。日差+15~-5秒の精度を確保、リーズナブルな価格帯のモデルでありながら、自動巻きローターには筋目模様を入れており、シースルーバックから見える姿にもこだわる。
深まる秋の風景を品あるダイヤルに宿す
先鋭的なスタイルと力強いディテールを与えて日常的に幅広いシーンでつけることを想定したM34に対して、オリエントスターの歴史的なモデルにも見られるディテールを持ち、ブランドの伝統を継承するのがM45だ。伸びやかな長めのラグと広く取られたダイヤルをデザイン上の大きな特徴とし、特に新作のM45 F7 メカニカルムーンフェイズにおいてはローマン数字のインデックスとリーフ針、そして細いベゼルがドレッシーな雰囲気を作り出している。
M45 F7 メカニカルムーンフェイズは文字どおり、国産では珍しい機械式のムーンフェイズウォッチであり、M34以上に凝ったダイヤル表現が見どころだ。白蝶貝にブラウンのグラデーション仕上げを施して表現したのは、秋田県の山奥にある神秘的な湖として知られる田沢湖。晩秋の日沈直後、湖面が赤く輝く一瞬の静寂と叢雲(むらくも)のなかに見える美しいシルバーの月という、日本の秋の情景を時計で表現しているのだ。しかもベゼルにもブロンズ色のメッキを施しており、ダイヤルのなかの情景は、そのまま時計の外へと繋がっていく……。宇宙や星を軸とした美しいストーリーを紡ぐオリエントスターらしい時計だ。
こうした凝ったダイヤルをより一層美しく見せるためには、技術的な進化も欠かせない。例えばサファイアクリスタル風防には、多層膜コーティングで耐傷性を高め、さらに表面の防汚膜によって汚れにくく撥水性も高める特許技術の“SARコーティング”を施している。もともとは光の反射を抑えることで風防の存在感を感じさせないほどの優れた視認性を与えるための技術だが、これが美しいダイヤルを際立たせるのにもひと役買っている。さらに⽇付け⾞と月齢⾞のあいだと上にそれぞれ押さえ板を設け、さらに⽇付け回し車を4時位置側に配置する特許技術は、6時位置に日付とムーンフェイズの同軸表示を実現させるためのものだが、結果としてダイヤルスペースを確保することにつながり、機能的でありながら多彩なダイヤル表現を可能にした。どちらもこの新作から導入された技術ではないが、新生オリエントスターが掲げる“人の感動を呼び起こすものづくり”には欠かせないものである。
日本人は古来より季節の移ろいを風や自然、月や星などで感じる感性がある。そんな日本ならではの時間の流れを技術力で表現したM45 F7 メカニカルムーンフェイズは、極めて日本的な時計といえよう。
太古の人々は太陽や月、星を観察することで時間の概念を生み出し暦を作った。自然のなかで空を見上げることこそが、もっとも純粋に時間と向き合うことなのかもしれない。
オリエントスターの時計たちは、モデル名の由来やダイヤルの表現、そしてムーンフェイズのようなメカニズムのおかげで、日常的なシーンのなかでも美しい自然を感じることができる。そして時計を眺めるその時間さえも楽しめるような、そんなロマンティックな魅力を持っている。
暑かった夏がようやく終わり、夜風を感じながら散歩をする気持ちよい季節がやってくる。ビルの谷間から見える月に心を奪われ、夜空に瞬くすばるやオリオン座の変わらぬ美しさに心をいやす。そんなちょっとした瞬間を幸せな時間に変えることができる時計、それこそがオリエントスターが持つ最大の魅力なのである。
オリエントスター Mコレクション 新作ギャラリー
Photos:Tetsuya Niikura(SIGNO) Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:Tetsuo Shinoda Photos of Aurora by Svein Erik Jamt, Sunset of Lake Tazawa by PLASTICBOYSTUDIO / Getty Images