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ブレゲ トラディション 原点の精神を引き継ぎ、伝統と現代性の渦を成す

オフセットダイヤルの周囲にムーブメントを露わにする──2005年に誕生したトラディションの発表時、当時のCEO故ニコラス G. ハイエックは、“ブレゲのアバンギャルド”と称した。極めて大胆な外観は、実は初代アブラアン-ルイ・ブレゲが考案した多様な意匠と機構を規範とし、“伝統”を色濃く現代に受け継ぐ。

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アバンギャルドでありながら、古典的な趣きを併せ持つトラディションの特異な外観は、初代ブレゲが製作した2種類の懐中時計に範をとる。ひとつは、フランス革命後の資金難から立ち直るため価格の4分の1を前金制とし、予約販売したスースクリプション。

スースクリプション

モントレ・ア・タクト

 時針しか持たないシンプルに徹した量産に向くムーブメントは、やがて初代が好んだ左右対称の構造美を持つ設計へと進化し、時針をむき出しとすることで灯りがないなかでも針に触れて時が知れる「モントレ・ア・タクト」を生み出した。これが、もうひとつの規範。しかしトラディションという時計はこれらの復刻では決してなく、新たな挑戦に位置付けられ、現代のブレゲが持つ最新の技術の数々が注ぎ込まれている。

トラディション トゥールビヨン・フュゼ

 2005年にまずシンプルな手巻きで登場し、翌年に自動巻きが追加されたトラディションに2007年、コレクション初のコンプリケーションが誕生した。トラディション トゥールビヨン・フュゼである。その名にある通り、初代ブレゲの数ある発明のなかで最も著名なトゥールビヨンと、それ以前からあるフュゼ(円錐滑車)と香箱とをつなぐチェーンで駆動力を伝達するチェーン・フュゼとを搭載する。トゥールビヨンは、テンプにかかる重力方向の平均化を試みる高精度機構である。一方のフュゼは直径が異なる円盤を大きなものから順に積み重ねた形状をしていて、時間の経過とともに低下するゼンマイのトルクを、小さな円盤から順に大きな円盤と鎖が場所を移しながら伝達することで均一化を図る、やはり高精度機構だ。これらを組み合わせたトラディション トゥールビヨン・フュゼの最新作は、ダイヤルとトゥールビヨン・キャリッジ、さらにチェーンまで深いブルーに整えられている。

「トゥールビヨン・レギュレーター」の特許(1801年6月26日)。

アブラアン-ルイ・ブレゲが1809年に販売した「No. 1176」。

 初代ブレゲの作品にも、同じ機構を持つ懐中時計「No.1176」がある。現代のブレゲは、それを引き継ぐだけに留まらず、新たな技術でアップデートしてみせた。例えばトゥールビヨンのキャリッジは、20世紀の素材であるチタンで軽量化を図った。そのなかに収まるテンプには、やはり初代が考案した伸縮時の偏心を軽減するオーバーコイルヘアスプリング、通称ブレゲひげゼンマイが備わるが、それもシリコン製となっている。シリコンパーツは製法上、同一形状を上下に立体化することしかできない。そこで平ひげゼンマイとオーバーコイルの各形状を個別にシリコンで作り、巧妙につなぎ合わせる技法を開発し、特許を取得。先進技術で初代からの伝統を革新し、優れた等時性とともに現代社会に不可欠な高耐磁が実現された。

トラディション レトログラード デイト 7597

 前出の写真にあるように、初代製作のモントレ・ア・タクトのシンメトリーなムーブメントは、通常はソリッドな蓋に閉ざされて姿を見せることはなかった。それを現代のブレゲは頑強なサファイアクリスタルという透明な素材を用い、また地板をケースバック側とした反転式の設計とすることで、ダイヤルに露わにすることに成功したのである。そして透明な空間のなかにこれまで、クロノグラフやデュアルタイムなどの機構を閉じ込めることに挑んできた。2020年に誕生したトラディション レトログラード デイト 7597では、コレクションに初めて日付表示がもたらされた。その新作は、トゥールビヨン・フュゼと同じく、深いブルーに染まる。ダイヤル最下部にあるブルーの目盛りが、日付表示用。それを指し示す針は、レトログラード式になっている。初代ブレゲも、1805年に販売された永久カレンダーウォッチ「No.92」のデイデイト表示をレトログラードとしていた。

 トラディション レトログラード デイト 7597のオフセットダイヤルの下で、シンメトリーを織り成すパーツの構成は、モントレ・ア・タクトのムーブメントに酷似する。そしてダイヤルと香箱の間に挟まれたレトログラード機構から長く下に伸びる針は、途中で歯車やテンプを乗り越えるように強く二段折れ曲がる。その立体的な造作は、露わになったパーツ類がもたらす奥行き感を一層強調する。テンプのブリッジには、初代が発明したパラシュート耐衝撃装置の現代版を装備。そしてケースバックには、やはり初代が発明した自動巻き機構ペルペチュエルで使われた錨型の分銅を模した自動巻きローターが姿を現す。随所に伝統が息づくが、同時に日付表示はケース左上のボタン操作とし、シリコン製のブレゲひげゼンマイが採用するなど現代の革新性を併せ持つ。

伝統の継承

 このような伝統とアップデートには、現代に受け継ぐものが微に入り細に入り敬意を払うことが要求される。2018年からの大改修を経て2020年4月にリニューアルオープンした「京都市京セラ美術館」は、その外観やその内部に心を砕いたあとが見受けられる。建物自体は、1933年創建であり、改修のプラン・設計を手掛け、2019年4月に同美術館館長に就任した建築家、青木 淳氏は「改修では元々あったものをよりよく見せるようにすることを、大事にしました。ある見方をすれば古いまま、別の見方をすると解釈が変わってすべてが新しく見える。そうした改修を心掛けた」と、振り返る。

 ブレゲがトラディションが目指したのも、これと似る。構造や機構、意匠の多くは初代に倣うが、シリコンパーツに代表されるようにまさしく最先端の時計でもあるからだ。「昔の建物を見るときには、それがどのように考えられ、なぜそうしたのか、作られた精神みたいなものを見ている。そしてそれを引き継いでいくことが大切。そうすることで新しい形が生まれてくるのだと思います」

 そうした視点で新たに美術館に作られた螺旋階段の手すりの笠木は、旧来の階段の手すりにはなかったが、違和感なく溶け込んでいる。トラディション レトログラード デイト 7597では、シンメトリーの構造に初代が見出した美に対峙し、日付表示針をレトログラード式とした。

 また青木氏は、伝統の継承に関して「単に過去と現代というわけではなく、そのあいだにいろいろなレイヤーが重なっていると思うんですね。ひとつひとつのレイヤーは透明で、透かすと昔のものが見えてくる。これから先も新しいレイヤーが重なっていくのが理想で、再解釈してアップデートしていくことが大切」だと語った。

 トラディションも初代からの伝統を再解釈し、新技術でアップデートすることで、現代にふさわしい進化を果たす。

Photos:Tetsuya Niikura(SIGNO) Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:Norio Takagi Special Thanks:Jun Aoki, Kyoto city KYOCERA Museum of Art