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Silence Refined クレドール 叡智IIは削ぎ落とされた静けさに気品が宿る

すべてを削ぎ落とした先に、かえって豊かさが宿ることがある。セイコーが誇るマイクロアーティスト工房の手で、一切の無駄を排して生み出された“叡智II”は、その名のとおり、腕時計作りの叡智が結晶した存在だ。磨き抜かれたムーブメント、柔らかく光を湛える磁器のダイヤル、歪みなき鏡面を描くケース。それらすべてが語りすぎないことを美徳とし、日本の美意識の真髄を体現している。静謐な佇まいの奥に、匠の情熱と技術が息づく。それがクレドールの叡智Ⅱである。

ブランド名は、フランス語で“黄金の頂き”を意味する“CRÊTE D'OR”に由来する。1974年、ゴールドやプラチナを用いた「特選腕時計」のシリーズを、より洗練され、親しみやすいものにするべく「クレドール」という名前に改めた。当時はクォーツ式が主流となりつつある時代だったが、クレドールではクォーツに加えて機械式(Cal.68系)の展開も行われていた。高級腕時計にふさわしい内外装の質を追求し、ケースやブレスレット、ダイヤル、針とインデックスにいたるまですべてのパーツに手仕上げを施すことで、最高水準の審美性を備えたモデルを数多く送り出してきた。時代とともにクレドールは、単に高級素材をまとうブランドではなく、静謐な気品を湛えた日本の美意識を体現する存在へと進化を遂げていく。その頂点に位置するのが、2014年に誕生した叡智IIである。

ノリタケ製の磁器ダイヤルを備えた初代・叡智。

 ソヌリのような複雑時計ではなく、日付表示もない中3針モデルは、『子や孫に受け継げる、自分たちが本当に欲しい腕時計を作ろう』という開発にかかわった技術者たちの想いから生まれた。純白のダイヤルは高級陶磁器メーカー、ノリタケが手掛け、手巻き式のスプリングドライブCal.7R08には繊細な手仕上げを隅々に行き渡らせた。

 そのコンセプトを受け継ぎ、スタイルを進化させたのが、2014年にリリースされた現行の叡智IIである。初代叡智と同じポーセリンダイヤルを採用しつつ、自社での製造となった。ムーブメントも、新開発のCal.7R14に置換された。そしてやはり初代叡智と同様に、外装にもムーブメントにもトップレベルの手仕上げが施されている。

 The Creativity of Artisans。匠たちの探求と豊かなる創造によって、手のひらに乗る精緻で気品をまとった腕時計を創造するクレドールの中にあって、叡智IIはその頂点に位置する。

スプリングドライブ手巻きのCal.7R14。トルクリターンシステムにより約60時間のパワーリザーブを実現し、ダイヤル側からパワーリザーブ表示を排することで、シンプルな3針デザインを追求したムーブメントだ。

 叡智はノリタケがダイヤル製造を担っていたが、叡智Ⅱを開発するにあたりできる限りの工程を内製化するために、まずノリタケにて絵付けの手法を習得。焼成方法や絵付け技術を習得したことによって自社製造を可能とした。それと並行して新型Cal.7R14の開発も進められた。目指したのは、“究極のシンプリシティ”である。

 初代はNODEシリーズのひとつだったため、そのデザインコードである2・4・7の大きなアラビア数字を質感の違いでダイヤルに表していた。叡智Ⅱではそれらを廃し、さらにブランドを象徴するクレストマークも取り去っている。またパワーリザーブ表示も、Cal.7R14搭載によってムーブメントのブリッジ上に移動。バーインデックスも時刻の視認性を妨げない範囲で極力細くし、純白あるいは瑠璃青のポーセンリンダイヤルならではの柔らかな質感を悠々と広げた。こうした“余白の美”は、日本人ならではの美意識である。

 このダイヤル構成をシンプルと表現するのは容易い。しかしディテールをつぶさに見れば、ダイヤルはガラス質の釉薬の焼成によりゆるやかにカーブを成し、そのカーブに合わせ分・秒の各針先は手曲げされている。華奢なバーインデックスは、こんもりと丸みを帯びながらダイヤルからくっきりと浮かび上がって存在感を主張する。まさに美はディテールに宿るが、こうした機能に則したミニマルな機能美を日本人は西洋よりもはるかに先んじていた。応仁の乱で焼け野原となり、それまでの文化がリセットされた室町時代末の京都で形成された東山文化がその発端だ。簡素さや間(ま)、繊細さに美を見出す感性は、5世紀以上に渡って日本人に受け継がれてきた。西洋的な機能美とはまた異なり、簡素であるがゆえに匠の技が際立つという感性は、日本人ならではの美意識である。その精神は、叡智IIにも静かに息づいている。


美は手のひらの中にある。静かなる匠たちの物語

茂木正俊氏

長尾政和氏

関 幸恵氏

長野県・塩尻市にあるマイクロアーティスト工房にて。この日は茂木氏、長尾氏、関氏の3名にお話を聞いた。

 日本人ならではの美意識によって究極のシンプリシティを具現化した叡智IIの製作は、長野県塩尻市に位置するセイコーエプソン塩尻事業所にあるマイクロアーティスト工房が担っている。工房では2006年に、国産腕時計初のコンプリケーションウオッチ、NODE スプリングドライブ ソヌリが登場。メカニズムにおいても、クレドールは最上級を志した。そして2008年、世界初のトルクリターンシステムが備わるNODE 叡智 Cal.7R08誕生へと至る。

 設立されたのは2000年。世界技能五輪での優勝経験を持つ塩原研治氏が、その技術を後世に伝えるべきであると当時の社長に訴え、工房の創設にこぎつけた。2004年には、創設メンバーの4名が伝統的な高級時計の仕上げ技術に学びつつ、それを自らの手で研ぎ澄ませていった。その結果生まれたのがソヌリであり、初代叡智である。前述した初代叡智の開発に至った「自分たちが本当に欲しい腕時計を作ろう」との想いを語り合ったのは、マイクロアーティスト工房初期メンバーの9名であった。うち創設者の塩原氏も含め6名が定年などで工房を去ったが、情熱と技術は現在のメンバーに受け継がれている。

 ムーブメント設計者の茂木正俊氏は、残る3名の中のひとり。2003年からマイクロアーティスト工房所属となり、ソヌリの設計を担当、初代叡智、そして叡智IIを開発した高橋氏より叡智Ⅱのムーブメント設計を引き継いだ。

塩尻市の市花、桔梗(ききょう)をモチーフにした香箱の蓋。

香箱の蓋。左が手を加える前、右が仕上げを終えたあとだ。

 「スプリングドライブは長く動かし続けるほど、高精度が実感できます。そこでパワーリザーブを伸ばすため、初代叡智でトルクリターンシステムを採用しました」。これは、香箱がフルに巻き上がった状態から35時間後まではトルクの約30%(運針に必要なトルクに対し余剰なぶん)の力で自ら巻き上がる特許技術。香箱からの力は、主輪列と角穴車を回すトルクリターン輪列に振り分けられる。パワーリザーブ表示のためのディファレンシャルギアと連動したクラッチレバーが35時間後にトルクリターン輪列を切り離す仕組みになっている。「叡智は、シンプルであるがゆえに質感を訴えかけたかった。それは仕上げだけでなく手巻きの感触も含まれます。巻き上げ輪列の減速比を敢えて落とすことで、カチカチとした感触を向上させています」

MGローターと六番車を覗かせるブリッジの曲面は、ふたつのカーブの接合面まで完璧に仕上げられている。

 叡智IIが搭載するCal.7R14のブリッジの造形も、高橋氏の設計による。2枚のブリッジは、その接面の途中に強いくぼみを設け、スプリングドライブ特有のMGローターと、それを駆動する六番車を覗かせている。それらブリッジは、くぼみを形成した結果生じる“角”の接点も含め完璧な鏡面状に磨き込まれている。この仕上げを担当する長尾政和氏は、部品製造部門を経て2014年にマイクロアーティスト工房に移籍した。

洋銀製のブリッジは仕上げ後にロジウムメッキを施し、色の経年変化を抑えている。

 「Cal.7R14のブリッジに使われる洋銀(ジャーマンシルバー)は、クモリが生じやすいため時間をかけてゆっくり仕上げなければならない点が難しいですね。そうして光の流れを見て歪みがないかを確認しながら作業を進め、クモリがパッと晴れる瞬間が仕上げ終わりです」

 面取りには他社が多用するダイヤモンドカッターを使わず、すべて手作業とするのが工房のルール。顕微鏡の下で作業するため香箱蓋のヘアライン仕上げのための卓上手動回転台も内作した。「桔梗を象った香箱蓋は入角が多いため、面取りと仕上げ磨きが特に大変です。またネジが入るサライや穴石の周りの鏡面仕上げには、専用の工具を用いています」

 保油を目的とした組み合わせ軸受けの最終仕上げも、ひとつひとつ手作業している。「トルクリターンシステムがスムーズに働くよう、カムとレバーの仕上げには、特に気を遣います」

ブリッジの外周は、手作業によってヘアライン仕上げが施される。サンドペーパーを貼った木台は長尾氏の手作りで、仕上げるカーブに応じて何種類も使い分けている。

面取りの仕上げには、超硬メタルのニードルとダイヤモンド研磨剤を併用する。

ブリッジには、マイクロアーティスト工房のマークが刻印される。またムーブメント全体の外周まで手仕上げで磨かれているのも肝だ。

 こうして長尾氏を含めた匠たちが仕上げたパーツを組み立てているひとりが、2018年に工房に移籍した関 幸恵氏である。「ディファレンシャルギアが含まれるトルクリターンシステムは、複数の歯車が重なり合うため特に組み立てが難しいですね。全部のパーツが本当にきれいに仕上げられているので、扱いには気を使います」

 パーツを摘まむピンセットは、使い始める前にその内面をていねいに磨き上げるところから始まる。またスプリングドライブには、外部からの磁気を遮断する軟鉄製の耐磁板が不可欠だ。「Cal.7R14の場合、耐磁板をブリッジの内側に組み込んでいるため、組み上げ後に歯車のアガキ(噛み合わせ具合)が調整しづらいので、ホゾ入れも組み立てもよりていねいに行う必要があります」。穴石打ちは自動化が進んでいるが、この工房では手作業。前出のMGローターと六番車の軸を案内するのは、オイルを保持するための組み合わせ軸受けで、受石を組み込むために鏡面仕上げした板ばねがはめ込まれている。これの取り付けは、技能者泣かせだ。「難しいからこそ、楽しい」と、関氏は笑顔を見せた。

 ムーブメントを眺めたとき、その全貌が一望できるように設計されているのも叡智IIならではの美意識である。Cal.7R14のブリッジは外周の端々まで手作業で仕上げられており、角の取り方や筋目の流れにも一切の妥協がない。ただ見えない部分を整えたのではなく、すべてが視線に晒されることを前提に作られている。そのためにブリッジの端にまでヘアラインを引き、わずかな角にもていねいに面取りを施す。静けさの奥に、堂々たる自負が宿っている。

 後世に受け継ぐことができる価値ある腕時計を作るという情熱が、設計、仕上げ、組み立てまでのすべての工程で共有されることで、最上級の美が育まれる。


ゆがみなき曲線が映す無言の気品

 叡智復活に際してノリタケに技能者を派遣してまで、ポーセリンダイヤルにこだわった理由は、それが世代を超えても決して色褪せないからである。そのベースには、酸化アルミニウム系セラミックを用いることで割れを防ぎ、かつ白い下地が形成されるため、白や瑠璃青の釉薬の発色が鮮やかになった。またダイヤルが緩やかなカーブ状になっているため、瑠璃青では外周や針穴部で釉薬が流れグラデーションを呈している様子も美しい。

 スリムなバーインデックスは転写ではなく、職人による手描き。繰り返し色絵具を重ねることで適度な厚みを持たせ、かつ転写ではかなわない全体が丸みを帯びた柔らかな印象が育まれている。白ダイヤルに藍、瑠璃青に白という色の組み合わせも、日本人の美意識に深く響く。

 白ダイヤルに用いる針は、鉄を熱して発色させたブルースティール製。3つの針色を完璧に揃えているのが見事である。そしてスプリングドライブならではの滑らかなスイープ運針を奏でる秒針が、純白のダイヤルにほのかに影の流れを生じさせる。

 ケースは、部材を金型の間で高圧のスタンピングを繰り返す冷間鍛造で、金属組織がグッと詰まった高密度に成形。それに対して長年技術を研鑽してきたザラツ研磨を施すことで、歪みのない鏡面に仕上げられる。回転する金属盤を押し当てて仕上げるザラツ研磨は元来、二次曲面しか磨けない。柔らかな三次曲面で構成されたステップベゼルやラグ上面を仕上げるため、新たなザラツ研磨を開発。ケース側面と同じ歪みのない鏡面がかなえられた。

 デザインはシンプルにして、ケース径は39mmと小ぶり。しかし叡智IIは、ていねいな手仕上げが織り成す美しさで強烈なオーラを手元で放つ。


シンプルという言葉の奥にある、職人たちの意志をかたちにした腕時計

 奥ゆかしう思ひやられたまふ。平安時代中期に編まれたとされる物語文学「源氏物語」にある一節である。前述した東山文化以前から、控えめな上品さに日本人は心惹かれていた。叡智IIは、この感性をまさに体現する。

 ムーブメントの設計、入念なダイヤル・ケース仕上げは、時代を超えても色褪せない本物の価値を与えるため。究極のシンプリシティを追求したその佇まいは、流行に左右されることはない。時代、文化を超える普遍性を叡智IIは、擁している。

 何もかもを見せ、すべてを語ることは、日本では古くから無粋とされてきた。見せ過ぎず、語り過ぎない奥ゆかしさこそ、クレドールが目指すところであり、前述したようにその頂点にあるのが叡智IIである。ことさら存在を主張しなくても、日々着けるなかで匠の技が息づいたディテールや仕上げの美しさに気付き、心が惹かれていく。だからこそ叡智IIは、世代を超えて受け継がれていく時計となるのだろう。


クレドール 叡智Ⅱコレクションギャラリー

Photos:Tetsuya Niikura Styled:​Eiji Ishikawa(TRS) Words:Norio Takagi