本特集はHODINKEE Magazine Japan Edition Vol.8に掲載されています。
以前ローマン・ゴティエの工房を訪ねた際、デスクに何げなく置かれた図面に目が留まった。微細なチューブの設計図の脇に内径0.75mmミクロンとある。「どうやって作るのか?」と尋ねると、ゴティエ氏は「棒状の鋼材から切削加工する」と答えた。これほど細いチューブを切削加工できる工房はスイスでもまれだ。
ゴティエ氏は、かつてル・ブラッシュにあった部品メーカーのプログラマー兼オペレーターとしてキャリアをスタートさせ、2002年にMBAを取得後、フィリップ・デュフォー氏に師事。彼は部品加工技術と経営学、伝統的な手仕上げの術を身に付け、2005年に満を持してブランドを立ち上げた。フィロソフィーは“TheEvolution of Tradition”、進化する伝統である。
「スイスの高級時計製造の伝統は、ジュウ渓谷で育った私にとって自身の一部です。先人たちの遺産を受け継ぎ、未来につなげたい。そのためには伝統に敬意を払いながら、技術や職能を向上させ、新たな地平を開拓しなければいけません」
伝統を進化させた好例が、2013年にジュネーブ時計グランプリ(GPHG)の最優秀メンズ・コンプリケーションウォッチ賞に輝いたロジカル・ワンである。ゴティエ氏は、最も古典的なコンスタントフォース機構であるフュゼチェーンのフュゼ(円錐滑車)をスネイルカムに置き換えることで、同じ効果を圧倒的な省スペースでかなえてみせたのである。
「ユーザーに喜びを提供するには、すべての要素が適切な場所に美しく整理されていなければなりません。ロジカル・ワンでは、右側に時計、左側に複雑機構という構成が適切だと考えました。そしてエンジニアリングをデザイン的に統合するために、設計とデザインを同時に進めました。このコンセプトは、インサイトマイクロローターにも反映されています」
インサイトマイクロローターは、オフセットダイヤルの左側にマイクロローター、右側に輪列を見せ、巻き上げ機構を表舞台に立たせた。文字盤にあらわになったテンプは、さしずめ名脇役だ。
圧倒的な加工精度と入念な手仕上げで美を創出
オフセットダイヤルとスモールセコンド、テンプを一直線に並べ、その脇に特徴的な機構を並べる──。ロジカル・ワンでは鎖引きによる駆動伝達、インサイトマイクロローターでは香箱の巻き上げ機構に、それぞれ針を動かすための秩序ある連続性をダイヤルで感じられる。ソリッドダイヤルのC by ローマン・ゴティエでは、シースルーバックに姿を見せる並列配置の直線的なブリッジとして連続性を表現。これはジュウ渓谷伝統のフィンガーブリッジの再解釈で、“進化する伝統”の表れでもある。すべての歯車が花びら状のオープンワークであるのも新鮮だ。これらすべてのムーブメントは、ゴティエ氏が設計した自社製であり、創業以来設備投資を続け、現在では部品内製率が95%に至っているという。
「私は常に自由と創造性を維持するよう努めてきました。だからこそ、最高のツールや機械への投資、最も才能ある時計師や製造職人の雇用や育成を推進し、すべて自社内で高級時計のムーブメントを製造できる体制を整えることを最優先してきたのです」
スイス時計業界でも、いち早くCAD設計を導入し、ミクロン単位の公差設定が可能な超精密加工ノウハウを確立したローマン・ゴティエの工房は、パーツ製造を請け負う一級の部品メーカーとしても名をはせる。ブランドとしての年間生産数は、たった100本前後。部品メーカーとしての仕事が、設備投資の大きな原資となった。すべての工作機械にはオイルクーラーを追加。大型の空調も導入し、切削時の温度と室温を一定に保ち、部材の熱膨張を完璧にコントロール。さらに加工する部品に最適なバイト(刃)の素材と形状を常に研究し、更新してきた。
「ツールや機械の進化によって、創造の可能性が広がりました。どのように設計、デザイン、製造するかを考えるのは、とてもエキサイティングです。そのなかには手仕事でしかできないものがあり、素晴らしい技術を持った人たちと一緒に仕事をすることは、何よりも楽しい」
圧倒的な加工精度で生み出されるすべてのパーツは、ゴティエ氏によれば“手仕上げすることを前提に設計している”という。
「例えばブリッジの面取り自体は単純なことですが、先端の微細な角の部分にはっきりとした輪郭を表すためには、高い技術が求められます」
この角が、インサイトマイクロローターのダイヤル側のブリッジでは特に鋭い。ロジカル・ワンのブリッジはオープンワークのため、内側にも角がある。C by ローマン・ゴティエのフィンガーブリッジも付け根部分は鋭利な角を持つ。それらは手仕上げで見事に形作られている。
また、C by ローマン・ゴティエ プラチナエディションの大きな特徴はケースがプラチナ製で、文字盤やインデックス、ムーブメントブリッジ、そして地板が18KWG製という点だ。ローマン・ゴティエはチタン製ムーブメントを作る高い技術を持っているが、美しさを引き立てるゴールドでムーブメントを製作することもできる。本作ではゴールド素材を用いることで、技術的な正確さと芸術的な美しさを両立させたいというメゾンの強いこだわり、哲学を表現した。
加えて入念な手仕上げはケースにも行き届き、C by ローマン・ゴティエの多面体のベゼルと裏ぶたは、完璧な鏡面でフォルムが際立つ。本作のようにプラチナケースのほかにチタンケースもあるが、どちらのモデルにおいても鏡面で仕上げる技術を有する。
「私はスペシャリストのチームを擁していることに喜びを感じ、彼らとともに常に伝統を進化させ、コレクターの皆さんにエキサイティングなものを提案し続けることができると信じています」
ゴティエ氏による次なる一手を、期待に胸を膨らませ心待ちにしたい。
Words:Norio Takagi Photographs:Jun Udagawa Styling:Eiji Ishikawa(TRS)