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Beginner's Guide 時計初心者が時計界のウィリー・ウォンカに会いに行く

マックス・ブッサー(Max Büsser)という人物は、MB&Fというゴージャスなブランドの創始者、世界で最も大胆な時計職人のひとりであり、とりわけウシガエルのようなタイムマシンを作るカリスマ的空想家でもある。私はまったく知らなかったが。

編集者は私にこう言い続けた。マックス・ブッサーに会わなければならない、マックス・ブッサーに会え、マックス・ブッサーに絶対会え、と。私は大きな疑問を持っていた。マックス・ブッサーって誰?

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 このコラムの常連さんなら、私がほかのことで頭がいっぱいだったことはご存じのはずだ。まず、私はピンクのウブロに執着し、そしてその喪失を嘆くことに忙しかったのだ。次に、ヴァシュロン・コンスタンタンのマニュファクチュールで説明員を怒らせないようにするのに必死だった。そしていつのまにかジュネーブのM.A.D.ギャラリーへ向かう石畳の道を歩いていて、「ああ、マックス・ブッサーを検索するには遅すぎた」と気づいたのだった。

 マックス・ブッサー氏は、私が彼のことを何も知らないのを気にも留めていないようだった。「先入観を持たれないから、そのほうがいい」と、ウムラウトを含む苗字の人にしては妙にアメリカっぽいアクセントで言った。私たちは彼のギャラリーの中央に立ち、奇妙な計時機器に囲まれていた。基本的にそれらは、異常に芸術的またはバロック的な方法で分単位を監視する彫刻的な機械である。私たちは、祖父の時計に似たもの(ただし、実際には祖父の時計の胴体部分だけで、鮮やかな原色を使っている)と、ウォールアートとでも呼ぶべきもののあいだに立っていた。それはアートで、壁にあり、金属製のタイルでできていて、そのタイルは前にあるものを映す鏡として配置されている。まるで「マックス・ブッサーを忘れずにググってください」という看板を頭上に掲げているのを見せられているようだ。これだけでも十分奇妙な感じだ。さらに、ルンバくらいの大きさの物体が宙に浮いていた。

 「ここは……時計ギャラリーじゃなかったでしょうか?」と私が言ったとき、エレクトリックブルーのセーターを着た男性がマックス・ブッサー氏と私のそばに寄ってきた。ブッサー氏はアンクルの働きについて説明してくれていたが、これは実は私がヴァシュロンでアンクルの働きをよく理解していなかったからだ。セーターの男性が突然笑いながら、「ああ、君も時計マニアになったんだね、ダークサイドへようこそ」と言った。そして、マックス・ブッサー氏はいなくなり、ブルーセーター・ガイは「会議室で話そうか」と言った。

 「マックス・ブッサー氏はどうするんですか、彼も会議室に入りたいと思う?」と言わなくて本当によかった。なぜなら皆さん、なんとブルーセーター・ガイこそがマックス・ブッサー氏本人だったのだ。ブッサー氏は56歳で、見た目は51歳。これは56歳以上になる人なら、本当に褒め言葉だとわかるだろう。白いジーンズに白いスニーカー、どちらも1点の曇りもなく、セーターは前述のようにジュラの春の空のような鮮やかなブルーだ。スリムで機敏で、ちょっと鳥を思わせるが鳥ほどシリアスではない。明瞭で率直な性格だが、よく笑い、繊細なところもある。読んでいけばわかるけれど。

 みんな彼をマックス・ブッサーとフルネームで呼んでいる。このような奇妙な時計を作ることができるのはひとりしかいないということと、彼の名前の最後のXの音が、最後のBの音に自然につながるからである。ブランディングは、こういった運が大事かも。しかしマックス・ブッサーは、名前がいいだけでなく、時計らしくない時計を売ることでもビジネスを成り立たせているのだ。これは運というよりも、「上品」という言葉は多くの金持ちの好きな言葉だが、すべての金持ちではない、という直感を持ち、その直感が当たったということなのだろう。

Illustration of an MB&F watch

 アメリカ人のようなアクセントの紳士は、ブッサーのアメリカ人PRヘッド、シャリス・ヤディギャログル(Charris Yadigaroglou)氏であることが判明した。本物のマックス・ブッサー氏は、私がよく知らずに来たことを喜んでいた。「いいことだ」と、かなりスイス人らしい声で言った。「時計業界にはもっと新鮮な目が必要だ。専門知識よりも、驚きを持って物事に臨む人がもっと必要なんだ」

 私はMB&Fの時計のカタログを見て、特に犬に似たものに興味を持った。あごがゆっくりと閉じ、完全に閉じる寸前で巻き上げのタイミングを知らせる。これはマックス・ブッサー氏がつけていたものだ。また、ダイヤルがふたつあり、エッグタイマーのような精巧な装置で時間を知らせる時計も見た。ヴァシュロンが何世紀にもわたって伝統とエレガンス、そして洗練を極めようと追求し続けるのに対し、ブッサー氏のMB&Fは(FはFriends)、まったく別のことをやろうとしている。その中心的な問いは、次のようなものだ。人間の手首という限られたスペースで、どれだけ“時計”の可能性を広げられるか、そして同時に、すべての時計はある意味で機械であることを人々に思い起こさせることができるか。

 ヤディギャログル氏が私にペットボトルの水を持ってきてくれたとき、マックス・ブッサー氏は簡潔だが魅力的な話をしてくれていた。どうやってブルドッグのような時計や13万スイスフランの洗練されたエッグタイマーを作るようになったのか。そして、子供のおもちゃのように見えるおじいさんの時計や、文字どおり宙に浮いている物体のあるギャラリーを生み出す創造力についてだ。

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 30代の頃、彼はジャガー・ルクルトに勤めていた。レベルソが安価で簡単に手に入った時代のことで、彼は高級化、ブランドの復活に貢献した。ほかでもないジャガー・ルクルトから感謝されたマックス・ブッサー氏である。

 JLCで満足していたが、ハリー・ウィンストンにスカウトされ、そこで働くために退職した。そんな折、父親が亡くなった。悼みつつも、自分の人生をやり直そうとした。しかし、それは無理なことだった。「スイスのエンジニアが選びそうな道とは違うけれど、自分にはセラピーが必要だと思ったんだ」と彼は語った。話が感傷的になっても彼の声のトーンは軽く少し歌うような感じで、両手はガラスのテーブルトップに置いたまま動かなかった。チタン製のHM10 ブルドッグに鮮やかなブルーのストラップをつけ、服とコーディネートしている。それを示しながら「これは確かにとても大きいが、これらの時計はすべて、私の小さな手首にも快適にフィットするものでなければならないんだ」と言った。

M10 Bulldog watch

 MB&F HM10 ブルドッグ

 セラピストは、マックス・ブッサー氏が落ち込んでいるのは父親が亡くなったからだけではなく、彼が尊敬していた両親の誠実さが、そのときの彼に欠けていたからだと推理した。またセラピストはマックス・ブッサー氏が子供の頃に好きだったものが、今の彼の人生には存在しないことを観察していた。飛行機や機械の模型に夢中になっていた内向的な少年が、ダイヤモンド付きクォーツウォッチの製造と販売に大きな満足感を得るような男性に成長するとは思えない。そして毎年多くの時計を販売しなければならない熾烈な環境にあったことは言うまでもない。

 ビジネスの完璧なミッション・ステートメントを持ってセラピーを後にする人はほとんどいないと思う。しかし、ブッサー氏はそれを見事に実現した。「その時、私はわかったんだ」彼は言った。「人間のすごい才能を証明するような時計を作り、それをすばらしい人たちに囲まれてやりたかったんだ。そして人が自分の時計がいくらするのかを知って『正気か、パテック フィリップを買えばよかったのに』と言われても気にしないようなお客さんのために作りたかった」。

 MB&Fの時計は、上品だったり洗練されていたりエレガントだったりはしない。パテック フィリップがこれを見たら目を回すだろう。

 ブッサー氏は、「これは時計であると同時に機械だ」と強調した。時計は時刻を知らせるだけでなく、秒を計ったり、レーシングカーのドライバーが好きなこともできる。MB&Fの作品は確かに時間を教えてくれるが、その主な機能は……正直言って、私にはすべてわかるわけではない。この時計はアグレッシブなほど立体的に作られている。パワーリザーブは、ほとんどの時計では見えても控えめなものだが、ここではフィーチャーされている。隠す必要がないからだ。HM3 フロッグでは、膨らんだ目が分と時間を示している。リーフ針やフルードリス針、バトン針が好まれるこの業界において、「時計の針は数字を指し示すだけの細長いもので、皆同じようなものだが、ほかにも方法はあるだろう?」と、膨らんだ目が積極的に示唆している。

Talking Watches With With Maximilian Büsser

 ブッサー氏が時計づくりを始めたきっかけは、黄金比や宝石の輝きへの憧れではなく、機械への興味からだったことをようやく理解し始めた頃、M.A.D.(Mechanical Art Devices)ギャラリー設立の経緯について、彼が説明してくれた。彼は、現在約30人いるチームで時計の設計と製作(現在年間約300本)をしていないときは、アートギャラリーが“時計”と呼び、時計販売店が“アート”と呼ぶものを作る習慣がある。彼はまた、同じような考えを持つ少数のクリエーターを賞賛し、世界初の機械のアートギャラリーを作りたいと思うようになった。そして11年前、彼はそれを実現した。そして今、私たちはここに立っている。

 目の前にあったのは、ブレックファスト(Breakfast)というデザインスタジオが作った「タイズ(Tides)」という作品。ギャラリーの解説によると、この作品を構成する素材は“フリップディスク、ソフトウェア、カメラ、コンピューター”とある。その仕組みは、前面にあるカメラが何らかのソフトウェアにメッセージを送り、そのソフトウェアがフリップディスクに、写真のイメージを複製するために適切な形に移動する方法を指示するというもの。要は先ほどのように「マックス・ブッサーをググってください」ということだ。

 近くにあったのは別の作品で、シャーパーイメージ(Sharper Image)で父親用に買うような、より技術的に高度で高品質なものだった。フランスのアーティスト、ダミアン・ベネトウ(Damien Beneteau)が制作したバリエーション 120(Variation 120)という作品で、大きな金属球が穴のなかで揺れて出たり入ったりしているものだ。でも、よく見ると、穴のなかを出入りしているボールは半分がマットブラックで、もう半分がメタリックで反射しているから、穴を通過するときに一瞬消えるように見える。どちらも仕組みやイリュージョンは大体わかっていたのだが、それでもマジックに近い感覚だ。実際、CGIやロバート・カーダシアンのホログラムが、キムにロースクールに行くようすすめる世界では、その無邪気な単純さや、慈悲深い無用さが、より魔法的に感じられた。空飛ぶ円盤ほどではないけれど。

The M.A.D. 1 Red watch

The M.A.D. 1 Red

 そして私たちはそれに近づいた。これは本当に浮いていたのだろうか? 知りたかった。マックス・ブッサー氏は、マニアでない人たちが彼の奇妙なおもちゃに感心したときに見せる、真なるマニアの秘密の自己満足的微笑を浮かべて言った。「この下を見てごらん」と。そこには確かに何もなかった。支えもなく空気だけで、ギャラリーのシックな白いレンガの壁が見えていた。

 「中心には全体を押し上げる磁場があり、外側にはそれを押し戻そうとする力が働いているんだ」と彼は言った。彼はその物体のすぐそばまで行き、この非現実的な妖怪を作り出す現実の科学を説明するために手を動かしながらその物体に近づいた。私は「気をつけて、マックス・ブッサー」と言いたくなったが、彼はその物体自体とその説明に興奮し、おそらく聞こえなかったことだろう。「そうでなければ、“ドスン”と音がするはずだ」と彼は続けた。磁石の表面には、作家が古い蚤の市で拾ってきた何千もの小さな時計の部品、歯車、ブリッジが付着している。

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 ブッサー氏は、この円盤の作者であるクェンティン・カルネイル(Quentin Carnaille)氏との関係にも同様に興奮を覚えている。カルネイル氏の最初の作品には興味を持たなかったが、彼がフランスから4時間かけてこの作品を届けに来たとき、MB&Fの主は大喜びした。「10年前に彼が作ったもので、その後も同じような作品が作られたが、当時はこれ以外見たことがなかったんだ」

 当然といえば当然だが、マックス・ブッサー氏は毎年300本ほど作る時計が需要に追いついていないことを教えてくれた。最近、彼の時計を一般の人でも買えるようにとエントリーモデルを発表したが、わずか400本に2万4000もの応募があったという。

 オーデマ ピゲのように、MB&Fもまた、今日も明日も、あるいは来年も、時計を得られない潜在顧客とコンタクトを取り続ける方法を考えなければならないのだ。APハウスが、顧客の入手できない痛みを紛らわすためにウィスキーを使用するのに対し、ブッサーの秘密兵器は物理学なのだ。現在、ドバイ、台北、香港にM.A.D.ギャラリーがある。

MB&F LM Perpetual watch

ブッサー氏が所有するMB&F LM パーペチュアル。

 時計はまったくの初心者の私が、もしマックス・ブッサーの世界から何を持ち帰りたいかと聞かれたら、それはクロックだと答えるだろう。具体的には、Humans Since 1982と名乗るスウェーデンのデザイングループによる「ClockClock 24」という作品。これは……まあ、馬鹿げて聞こえるだろうけど一種の踊る時計としか言いようがない。どうかグレイトフル・デッド(Grateful Dead)のダンシングベアを思い浮かべないで欲しい。この作品には24本の小さな時計があり、それぞれの時計の針が40秒間ダンスのようなものをし、その後20秒間、正しい時刻を示し、またダンスに戻る。これは美しい。欲しい。

 マックス・ブッサー氏に賞賛を伝えると、彼はそれを共有して頷き、「私もこれは大好きだ 」とシンプルに言ってくれた。私ならどんなマシンを作りたいかを考えた。このギャラリーにふさわしいものでなくては。私やほかの人が、マックス・ブッサーに初めて会うと思い続けられるようなマシンにしようと思う。もちろん、私のマシンのなかのマックス・ブッサーは、その策略を何も裏切らず、その呪縛を解かないように、ただ慈愛に満ちたマニア的な微笑みを向けてくれることだろう。

サラ・ミラー氏は北カリフォルニアに住むライター。Twitter @sarahlovescaliでフォローするか、Substackをご購読ください。HODINKEEコラムのアーカイブはこちら

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MB&FおよびM.A.D.ギャラリーの詳細については、ウェブサイトをご覧ください。