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時計愛好家にとって、注目のブランドやモデルを追いかけるのも楽しいものですが、あまり知られていないなかにも個性的で魅力的な時計が潜んでいます。編集部では日々、多種多様な時計に触れるなかで、埋もれてしまいがちなものや、これから注目を集める可能性を秘めたモデルを見つけることがあります。今回の記事では、まだ広く知られていないものや注目されていないものの、デザイン、技術、ストーリー性の面で特にエディターたちの印象に残った5本をご紹介します。
ローガン・クアン・ラオ(饶宽) ウーウェイ
2024年は、日本をテーマにした「刻(TOKI)」オークションで刻(TOKI)オークションでHODINKEE Japanがメディアパートナーを務めたこともあり、僕にとって日本の独立時計師たちにフォーカスする特別な一年となりました。僕は実際にオークションが開催された香港を訪れ、現地のコレクターや時計ディーラーたちと交流を深めたことで中国発の独立時計師や独立系ブランドについて、より知ることができました。中国にはアトリエ・ウェンや秦 干(Qin Gan)といったブランドがあることはすでに知っていましたが、個人的に以前から興味を惹かれていたのが、独立時計師ローガン・クアン・ラオ(Logan Kwan Lao)です。
中国南部の広州を拠点とするラオ氏は、独学で時計製作を習得した人物です。中国の時計師フォーラムで学び始め、ヴィンテージウォッチの収集するなかで自ら時計を作る挑戦へと踏み出したのだそう。「浅岡肇さんとは数回、直接お会いする機会がありました。彼は本当に親切で、インターネット上でさまざまな情報を惜しみなく共有してくださいます。浅岡さんのFacebookやXの投稿を通じて、多くのことを学びました」とも話しています。ラオ氏は、一部の部品をのぞいて、基本的にムーブメント、文字盤、針、ケースなど、時計のほぼすべての部品を一から作っています。
ラオ氏がアイスバーグ(氷山)と呼ぶムーブメント。潤滑剤を必要とせず、自己始動が可能で、均等なインパルスとロッキングを実現する特許取得済みのイコールプッシュ脱進機を搭載。
そんなラオ氏の最新作であるウーウェイ(WU WEI)をあるコレクターの好意で実際に手に取る機会がありました。この時計は、一見するとシンプルですが、細部に至るまで興味深いディテールが詰まっています。特に、裏返したときにその真価が現れます。
ムーブメントは、ラオ氏がアイスバーグと呼ぶもので、その名の通りケースバック上で氷山のように浮かび上がるデザインが特徴的です。このムーブメントには、特許取得済みのイコールプッシュ脱進機が搭載されており、潤滑剤を必要とせず、自己始動が可能で、均等なインパルスとロッキングを実現しています。
製造本数は年にわずか10本程度と非常に限られており、その希少性から実物を見る機会は滅多にありません。しかし、ラオ氏のような時計師がメイド・イン・チャイナのイメージを刷新する存在として登場していることは、今後の中国独立時計業界の可能性を示しているのではないでしょうか。
クリスチャン・ラス 30CP
クリスチャン・ラスの代表作のひとつ、 CP30
特定のブランドやモデルというよりも全般的になるが、デンマークに出自を持つブランドが個人的に気になっている。多くの人にとってはあまりなじみがないかもしれないが、現行であればウルバン ヤーゲンセン、ヴィンテージであればエケグレン(Ekegren)など、実は個性豊かで魅力的なブランドが少なくない。今、おすすめするとしたら時計師クリスチャン・ラス氏の時計だ。数年前にHODINKEEでも取り上げているが、セーレン・アンデルセン、ヴィアネイ・ハルター氏、そしてフィリップ・デュフォー氏など希代の時計師たちのもとで腕を磨き、そしてパテック フィリップ・ミュージアムのマスターウォッチメーカーを経て独立。2020年に自身初の作品となるCP30を発表した(クリスチャン・ラス氏と時計の詳細はこちらの記事を読んで欲しい)。
発芽した葉からインスピレーションを得たというテンプ受けのデザインがユニーク。
なぜこの時計に注目しているのか? 彼自身も語っていたが、クラシックな天文台クロノメーターをほうふつとさせる時計であるところだ。筆者は以前からロービートで大きなテンプを持ち、ていねいに調整された古典的なクロノメーターウォッチが大好きだ。オメガのCal.30 T2 RG(262)、ゼニスのCal.135、ロンジンの天文台クロノメーター Cal.360などは昔からずっと憧れの時計であるが、ヴィンテージを普段使いするのは自身のライフスタイル的にはかなり難しい。古典的なクロノメーターウォッチへのオマージュが感じられる現代の時計は筆者自身が好きということもあるが、高品質であることの一種の指針になるため、ぜひともおすすめである。クリスチャン・ラス以外にもパスカル・コヨン氏の時計も気になっているが、こちらはまだ実際に見たことがあるわけではないため、近いうちにぜひとも実機を目にしてみたいと思っている。
ルイ・エラール レギュレーター ルイ・エラール × ヴィアネイ・ハルターⅡ
ルイ・エラール自体は1929年創業と、スイスでも老舗の時計メーカーだ。高品質かつアフォーダブルな機械式時計にこだわり、日本でも大沢商会によって長年展開されている。近年はその価格を維持するための大量生産と、年々高価格化するスイス時計のトレンドが災いしその勢いを無くしていた。時計趣味を始めて長い方には懐かしいブランド名かもしれないが、始めて知る方も多いだろうと思い今回名前を挙げてみた。
実はここ4年ほど、マニュエル・エムシュCEOの指揮のもとで方針に大きな変更があり、より少量の生産かつ特別なコラボレーションモデルをアイコンとしたブランドへと生まれ変わっている。アラン・シルベスタインやステファン・クドケ、セドリック・ジョナーらファンにはたまらない時計師たちと次々に取り組みを実現するのは、マニュエル氏の手腕に他ならない。彼は、20年以上前にハリー・ウィンストン、ジャケ・ドローでそのキャリアをスタートさせたのち、自身でロマン・ジェローム(RJとも呼ばれていた)を設立。独創的な時計づくりとクリエイティビティあふれるコラボレーションを特徴としていた。
109万4500円(税込)。ヴィアネイ氏のデザインエッセンスがこのプライスで味わえるのは、またとない機会かもしれない。
ヴィアネイ・ハルター氏と語る、マニュエル・エムシュCEO。実は近年のコラボーレーションウォッチの先駆けだ。
コラボレーションというのは考える以上に三方よしの形にまとめることが難しい。それを独自色の強い独立時計師と実現してみせるのは奇跡に近い。が、このレギュレーター ルイ・エラール × ヴィアネイ・ハルターⅡは、スチームパンクの世界観にインスパイアされたリューズや針、ベゼル上のリベットなど、ヴィアネイ・ハルターを感じるディテールを確かに宿しつつ、ケースデザインやレギュレーター機構を軸にあくまでルイ・エラールであり続けている(価格も十分に彼らのゾーンに収まっている)。
僕はRJ時代からマニュエルと親交があり、彼のつくる時計が大好きだ。今でもタイタニック DNA スチームパンクを所有しているし、他に替えられない魅力を宿すという意味で、彼は一流の時計プロデューサーだ。CEOによって時計ブランドが様変わりする例は多くあるが、ルイ・エラールは今、その好例の一番手に挙げられるだろう。心が踊るようなマニュエルの時計に、ぜひ注目して欲しい。
セイコー アシエ(と、20世紀終盤のユニークなセイコー)
まだあまり注目されていないがおすすめしたいというテーマを聞いた時に、ふと頭に浮かんだのがこの時計だった。クレドール ロコモティブの復刻を聞き、オリジナルモデルについてリサーチをかけていたときに発見したブランドで、セイコー アシエという。1979年に約1年間だけ販売され、当時のクレドール(CRET D'OR)ブランドとともに現在のクレドール(CREDOR)へと再編されたという話があるが……、公式サイトからもその存在自体が削除されており定かではない。貴金属を素材とする高級腕時計を目指した同時期のクレドールに対して“ステンレス”を素材とした高級腕時計として誕生したこともあってか、アシエのデザインはクレドールの華やかさに対して控えめで、慎ましい。ケースの造形も直線が多用されていて、シャープさが際立つ。しかしステンレス製とはいえ高級時計を謳うだけはあり、ケースの造形は高級感があり堅牢、写真のモデルではメッシュブレスもほぼ遊びがなく、密に編み込まれている。以前、何も言わずにマーク・チョー氏に手渡した際には、その重厚さからプラチナかと確認が入ったりもした。
そして何よりの推しポイントは、(すべてのコレクションがそうとは断言できないが)同時期のクレドール同様にジェラルド・ジェンタデザインの時計であるということだ。まだその目で確認できていないが、裏蓋の内側には“Gerald Genta Swiss”の刻印が入っているという情報も得ている。残念ながらロコモティブは手に入れられなかった僕にとって、この時計が唯一のジェンタウォッチとなっている。
裏蓋下部にある、“CASING IN SWITZERLAND”の刻印が見えるだろうか?
今回はアシエを例に挙げて話をしたが、1970年代から1990年代のセイコーにはまだまだ注目されていないユニークなモデルが数多くあると思っている。今年未来技術遺産に登録された1978年のセイコー クオーツ シャリオもそのひとつだし、90年代のセイコーSUSにもとんでもない数のバリエーションがある。先日SUSでブレスレット一体型のパーペチュアルカレンダーモデルを見つけたが、IWC インヂュニアのような雰囲気もあって即落札した。また、ちょっとポップなところとしては90年代のアルバも面白い。この時期は定期的にディズニーコラボも行っていたが、(手放してしまったが)そのなかにはレベルソのようにケースが反転するレクタンギュラーモデルもあったりした。それぞれの値段も手ごろながらとにかく混沌としていて、この時期のセイコーは探しているだけで楽しくなる。
ただ、このアシエの電池交換のために街の時計店を訪れた際、古いセイコーを保有するにあたっての注意喚起を受けた。セイコーは生産終了後の部品保有期間を通常7年、高級ラインで10年と定めている。海外での人気の高まりもあり、この時期のセイコーの修理依頼も増えたらしいが、場合によっては対応そのものが難しいという。そのことを十分理解し、付き合っていければと思う。
アウェイク ソンマイ
最近のマイクロブランド業界では、エナメル、ストーン、漆といった天然素材を使ったダイヤルが注目を集めている。その人気ゆえに市場はやや飽和状態に感じられるものの、まだまだ知られていない天然素材を使った手ごろなモデルも存在する(最近HODINKEEで取り上げたデニソン、バルチックなどがいい例だ)。そして私もその動向に注目しているひとりだ。私の時計収集のモットーは“機能はシンプルに、デザインは派手に”なので、3針かつ質感のあるカラーダイヤルを見かけると、ついついスペックページを開いてしまう。
そんななか見つけたのがAWAKE(アウェイク)だ。彼らが手がけるSơn Mài(ソンマイ)コレクションは、ソンマイ(天然漆)技法と純銀箔を組み合わせた、時計製造では前例のないアプローチが特徴だ。
ソンマイとは、ベトナムの伝統的なサンドラッカー技法のひとつ。何層にも天然ラッカーを重ね、ていねいに磨き上げることで鏡面のような光沢を生み出す技法であり、ベトナム文化を象徴する芸術でもある。さらにそこから純銀箔のギルディングを組み合わせることで、深みのある表情を生みだしている。これらはすべて10〜15時間以上をかけて手作業で製作。なおケース径は39mmで、内部には約70時間のパワーリザーブを誇るラ・ジュー・ペレ社製自動巻きCal.G101を搭載している。
ソンマイダイヤルも美しいのだが、夜光の技法も個人的には好きなポイントだ。AWAKEの夜光デザインは、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』という著書の一部、“光と影の対比”から着想を得ている。同著では、美しさは物との繊細な関係性や、その神秘性を保つ光の戯れに宿るとされている。ソンマイモデルでは、針やインデックスのトップに夜光を塗る従来の構造ではなく、ダイヤルの奥行きを際立たせるよう、薄く精密に加工されたスーパールミノバ BGW9をベースに、ファセット加工とポリッシュ仕上げを施したスティール製のパーツを取り付けているのだ。
1950ユーロ(日本円で約32万円)という価格も、これだけの技術と美しさを詰め込んだものとしてはお手ごろといえるだろう。AWAKEは天然素材ダイヤルが注目を集める昨今のマイクロブランド業界のトレンドをうまく捉えており、これから注目を集める可能性を大いに秘めている。今後の展開に期待したい。
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