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本稿は2014年8月に執筆された本国版の翻訳です。
ジャガー・ルクルト、ロンジン、チューダーなどのブランドで見られるように、ヴィンテージモデルにインスパイアされたデザインが今人気沸騰中だ。特にオメガは過去の素晴らしいデザインアーカイブを生かすことに優れている。オメガが2014年に発表したシーマスター 300 マスターコーアクシャルは、間違いなく最も期待された作品のひとつであり、ノスタルジアの波に乗るだけでなく、ダイバーズウォッチの揺るぎない人気も獲得している。レトロなスタイリングとサイズ感、そしてオメガの最新技術が完璧に融合したこのモデルは、皮肉屋な時計ファンをも虜にしてやまない。我々は最近(掲載当時)、長期にわたるレビューのため、米国に初めて届いたシーマスター 300を手に入れ、その性能を確認するためかなり過酷な条件下でスキューバダイビングを敢行した。
この新しいモデルを詳しく潜り込む前に、その系譜を振り返ってみる価値があるだろう。1957年、この最新モデルにインスピレーションを与えた初代シーマスター 300までさかのぼろう。
すべての始まり: シーマスター 300(1957年)
1950年代半ばはスキューバダイビングブームの時代であり、時計メーカーもそれに応えるべくタイムピースを続々と発表した。もちろん1930年代には、パネライがロレックスのケースに懐中時計のムーブメントを組み込み、イタリア海軍のフロッグマンに着用させたが、ねじ込み式リューズと回転式経過時間ベゼルを備えた専用ダイバーズウォッチとしては、ブランパンが1953年に発表したフィフティ ファゾムスが初出である。翌年にはロレックス サブマリーナーとゾディアック シーウルフが登場し、ほかのメーカーもすぐに追随した。1957年、オメガはレースドライバー、科学者、ダイバーのために設計されたスピードマスター、レイルマスター、シーマスター 300というスポーツウォッチの “マスター”トリオを発表した。最も古い血統を持つ後者(Ref.CK2913)の初代シーマスターが発表されたのは1948年である。しかし、このシーマスターは水中での使用を想定して作られたとは言い難かった。その名に似つかわしくない小型のドレスウォッチだったからだ。
シーマスター 300は、サブマリーナーに対するオメガの回答であり、それ以来その役割を担っている。ただ名前は少し誤解を招くかもしれない。というのもデビュー当時、この時計の正式な防水性能は200mまでしかなかったからだ(オメガによれば、試験装置の限界だったそうだ)。ブロードアロー針、薄いコインエッジベゼル、ダイヤルの筆記体など、サブマリーナーよりもハンサムな時計であったことは間違いない。直径39mmのケースと愛らしい形状の針は、同時代のスピーディやレイルマスターと共通で、シーマスター 300には頑丈なオメガ自動巻きムーブメントのCal.501が搭載されていた。これら最初期のオメガのダイバーズウォッチは、同じヴィンテージのサブマリーナーよりも希少価値が高く、コレクターも多い。アクリル製のベゼルインサートは割れやすく、しばしば交換された。今思えば、この時計は素敵だったが、サブマリーナーのような人気の持続力はなく、おそらく60年代まで使い続けるにはやや“可憐”過ぎたようだ。初代シーマスター 300は、新世代に取って代わるまで、7年間のロングランを記録した。
60年代と英国海軍仕様モデル
1964年、オメガはRef.165.024(デイトなし)と166.024(デイトあり)の新生シーマスター 300を発表した。この時計は先代に類似していたが、古風なブロードアロー針や薄いベゼルは廃止され、ケース径は当時としては巨大な42mmに拡大された。この時計は、より現代的な雰囲気をまとった存在となった。幅広のベゼルは重厚感があり、ミニッツマーカーが全周にわたって配置されている。針もより頑丈になり、いわゆるソード型針が採用された。夜光は大量に塗布され、ダイヤルマーカー、10分ごとのベゼルマーク、そして巨大な針はすべて、ナイトダイビングの視認性を確保するため松明のごとく輝いた。ケースは、CK2913のストレートラグを廃し、進化したスピードマスターラインと共通のねじれた“ボンベ”ラグに変更され、リューズガードが採用された。第2世代のシーマスター 300はさらに大きな成功を収め、スポーツダイバーズとしてだけでなく軍用時計としても人気を博した。
英国海軍モデルは長いあいだコレクターに愛されてきた。最も有名なのは、女王陛下のフロッグマンたちに数十年にわたって支給された伝説的なロレックス サブマリーナー“ミルサブ”である。しかし、ミルサブを民間用と区別する特徴であるソード型針とフルマークのベゼルは、ロレックスが考案したものではなく、実はオメガからコピーしたものである。初期のRef.5512/5513サブマリーナーが英国の操舵手たちに愛用された一方で、60年代半ばには、オメガの新しいシーマスター 300が優れた潜水用ツールとみなされ、英国海軍のダイバー用として採用された。これらの時計は、溶接されたストラップバー、ケースバックの刻印、トリチウム夜光の使用を示すダイヤルの“サークルT”表記によって区別される。後期のバージョンには、12時位置のダイヤルマーカーに特大の三角形があしらわれている個体もあるが、これは民生モデルにも採用された特徴である。この軍用シーマスター 300は、ロレックスのミルサブよりも希少だが、その理由は支給期間がわずか2、3年であったからである。しかし価格はそれほど高くないため、優れたヴィンテージウォッチの選択肢となる。
シーマスター 300が英国海軍のダイバーに支給されたのは、再びロレックスに取って代わられる前の数年間だけで、後者は視認性確保のため前者の針とベゼルをコピーせざるを得なかった。ロレックスが優れていたのは防水性で、これは強力なツインロックねじ込み式リューズのおかげだった。リューズ機構はオメガのアキレス腱だった。オメガは“ナイアード(ギリシャ語で“水の精”の意)”と呼ばれる圧力密閉式リューズの実験を行っていた。理論的にはいいアイデアだったが、実装段階では信頼性が低く、ナイアード式リューズは圧力が弱い浅い水深で浸水しやすい傾向があった。オメガがレストアしたバージョンは、通常ねじ込み式リューズが取り付けられていた。
第2世代のシーマスター 300は1970年まで生産が継続されたが、ファンキーな形状、実験的なベゼル、向上した防水性など、より時代の要請にマッチした時計、いわゆる“ビッグブルー”シーマスター クロノグラフ、伝説的なプロプロフ、角ばったSHOM(海軍水路海洋局を意味する刻印がされたシーマスター200)などに取って代わられ、生産終了となった。CK2913や165.024のようなクラシックなラインを失い、初期のシーマスターとの類似性は完全に失われた。このデザインの変化とリファレンスナンバーの急増は、問題を抱えるブランドの歴史を物語っていた。オメガは1970年代の暗黒の時代に生き残るために戦っていたのである。もしオメガがシーマスター 300を1960年代と同じように生産し続けて少しずつ改良を加えていたら、かつてのライバルであるロレックス サブマリーナーと同じように、人気のある憧れの時計になっていただろうと考えるとおもしろい。
現代のシーマスターシリーズ
1970年以降、シーマスター 300の名前はカタログから消え、オメガのダイバーズウォッチは単にシーマスター プロフェッショナルと呼ばれるようになった。90年代後半になるとジェームズ・ボンドシリーズがリブートされ、シーマスターが再び脚光を浴びるようになった。新しいボンド役、ピアース・ブロスナン(Pierce Brosnan)氏に新しい時計を与えるため、007のコスチュームデザイナーであるリンディ・ヘミングス(Lindy Hemming)氏はブルーダイヤルにスケルトンのソード型針をあしらったオメガ シーマスターを選んだ。ヘミングがほかの選択肢のなかからシーマスターを選んだのは、ボンドが所属していたイギリス海軍とオメガの歴史が大きく関係している。ヘミングス氏によれば、“私が20代のころ、当時の軍人や海軍関係者たちと知り合いになったが、彼らはみなオメガを愛用していた”という。この時計はオメガに露出の機会をもたらし、シーマスターの人気を再び不動のものにした。
ボンドが着用していたのはブルーダイヤルのシーマスターだったが、おそらくボンドが持つべきだったのは同時期に製造されたRef.2254だろう。そのリファレンスは1960年代のシーマスター 300に近い外観で、ブラックダイヤル、同じソード型針、フルマークベゼルを備えていた。それでも、ブロスナン演じる派手なボンドは90年代を通じてブルーモデルを着用しており、007が元海軍軍人にふさわしいシーマスターを着用したのは、ダニエル・クレイグがボンドを引き継いだ2006年になってからだった。シーマスター プラネットオーシャンは、すぐさまかつてのシーマスター 300と比較された。ダイヤルのマーク、ベゼル、針、そしてオメガの特徴であるボンベラグがミックスされ、オメガの新規購入層やシーマスター 300のかつての栄光への回帰を切望する人々にアピールした。この時計はオメガにとって大ヒットをもたらしたが、純粋主義者にとっては、大きすぎたり派手すぎたりして、まだしっくりこないという感があった。だからこそ、2014年に発表されたシーマスター 300 マスターコーアクシャルは、まさしく待ち望まれていたものだ。それは40年かけてじっくり作られた時計のように感じられた。そしてオメガはそれを正しく世に送り出した。
シーマスター 300 マスターコーアクシャル
深さ42mほど水中の沈没した船の石炭貯蔵庫の上を旋回していたが、どうしても手首の時計に目が行ってしまった。3℃の水温によって窒素中毒が増幅されたのかもしれないが、私は突如として閃いた。これほどタイムトラベルに近づいたことはない。ここで、スペリオル湖に70年間眠っていた船を最初に発見したダイバーたちと同じように眺めているのだ。手首に機械式時計をつけ、貴重な潜水時間を計測しながら、無重力状態で遊泳する…そう、まさに1957年であったかのように。
オメガは人気の第2世代シーマスター 300を再創造するのではなく、さらにさかのぼり、初代モデルに戻ったのだ。スピードマスター“ファースト・オメガ・イン・スペース(FOIS)”で行ったように、オメガは1957年に発売された時計に忠実にオマージュを捧げている。ストレートラグ、リューズガードなし、薄いベゼルインサート、ブロードアロー針などがその象徴だ。しかし完璧なレプリカではなく、シーマスター 300マスターコーアクシャルにはいくつかのスマートな改良が加えられている。
スティール製ケースはオリジナルの39mmから41mmとなった。前述のスピーディ“ウォーリー・シラ ー”は39mmサイズを忠実に再現したが、41mmはダイバーズウォッチとしてはほぼ完璧なサイズだ。ベゼルはもちろん、割れやすいアクリル製ではなく、オメガお得意のリキッドメタル製である。このアモルファス金属合金は耐食性と耐摩耗性に優れ、光沢のある外観は古いアクリルのような外観を巧みに再現している。風防は当然サファイア製だが、初代のようなドーム型形状となっている。夜光はトリチウムの代わりにスーパールミノバが使用されているが、まるで60年ものあいだ、引退したダイバーの引き出しのなかで熟成されていたかのような完璧なゴールドを帯びたフェイクパティーナだ。ダイヤルはマットなブラックで質感が高く、それがさらに経年劣化しているように見えるが、斜めから眺めると素晴らしい。CK2915のような小さな三角形のダイヤルマーカーは、ダイヤル上にプリントされているのではなく、ダイヤル下の層に挟み込まれている。さらに特筆すべきは、オメガのヴィンテージモデルへのオマージュとして、このモデルではデイト表示が省かれていることだ。
オメガのトレードマークであるケースバックにエングレービングされたシーホース(私は希望していたが)の代わりに、シーマスター 300は幅広なサファイアのシースルーバックを備え、時計のフルネームの一部である“マスターコーアクシャル”ムーブメントのCal.8400がのぞいている。透明な裏蓋からは、放射状の美しい装飾が施された自動巻きムーブメントを眺めることができる。また同ムーブメントはシリコン製ヒゲゼンマイを採用しており、軟鉄製のインナーケースを使わずとも1万5000ガウス以上の耐磁性能を実現している。この高い耐磁性をさりげなく誇示している点も特徴だ。耐磁性に加え、このムーブメントはツインバレルによる約60時間のパワーリザーブ、コーアクシャル脱進機とフリースプラングテンプを備え、クロノメーター認定まで受けている。また時計をハックしたり分針を動かしたりすることなく、時針を1時間単位で進めたり遅らせたりできる、気の利いた“タイムゾーン”機能も備えている。初期のオメガのコーアクシャルムーブメントは、ETA2892を改良したものだったが、Cal.8400はオメガの研究開発の集大成であり、現在最も優れた自動巻きムーブメントのひとつとして数えられる。
ムーブメントとベゼルだけでなく、ブレスレットもまた1957年当時のデザインよりも、2014年の現代的な仕様に仕上がっている。無垢材のリンクを使用した3連ブレスレットには、折りたたみ式のプッシュボタン式デプロワイヤントがあり、隠し延長機能が付いている。クラスプの内側には“PUSH”と書かれた小さなレバーがあり、ブレスレットを約2.5cmほど簡単に伸ばすことができる。しっかりとつくり込まれたブレスレットはデザインも優れているが、ロレックスのグライドロック・クラスプ機構にはおよばない。私はプッシュボタン式のクラスプがあまり好きではないが、その主な理由は、何年も前にダイビング中にプラネットオーシャンのクラスプが突然開いてしまったことから不安感を抱くようになったからだ。エクステンションは厚手のウェットスーツの袖をとおすには十分な長さがなく、ドライスーツの袖口に時計を収めることができたのは、ブレスレットの長さをまったく調整しなかったからだった。ブレスレットのセンターリンクはポリッシュされており、ドレッシーでヴィンテージな雰囲気を醸し出しているが、正直ツールウォッチとしては少し不釣り合いに感じた。しかし、プールサイド以外で着用する予定のない購入者にとっては、私のブレスレットに対する不満はほとんど気にならないだろう。
オメガはシーマスター 300 マスターコーアクシャルに、SS、チタンにブルーのダイヤルとベゼル、チタンとセドナゴールドのツートンカラー、セドナゴールド無垢など、いくつかのバリエーションを展開している。私のお気に入りは私がテストしたものと同じ、神とクストーがダイバーズウォッチに求めたクラシックなSSモデルだ。ソリッドリンクのブレスレットでは少々重かったが、オメガは独自のNATOストラップの販売も計画している。それは間違いなく高品質で高価格のものになるだろう。私はしばらくテスターをNATOに装着してみたが、その見た目はデスクダイバーではなく、むしろ本物のクリアランスダイバーのように見えて素晴らしかった。
実用上の性能はどうだったのだろうか? 氷点下スレスレの深い海で4日間、8回のダイビングを敢行したが、クロノメーター級の精度を維持した。ベゼルはグリップ力があり、5mm厚のネオプレーン製手袋をはめた手で回してもその動作は素晴らしかった。視認性は申し分ないが、1964年にオメガがソード型針に切り替えた理由が分かった。ブレスレットは、今回もサイズ調整せずに使用したためサイズが合わなかったが、腕にぴったり合ったサイズに調整した場合、袖の上から使用するにはクラスプの延長が足りなかったかもしれない。全体としてこの時計はよくできており、60年前のデザインにもかかわらず今でも立派な潜水時計である。
シーマスター 300 マスターコーアクシャルには“悪い”点を挙げることはほとんど不可能に近い。フェイクパティーナのマーカー(私は気に入っている)やポリッシュ仕上げのセンターリンク(私は好まない)、シースルーバック(私はソリッドバックのほうが好み)が気に入らない人もいるだろう。しかしこれらはすべて些細な違いである。この時計はホームラン(クリケットファンにとっては“6”)に限りなく近い。ジャガー・ルクルトのヴィンテージトリビュートモデルやチューダー ブラックベイと同じ条件を満たしているが、耐磁ムーブメントを搭載することでさらに1歩進んでいる。6600ドル(2014年当時の定価。日本の定価は税込74万8000円)と決して安くはないが、かつてのライバルであるサブマリーナーよりも安価でありながら、同等の品質を備えている。レトロなデザインは、大衆よりも歴史を知るごく一部の時計マニアに評価されるものであり、プラネットオーシャンに引かれる人はまだ多いだろう。しかしオメガは自らの歴史を尊重し、それを効果的に活用することを好むブランドのひとつである。シーマスター 300 マスターコーアクシャルは、その最新の証拠である。
新生オメガ シーマスター 300 マスターコーアクシャルについての詳細はこちらから。
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