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最初にH.モーザーが新たな“ポップ コレクション(POP! Collection)”を発表するという話を耳にしたとき、非常に興味をそそられた。少なくとも自分のなかでは、この名称からカラフルなプラスチック製の腕時計や、コミックブック風のアートが思い浮かんだからだ。H.モーザーはこれまでにも、チーズ製ケースや“デジタル”ダイヤルなど、時計界の常識を覆すような奇抜な試みに挑んできたブランドだけに、今回もかなり風変わりなものを予想していた。プラスチック製のムーンスウォッチ風モーザーが登場するのか? それともメイラン(Meylan)家の誰かが手描きしたキャンバス地のダイヤルが付くのか? そんな妄想をしていたなかで、ポップ コレクションの実物を見たときには、安心感と軽い落胆の入り混じった気持ちになった。というのも、それは思いのほか“普通”の新作だったからだ。少なくともモーザーの基準からすれば、である。
ビルマ産ジェード(翡翠)とピンクオパール。
なんと18本(そう、18本)もの新作リファレンスが一挙に登場した今回のポップ コレクションで、H.モーザーはおなじみのエンデバー・コンセプトとその各種バリエーション(スモールセコンド、トゥールビヨン、ミニッツリピーター トゥールビヨン)にすべてストーンダイヤルを採用してきた。使用された石は実に多彩で、ビルマ産ジェード(翡翠)、ターコイズ、コーラル(珊瑚)、ピンクオパール、ラピスラズリ、レモンクリソプレーズがラインナップされている。記憶にある限り、モーザーが最後にストーンダイヤルを用いたのは、ワイオミング産ジェードのダイヤルを備えたストリームライナー・トゥールビヨンだったはずだ。今回のポップ コレクションでは、ワイオミング産とビルマ産という2種類の翡翠の違いがはっきりと示されている。前者がより濃く深みのあるグリーンなのに対し、後者は淡くパステル調のグリーンとなっている。
ダイヤルの話に入る前に、まずはケースについて触れておこう。スモールセコンド仕様のエンデバーはステンレススティール製で、直径38mm、厚さ10.4mm。トゥールビヨン仕様も同じくSS製だが、こちらはより大きめの40mmケースを採用しつつも装着感は良好で、厚さは11.2mmに抑えられている。そして最後に、ミニッツリピーター トゥールビヨンは5Nレッドゴールド製で、ケース径は40mm、厚さは13.5mmとなっている。いずれのモデルもサファイアクリスタル風防とシースルーバックを備え、搭載されたキャリバーを存分に眺めることができる。とはいえこれらの仕様は過去に何度も見てきたエンデバーと大きく変わるものではない。やはり今回のポップ コレクションの醍醐味は、なんといってもストーンダイヤルにあるのだ。
ターコイズダイヤルの下にのぞくコーラルカラーのプレートが、このミニッツリピーター トゥールビヨンを彩っている。
18種ものSKUと聞くと圧倒されそうだが、実際には見た目ほど複雑ではない。ポップ コレクションに使われている6種類のストーンは、それぞれペアで組み合わされている(ビルマ産ジェードとピンクオパール、ラピスラズリとレモンクリソプレーズ、そしてターコイズとコーラル)この3組のペアごとに6つの異なるモデルが展開されているのだ。ビルマ産ジェードとピンクオパールについてはエンデバー・スモールセコンドの2モデルを用意し、それぞれジェードとオパールがメインダイヤルに採用されている。そして各モデルのスモールセコンドインダイヤルには、それとは逆の石が使われている。一方でトゥールビヨンの2モデルについては、ケージのカットアウトによりインダイヤル用のスペースが確保できないため、対になる石はリング状に配され、メインダイヤルに干渉する形で取り入れられている。このビジュアルの演出は、通常のエンデバー・コンセプトで見慣れたものとはやや異なり、カラーブロッキングを取り入れたポップアートへのオマージュとしての存在感をしっかりと感じさせる。ミニッツリピーターでは、立体的に配置されたメインダイヤルにストーンが使われる一方で、ゴングの背後に見える下層のダイヤル部分は、全体のカラースキームに合わせたカラーリングが施されているのみとなっている。この下層パーツには曲線的なカットアウトが必要とされるため、構造的にストーンを用いるには繊細すぎて現実的ではないと思われる。
それぞれのストーンの組み合わせは、時計にまったく異なる美学と視覚的な重みをもたらしている。ビルマ産ジェードとピンクオパールの組み合わせ(個人的には子どものころによく食べたスイカ味のトリックス・ヨーグルトを思い出してしまう、というのは愛情を込めた表現だが)は、このポップ コレクションのなかでも最もやわらかなカラーパレットを体現している。ストーンダイヤルにしては内包物は控えめで、それゆえにすべてのピースが一点物としての個性を放つ。なお、レモンクリソプレーズについては今回初めてその名を耳にしたが、その淡さはラピスラズリが持つ深く豊かな美しさとの対比により、非常に効果的なコントラストを生み出している。この組み合わせはスモールセコンドのダイヤルで特に映え、小さな円形の差し色が絶妙なアクセントとなっている。一方で、この組み合わせにおいてはトゥールビヨンのダイヤルが最も魅力に欠けるように感じられた。真ん中のリングが反対の石をやや過剰に遮ってしまっており、全体のバランスを乱している印象があるからだ。そして最後に触れておきたいのが、ターコイズと深みのあるオレンジコーラルの組み合わせだ。このペアは、3つのうちで最も鮮烈かつ強い印象を放つ組み合わせだと思う。これは両者の彩度の高さに加え、寒色と暖色を意図的にぶつけ合ったようなコントラストが生むものだ。皮肉なことに、この色のぶつかり合いこそが5Nレッドゴールド製ケースを採用したミニッツリピーター トゥールビヨンというモデルに、最もふさわしい雰囲気を与えている。
レモンクリソプレーズに、ラピスラズリのさりげないアクセントが添えられている。
Image Courtesy: H. Moser & Cie.
今回のリリースは何よりもダイヤルが主役であるため、新たなキャリバーは導入されていない。スモールセコンドモデルには、自動巻きCal.HMC 202が搭載されており、パワーリザーブは約3日間、振動数は2万1600振動/時となっている。トゥールビヨンモデルには自動巻きCal.HMC 805が搭載され、こちらはワンミニッツフライングトゥールビヨンを備えつつ同じく約3日間のパワーリザーブと2万1600振動/時のスペックを持つ。モーザーのフライングトゥールビヨン ミニッツリピーターキャリバーについては、これまであまり語られてこなかったが今回改めて注目すべきは、その構造とケース内で縦方向に積層された複雑機構の配置だろう。これはオープンワークのダイナミズムと、エンデバー・コンセプトの持つミニマリズムとの絶妙なバランスを実現しているユニークな設計と言える。このCal.HMC 904は手巻きで、約90時間という長めのパワーリザーブを備えている。
ご想像のとおり、ここで紹介された18モデルはいずれも限定生産となる。これは主に今回の時計に使用されたストーンの歩留まりによるものだ。SS製のスモールセコンドモデルは、それぞれ28本の限定生産(つまり、各ストーンペアにつき56本)で、価格は567万6000円。ただし、ターコイズ×コーラルのモデルのみ726万円に設定されている。トゥールビヨンモデルはそれぞれ5本の限定生産で大半は1394万8000円、こちらもターコイズ×コーラルのモデルだけは1469万6000円となっている。そして5Nレッドゴールド製のミニッツリピーターモデルは、6種すべてがユニークピース(一点物)として製作され、価格はすべて5688万1000円(すべて税込予価)という堂々たる設定だ。
正直に言うと、これらの時計を実際に(金属とストーンで)目にしたとき、終始笑みがこぼれていた。モーザーは超高額な複雑機構の時計であっても、どこか肩肘張らずに楽しめるような雰囲気をつくることに、常に成功し続けている。そして今回のモデル群もその系譜をしっかりと受け継いでいる。公式ウェブサイトを見れば一目瞭然だ。モーザー・アート美術館のギャラリーなど、そのユーモアの効いたトーンはまさに“おちゃめ”の極みである。その一方で、こうしたふざけた演出(マーケティングキャンペーンをイタいと批判する声高な論者もいたが、私はそうは思わない)に対し、25万ドル(日本円で約3560万円)以上をミニッツリピーターに費やそうという潜在的な顧客の一部が引いてしまう可能性もあるだろう。だが、モーザーが真に得意とするのは、まさにこのスタイルを突き詰め、そしてそれを心から楽しむ顧客を的確に見つけ出すことにある。今回もその強みがいかんなく発揮されている。
詳細情報およびポップ コレクションの全バリエーションについては、H.モーザー公式ウェブサイトをご覧ください。
Photos by Mark Kauzlarich
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