科学とは、よく知られた格言になぞらえれば、“長い退屈な時間のなかに、圧倒的な興奮の瞬間が時折訪れるもの”だ。カリフォルニア沖サンタ・バーバラ島近くのケルプ(海藻)の森で、水深50フィート(約15m)のところをホバリングしていたときに、そんなことを思った。私はエイドリアン・ムンギア・ベガ博士が頭上でまるで水中表現ダンスのような動きをしているのを見ていた。博士は中性浮力でホバリングし、遠くにある太陽に背後から照らされていた。ベルトにはメッシュバッグを留め、片手にはハイドレーションバッグ(飲料用の水袋)のようなものを持ち、ゆっくりと弧を描くように上下に振っている。もし博士が何をしているのか知らなかったら、窒素中毒にでもなったのかと心配したかもしれない。実際には、彼は海の中で1度に1リットルずつ水を集めていたのだ。
私には科学者になるだけの忍耐力も、細部まで気を配る力も(あるいは精神的な適性も)ないため、英文学の学位を取っておいて正解だったと思っている。私は、見たり経験したりしたことを、瞬間を切り取ったようなスナップ的物語にするのが好きだ。科学の道は長く、進歩はゆっくり着実に進むものの、つまずきも多い。しかし成果を伝え、支持を得て、なぜその仕事が重要なのかを人々に知らせるには、やはりストーリーテリングが欠かせない。そこで私の出番というわけだ。この夏、私は海洋保護団体オセアナ(Oceana)の科学者チームと一緒に行動し、2回の探査に参加してカリフォルニアのチャンネル諸島周辺でダイビングを行った。
私は、この探査の主なスポンサーであるスイスの時計メーカー、ブランパンのゲストとしてこのピースボートに乗船したのだが、それは気軽な取材旅行ではなかった。船に乗るからには、それなりの貢献をしなければならない。科学者たちはクリップボードや測定テープを使ってサンゴ礁を調査したり、分析のために水のサンプルを採取したりしてデータを集めていたが、視覚的な証拠も必要であり、それは写真を撮ることを意味していた。何年も海底探検をしているにもかかわらず、私の海洋生物に関する知識は恥ずかしいほどに乏しいため、私はほかのダイバーに写真に収めるべき珍しいものや重要なものを指摘してもらうことにした。二次的な目的は、手首につけた時計の写真を撮ることだった。些細なこと、いや“浅い”撮影対象だと決めつける前に、この探査にかかる費用という気まずい現実的な問題を考えてみて欲しい。
オセアナとブランパンは協力関係にある。オセアナには提言活動や調査を行うための資金が必要であり、チャンネル諸島でのこのような探査は決して安価なものではない。ボートのチャーター代、乗組員の人件費、すべての食費、旅費、新しい道具の購入費などがかかる。ブランパンは、1回だけでなく3回分の探査に資金を提供している(3回目は2025年に実施予定)。しかしもちろん、ブランパンにもこの協力から得るものがある。ダイバーズウォッチのパイオニアとして名高い同社は、海洋探査、海洋科学、水中写真撮影をサポートしてきた長い歴史を持つ。海やダイビングとの関わりは、CEOであるマーク・A・ハイエック(Mark A. Hayek)氏(自らも情熱的な熟練ダイバーである)から深く根付いており、会社のブランディングや理念と密接に結びついている。私は、ハイエック氏は役員室よりもダイビング・ボートにいることを好む人物だろうと確信している。オセアナとの提携はブランパンにとって会社のイメージ向上だけでなく、自然な組み合わせでもあるのだ。ウィンウィンの関係である。私たちは素晴らしい時計と一緒に潜ることができた。
ベンチュラの賑やかなマリーナを出発した我々は、強風と大波の予報のなか、波の荒い海域を進んだ。私は道具を無事に格納し、棺桶サイズの寝台に戻ってチャンネル諸島までの2時間の航海を乗り切った。キャプテンは1週間ずっと風を読みながら、島陰の穏やかな停泊地間で船を移動させてそこでダイビングをしたり、食事をしたり、眠ったりした。
ダイビング探査は凝縮された経験だ。5日間ボートで生活しながらだとなおさらである。スペースもプライバシーもほとんどなく、1日の活動は道具の準備、ダイビング、写真のダウンロード、食事、睡眠、そしてまたそれを繰り返すという、集中したルーティンに変わっていく。我々は1日に3度海に潜り、冷たい水のなかを、時には潮の流れに抗いながら、重い道具を身に着けて潜った。これがかなり体力を奪うのだ。私はよく眠った。圧縮空気を吸ったときの残留窒素と、乗り物酔い止めの錠剤に含まれるメクリジンが混ざり合い、波のうねりが私を心地よい眠りに誘うのだ。
チャンネル諸島は、その生態系の豊かな多様性から“北米のガラパゴス”と呼ばれることもある。不規則につながるネックレスのような8つの島の周りの海には、驚くほど速く、高く成長する植物である特徴的なケルプが生い茂っている。透明度の高いカリブ海のリーフダイビングに慣れていると、ケルプのなかでのダイビングは別世界のようで少し気味が悪い。樹冠が水面近くまで達することもあり、まさにジャングルだ。揺れる葉や太い茎の間を泳ぐのは森の中を藪漕ぎするようなもので、絡まるリスクもあり、曲がり角に何があるのかはまったく分からない。これらの島々はホホジロザメの生息地として知られ、クルマほどの大きさの巨大なブラックシーバスや、ゼニガタアザラシ、アシカ、エイ、そのほか数え切れないほどの生物が生息している。
我々のダイビングでは海の頂点の捕食者には遭遇しなかったが、それはほっとすることでもあり、悩ましいことでもあった。愛想のいいアザラシや鮮やかなガリバルディ、デコレーター・クラブのような海底の生き物やエキゾチックなエンゼルシャークなど、驚きには事欠かなかった。生態系調査の一環として、防水鉛筆を持ったダイバーとカメラを持った我々によって生物や地形が記録された。しかし目に見えないものにこそ発見の余地がある。そこでエイドリアン博士の出番だ。彼は“環境DNA(eDNA)”の分析に精通している。
水中の犯罪現場捜査と考えてみて欲しい。エイドリアン博士がバッグに集めた水や、水深100mから専用のテザーボトルで汲み上げた水は真空圧とフィルターで船上で処理され、水中のDNAを捕らえる。そのあと水は廃棄され、場所と時間ごとにラベルが貼られたフィルターが分析のために研究所に持ち帰られる。こうして我々を含め、その水をとおったすべての生き物が明らかになるのだ。
私は幸運にも、これまでブランパン主催の探査に何度か同行することができた。最初は人里離れたレヴィラギゲド群島への1週間の旅で、次にヒラシュモクザメを研究する科学者チームとフランス領ポリネシアへ、そして今年はチャンネル諸島へ2度、どれも太平洋で行われた。この最も偉大な海は、名前に似つかわしくない一面も持っている。ダイビングに関しては寒く、流れが強く、視界が濁っているなど困難が多いが、献身的なダイバーには信じられないほど豊かな海洋生物で報いてくれる。太平洋での探査には体力、注意力、そしてケアが必要だ。
ブランパンは、この種のダイビングにふさわしい時計ブランドのように思える。私は何かに通常より高いお金を払うときは、より高い期待をして当然だと考えている。ブランパンは明らかに高級品の上位に位置するがそのレガシー、ブランディング、海を愛するCEO、あるいは時計の高い品質のいずれにせよ、ダイビングツールとしての信頼性を保っているブランドだ。ブランパンのダイバーズウォッチは、大半のハイエンドウォッチよりも高級時計の魅力と実用的な機能性をうまく両立させている。そして私は意図したとおりに使用され、多く使い込まれたフィフティ ファゾムスを目にしてきた。
例を挙げよう。チャンネル諸島の探査では、時計を過酷な状況で使用した。ダイバーたちは、交代で3本あるフィフティ ファゾムスの時計を身につけた。そして時計好きな私は、深海へ飛び込む前にその時計を特別に長いナイロン製ストラップでしっかり固定する役目を担った。ブランパンからはスティール製のフィフティ ファゾムス オートマティックを貸し出されており、私は自分のチタン製モデルとHODINKEE限定モデルのバチスカーフも持参した。
写真撮影のために自分の時計を手放すのは少し悔しかったが、カメラのうしろにいると、自分の手首が“無駄なスペース”になってしまう。今週の写真撮影の目標は、水中で手首の時計を撮ることだけでなく、カリスマ的な海洋動物を背景にして撮ることだと冗談を言っていた。簡単ではない。水中で小さく光る物体を撮影するのも十分難しいが、野生の動物に協力してもらうとなると難易度が一気に上がる。しかし、ついに最後のダイビングでそのチャンスが訪れ、それは偶然にも私自身の手首にあった時計だった。
ホーンシャークはかなり小さく、姿を隠すのがうまい魚で、よく海底やケルプの間で巧みに擬態している。その食性は軟体動物や甲殻類で、砂の中から探し出し、力強い顎と噛み砕く歯で捕らえて食べる。名前は背びれ先端の歯のような角からきている。シャイな性格で、ダイバーが見ることはまれだ。そのため科学ダイバーのひとりであるアーニャ氏が私の注意を引こうと手を振り、手を頭に垂直に立てて“サメ”の合図をしたときには血の気が引き、私は水中をくまなく見渡しながら、頭のなかで『ジョーズ』のテーマが鳴り響いていた。
アーニャ氏は私の前方数フィート先の砂を指差した。そして私は見た。ホーンシャークだ。海底に腹をつけたまま動かない。私はゆっくりとフィンを使い、ホーンシャークの上でホバリングして科学のために何枚か撮影したあと、ドライスーツの袖にバチスカーフ(HODINKEEからの50歳の誕生日プレゼント)を巻いた左腕を伸ばした。時計とサメが一緒に写るよう、扱いにくいカメラのハウジングをできるだけうしろに引き、やみくもにシャッターを切った。ホーンシャークはもう十分だとばかりに泳ぎ去り、ケルプのあいだに姿を消した。
私はボートに戻ってハウジングからカメラを取り出し、メモリーカードをパソコンに挿して何百枚もの写真をダウンロードした。スクロールしていくと、ホーンシャークが写っている一連の写真にたどり着いた。完璧なピントで、強力なダイブライトにしっかり照らされたホーンシャークがそこにいた。そして次の画像には、少しピンぼけだったもののきちんと写った時計が見えた。そのうしろには紛れもなくサメの形。私は思わず声を上げた。私の忍耐は報われたのだ。それまで決して退屈というわけではなかったが、その“完全な興奮の瞬間”に共感できた。
ついにいい写真が撮れた!
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