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1年のあいだに発表されるすべての新作に追いつくのは不可能だ。これまでにも重要なモデルを見逃してしまうことがあり、それが大事なことだったとあとから気づくこともあると率直に話してきた。ときには少し時間が経ってからでないと、その価値を十分に理解できないこともある。Geneva Watch Daysでの発表と直近の日本への旅行が重なり、私は危うく名作になる可能性を秘めた作品を見逃すところだった。
新作のSLGA025 “阿寺(あてら)渓谷”スプリングドライブモデルはまったくもって素晴らしいものだ。8月末のグランドセイコーの新作発表をすべてチェックする時間がなく、同僚のタンタンが特大ニュース(新しい9SA4ムーブメントを搭載した45GSスタイルの復活)を報じていたものの、SLGA025の存在には気づいていなかった。しかし日本の塩尻にあるセイコーエプソン工場を見学しているとき(この工場は、グランドセイコーのスプリングドライブやクォーツウォッチを手がける信州 時の匠工房がある)、文字盤部門にてひとりの女性が、見たことのない素晴らしい青いフュメ風ダイヤルの落下試験を行っているのを目にした。20フィート(約6m)も離れていて、しかもガラス越しだったが、私はその美しさにすっかり魅了されてしまった。約1時間後、目の前にはグランドセイコーがここ数年で手がけた最高のダイヤルのひとつと言っても過言ではない完成見本があった。
ダイヤル以外の仕様は、諏訪湖モデルのSLGA019と同じである。本作は1967年の44GSで確立されたブランドの“デザインの文法”に基づきながら、現代的で軽量に仕上げられたエボリューション9コレクションだ。グランドセイコーはこのデザインをよりスポーティでコンテンポラリーにアップデート。その結果として、40mm径、11.8mm厚で、高強度なブライトチタンケースを持ち、22mmのラグ幅、ラグからラグまで47.9mmという仕様となった。
グランドセイコーは文字盤第一主義だと揶揄されるかもしれない。だがそれでは、長年にわたる彼らの時計製造における数々の功績や、精度、視認性、機能性、そして最近の機械式コンプリケーションへのこだわりを無視することになる。確かに、GSはカルト的な人気を持つ文字盤をいくつもつくり上げてきた。たとえば、白のSBGA211 “雪白”や、控えめなピンクの“春分”は、ブランドで最も成功したモデルだ。そしてこの新作“阿寺渓谷”を手がけたのも、まさにこれらの名作を生み出した同じクリエイターたちである。
関氏、田中氏、そして秦氏は、文字盤デザインのインスピレーションを解釈するだけでなく、その解釈をいかに実現させるかを考えるチームメンバーだ。彼らは皆“雪白”と“春分”の製作に携わっており、文字盤製作における“ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス”のように、次々とヒット作を生み出している。
機密保持の理由から、ダイヤル製造のプロセスについて多くは語れないが、最終的な結果に至るまでに多くの試行錯誤があったことだけはお伝えできる。すべては彼らの自然へのインスピレーションと愛から始まっている。このダイヤルは日本の阿寺渓谷を流れる、青緑色の澄んだ川から着想を得ており、秦氏はハイキング中に撮ったその川の写真をスマートフォンで見せてくれた。田中氏はガーデニングへの情熱から自然を愛するようになり、それが流れる川に合うテクスチャーを思い描く上で役立ったと言う。
ダイヤルパターンをつくり出すため、彼らはアトリエでこれまで使ったことのない工具を使うことになった。これらの工具を手作業で操作しながら、川を流れる大小の水の流れを表現し、プレート上に自然な模様を削り出していった。より大きな工具を使って川の大きな流れを表現しようとしたが、細かな制御が難しくなり、さらなる試行錯誤を要することになった。最終的にはプレート上に適切なパターンを見つけ、複数の試作が行われたことでダイヤルベースが完成し、次はカラーの実験が始まった。
残念ながらダイヤル製作のプロセスについてこれ以上詳しくはお伝えできないが、見ればひと目で分かることがある。それはこのダイヤルが、見る者を強く引きつけるほど美しいということだ。
ケース内部には、自社のスプリングドライブ技術を結集して誕生した自動巻きスブリングドライブムーブメント、Cal.9RA2が収められている。このムーブメントは約5日間(約120時間)のパワーリザーブを備え、精度は日差±0.5秒、月差±10秒となっている。パワーリザーブインジケーターが裏蓋にあり、これが非常にありがたい。というのもこれほど美しいダイヤルにパワーリザーブインジケーターが入るのは避けたいところだからだ(もっと言えばデイト窓もないほうがいいかもしれない)。
グランドセイコーのすべてのラインナップのなかで、スプリングドライブが最も重要な技術であると言っても過言ではない。クォーツの精度を自動巻きや機械式の機能と組み合わせることは、グランドセイコーの卓越したダイヤルと同様、ブランドの本質を体現している。9RA2は、より一般向けのスプリングドライブムーブメントにおいてその頂点に立ち、以前の9R6xムーブメントと比べてサイズ、装飾、精度、使いやすさにおいて大きく進化している。パワーリザーブは3日から5日に延長され、新しいオフセットマジックレバーというシステムを使用してムーブメントを小型化しつつ、異なるふたつのサイズのゼンマイ香箱を使用することで精度を維持し、日付機構もより高速化された。
完璧な時計は存在しないし(まあ、基本的にはどの時計もそうだが)、よくいわれる不満を長々と述べるつもりはないが(あえて言えばブレスレットにブレスレット、それとブレスレットだ)、マイクロアジャストがないこと自体それほど大きな問題ではない。ただ価格が146万3000 円(税込)ともなれば、それが標準装備であるべきだとは思う。それ以上に気になるのは、ラグ幅の広さと、グランドセイコーのブレスレットがほとんどテーパーしない点だ。このふたつの組み合わせによりエレガンスさを損ない、時計がやや角ばった印象になってしまっている。さらに高強度なブライトチタンは、ブランドのブリリアントハードチタンに比べてかなり鈍い灰色に見えるため、時計のヘッド部分が本来の輝きを十分に引き出せていない。
そうは感じないかもしれないが、グランドセイコーはパンデミック時に始まった限定版の多さを抑えようと力を入れているようだ。その代わりに、ブランドは焦点を絞り込み、(たとえば“白樺”のように)同じダイヤルをさまざまなケース素材で展開しているようだ。本モデルは限定版ではないが、“阿寺渓谷”ダイヤルのバリエーションがこれだけに留まるとは限らないだろう。
またここ数年、グランドセイコーにも価格の上昇が見られるように感じる。最近のモデルは(より一般的な消費者レベルでも)79万2000 円から188万1000 円する機械式クロノグラフまで、幅広い価格帯におよんでいる。私が指摘した細かいディテールが積み重なり、146万3000 円(すべて税込)という価格帯がブランドの最近のリリースにおいて新たな基準になりつつあるが、140万円を超える価格は一部のコレクターにとっては受け入れがたいものかもしれない。
この時計が“雪白”や“春分”のようにクラシックなモデルになるかどうかはまだ分からない。しかしどちらのリリースも、ブランドにとって“一瞬”を切り取ったものであり、市場を驚かせた新しいダイヤル技術や、グランドセイコーが持つ四季や自然への深い愛を多くの人々に知らしめるきっかけとなった。これらは明るいダイヤルのためさまざまなシチュエーションで使いやすいが、新しい“阿寺渓谷”ダイヤルは、より大胆で目を引くデザインで、全員に好まれるとは限らないかもしれない。
しかし、あのダイヤルだ。本当に素晴らしい。光のなかで移り変わる様子は壮観だ。グランドセイコーの写真だと、私が実際に見た印象よりも明るく、ややグリーンが強調されているように感じる。どんなダイヤルも環境との相互作用が大きく影響を与えるが、斜めから暖かい光を反射させると、このダイヤルは紫に近い色合いを帯びる。私の手首の上だともっと青みが強く、暗い印象を受けた。しかし明るい光の下ではグリーンの下地が浮かび上がり、まるでクジャクの羽の縞模様のようにも見えた。今回のリリースもやはりグランドセイコーらしく、ダイヤルが主役と言っていいだろう。そしてこれほど素晴らしいダイヤルなら、称賛に値するだろう。
グランドセイコー エボリューション9コレクション SLGA025 “阿寺渓谷”。直径40mm、厚さ11.8mm、ラグからラグまで47.9mm、ラグ幅22mmのブライトチタンケース、100m防水。ザラツ研磨とサテン仕上げのコンビネーション。阿寺渓谷をイメージした縞模様のダイヤル。自社製の自動巻きCal.9RA2搭載、時・分表示、センターセコンド、日付表示、パワーリザーブ表示。約5日間パワーリザーブ、月差±10秒。ブライトチタンブレスレット。価格は146万3000 円(税込)
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