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ダトグラフ・ハンドヴェルクスクンスト。すなわち、職人技の芸術。それが力強い美しさを秘める“Handwerkskunst”という言葉の意味であり、ドイツ語の美しさを示す素晴らしい一例でもある。
余談はさておき、ドイツ人の友人たちと私がともに育ったウィスコンシン州の豊かな伝統に謝罪したい。私はランゲのハンドヴェルクスクンストのリリースにはいつも困惑させられてきた。私がランゲに魅了されてきたのは、控えめで厳格、視覚的にも“ゲルマン的”とさえ言える、静かな佇まいのなかに特別な要素を秘めた時計だからだ。最近リリースされたオニキスダイヤルのランゲ1などがまさにそれに該当する。ハンドヴェルクスクンストはランゲのほかの時計とはあまりに異なっているように見えていたのだが、かつてはその理由がわからなかった。しかし今回のハンドヴェルクスクンストを目の当たりにして、すべてが腑に落ちたのである。
ダトグラフの25周年に際して私は何か大きな変化を期待していた。ダトグラフ・パーペチュアル・トゥールビヨン “ルーメン”は確かにそれにふさわしいモデルだ。62万ドル(日本円で約9130万円、なお日本での定価は要問い合わせ)という価格に加え、14.5mmの厚みがあるという点でも“ビッグ”な存在だ。もうひとつの限定版として登場したブルー文字盤の125本限定ホワイトゴールド(WG)製 “アップ/ダウン”は、やや期待外れに感じた。確かに美しい時計であり、このシリーズでは初めての試みではあったが、25周年記念としては新たなムーブメントなどが期待されるところだ。新しいケースと文字盤は魅力的ではあったものの、惜しい機会損失に思えた。正直なところ、アップ/ダウンは私の好みのダトグラフではない。よりバランスの取れた文字盤を持つオリジナルのダトグラフの、クリーンでクラシックな魅力を好む。
その点では、この新しいハンドヴェルクスクンストのほうが魅力的だ。新しいRef.405.048Fはアップ/ダウンの既存のケースサイズである41×13.1mmを維持しつつ、アップ/ダウンのレイアウトを廃し(パワーリザーブ表示は6時位置から取り除かれ)、ケースはイエローゴールド(YG)製で仕上げられている。美しいトレンブラージュ仕上げの文字盤についてはのちほど触れるが、ランゲを手にして最初の30秒以内に裏側を確認しないというのは、本来の楽しみ方とは少し異なるものだろう。
技術的な面に触れると、本作にはA.ランゲ&ゾーネ製のCal.L951.8という新しいムーブメントが搭載されている。その系譜は初代ダトグラフに搭載されたCal.L951.1までさかのぼることができる。現行のWG/ブルーダイヤルモデルを含む最新世代では、6時位置にパワーリザーブインジケーターが配置されたCal.L951.6が搭載されている。新しいCal.L951.8では単にその表示を省いただけでなく、ひと目でわかる仕上げへのこだわりが加えられており、その美しさには目を見張るものがある。
過去のハンドヴェルクスクンストや“F.A.ランゲへのオマージュ”と同様に洋銀のムーブメントプレートにはフロスト加工が施され、質感とコントラストが強調されている。話は逸れるが、洋銀の色味は光によって大きく変わって緑がかることがあり、撮影後の修正がほぼ不可能なため、ランゲのムーブメントを撮影するのはこれまで難儀してきた。フロスト加工によりムーブメントの撮影が容易になっただけでなく、手作業によるプレートの仕上げやエッジの面取りが、通常のダトグラフよりも一層際立っている。
ランゲのテンプ受けに施された手彫りのレリーフはいつ見ても美しく、正直なところ時々その美しさを見慣れたもののように見過ごしてしまうこともあるが、それでも“特別な魅力”がある。この新作のエングレービングはほかのランゲ作品に比べてややシンプルではあるものの、フロスト加工のプレートに映える単純化された蔓模様は平均的な彫りよりも美しく、贅沢な印象を与えている。
最後に、クロノグラフレバー(およびその他いくつかの部品)はすべて特別な手作業で仕上げられている。従来モデルにおけるこれらの部品にはサテン仕上げが施されており、適度な艶と輝きがあったが、ダトグラフ・ハンドヴェルクスクンストのクロノグラフレバーは完全にブラックポリッシュで仕上げられている。下の写真でその鏡面効果を確認できるだろう。また上の写真には部屋の暗さや影を反射して漆黒に染まるレバーの姿が見て取れる。この工程の狙いは、波や凹凸のない完璧に平らな表面を作り出すことにある。表面に凹凸があると光が斜めに反射してしまい、鏡面仕上げによるフラットで美しい反射が台無しになるからだ。
一般的には油に懸濁されたダイヤモンドダストを含む研磨剤を塗布した、滑らかで平らな亜鉛板や錫板の上で研磨する技法が用いられる(ただし、ランゲがどのようなプロセスを採用しているかは正確にはわからない)。ネジの頭を黒く磨くのに1本あたり3分から20分かかると言われているので、クロノグラフレバーの研磨にどれだけの時間がかかるか(しかも操作性を損なわないようにすることも考慮して)想像してみて欲しい。
そしてケースだ。このモデルは39mmサイズで“イエロージャケット”の愛称を持つダトグラフ Ref.403.041以外では初のYG製ダトグラフである。この点だけでもコレクター層への配慮が感じられるが、“イエロージャケット“のブラック文字盤が省かれたことで、パンチとコントラストがやや薄れたように感じるかもしれない。しかしそこにはまた別の新たな魅力が備わっている。
ああ、文字盤について触れるのを忘れていた。この文字盤こそが、過去のハンドヴェルクスクンストのリリースに対して私が距離を置いていた理由だったのかもしれない。文字盤のなかには1815ラトラパント・パーペチュアルカレンダーに見られるエナメルの星模様のように、手仕事の技術や大胆なデザインを取り入れたものもある(これも少し風変わりすぎて、私の好みには合わない)。確かにそれと比べると、“イエロージャケット”の黒い文字盤ははるかに見やすい。しかし、トライポフォビア(通称、集合体恐怖症)のような症状がある人には、このトレンブラージュ仕上げの文字盤は見ていて少し気持ち悪いかもしれない。この文字盤の仕上げは、以前1815トゥールビヨン・ハンドヴェルクスクンストにも使われていた。しかしこの一見シンプルで奇妙なテクスチャは、近くで見ると驚くほど印象的だ。
文字盤全体はYG製で、文字盤のメイン部分はブラックロジウム仕上げ、インダイヤルにはライトグレーのロジウム仕上げが施されている。インデックスとローマ数字はYGの植字だが、それ以外の部分はすべて文字盤上に浮き彫りにされている。“Made in Germany”の文字やすべてのタキメータースケール、サブダイヤルの文字もすべてレーザーで彫刻された浮き彫りだ。また、テクスチャ部分はすべて手作業によるトレンブラージュ仕上げで刻まれている。
以前はこの魅力がわからなかったが、完成度の高いパッケージとして新しいハンドヴェルクスクンストは驚くほど魅力的だ。時計愛好家として成長し、視点が成熟したからかもしれない。今でもプラチナ(Pt)製のブラックダイヤルという、クリーンで洗練されたランゲの大胆な渋さが好きだが、この新作の柔らかな表情には完璧に近い美しさがある。“クワイエットラグジュアリー”がもはやクールではないことは理解しているし、そもそも“クール”と言われるものに敏感だったこともないが、この時計はクワイエットラグジュアリーでありつつ、非常にクールでもある。価格は21万7600ドル(日本円で約3328万円、複数の情報筋による)なので、それだけの価値があることが期待される。そしてこの時計は期待を裏切らない。ただし大胆で特にクールな別の時計を見たい方のために、もう1本別の時計を簡単に紹介しよう。
ニューヨークのランゲ・ブティックを訪れてハンドヴェルクスクンストの写真を撮影した際、一部の人が“究極のダトグラフ”と考えるであろう、唯一無二のダトグラフを目にする機会もあった。多くのランゲコレクターにとって、ユニークピースと呼ばれる1品は手に入れられるもののなかでは最上級とされる。例えばトゥールボグラフ・パーペチュアル “プール・ル・メリット”のユニークピースは小売店ドゥバイール向けに作られたもので、201個のバゲットダイヤモンドがダイヤモンドケースとブレスレットにセッティングされ、120万ユーロ(日本円で約2億円)の値がつけられた。また2018年にはSS製のランゲ&ゾーネ 1815 “オマージュ・トゥ・ウォルター・ランゲ”が最終的に85万2525ドル(日本円で約1億3000万円)で落札された。加えて2022年にはWG製の1815 クロノグラフ “ハンプトンコート・エディション”がオークションで105万8500スイスフラン(日本円で約1億8600万円)で落札されている。この新しいハンプトンコートの時計は11月9日にジュネーブでフィリップスによりオークションにかけられる予定である。まさに究極中の究極とも言える1品だ。収益は英国の慈善団体であるキングス・トラストに寄付される。
残念ながらこの時計は保護用のビニールで包まれており、磨き上げられたケースに傷や指紋がつかないようになっていた。念のため言っておくと、これはサンプルやプロトタイプではなく、オークションで落札されたのちクライアントに届けられる本物の時計だ。そのため、保護包装が施されていても手袋を着用する必要があったのだ。おそらく彼らはグレーの文字盤を除けば、この時計の主役とも言えるブレスレットを特に気にしていたように思う。ケースはWG製だが、WG製のブレスレットは特に磨きが難しいため、ビニールを剥がさずに保護しているのは理解できる。
ブレスレットは、ランゲがダトグラフ・パーペチュアル(Pt製)などいくつかのアイテムのオプションとして提供していたものと基本的に同じである。しかしこのWGのウェレンドルフ製ブレスレットは過去の在庫の余りで、ハンプトンコートの新作に取り付けられたものだと聞かされた。さあ最後にケースバックだ。ムーブメントの最高の瞬間を捉えることはできなかったが、それはハンプトンコートのロゴが刻印されたハンターケースバックのせいだ。世界で最もクールなダトグラフのひとつであるこの時計のムーブメントは、オークションで落札した人のために取っておこう。
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