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GO YOUR OWN WAY 最新カーボンファイバーケースにみる実用時計メーカーとしての矜持

オリスが開発した、世界初にして唯一の機械式高度計付き自動巻き時計がアップグレードした。このユニークピースに革新的な進化をもたらしたのは、最新鋭の3Dプリント技術とブランドに貫かれる確固とした時計づくりの理念だ。

本特集はHODINKEE MAGAZINE Japan Edition Vol.6に掲載されています。

 デジタル技術の発達によってウェアラブルツールの機能は格段に進化を遂げた。ネットを介したさまざまな情報の収集や、GPSによる位置の把握から移動速度の計測、さらに心臓の鼓動や血圧を検知し、体内の奥深くまで探査の網を張り巡らせる。これに対し、アナログの機械式時計も負けてはいない。大いなる創造力と伝統技術の革新によって、その限界をさらに超えていく。今年発表されたオリスのプロパイロット アルティメーターはまさにその証左だろう。

 オリスは2014年に自動巻き腕時計で初めて機械式高度計を搭載した。正確な時間と高度をダイヤルに表示する機能は、パイロットやアルピニストに高く支持され、その独創的な機構と高い技術力は多くの時計愛好家も一目を置く。

 新作は3年の開発期間をかけて、このユニークな魅力にさらなる磨きをかけた。シンボルである高度計のスペックを従来の高度4500m(1万5000フィート)から6000m(1万9700フィート)へと向上させ、ケース素材も新開発の軽量カーボンファイバーを採用した。さらにムーブメントも薄型のCal.793に一新し、56時間のパワーリザーブを実現するとともに、ケース厚も前作より1mm薄い約16.7mmに抑えている。

 ブラックの文字盤に時分針を幾重にも取り巻く数字と目盛りは、まさにコックピットの計器を思わせ、たとえ航空機を操縦したことがなくても魅せられるだろう。だが操作はいたって簡単だ。

 まずは4時位置のリューズを引き出し、赤いリングの表示の高度計を起動する。さらに1段引き出し、リューズ操作で6時の赤い三角形が管制塔などの指示する基準気圧を指すように合わせると、黄色い2本線のポインターが現在地の高度、赤色のポインターが絶対気圧を指す。リューズを1段戻せば、黄色のポインターが自動で現在の高度を示す。

 設定はこれだけ。フライトの準備は完了し、いつでもあなたは操縦桿を握って大空へと羽ばたけるというわけだ。

オリス プロパイロット アルティメーター 88万円(税込)。時計の詳細はこちら

6000mまで表示できるように高度計のスペックが進化した新型のプロパイロット アルティメーター。なお、写真のメートル表示タイプのほか、フィート表示タイプも用意されている。Photo Courtesy ORIS

ダイヤル側の表示はメートルかフィートのどちらか一方になるが、チタン製のスクリューバックケースにメートル/フィート表示換算スケールを施すことでどちらの表示にも対応する。Photo Courtesy ORIS

2時位置のリューズは時刻とカレンダー表示を操作するためのもので、高度計に関するものはすべて4時位置のリューズに集約。独創性だけでなく、ユーザビリティも追求されている。Photo Courtesy ORIS

 文字盤の外周に記した高度表示は、白い数字が0〜3900mでひと回りしたあと、2段目の黄色い数字の4000〜6000mに続く。航行時はFL(フライトレベル)が記された赤い三角を6時位置の三角に合わせる。チタンのケースバックはねじ込み式で、メートルとフィートの換算尺が刻まれている。チタンはこのほかベゼルとふたつのリューズにも使われ、いずれもグレーPVDを施し、軽量性と高強度に寄与する。

 実用的な自動巻きに機械式高度計を搭載する時計は唯一で、これは高度計をムーブメントに積層する際に巻き上げローターが干渉してしまうためだ。この回避のため、プレートを設け、両者を分離している。

 機械式高度計の原理はけっして複雑ではない。メタル製のダイヤフラムが周囲の圧力に応じて変位し、その動きを針に伝える。だが時計の場合、問題になるのが気圧を感知する開口部から湿気が入り、防水性が損なわれることだ。これに対し、オリスは空気を通しても湿気は遮断する独自のPTFE防湿壁を開発し、特許を取得している。

 新作ではこうした独自の機構を包み込むケースに、新たなカーボンファイバーコンポジット素材を採用した。これは、ETHチューリッヒ大学(スイス連邦工科大学)から独立した9T研究所とのパートナーシップから生まれたものだ。9T研究所は前例のないカーボンファイバー加工法を開発するため2018年に設立されて以降、宇宙開発や航空機器をはじめ多くの加工品を生み出してきた。オリスはその設立当初から時計のケース開発について協業を打診していたのだ。

 こうして選ばれたのは、カーボンファイバーと高分子ポリマーPEKKの複合素材だ。PEKKは化学的にも強く、耐熱性に優れ、両者を合わせることで軽量性と強度を併せ持つ。これまでも複合素材として時計の外装に用いられていた素材だが、プロパイロット アルティメーターが画期的なのはこれをワンピース構造のケースで実現したことだ。ラグを一体成形したケースに、ムーブメントを直接収め、風防とチタンの裏蓋をはめ込む。さらにリューズをセットするという複雑かつ高い精度が求められる造形に加え、気密性も確保しなければならない。これを既存のカーボン成形技術で作るのは難しく、9T研究所は“積層造形と成型”を基にした独自の製造法を生み出した。着目したのは3Dプリント技術だ。

 3Dプリントの技術革新は目覚ましく、今や最先端分野はもちろん、建築や医療、食品など非製造業まで広がり、新たな産業革命と呼ばれるほどだ。今回の9T研究所独自のソフトウェアによる3Dプリント技術も複合素材を安定した密度や形状で融合・最適化し、一定の品質で最終製品の量産を可能にした飛躍的な発明である。

3Dプリント技術は時計製造の現場でも今や欠かせない。だが開発時のプロトタイプとは異なり、量産に成功したカーボンファイバーケースは前作より70gも軽い約98gを実現している。なお、カーボンファイバーと高分子ポリマーPEKKの融合プロセスについては技術的なノウハウにかかわるため、明確な回答は得られなかった。Photo Courtesy ORIS

 ハイテクな素材や製造プロセスから生まれたにもかかわらず、その表面には木の年輪を思わせるようなパターンが浮かび上がる。積層した素材が生み出す固有の美しさは、3Dプリントによる予期せぬデザインであり、プロパイロット アルティメーターを腕にハイキングや登山を楽しむナチュラリストにも好感を与えるに違いない。そしてサステナビリティにおける3Dプリント技術の可能性も示唆するものとなった。

 加工を完璧にコントロールすることで素材のロスをなくし、従来の工法より効率を格段に向上させる。それは“未来のための気候中立型移動”を志向し、新しいデザインと製造工程を提供する9T研究所の活動に沿う。それと同時に海洋環境保全をはじめサステナブルに取り組み、社会貢献をミッションにするオリスの企業理念にも通じ、両者のまなざしは共通の未来に向いている。

 来年オリスは創業120周年を迎える。だが歴史を振り返れば、その歩みはけっして平坦ではなかった。1934年に制定されたスイス時計法では、同国内での競争を防ぐために新技術の導入が制限され、オリスは安価な時計製造を強いられた。これに対し、10年にわたる法廷闘争の末、1966年にはついにスイス時計法を覆したのだ。さらに1970年代にグループ傘下になるものの、1982年に当時の経営陣が自社株を買い取り、クォーツウォッチを廃止し、機械式時計のみの製造を選択した。これによってオリスは独立系ブランドとして再起したのである。

 そこには“Go your own way(自分の流儀を貫く)”という反骨精神とともに、“Real watches for real people(真に生きる人のための本物の時計)”を作るという揺らがぬ理念が根底に貫かれている。それは武骨さに本当の価値や人間の自由な精神性を宿すプロパイロット アルティメーターも例外ではない。だからこそ、この時計は極めてオリスらしいといえるのだ。

Photographs:Yoshinori Eto Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:Mitsuru Shibata