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時計職人で機械エンジニアのダヴィッド・カンドー(David Candaux)氏を前回取り上げたのは2019年で、彼が時計製造の中心地ヌーシャテル近くのル・ソリアットで、自身の名前を冠したブランドを立ち上げるために思い切って独立を果たしてからわずか2年後のことだった。それまで彼は、世に出回るなかで最も型破りなムーブメントを開発し続け、36件の特許を取得してきた。
数週間前、カンドー氏が立ち寄り現在のラインナップのいくつかを見せてくれたが、ブランドのアイデンティティはほとんど変わっていない。このブランドのストーリーについてもっと読みたい方は、ニック・マヌーソスが2019年の記事で彼に素晴らしいインタビューをしているので、ぜひこちらを読むことをおすすめする 。
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DC1
私見では、DC1はダヴィッド・カンドー氏の3つのラインナップのなかでも主役と言えるだろう。彼の時計はすべて自身でイチから設計しており、30°傾斜したトゥールビヨン、垂直プッシュボタン操作の“マジックリューズ”、そして傾斜したムーブメントを備えているが、DC1の美学がとりわけ印象的だ。モダンデザインとクラシカルな時計製造へのオマージュが、行き過ぎることなく絶妙に調和した時計に仕上がっていると感じる。ほかのデザインと異なり、DC1はより伝統的なラグを用いて、わずかに傾斜した文字盤は18金無垢のイエローゴールドで、ハンドグレイン仕上げが施されている。非常に魅力的だ。
トゥールビヨンに設けられた30°の傾斜。
純粋に個人的な好みだが、私は大きなセンターセコンド針が大好きだ。9時位置のトゥールビヨンの動きを損なうという意見もあるかもしれないが、大きな青焼きの秒針は、手首にまるでドラマティックな存在感を与える点で実に素晴らしい。トゥールビヨン開口部の右側には、オパール製の小さな文字盤があり、時刻を表示する役割を果たしている。
文字盤上部には、凹んだパワーリザーブゲージとダヴィッドのあだ名である“The Bear”のアップリケが見える。YG製文字盤部分にはさりげなく“Handcrafted”という文字が入っているが、こういった言葉は裏蓋に入れるか、完全に省くべきだと常々感じている。すべての時計が“手づくり”であると、ブランド信念として掲げている場合、その表記は不要だろう。ダヴィッド・カンドーの名前は6時位置付近の前面の見返しリングに、ブランドのスローガンである“Le Coeur & L'Esprit(心と精神)”とともに刻まれている。
時刻設定モードのマジックリューズ。
トゥールビヨンケージは青焼きのチタン製。
もちろん“マジックリューズ”、ブランドが“クーロンヌ・マジーク巻き上げシステム”と呼ぶ機構にも触れなければならない。これはリトラクタブルペン(先端格納式のペン)の機構にインスパイアされたものであると、カンドー氏は教えてくれた。リューズを押し込むと、ケースからせり出して側面のローレットが現れ、設定や巻き上げができる仕組みだ。従来のリューズとは異なり、巻き上げと設定のストップ位置が逆になっており、最大位置まで引き出すことで巻き上げが可能になる。私の体験だとこの機構はスムーズで印象的だったが、下方向に力がかかるとリューズが設定モードに戻ってしまうため、ときには何も押さずに巻き上げるのが難しかった。システムに引かれる自分もいる一方で、現実主義的な視点からはこのデザインにも伝統的なリューズが合っていたのではないかとも考えてしまう。
グレート5チタンでできたキャリバー。
ムーブメントの傾斜は、アングラージュと内角のディテールをよりよく見せる。
3つのステップを通して、ムーブメントの傾斜を見ることができる。
時計を裏返すとCal.1740が現れる。このムーブメントは約296個の部品で構成され、驚異的な仕上げが施されている。ムーブメントのブリッジ、輪列、歯車も3°の傾斜がつけられており、アングラージュを際立たせ、内側の角度がより強調されるよう工夫されている。グレード5チタン製の輪列のブリッジは、手作業によるブラックポリッシュ仕上げが目を引き、ムーブメントのほかの部分にはCôtes de Solliat(コート・ド・ソリア)ストライプ仕上げが施されている。
DC6
伝統的なDC1の要素に比べると、DC6はブランドのデザイン言語をより現代的で独立した感性へと押し進めている。ラグはより彫刻的で立体感を増し、中央の秒針や文字盤全体を覆う従来の風防はなくなった。その代わり、ひとつは傾斜トゥールビヨン(秒針を兼ねる)を収め、もうひとつは凸型文字盤と大きくカーブした針を収めたふたつのサファイアドームが配置されている。ケース上部全体を覆う風防がないため、ギヨシェ彫りが施されたプレートが目立ち、時計に触れたときの質感を際立たせる要素になっている。このギヨシェ装飾についてブランドは、18世紀から19世紀のハーフハンター懐中時計に着想を得たと語っている。当時、ギヨシェは文字盤の装飾としてではなく、時計を持ちやすく、耐久性を高めるための機能的な装飾として使用されていた。
カンドー氏によれば、このギヨシェ模様はPointe du Risoux(ポワント・デュ・リゾー)と呼ばれ、彼自身がデザインしたものだという。趣味のパラグライダーで上空を滑空しているときに見える木々の歪みから着想を得たものであり、“クル・ド・パリ”を大胆にアレンジしたものだ。ル・ソリアでパラグライダーをしたことがない私は、彼の言葉を信じるしかないだろう。
写真からはわかりづらいかもしれないが、この時計はきわめてテクスチャーに富んでいる。さらにギヨシェ彫りが、マイクロブラスト仕上げとポリッシュ仕上げの表面のコントラストをいっそう際立たせている。DC1とDC6はサイズ感としては似ているが、スペック上ではわずかに異なっている。DC1は直径43.9mm、厚さ12.9mmで、DC6はそれより少し小さい43mmと12.6mmだ。正直なところ、ケースデザインが伝統的なものとかけ離れているため、寸法はあまり意味をなさない。実際に手首につけるとラグが非常に短く、ストラップがすぐに手首に沿うため想像以上に装着感がいい。またケースバックのサファイアクリスタルは手首に沿うようにカーブしている。それでも大型の時計であることには変わりない。(MB&Fの)オロロジカル・マシーンを身につけるのと同じ感覚で、この時計を楽しむべきだ。つまり、これは普段使いして袖の下に隠れるような時計ではないのだ。
DC7
最後に紹介するのは、DC7だ。オフセンターの文字盤やパワーリザーブインジケーター、ギヨシェ彫りや手作業によるグレーニング加工はなくなった。その代わりに、カラフルなサンレイ仕上げの文字盤が主役となっている。文字盤の12時位置はトゥールビヨンが一部を占め、全体としてよりシンプルなデザインに。これにより上部のトゥールビヨンがいっそう際立ち、ケース自体の複雑な仕上げやカーブに目が向くようになっている。
今回、前面の見どころが少ないように、背面の見どころも少なくなっている。DC7には新しいキャリバーが搭載され、ほかのキャリバーで印象的だったブラックポリッシュ仕上げの輪列ブリッジや目を引くストライプなどの要素が失われている。同ムーブメントはおそらくプレートのアングラージュをより強調しているのだろうが、ほかのムーブメントに比べると視覚的なインパクトにはやや欠ける印象だ。
傾斜は残っているが、このキャリバーではそれほど目立つものではない。
デザインはよりシンプルでありながら、直径44mm、厚さ14mmとトリオのなかで最も大きい点が興味深い。確かに目立つサイズであり、こうしたシンプルなカンドー氏のモデルが、さらに小さなケースサイズで展開されるのを見てみたかったとも思う。それにもかかわらず、この時計は視覚的なインパクトがあり、紛れもなくカンドー氏のデザイン哲学を体現している。このグリーンダイヤルモデルは8本限定の生産で、通常の生産モデルはシルバー文字盤にブルーのアクセントが施されている。
年間生産数はおよそ18~20本程度で、価格はDC1が19万5000スイスフラン(日本円で約3400万円)、DC6が23万5000スイスフラン(日本円で約4090万円)、DC7が14万9000スイスフラン(日本円で約2560万円)と、これらは明らかに熱心で(そして資金に余裕のある)コレクター向けのものだ。しかし、これらの作品と過ごした短い時間のなかで、私は本当にこの作品たちを楽しんだ。デザインが好みに合うかは個人的なものだが、デザインが成功しているかを判断するのは、すべての要素に意図的な決断が込められているかどうかだ。カンドー氏とともにそれぞれの作品を見た際、彼がゴールドシャトンに至るまで、パズルのようにすべてのピースに持たせた合理性に非常に感銘を受けた。飲料の世界から言葉を借りるなら、シングルオリジンのコーヒーやシングルヴィンヤードのワインを楽しむように、このような作品を味わうのが最適だと思う。
ケースからキャリバー、装飾に至るまで、すべてをこのブランドの創造者自身がイチからデザインしており、その結果、最終製品はまさに彼らしさを求める顧客に向けたものとなっている。
ダヴィッド・カンドー氏とこれらの作品についてさらに詳しく知りたい方は、こちらをご覧ください。
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