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In Partnership

Game-Changing Chronograph: すべてを変えたA.ランゲ&ゾーネのクロノグラフ

1999年のバーゼル・ワールドのスターは、A.ランゲ&ゾーネが発表したダトグラフであった。当時はクロノグラフの高級機のすべてが、ムーブメントメーカー頼りだった時代。ダトグラフは自社製高級クロノグラフを先駆け、その後、スイスの老舗時計メゾンがこれに追随することとなる、ゲームチェンジャーとなった。

ダトグラフに始まったA.ランゲ&ゾーネによるクロノグラフの開発は、今日までに13ものムーブメントを生み出してきた。その端尾となったダトグラフに搭載されたCal.L951.1は、クロノグラフ機構をキャリングアーム式の水平クラッチとコラムホイールとし、高級クロノグラフの古典を踏襲する。さらにチラネジ付きのテンプが刻むのは、1万8000振動/時のロービートとこれまた古典的である。しかし一方で、スイス製高級クロノグラフに対抗すべく、アウトサイズデイトをはじめ独自の機構が組み込まれている。自社製クロノグラフの時代を切り開いた名キャリバーを深掘りし、その進化の軌跡を追う。


ゲームチェンジャー:初代ダトグラフ(1999年)

初代ダトグラフ(個人蔵)

 モデル名のダトグラフ(Datograph)とは、DateとChronographとを組み合わせた造語である。その開発を主導したのは、A.ランゲ&ゾーネ再興の立役者ギュンター・ブリュームライン。彼は、既に市場価値が認められていたスイス製高級クロノグラフとの差別化を図るため、3つの方針を定めた。ひとつは、自社製であること。当時、ジュネーブとジュウ渓谷をそれぞれ代表する名門時計メゾンであっても、クロノグラフはレマニアやバルジュー、フレデリック・ピゲなどの専用メーカーのエボーシュに頼っていたからだ。ふたつめが、新生ランゲを象徴する独自機構アウトサイズデイトの搭載であり、ダトグラフとの名前の由来となった。そして3つめが、1990年代当時、クラシックな高級クロノグラフでは姿を消していたフライバック機構の復活である。

のちにダトグラフとなるモデルの最初期のスケッチ。(ラインハルト・マイス著『A. Lange & Söhne -  Great Timepieces from Saxony』より)

最終モックアップの写真にマイスが描き加えた図案。

 その開発プロジェクトは、1枚のスケッチからスタートした。描いたのは、ブリュームラインの右腕であったデザイナーにして時計史家のラインハルト・マイス。1994年1月19日と記された最初期のスケッチは、ケースこそクッション型だが、12時位置にアウトサイズデイトを置き、ふたつのインダイヤルを4時位置と8時位置とに下げた、特徴的なダイヤルデザインが完成されている。ランゲ1に象徴されるように、A.ランゲ&ゾーネは、さらに言えばブリュームラインは、幾何学的なレイアウトを好む。おそらくダトグラフの最終モックアップの写真にマイスが描き加えたであろう図案を見れば、インダイヤルを下げたのは、アウトサイズデイトとの関係性において黄金比と正三角形を成すためだったとわかる。ダトグラフは、ダイヤルデザインでもスイス勢と明確な差別化を目論んだのだ。

初代ダトグラフ(個人蔵)

 4時と8時位置に配したインダイヤルは、ダトグラフをより象徴的にする一方で、ムーブメント開発の難易度をはるかに高めることとなる。それまであったクロノグラフの高級機は、ごく一部を除いて12時近辺にテンプを置き、6時位置側にクロノグラフ機構を集約する設計だった。操作時に強い力がかかるリセットハンマーを短くするためだ。リセットハンマーにより負荷がかかるフライバック機構が備わる初代ダトグラフが搭載したCal.L951.1も、この定石にならった。しかしインダイヤルを下げたために、クロノグラフ機構を配置する6時位置側のスペースは狭まり、窮屈な設計を余儀なくされることとなった。クラッチをスイングピニオンにすれば、省スペース化が図れるが、見た目が美しいキャリングアームであることに、ブリュームラインはこだわった。そしてケースバックから3時位置付近に見えるキャリングアームは、クロノグラフ駆動車とのかみ合わせを調整する金具とバネとが与えられ、メカニカルな造形美が整えられている。そして狭いスペースに配されたレバーやハンマーは、それぞれの干渉から逃れるように複雑に曲がり、時に重なり、立体的な構造美を呈するに至った。

初代ダトグラフ(個人蔵)

 一番の難題は、分積算計の設計であった。大半のクロノグラフの分積算計は、秒クロノグラフ車に取り付けた送り爪が、分クロノグラフ中間車を押し回す設計を採る。しかし分積算計を下げたため、秒・分の各クロノグラフ車の間のスペースが狭まり、分クロノグラフ中間車を必要なサイズにできなくなった。そこで設計を担当したアネグレット・フライシャーは、懐中時計時代にあったレバーで分クロノグラフ車を押し回す仕組みに目を付けた。機構自体は大きくなるが、秒・分の各クロノグラフ車の間の狭いスペースでもレバーなら通せるし、その起点はスペースに余裕がある12時側に置けばいいからだ。

Cal.L951.1 の最終バージョンを構成する 405 個のコンポーネント。

 こうして生み出されたのが、秒積算計が1分をカウントした瞬間に、分積算計針がジャンプする「プレシジョン・ジャンピング・ミニッツカウンター」である。ダトグラフのケースバック側の写真を見ると、中央の秒クロノグラフ車の左側に大きなレバーが確認できる。そして8時位置付近にある分クロノグラフ車が、歯を波状に傾けた爪車となっていると分かる。また写真では見えないが、秒クロノグラフ車の裏側にはスネイルカムが備わっている。10時位置付近を起点としたレバーは、途中でふたつに分かれ、右方向のレバーには人工ルビーの爪石が備わり、その先端が秒クロノグラフ車のスネイルカムをなぞる。カムが回転するに従い枝分かれした他方のレバーは押され、その先端の爪が分クロノグラフ車の歯の傾斜をなぞり、ある地点まで来ると歯の間に爪が落ちる。そしてスネイルカムがさらに回ると爪石はカムの段差に落ち込みレバーを大きく押し、分クロノグラフ車の歯の間に落ちた爪が1歯分、瞬時に送る仕組みだ。

 複雑ではあるが、ランゲらしい合理的な設計により生まれたプレシジョン・ジャンピング・ミニッツカウンターは、分積算計針がインデックスのあいだを決して指さない優れた視認性をダトグラフにもたらした。

 そしてCal.L951.1を織り成す405個のパーツは、すべて入念に手仕上げされ、ムーブメント自体の構造美とも相まって、世界一美しいクロノグラフだと称賛される美観が創出された。

 

ふたつのモダン・アイコン

左から1815 クロノグラフとダトグラフ・アップ/ダウン。

 1999年に発表されたCal.L951.1は、2004年にアウトサイズデイトを外し、Cal.L951.0の名で「1815」コレクションに搭載された。今もカタログにある、パルスメーターが備わるクラシカルでシンプルな2カウンターの「1815 クロノグラフ」である。

 また2007年にはCal.L950.1は、プレシジョン・ジャンピング・ミニッツカウンターに既製ピンが追加されるなど、改良が加えられた。そして2010年には、さらなる改良が与えられ、現行のCal.L951.6へと名称も改められた。見た目で一番大きな変更点はパワーリザーブ表示の追加である。これを搭載する「ダトグラフ・アップ/ダウン」は、今のランゲ製クロノグラフのアイコンだ。また1815 クロノグラフも、シンプルを好む時計ファンからの評価が極めて高く、第2のアイコンとなっている。

ダトグラフ・アップ/ダウン

 2011年、ダトグラフにパワーリザーブ表示を追加するにあたり、デザインを監修したマルティン・シェッターは、「数学的に計算された、初代の印象を極力壊さないよう配慮した」という。なるほど6時位置に置かれたパワーリザーブ表示は小さく、また針ではなくフラットなディスク式としたことで、意図して見ない限り、その存在は希薄だ。しかし小さいながらも、残量は明確に表示される。

 パワーリザーブ表示を追加したのは、Cal.L951.6の駆動時間が、Cal.L951.1の36時間から60時間へ大幅に延長されたからだ。そのために地板とブリッジとを多くえぐって香箱の高さを増し、主ゼンマイも、より薄く幅広で、長いものに変更された。

 強く長くなった主ゼンマイは駆動時間を延ばすだけに留まらず、等時性も向上させる。そしてさらに精度を高めるため、テンプはフリースプラグへと変更された。Cal.L951.1にあったテンプのチラネジは、テンワのリムに置く歩度調整用のマスロットとなり空気抵抗と振動時の空気の乱流を軽減させ、高精度をかなえる。さらにヒゲゼンマイも、自社製に置き換えられた。

 ほかにもレバーやハンマー、それらの抑えバネの形状も変更され、既成ピンの数も増やされたCal.L951.6は、より頑強に進化している。

 長時間駆動で実用性を高め、高精度で耐久性にも秀でる。ダトグラフに搭載するムーブメントの進化は、A.ランゲ&ゾーネらしい成熟だといえよう。またピンの数が増え、レバーとハンマーの形状がより複雑にもなり、ムーブメント構造美は一層高まってもいる。

 これを搭載するケースは、39.5mmから現代的な41mmへと拡大。それに伴いダイヤルも広くなったため、アウトサイズデイトのフレームは5%ほど拡張され、インダイヤルのサイズもフレームと正三角形を成すよう整え直されている。またアウトサイズデイトの下に転写されるDATOGRAPHとFLYBACKの文字は、ひと回り小さく控えめになった。

 ディテールを細かく調整し、印象を変えずに意匠変更する手法は、時計に限らずアイコンのモデルチェンジの定石である。そして1999年登場時、決してあからさまではないのに、多くの時計愛好家が確実に感じ取ったダトグラフの“凄み”は今も変わらず、強力なオーラを放つのである。

 
1815 クロノグラフ

 2004年、A.ランゲ&ゾーネはよりシンプルなクロノグラフを望む声に応えて、1815 クロノグラフをリリースした。前述したとおり、搭載するムーブメントは、ダトグラフ用のCal.L951.1がダイヤル側に置くアウトサイズデイトのモジュールを外したCal.L951.0である。したがってインダイヤルは4時と8時位置にあり、フライバック機構とプレシジョン・ジャンピング・ミニッツカウンター機構とが備わる。

 シンプルなクロノグラフのベースに1815が選ばれたのは、ランゲのコレクションのなかでインデックスが唯一アウトサイズデイトと同じアラビア数字だからだろう。その初代は、ダイヤル外周にパルスメーターを配することで時インデックスを内側にへと寄せ、12インデックスとインダイヤルとが正三角形を成すようデザインされていた。

 そしてダトグラフのムーブメントの進化に伴い、1815 クロノグラフ用のムーブメントも進化。現行モデルは2018年の誕生で、搭載するCal.L951.5は、ダトグラフ用のCal.L951.6と同じく60時間駆動となり、フリースプラング化も果たしている。1815コレクションは、ランゲのなかでも最もクラシカルであり、テンプも一貫してチラネジ付きが採用されてきた。ベーシックな1815は、2009年にフリースプラング化されたが、歩度調整はマスロットではなく、チラネジ式のミーンタイムスクリューとした。しかしダトグラフの設計を受け継ぐ1815 クロノグラフのテンプは、Cal.L951.0時代はチラネジ付きだったが、Cal.L951.5になってからは、コレクション唯一のマスロット式となった。チラネジ式への変更を望む好事家からの声は聞かれるが、前述したようにマスロットは空気抵抗や振動時の乱流を抑えるという点において、チラネジ式よりもはるかに有利。高精度化への正しい進化だと受け止めたい。

 現行の1815 クロノグラフは、前作では省かれていたパルスメーターが復活。12インデックスとインダイヤルとの正三角形の配置が帰還した。これに伴い長さが整え直された時分針は、時針はアラビア数字の時インデックスの内側を、分針は秒・分インデックスの外側を、それぞれピッタリと指す様子が心地よい。時分針の長さを大きく変えて視認性を高める手法は、1815が規範とする創業者フェルディナント・アドルフ・ランゲが製作した懐中時計時代からの伝統である。ランゲを象徴するランセット型の針はWG製で、完璧な鏡面状に磨き込まれている。ブラックダイヤルの色調も深く、ダトグラフとはまた異なる凄みを感じる。

 

さらなるコンプリケーションとの融合:これまでのクロノグラフ搭載モデル

ダブルスプリット

トゥールボグラフ"プール・ル・メリット"

ダトグラフ・パーペチュアル

1815ラトラパント・パーペチュアルカレンダー

グランド・コンプリケーション

ダトグラフ・パーペチュアル・トゥールビヨン

トゥールボグラフ・パーペチュアル"プール・ル・メリット"

トリプルスプリット

1815ラトラパント

 A.ランゲ&ゾーネがこれまで製作してきた13のクロノグラフムーブメントのなかには、永久カレンダーやチェーンフュジー機構によるトゥールビヨンと組み合わされた超複雑モデルがいくつも含まれる。

 時計愛好家の誰もが予想したダトグラフのスプリットセコンド化は2004年に実現されたが、ランゲは我々の予想をはるかに超え、分積算計針までもスプリット化してみせた。もちろんアイソレート機構も備わる。この「ダブルスプリット」をベースに、2018年にはスプリット時積算計を追加した「トリプルスプリット」もランゲの技術陣は、実現したのである。

 また1815 クロノグラフも、2020年にインダイヤルを縦ふたつ目とした専用ムーブメントにより、1815 ラトラパント・ハニーゴールド “F. A. ランゲへのオマージュ”としてスプリットセコンド化を果たしている。ランゲのクロノグラフは、ラトラパント技術にも秀でるのである。


決して立ち止まらない
オデュッセウス・クロノグラフ

 A.ランゲ&ゾーネによる13番目の、すなわち最新のグラフムーブメントは、今年誕生したオデュッセウス・クロノグラフのために開発されたCal.L156.1 DATOMATICである。そのベースとなったのは、既存のオデュッセウスが搭載するCal.L155.1。しかしクロノグラフ機構をモジュール式ではなく、巧妙に一体式としているのが、ランゲらしい。これはランゲ初の自動巻きクロノグラフであり、そのためクロノグラフ機構は省スペース化を図るため初めて垂直クラッチが採用された。さらに曜日表示とアウトサイズデイトとが左右シンメトリーに並ぶ、オデュッセウス本来のダイヤルデザインを極力損なわぬよう、分積算計はインダイヤルではなく、これまたランゲ初となるセンター同軸とした。センター同軸の各積算計針は、軽量なアルミ製。秒積算計針は赤に染め、時分針と同色の分積算計針は先端に菱形のマーカーを与え、色と形状とで明確に機能を切り分けられている。

 いくつもの初めての試みが盛り込まれたオデュッセウス・クロノグラフは、その操作系の設計も極めて大胆にしてユニークである。ダイヤル同様、既存のフォルムをこわさないため、従来はデイデイトの調整用だったリューズ上下のプッシュボタンをクロノグラフ用に転用したのだ。そしてデイデイトの調整はリューズに委ねた...のではない。なんとリューズを一段引くと、ふたつのプッシュボタンはクロノグラフ用からデイデイト調整用に切り替わるのだ。しかもその際クロノグラフが作動していれば、計測は継続して行われ、リューズを押し込めば再びクロノグラフがボタン操作できる。

 さらにクロノグラフのリセット時には、ドラマティックな展開が待っている。分積算計針は瞬時に帰零するが、赤い秒積算計針は計測した周回分だけ超高速でグルグルと回転し0位置に戻るのである。その動きはあまりに速く、目では追えない。ダイナミックリセット機能という名が与えられた。A.ランゲ&ゾーネは、再びクロノグラフに革命を起こしたというわけだ。

 

 Cal.L156.1 DATOMATICは、これまで一貫して古典的であったA.ランゲ&ゾーネのクロノグラフキャリバーに、明らかに新境地をもたらした。前述した以外にも、2万8800振動/時のモダンなハイビート機でもある。また自動巻きローターと、新デザインの4分の3プレートによって、クロノグラフ機構の大半は隠されている。すなわちスポーツウォッチにふさわしい、耐衝撃性に優れた堅牢な設計となっているのだ。また両方向から頑強にテンプを支えるウケのエングレービングは、お馴染みの花モチーフではなく、高防水を象徴するかのように波をモチーフとしているのも新鮮である。

 オデュッセウス・クロノグラフは新たな顧客を開拓すると同時に、既存のランゲ・ファンからも歓迎された。一方で、古典を好むファンが一定数存在するのも事実だ。ランゲによる次なるクロノグラフの革新の方向性は、モダンなのか古典なのか? いずれにしろランゲらしい独創性とクレバーな設計は期待できるだろう。同社が掲げる”Never Stand Still”の信条が示すようにA.ランゲ&ゾーネはこれからも決して立ち止まることはないのだ。

 

Words:Norio Takagi Photos:Tetsuya Niikura(SIGNO) Special Thanks: @louisxiii