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先日NAOYA HIDA & Co.の2020年新作のNH TYPE 2Aをご紹介しましたが、NH TYPE 1Bは、昨年登場した同社の処女作です。僕がこの時計を初めて目にしたのは1年前の新作発表のときです。そのときは、10分ほどしか触る時間がなかったため、詳細に見ることができませんでした。なお、NH TYPE 1Bの後継機として既にNH TYPE 1Cが登場しています。
ステンレス製のケースは、直径37mm×厚さ9.8mmで、ラグ幅は20mmと全体的にスリムでヴィンテージ風なプロポーション。1930年代から1950年代のヴィンテージウォッチを思わせるクラシカルな見た目が特徴的な時計です。なお、ステンレスと一口にいっても一般的に使用される316Lスティールではなく、904Lスティールが採用されています。耐食性に優れているため、通常ハイテク産業や航空宇宙、化学産業で使用されている素材で、ロレックスが時計メーカーとして初めて採用したことでも知られています。316Lと比較して素材自体が高価であり、また加工が極めて困難です。当初、多くの加工会社に依頼するも断られていたそうですが、加工困難な素材を数ミクロンの精度で工作可能な、世界最高峰レベルの超高精度微細加工機を製造する企業(通常は自動車のパーツやコンピューターのパーツを製造している)を見つけ出し実現したのだそう。
904Lスティールを用いて作られたとてもクリーンなラウンドケースに、エッジの効いた鋭いラグが組み合わされており、メリハリのある見た目です。時計を真上から見下ろすとケース全体が鏡面仕上げされているように見えますが、真横から見るとミドルケースの側面にサテン仕上げが施されていることが分かります。リューズは、ヴィンテージウォッチを思わせる少し大ぶりのもので、自社ロゴなどは無く、鏡面仕上げのみと控えめな印象。ゼンマイを巻き上げるたびに、リューズに付いた18枚の歯が指に心地良い感触を与えてくれます。
洋銀製の文字盤は、特徴的なブレゲ数字をインデックスに採用し、ブルースティールの時分針と9時位置にスモールセコンドを備え独特な風合いを醸し出しています。通常インデックスは、アプライドや印字が主流ですが、NH TYPE 1Bの場合は少し違っています。熟練の職人によって全て手彫りで仕上げられ、彫り込まれた部分に合成漆であるカシュー塗料が流し込まれています。この手法は、昔の懐中時計などでは見られましたが、コストがかかるため、現代ではほとんど見ることが無い意匠です。また、手彫りであるため、1本1本の幅や深さががわずかに異なっており、同じ時計でも個性があり、それぞれ異なる雰囲気をもっているのです。
文字盤上でもう一つ目にとまる3本のリーフハンド。立体感を出すためにケース同様に超高精度微細加工機によって削り出されたもので、それを手作業で研磨した後に熱を加えてブルースティール針にしています。シルバー色の文字盤とのコントラストが強く長い針のため視認性がとても高いです。
内部に搭載されているのは、手巻きムーブメントCal.3019SSです。Cal.3019SSは、クロノグラフムーブメント・バルジュー7750をベースとし、自動巻き機構とクロノグラフモジュールを取り払って手巻き仕様にしたもの。なぜこのムーブメントが採用されることになったのか。理由は大きく2つありました。
1)37mmのケースに対してぎりぎり収まる大きなムーブメントを入れるため。
2)スモールセコンドのポジション。
飛田直哉氏は、デザインをする際にパテック フィリップのカラトラバRef.96(通称クンロク)を参考にしたといいます。クンロクは、直径30.5mmのケースに27mmのムーブメントを内蔵しています。いわばケースに対してぎりぎり目いっぱいのムーブメントを積んでいることになります。そしてスモールセコンドの位置が、文字盤の中心に寄りすぎていないということ。これには、いくつもの既存の手巻きムーブメントが検討されたものの、最終的に37mmのケースに収められるムーブメントとして、この直径30mm(13¼リーニュ)のバルジュー7750を採用し、不要な部分を取り除くという形に落ち着いたのです。
またそれだけでなくコハゼとコハゼバネが新たに設計され、飛田氏の理想とする巻き心地を追求しています。実際に巻いてみると、巻き始めに少し抵抗感があり、そのまま巻いていくとカリカリと軽快なフィードバックが指に伝わります。定期的に自身で巻く必要のある手巻き時計だからこそ、こういった作り込みは非常に良いこだわりだなと思いました。
NH TYPE 1Bの価格は、180万円(税抜)で、ETAムーブメントを搭載したステンレス製の3針モデルとしては他で見られない価格です。正直なところ、この時計を安いと感じる人はいないでしょう。少し金額を足せばパテック フィリップやオーデマ ピゲ、ヴァシュロン・コンスタンタンの時計も選択肢となる価格です。ですが、ここで話しているのはマイクロブランドについてです。巨大ブランドであれば、大量生産のため素材の調達や製造コストを圧縮し、販売額を下げることができます。飛田氏が理想と考えるヴィンテージテイストを最新技術や特殊なアプローチを用いて実現している点は、非常に興味深いと思うのです。初期生産分が7本という驚愕の希少性からしても、彼の時計づくりに対する狂気ともいえる取り組みの面白さが分かるでしょう。
NH TYPE 1Bは、7本だけが製造され、既に完売。代わりに2020年に新たに発表された後継機のNH TYPE 1Cが入手可能です。詳細は、公式サイトをご覧ください。
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