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Words by Malaika Crawford
イギリスのエリザベス2世女王陛下の時計コレクションは、さまざまな意味で期待どおりのものだった。私は最大限の敬意をもって、そう断言したい。女王陛下の頼もしさは、多くのイギリス人が拠り処としてきたもので、女王が亡くなったことを多くの国民が悼んでいることだろう。イギリスで生まれ育った私自身も、女王陛下に対する圧倒的な畏敬の念を認めるところだ。
私の家族は決して王党派ではない。むしろ女王陛下のことをあまり口にしたことがない。クリスマスに祖母が毎年恒例の演説をテレビで見るという習慣があるほかは、エリザベス女王は我が家では隠然とした存在だった。もちろん、学校で行われる祝賀会やジュビリー(周年)行事もあったにはあった。私はそうした催しを懐かしく思い出すことがある。ユニオンジャックの旗に包まれ、クリームとジャムの入った気持ち悪いほど甘いビクトリアスポンジケーキの残骸が散らばる光景は、いつも団結と誇りを感じる瞬間だった。
エリザベス2世女王陛下は1952年に即位し、70年間王座に留まった。その生涯を奉仕と公務に捧げた彼女は、非常に若くして、男性が支配的な貴族社会の舞台で自分の足元を固めた。彼女は衆人環視の人生を送ったが、華麗でカラフルな服装を除いては、極力注目を浴びないように活動することを心がけていた。シルクのヘッドスカーフ、カシミアのツインセット、キルト、乗馬ブーツ、そしてもちろんランドローバーの運転席でよく着ていたバブアー(Barbour)のジャケットなど、彼女のスタイル、特にオフタイムの田舎での装いに私はいつも感心していた。
女王陛下のワードローブの選択とそれが伝えるメッセージについては、これまで多くの見解が示され、数え切れないほどの記事が量産された。しかし女王陛下の時計コレクションについては、あまり語られてこなかった。
1987年以来、女王陛下のさまざまな時計について、総数の把握や公式記録は存在しないものの、長年にわたってそれなりにスポットライトを浴びてきた時計がある。本記事では、そのうちの何本かを紹介したい。
ジャガー・ルクルト キャリバー101
元フランス大統領ジュール=ヴァンサン・オリオールからエリザベス2世女王陛下に贈られたジャガー・ルクルト(JLC)のキャリバー101は、1953年の戴冠式で着用された。JLCの歴史的偉業でもあるキャリバー101として有名なこの時計は1929年に開発され、今もなお、これまでに製造された機械式時計のムーブメントのなかでも最小のムーブメントである。縦14mm、幅4.8mm、厚さ3.4mm、98個の部品で構成され、重さはわずか1gと、その小ささはしばしばマッチの先端に例えられる。戴冠式では、この時計が大々的に展示されたが、ダイヤモンドのブレスレットと見間違うほどだった。実は、そこが重要なポイントだ。
なぜならエチケットとして、人前で時計を見ることはタブーとされたため、女性たちはジュエリーに見せかけた時計を身につけていたからだ。当時“モントレ-ブレスレット”と呼ばれていた腕時計は、20世紀以前は女性だけが身につけていた。1868年、ハンガリーのクスコヴィッチ伯爵夫人のために史上初のスイス製腕時計を製作したのが、かのパテック フィリップである。女王陛下が戴冠式で着用したJLCは、当時の女性の伝統に則り、極小のダイヤルにダイヤモンドをセットしたスレンダーな時計だった。
これは、女王陛下のコレクションのなかでも最も知名度の高い時計だ。このような重要な機会に着用されたことも理由のひとつだが、高級時計とハイジュエリー(女王陛下の一般的なイメージに近いカテゴリー)の真の融合を表現しているからかもしれない。いずれにせよ、この時計は行方不明になったと噂されたが、2012年にJLCのトップが女王陛下のダイヤモンド・ジュビリー(即位60周年)を祝して新しい101を贈呈した。
ヴァシュロン・コンスタンタン Ref.4481
ヴァシュロン・コンスタンタンのRef.4481は、1947年にフィリップ・マウントバッテン中尉と結婚した日(以後、エディンバラ公爵フィリップ王配と称する)に、スイス政府から女王陛下に贈られた品だ。ゴールドとダイヤモンドがセットされたこのカクテルウォッチは、のちにダイアナ妃に受け継がれたが、ダイアナ妃がこのタイムピースを着用している姿は、ほんの数回しか目撃されていない。ダイアナ妃はその後、愛用のタンク ルイ・カルティエやタンク フランセーズを身につけるようになった。
パテック フィリップ Ref.4975/1G
女王陛下は群衆のなかで目立つために、しばしば強烈な色合いと派手な帽子を身に着けていた。彼女の小柄な体格を考慮すると、観客からすぐに認識され、目につく必要があったからだ。しかし、服装やアクセサリーの選択で王位を鼻にかける印象を与えることがないよう、常に気を配っていた。パテック フィリップが女王陛下のために特別に製作したこのエリプスは、ブリリアントカットとバゲットカットのダイヤモンドをちりばめ、何連ものパールでできたユニークなブレスレットに取り付けられているが、彼女の手首には上品で繊細な印象だ。2006年11月15日、イギリス議会上院で行われた国会開会式で女王が着用したこの時計は、他の荘厳な装いにふさわしいものだった。
2015年、女王陛下はロンドンで開催されたウォッチ・アート・グランド展のためにこの時計をパテックに貸与した。女王陛下が所有する時計が一般公開された唯一の機会のひとつだ。
パテックフィリップ ゴールデン・エリプス Ref.3609/1
エリザベス2世女王陛下の最も有名な時計は、間違いなくパテック フィリップ ゴールデン・エリプスであり、1984年に撮影されたユースフ・カルシュのポートレート写真でもこの時計が目に留まる。この時計は最近、ラッパーのドレイク(Drake)がこの非常に珍しい34mmのダイヤモンドをセットしたパテック フィリップを身につけているのを目撃され、話題になった。有名な男性が女性らしい小ぶりな時計を身につけるというのは、珍しいことだと思う人もいるだろうが、私にとってはそれほど珍しいことではない。しかし、その話題はまた別の機会に譲ろう。
オメガ デ・ヴィル レディマティック
1955年に発表された“レディマティック”は、世界最小の自動巻きクロノメーター認定ムーブメントを搭載していた。当時の女性用時計は美観を重視し、機械的な美しさを追求することはほとんどなかったため、これは異例といえるだろう。女王陛下がこのアール・デコ調のレディマティックを身につけたお姿が、幾度か目撃されている。
女王陛下の日常のお供:オーデマ ピゲのジュール オーデマとパテック フィリップのRef.4706/11
女王陛下はやがて、自分なりのユニフォームを身につけるようになった。ドレス、Aラインコート、シェイプアップハットのモノクロームのトリオに、ローナー(Launer)のハンドバッグ、紐通しのパール、宝石をちりばめたブローチ、コーネリア・ジェームスのジャージーコットンの白い手袋を添えている。
ジュール オーデマと、珍しい20mmのパテック フィリップ クォーツ・レディ・カラトラバ(18KYG、ビーズ・オブ・ライス・ブレスレット)は、より実用的な選択と見なされている。彼女はこれらYG製腕時計を頻繁に着用し、ブレスレットはかなり緩めにつける傾向があった。
女王陛下のスタイルと腕時計
服装と同様、時計においても、女王陛下は一貫したスタイル、つまり多くの点で予測可能でありながら、落ち着きを感じさせるスタイルを貫いた。世間が女王陛下が身につけているものに注目し、何を語ったか耳を傾けないことがよくあったが、それは意図的なものだった。それだけ時計も含め、女王陛下の服装は雄弁だったのである。
最近のニュースはもちろん、ドラマ『The Crown』の絶大な人気により、世界的に王室への関心が再び高まっていることはよくご存じだろ。この1、2年で、若い頃の女王陛下(や生前のダイアナ妃)をリアルタイムで体験していない若い世代にも、イギリスの歴史が身近になっているからだ。
王室は間違いなく私たちとはまったく違う次元で生きているが、これらの時計を文化財として見れば、私たちは彼らとつながりを持つことができるだろう。ほかの多くのものと同様、これらの時計は女王陛下のあとに続く世代とつながるのだ。
Photos: Courtesy of Getty Images
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