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Hands-On アーミン・シュトローム デュアルタイム GMTレゾナンス “マニュファクチュールエディション”をハンズオン

モノクロームの装いによって、ブランド史上もっとも洗練されたレゾナンスウォッチに仕上がった。

レゾナンス(共振)機構を搭載したキャリバーを手がける現代の時計メーカーとなると、思い浮かぶのはごくわずかである。アーミン・シュトロームはその希有な存在のひとつであり、近年にわたりこの複雑機構をブランドアイデンティティの中核に据えてきたという点で特筆に値する。なにしろ、レゾナンスを生かした時計製造において、量産体制を確立するだけでも十分に驚くべきことである。そんなアーミン・シュトロームが発表した最新作が、限定50本のデュアルタイム GMTレゾナンス “マニュファクチュールエディション”だ。本作は、ブランド自社製Cal.ARF22を搭載し、ふたつの計時機構をひとつの時計に収めるという構造を持つ。今作ではビジュアル面においてモノクロームの美学を採用し、ケース素材も前作のホワイトゴールドからステンレススティールへと変更された。シリーズの幅を広げる一作であり、その価格は11万ドル(日本円で約1570万円)と、レゾナンスという技術が安価でないことを如実に物語っている。

Armin Strom on tray

 レゾナンスウォッチメイキングとは、その名のとおりふたつの同一の振動体(つまり、同じ固有振動数を持つ物体)が近接し、共通の支持体に取り付けられていると、やがて振動数が同期するという原理に基づくものである。ウォッチメイキングにおいて振動体とはテンプのことであり、両方のテンプが取り付けられている支持体はムーブメントの地板である。この非常に伝統的な形式のレゾナンスウォッチメイキングは、オランダの物理学者クリスティアーン・ホイヘンス(Christiaan Huygens)が、同じ木の梁に掛けられたふたつの振り子時計を通じて初めて観察した現象であり、現代の時計製造においては2000年にフランソワ-ポール・ジュルヌが発表したクロノメーター・レゾナンスによって広く知られることとなった。この現象は、考えれば考えるほど一種の“ブラックマジック”のようでもある。なにしろテンプのように小さく繊細な機構が、振動だけで別の物体に影響を及ぼすという発想自体、直感的にはなかなか納得しがたいからである(ジュルヌ自身は、自らの時計におけるこの現象を音響的レゾナンスと表現しているが、技術的に見れば、依然として機械的レゾナンスの一形態といえる)。

 そもそも、なぜこんなことを試みるのか? テンプはひとつで十分なのではないか? そう思うのも無理はない。しかしこの試みに込められた狙いは、ふたつのテンプが互いに影響し合い、理論上は一方がもう一方のズレを補正することで、歩度の安定性を飛躍的に高められるという点にある。つまり、どちらか一方のテンプがわずかに振動数にズレを生じたとしても、もう一方がそれを吸収・補正し、結果として時計全体の精度が安定するという仕組みなのだ。

Armin Strom clutch macro
Case Side and Crown
Clasp

 アーミン・シュトロームは、レゾナンスウォッチメイキングに対して独自のアプローチを採用した。単に振動の伝達に頼るのではなく、ふたつのテンプを連結してレゾナンスを実現するために、特許を取得したSS製クラッチを用いている。このクラッチはブランドが自社で製造しているものである。デュアルタイム GMTレゾナンスでは、このツインテンプとクラッチスプリングが12時位置に堂々と配されており、細長く精緻なSS製パーツが、それぞれのテンプのスタッドのひとつに取り付けられている。このクラッチスプリングを介してテンプ同士が引き合うことで、(クラッチ・)スプリングは上下に動きながら、遅いテンプは速いテンプに引き上げられ、速いテンプは抑えられるかたちで、両者の振動が自然と均衡を保つようになる。このテンプのカーブの中央には、小さなキャップ付きの支柱が取り付けられており、アーミン・シュトロームの共同創業者であるクロード・グライスラー(Claude Greisler)氏が愛着を込めて“セキュリティ・マッシュルーム”と名付けている。実際に手に取ってみると、テンプの鼓動に呼応してクラッチスプリングが前後に揺れ動き、その動きは視覚的にも非常に印象的である。

 直径39mm、高さ9.05mm、ラグ・トゥ・ラグ44.5mmという驚くほどコンパクトなSS製ケースは、あえて主張を抑え、ダイヤルこそが語りかけの中心となるよう設計されている。ダイヤルは完全な左右対称構造で、各要素が対になるように配置されている。ダイヤル最下層、6時位置上部にはふたつの香箱が配置されており、4時位置のリューズで同時に巻き上げが可能な構造となっている。これらの香箱からは左右それぞれに独立した輪列が伸び、最上部に対を成すように配されたふたつのテンプへと動力を伝えている。視覚的に目を引くのは、テンプとクラッチスプリングに施されたブラックポリッシュ仕上げだ。ポリッシュされたパーツは、光の当たり方によって明るいSSから深みのあるアントラサイトへと表情を変え、そのコントラストが見る者を引きつける。

 正面の視覚的スペースの大半を占めるのは、すべての構造の上に浮かぶように配置されたふたつのブラックダイヤルだ。それぞれのダイヤルの中心には緻密なテクスチャーが施され、外周にはスネイル仕上げのリングが巡る。そこにアプライドインデックスとプリントのミニッツトラックが配されている。6時位置のインデックス上部にはデイ/ナイトインジケーターが組み込まれており、ナイト側はレリーフ状に施された月面テクスチャーで表現され、デイ側は突き出た太陽光線をブラックポリッシュで仕上げ、周囲をフラットなレーザー加工による暗色の背景が囲んでいる。この組み合わせが、さりげなくも美しいコントラストを生み出している。

Case Side of Armin Strom
DayNight Indicator of Armin Strom
Caseback shot of Armin Strom

 一般的な時計とは異なり、本作におけるGMT機構は追加の時針によって別のタイムゾーンを示すものではない。代わりに、ふたつのダイヤルがそれぞれまったく異なる時刻を、分単位まで独立して表示できる仕組みとなっている。個人的には、両方の分針をぴったり一致させるのはかなり骨の折れる作業だと感じるが、このデュアルダイヤル構成によって、たとえばインドのような30分単位でずれたタイムゾーンや、旅先での異なる時間帯を無理なく追うことができる。

 時計を裏返すと、レゾナンス GMTにおいてキャリバーの構造上もっとも動きのある部分がすべて表側に移されていることが分かる。裏側には輪列を支えるふたつのブリッジがマットブラックで仕上げられ、大きな地板にはコート・ド・ジュネーブ装飾を採用し、スケルトナイズされた香箱を固定している。下部のブラックプレートには長文のテキストがエンボス加工で記されており、個人的にはなくてもよかったと思うが、この時計においてはそれなりに機能しているともいえる(同様の意匠はほかのアーミン・シュトローム製品にも見られる)。全体のデザインはインダストリアルな印象を与えるものの、仕上げは決して無機質ではない。ブリッジや多数の歯車には、手作業によるポリッシュ仕上げのアングラージュが施されており、手仕事の存在感がしっかりと息づいている。

Armin Strom Wrist shot

 昨年発表されたWG製レゾナンス デュアルタイム GMT ファーストエディションでは、スカイブルーのダイヤルが鮮やかな彩りを添え、デビューにふさわしい華やかさを演出していた。それに続く本作“マニュファクチュールエディション”では、ダイヤルカラーをブルーからブラックに変更することで印象を大きく引き締めている。とはいえ、決して地味というわけではない。むしろ視線を引きつける魅力の中心はふたつのテンプとクラッチスプリングへと移り、その存在感が一層際立つ仕上がりとなっている。

 アーミン・シュトロームにおけるレゾナンスウォッチの歩みを振り返るのはなかなか興味深い。デュアルタイム・レゾナンスの初出は“マスターピース 1”で、ケース径は59mm×43.4mm、厚さはほぼ16mmという、まさに“手首の上のサーディン缶”(大きくて厚ぼったく無骨な缶)とでも形容したくなるサイズ感であった。このモデルを手にするということは、レゾナンスウォッチメイキングという探究そのものを支持する姿勢を示す行為であり、決してシャツの袖口との相性を試すようなものではなかった。

 そう考えると、わずか数年でアーミン・シュトロームが同じ原理を適用しながらも、今どきのシンプルな3針時計にも通用する“カジュアルサイズ”のケースに収めたというのは、とても奇跡的なことだと思う。デュアルタイム GMTレゾナンス “マニュファクチュールエディション”では、新たに採用されたモノクロームの外観とこの壮大なコンプリケーションとが相まって、多くの時計コレクターの心に強く響くであろう完成度を見せている。市場をざっと見渡してみても、アーミン・シュトロームのようにこのレベルの機構を実際に手がけ、なおかつ一定の製造規模で展開できるブランドはほとんど存在しないということにすぐ気づかされる。

詳しくはアーミン・シュトローム公式サイトをご覧ください。

Photos by TanTan Wang