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In Between Light and Shadow: グランドセイコー 44GS 稜線が生み出す造形美

44GS、それはグランドセイコーのデザインの本質に触れるということ。
グランドセイコーにあこがれを持ったデザイナーたちが、情熱をもって担当し、作り出す44GSの美しい世界について、デザイナーたちの言葉を元に解き明かそう。

44GSとは、時計愛好者であれば一度は耳にしたことがある、グランドセイコーの名機のことだ。その誕生は1967年。しかしまずは、その誕生前夜から話を始めよう。

 セイコーでは1961年から外装設計の単位を、それまでのリーニュからミリへと移行した。1リーニュは約2.2558mmで、リーニュによる外装の最小単位は0.25リーニュ(0.564mm)であった。しかしミリに移行したことで、外装の最小単位は0.1mmとなり(ムーブメントは0.002mmが最小)、より繊細な外装デザインが可能になった。さらにケース素材としてステンレススティールを採用。日本刀のようにシャープな立体構成と美しい鏡面を引き出した。そこで日本独自の美意識である「光と陰が織りなす表情」を生み出すために、面と面を際立たせた稜線の造形が考え出された。金属材料、加工技術、設計、熟練職人の手仕事…。そのすべての集大成が、1967年に誕生した三代目グランドセイコーの44GSだったのだ。

今回取り上げる4モデルは、どれもが44GSをルーツとするデザイン文法で構成されている。

 そしてこの44GSのデザインをもって、グランドセイコーのデザインが完成し、のちに「セイコースタイル」と呼ばれるセイコー高級腕時計のデザイン文法となった。これが現在に至るまでグランドセイコーのデザインの骨格となっている。

 「44GSを担当することは、セイコースタイルデザインで明文化されている要素のひとつひとつを実物や図面を通して検証しながら、当時デザインした先達の想いを吸収していくということ。半世紀の時を経て、腕時計からデザインの指導を受けているような不思議な感覚にとらわれます。畏敬の念を感じつつ、現代に生きる自分に何ができるのかを問う、大切な成長の場になっています」と現役デザイナーが語るように、現在のグランドセイコーにもその信念が受け継がれている。

受け継がれる哲学

 グランドセイコーとは何か? それは「精度」「審美性」「視認性」「耐久性」の共存にあるといえる。そしてその哲学が最も純粋な形でデザインされているのが44GSだ。

 グランドセイコーでは、誕生60周年となる2020年に、新しいデザイン文法として「エボリューション9スタイル」を定義した。しかしその過程で見えてきたのが、セイコースタイルの、そして44GSの凄さであった。

ヘリテージコレクション SLGH013: 機械式モデルを製造するグランドセイコースタジオ 雫石から見える岩手山の、春の雪解けをイメージしたダイヤルが特徴。

「セイコースタイルを検証して気がついたことは、すべてのポイントが腕時計の本質に忠実であるということでした。腕時計は機能的な側面と装身具的な役割のある特異な工業製品です。時刻を知らせ、時間を計るといった機能をなるべく正確に機能させると同時に、身につける人を美しく着飾るという機能もあります。また近年では情緒を豊かにするアイテムとしても見直されています。グランドセイコーには、視認性、堅牢性、装着性を重視するという機能的なポリシーがありますが、新文法はそれらを継承し、審美性にもこだわって、高い次元で進化させました」

 44GSがデザインを進化させるヒントとなったのだ。

SLGH013に搭載されるのは、薄型設計された新型のCal.9SA5。ムーブメントの容積が変わったことで、また新たな44GSのプロポーションが生まれる。

 グランドセイコーは歴史を継承しつつ、進化を止めないブランドである。新型ムーブメントのCal.9SA5はその象徴であり、エボリューション9スタイルという新しいデザイン文法も、未来志向の表れである。しかし進化するためには、目に見える“原点“も重要になる。何かに迷ったとき、時代が変化したとき、新しい技術が生まれたときであっても、立ち返る原点があれば進む道を誤ることはない。

 「セイコースタイル自体、10年前は“知る人ぞ知る”もので、デザイナーは思想を受け継いでそれを時計に込めていましたが、それ以外の部門の理解は茫漠としたものでした。しかし今では社内外で思想を共有できており、ブランド全体の基礎概念として機能しています」という言葉からも、セイコースタイルと44GSが果たす役割はとても大きいのだ。

1デザイン5ムーブメント

 グランドセイコーの基本理念にも通じるセイコースタイルと44GSは、ムーブメントのバリエーションが増えるにつれて、ファミリーを増やしている。しかしながらグランドセイコーは、自動巻き式、手巻き式、自動巻き式スプリングドライブ、手巻き式スプリングドライブ、クォーツと、駆動の種類だけでも5つのムーブメントが使用されている。しかもそれを共通のデザイン文法でまとめ上げるのは、かなり難しいことだろう。

ヘリテージコレクション SBGW291: 非常に小ぶりなケースは、昨今の小径時計の人気やユニセックス需要を満たすモデルでもある。これだけ小さなサイズであっても、キレのある造形美は健在だ。

 そもそも1967年製の44GSは手巻きムーブメントで、ケース径は38mm、ケース厚は9.7mmだった。そしてこの薄いケースを立体的に見せるのに適していたのが、円錐面と平面を組み合わせた造形であり、そこからセイコースタイルが生まれた。

 となると当時よりも性能をアップさせ、ムーブメントの容積が増した現代モデルに、そのまま昔のデザインを当て込むことはできない。そのため現代の44GSモデルは、面の構成を見直し、より立体的な造形に気づかない程度に進化させている。アイコニックな形状を継承しつつも、44GSもまた進化しているのだ。

ケースの輪郭をカーブさせて、径と厚みのバランスをとることで、ムーブメントの厚さに対応する。

 そういった数ある44GSモデルのなかでも、最も初代に近いのはやはり手巻き式モデルということになるだろう。手巻き式ムーブメントのCal.9S64を搭載する新作のSBGW291は、歴代の44GSモデルのなかでは最小となる36.5mm径でケース厚は11.6mm。他に比べればケースは薄型だが、径と厚みの割合は初代とはやや異なるので、やはり腕の装着感などを考慮しながら慎重にディテールを構築している。

 しかしデザイナーが好むという、緊張感のある構築的なケースの造形は健在。「垂直・鉛直面がほとんどないため、あらゆる方向からの環境光を受け流し、美しく輝きます。造形が特徴的で、時代を感じさせないタイムレスでアイコニックなデザインが、50年以上続いていることに素直に驚かされます」と語るように、44GSの信念は今も継承されているのである。

研鑽され成文化されたもの

 44GSモデルの面白いところは、伝統と革新が両立しているところにあるだろう。1967年に生まれた時計だが、現代的なスプリングドライブムーブメントにもしっかり対応し、手懐けている。手巻き式スプリングドライブムーブメントを搭載する新作SBGY011は、カレンダーもなく、オリジナルモデルを彷彿とさせる凛とした美しさがある。

ヘリテージコレクション SBGY011: 時計がシンプルだからこそ、ケースの造形美が心に響く。

 このように当時は存在しなかったムーブメントであっても歴史的なデザイン文法でまとめることができるのは、セイコースタイルや44GSに対するセイコーの社内文化も関係しているようだ。

 まず前提として、ウオッチデザイナーとしてグランドセイコーのデザインに携われることは大変名誉なことであるという。しかも必ずしも経験豊富なベテランだけの聖域ではないという。そのため様々な年齢やバックボーン、感性を持つデザイナーが情熱を持ってグランドセイコーをデザインすることになる。

SBGY011の搭載ムーブメントはCal.9R31。大きなブリッジを使った、魅せる機械だ。

 「グランドセイコーのケースやバンドは表面にめっきや塗装などの加工は施さず、金属そのものの質感を鏡面や筋目などで立体感や艶感を表現します。その素材の持つ特性を熟知した上で、いかに魅力的に表現するかということがセイコースタイルの本質。ですからセイコースタイルを習得して新しいデザインに反映していくというよりも、素材を美しく仕立てる手法を長年研鑽した結果を成文化したものがセイコースタイルになったとも言えます」

 金属そのものと向き合う……。その普遍的な意識があるからこそ、ムーブメントが進化を遂げても、伝統をしっかりと受け継ぐことができるのだ。

規律のなかにある広大な可能性

 2017年に独立ブランド化をして以降、グランドセイコーではデザイン領域を拡大し、スポーツウォッチやドレスウォッチも増えている。しかし依然として現行モデルのなかでは、44GSモデルが最も多彩なバリエーションを誇っている。デザイン文法のなかで個々の差別化をするのは難しそうだが、デザイナー自身はそう思っていないようだ。

ヘリテージコレクション SBGA375: 美しいミッドナイトブルーのダイヤルに、つい目を奪われる。

  「正直、自由度が少ないとは感じていませんし、デザインできる可能性は無限にあると信じています。規律は多く見えますが、モノの本質を規定しているだけで、後世のデザイナーがクリエイションしやすいように余地を多く残してくれています。セイコースタイルは腕時計を美しく見やすくするルールなので、解釈次第でいかようにも進化できるのです」

 44GSは成熟しているが完成形ではない。時代の変化や技術の進化に合わせて柔軟に対処することで、新しい価値を表現するのだ。

厚みが増した現代の44GSでは、ラグの先端にも注目。6つの平面で構成される非常に複雑な造形だ。

 新しい価値という点では、グランドセイコーは美しいダイヤル表現でも評価を高めており、伝統的なケースデザインに新たな魅力を加えることに成功している。

 このSBGA375は、ミッドナイトブルーと命名した深いブルー色のダイヤルが特徴。その上を静かにスイープ運針する秒針は、静かに動いていく星空のようでもある。時計は時間を知るだけの道具ではない。ロマンを感じ、その時を楽しむためのモノでもある。そういう時にケースデザインのクセが強いと、それは逆にノイズになってしまう場合もある。

 その点静かな美しさをたたえる44GSモデルは、ダイヤルの表現やケースに、きちんと目が向かう。だからこそ、いつまでも語り継がれる腕時計になっているのかもしれない。

 歪みの少ない鏡面で構成されている44GSのケースは、かなり気を遣う造形である。しかも初代から比べると、防水性が10気圧となり、エバーブリリアントスチールやブライトチタンといった高機能素材も増え、加工の難易度も上がっている。それでも今も職人の手によるザラツ研磨でケースを仕上げているのは、職人のモチベーションを高め、技能を継承していくためでもある。またその一方で、3Dモデリングや3Dプリンターも年々進化し、デザイナーの意図する造形をコンピューター上でシミュレーションを行い、3Dプリンターで即座に確認できる環境が整ってきた。

 匠の技と最新テクノロジーの融合は、44GSにさらに新たな可能性を広げてくれるだろう。これからもその行く末を見守っていきたい名作だ。

Photographs:Tetsuya Niikura(SIGNO) Styled:Eiji Ishikawa(TRS) Words:Tetsuo Shinoda