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November 30, 2020
November 30, 2020
Historical Perspectives ロレックス 初代デイトナを解説(ダブルスイス アンダーライン デイトナとは?)

Historical Perspectives ロレックス 初代デイトナを解説(ダブルスイス アンダーライン デイトナとは?)

イチから始めよう…。

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私は、現代のアイコンとなっている時計(どんな時計について話しているか、ご存知だろう。世界的に知られているスピードマスター、サブマリーナー、ロイヤル オークなどだ)を理解するための最良の方法は、初期モデルを見ることだと考えている。初期モデルとは、最初に販売され、そのモデルの全体的なスタイルを定め、不変的なものとするような時計のことだ。 そこで、以前、オーデマ ピゲ ロイヤル オークの“Aシリーズ”を取り上げたように、今回は、ロレックス コスモグラフ デイトナの初期モデルの詳細を紹介する。初期モデルを調べる際に、何を探せばいいのか、そして、50年前のデイトナを見分ける方法をお教えしよう。正直に言って、この記事は執筆していて本当に楽しく、読者の方々にもきっと気に入っていただけると思う。実に、古きよきものを愛するHODINKEEのいいところだ。 

※本稿は2013年6月にHODINKEE US版で公開された記事の翻訳です。

初代ロレックス デイトナ

 多くのコレクターにとって、ロレックスのクロノグラフは、デイトナか、そうでないかの2つのカテゴリーに分類される。ロレックスは、1930年代からクロノグラフを製造していたが(以前、初期モデルのうち1本についてお伝えした)、このシリーズの時計が分類され、名前が付けられたのは、1963年からで、最初の名前はデイトナではなかった。レースにインスパイアされた、この時計のオリジナルコンセプトは、“ロレックス ル・マン”であり、上の写真の時計(正真正銘の初代デイトナ)が、ル・マンと呼ばれている初期の広告も見つかる。言うまでもなく、この名前は定着しなかった。時を同じくして、ロレックスがアメリカ市場に進出し、デイトナ24時間レースの公式スポンサーとなったことから、コスモグラフ Ref.6239は、デイトナと命名されることになった。Ref.6239が、デイトナと命名されたのは1964年だ。この時計は1963年に生産されたものだが、デイトナのリファレンス、加えて、デイトナシリーズの始まりとなったため、我々もデイトナと呼ぶことにする。

 しかし、Ref.6239は、Ref.6238と何が違うのだろうか? ポールが以前お伝えしたように、ロレックスが初めてインダイヤルに反転色を採用したのがRef.6239で、これ以前のロレックスのクロノグラフは、全てダイヤルと同色だった。また、時間あたりの距離(言い換えれば、速度)を測定するためのタキメーターは、ダイヤルからベゼルに移された。大したことではないように見えるかもしれないが、これは重要なことで、これら2つの特徴により、Ref.6239が発売された当時、注意を引き付けるような、アグレッシブな外観を与えることになった。これらは、今日でもデイトナの特徴となっているが、ここでは、初代(1963年に生産されたモデル)の特別な特徴について話をしよう。

ハッシュ加工(細かい刻みを入れた)されたベゼル

 この1963年製のRef.6239のベゼルについて、何か特別なことにお気付きだろうか。 まず、タキメーターの目盛りが時速300kmまで付いている。この特徴は、1963年製のデイトナに特有のものではなく、ロレックスでは、目盛りを1967年頃に200に減らすまで、300の目盛りを採用していた。しかし、初期ベゼルがユニークなのは、275の目盛りがあること、さらにベゼルが全体的にハッシュ加工(細かい刻みを入れること)がされている点である。 

 次の1967年後期のRef.6239の写真を見れば分かるだろう。300の目盛りが付いたベゼルが採用されているが、1963年製のデイトナだけに見られる、初代の珍しい細かい刻みが付いたベゼルではない。 

写真提供:10PastTen 

 さらに初代のベゼルの写真をもう一枚。

写真提供:ShearTime

 このごく初期のベゼルは、最初のコスモグラフにしか付いておらず、仮に1963年式のデイトナが見つかったとしても、275の目盛りがあるベゼルは、とっくになくなっている可能性が高い。だが、私にとっては、このベゼルなしに初代デイトナと呼ぶことはできない。なぜ、この細かい刻みの付いたベゼルが初期モデルだけに採用されたのかは不明だが、細かすぎる見た目がかえって読みづらく、簡略化されたと考えるのが妥当だろう。 

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悪魔は(ダイヤルの)細部に宿る

 しかし、ベゼル以上に重要なのは、もちろん、オリジナルの1963年製デイトナのダイヤルだ。上の画像をご覧になれば、初期のコスモグラフに特有の特徴に、いくつか気付いたかもしれない。まず、ダイヤルのどこにも“Daytona”表記がないのだ。Daytona表記が入るのは、翌年になってからのこと。代わりに“Rolex Cosmograph”の下には、シルバーの小さな棒線、いわゆる“アンダーライン”がある。 

 このアンダーラインが何を意味するのか、ロレックスによる確認はされていないが、いくつかの見識に基づく推測がある。多くの人は、放射性ラジウムの夜光塗料から、トリチウムの夜光塗料への移行を意味していたと考えている。ヴィンテージ ロレックス フォーラムの投稿では、アンダーラインの入ったダイヤルの方が、入っていないものよりも、はるかに低い放射線量を示したとの報告もあった。アンダーラインは、初期のコスモグラフだけでなく、エクスプローラー、サブマリーナー、GMTでも、発見されていることに注意をする必要があるだろう。一般的には、1962年後半から1964年前半までの時計に見られ、1963年(Ref.6239のコスモグラフが発表された年)が、その大半を占めている。アンダーラインは、ロレックスを収集する全てのコレクターにとって、非常に重要な意味をもつが、デイトナでは、最初期モデルでしか見られないため、なおさら価値があるといっておくべきだろう。しかし、1963年製のコスモグラフの特異性は、それだけではない。

  6時位置の下にある“Swiss”表記が見えるはずだ。たいしたことじゃない? だが、もう少し近くで見ると、ダイヤルのさらに下の方に、もう1つ別の“Swiss”表記があるのが見えるはずだ。多くの場合、時計を上から見下ろしたときに、表記の上の部分だけが、かろうじて見えるだけだ。 

写真提供:John Goldberger 

 こちらは別の写真。 

 こちらは、初代デイトナのダイヤルをケースから外して見た様子。

写真提供:10PastTen 

 同時期に作られた他の時計にも、ダブルスイス表記が見られることがあるが、アンダーラインと同様、コスモグラフだからこそ、この表記が最も重要な意味をもつ。

 インダイヤルには、円形のグレイン仕上げが施されていて、縁に接触するように数字がプリントされている。初代Ref.6239の秒針は、後の多くのRef.6239と同様、実はクロノグラフ針とは異なる形状をしていた。30分・12時間積算計の針が、太く尖っているのに対し、9時位置のスモールセコンド針は細く、平らな先端が特徴となっている。 

 この頃の時計においてほとんどの場合、秒針は交換されている。後に発売されたコスモグラフ デイトナでは、このような違いのある針は使われておらず、ほとんどの時計師やコレクターは、この針の違いに注目することはなかった。秒針と同様、初代モデルの時針と分針にも注目してみると、後のデイトナと比較して細長いことが分かる。実際、時針はほとんどアワーインデックスに触れる長さだ。ここで、2本の初代デイトナを見てみよう。左がオリジナルの針が付いているモデルで、右はそうでないものだ。

左の時計にはオリジナルの針が付いているが、右の時計には付いていない。 

 つまり、ベゼルと同様に、正真正銘の初代デイトナが欲しいのであれば、細くて先端が平らな秒針に加えて、細長い時・分針にこだわることになる。

 そして、次にダイヤルカラーの問題がある。ここまで、この記事では、主にブラックダイヤルの初代コスモグラフを紹介してきた。しかし、このごく初期の1963年製のデイトナにおける、もう1つの特徴は、ホワイトダイヤルの色そのものだ。ところで、私が“シルバー”ではなく、“白”と言ったことにお気付きだろうか。この世代に限って、ロレックス コスモグラフでは、クリーム色に近いマットなホワイトダイヤルが作られている。

写真提供:VintageDB 

 見慣れたシルバーダイヤルのヴィンテージ・デイトナとは、全く違った外観で、個人的にはクリーミーなホワイトの見た目が気に入っている。また、このダイヤルカラーは、ポール・ニューマンのホワイトダイヤルに見られる、粒子の荒いホワイトとは、全く異なる。ここでは、1963年製のロレックス Ref.6239でしか見られない、この珍しいクリームカラーのダイヤルをもう少し見てみよう。 

 そう、お分かりのように、これらの初期デイトナは、ダイヤルにいくつかの興味深い特徴があり、後のモデルと一線を画している。私たちが、初代と呼んでいるこれらの時計は、明白な理由から、しばしば“ダブルスイス・アンダーライン・デイトナ”とも呼ばれている。これは初代デイトナの原型だが、これらのシリアルナンバーをもつ時計の中には、アンダーラインがないものや、アンダーラインはあっても“Swiss”表記が1つしかないものもある。例えば、この時計(下の写真)は、アンダーラインがないことを除けば、あらゆる定義から見て、確かに初代デイトナといえる。 

写真提供:tempusorologi.it

 トゥルノーで見つけたこの時計は、1963年製とされており、この時計にはダブルスイスのプリントもアンダーラインもないが、確かに275の刻印と、細かい目盛りの入ったベゼルをもち、そして、シリアルナンバーを見ると初代デイトナの可能性がある範囲の直後の数字となっている。ダイヤルはオリジナルだろうか? その可能性はある。初期の交換品なのか? その線も捨てきれない。

では、どのシリアルナンバーを探せばいいのだろうか。

 初代デイトナを識別するうえで、重要であると上記で私が述べた全ての特徴は、より具体的な、つまり、特定の範囲にある(あるいは、その範囲で見つけることができる)シリアルナンバーに基づいている。多くの場合、ディーラーは、1,000,000よりも小さい数字をもつものであれば、1963年製のデイトナとみなしている。 しかし、具体的には、ダブル“スイス”のプリントや、アンダーラインのあるダイヤルなど、特殊な特徴をもつ時計は、シリアルナンバーが923,XXXに含まれるか、その前後にある。私は、この範囲外のシリアルナンバーをもつ、ダブルスイス・アンダーライン・デイトナを見たことがないが、存在しないわけではない。 

写真提供:OnlyVintage.It

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数字のミスマッチが望ましい場合

 シリアルナンバーが、1,000,000以下であること、そしてケースリファレンスが(当然ながら)6239でなければいけないことは、もうご存知だろう。なぜなら、それが、そもそもコスモグフラフを意味しているからだ。だが、これらの初代モデルのもう1つの興味深い特徴は、ケースバックとケースの数字が一致しないことだ。正真正銘の初代デイトナのケースバックには、6239ではなく6238と刻印されている。  

写真提供:ShearTime

アメリカ限定?

 さて、ダイヤル、ベゼル、ケースと網羅してきたが、次はムーブメントの話をしよう。初期のRef.6239は、ロレックスが72Bと呼ぶ、ベーシックなバルジュー72ムーブメントを搭載している。6時側にあるテンプの下に“72B”の刻印があり、テンプの下、ムーブメントの中心に近い位置に、ムーブメントナンバーが刻んであるのが見えるだろう。そして、テンプ受けにある“ROW”の刻印が見えるはずだ。これはロレックスUSAの輸入マーク。一般的に、デイトナが最初に供給されたのは、アメリカ市場と考えられているため、初代デイトナには全てにこの輸入マークがあるはずだ。とはいえ、地球上で半世紀もの間、時計のテンプ受けが交換されることは、全くあり得ないことではなく、テンプ受けに“ROW”の刻印があるのはたしかに良いことだが、私は必須であるとは考えていない。この刻印がないのであれば、時計を整備した際に、部品が交換されただけなのかもしれないからだ。 

印刷物には、まだ残っている

 初代デイトナは、1963年の非常に短い期間だけ製造された。実際、初代デイトナは、間違いなくこれまでに生産されたコスモグラフの中で、最も希少なモデルの1つだ。しかし、ロレックスが発行した印刷物には、初代デイトナを見つけることができないわけではない。 これは、先ほど紹介したロレックス ル・マンの広告に掲載されている初代デイトナ(アンダーラインのないモデル)だ。1966年(ロレックスがクリームカラーダイヤル、そして275の刻印と細かい目盛りを刻んだベゼルの生産を中止した3年後)のコスモグラフの小冊子では、明らかに初代モデルであるものが掲載されている。

 最後に、1963年の広告に、3つのロレックスモデルが紹介されているが、そのうちの2つは、信じられないくらい珍しいものとなっている。左側には“エクスプローラーダイヤル”のRef.5513が見え、右側には、細かい目盛りのベゼルとダブルスイス・アンダーラインのダイヤルを備えた、正真正銘の初代デイトナがはっきりと見える。分かるだろうか。これはとても希少な時計が掲載された、非常に珍しい広告ということだ。私はこの広告をHODINKEEのオフィスにある自分の机の上に飾っている。

しかし、他の人は関心があるだろうか?

 結局、私が執筆するのに、900時間もかけて説明した時計は、クールで希少ではあるが、他の人はどれほど関心があるのだろうか。それは難しい質問だ。初代デイトナを、ロレックス収集のベンチマークとなっているポール・ニューマンと比較してみよう。ポール・ニューマンは、ベーシックなRef.6239が、7万ドル(約750万円)台後半から8万ドル(約850万円)台前半で、状態の良いRef.6241やねじ込み式プッシュボタン付きのものなら、6桁(10万ドル、約1000万円以上)に跳ね上がる。ポール・ニューマン デイトナは、文句の付けようがない最高の時計で、ダイヤルはものすごくかっこいい。
 だが、ポール・ニューマンは珍しい時計だろうか。そんなことはない。事実、ポール・ニューマンは、ありふれた時計になっており、欲しければ、いつでも見つけることができる。さらにマット・ベイン、エリック・クー、アンドリュー・シャー、または、他にも評判の良いディーラーに話をすれば、販売用に常に1、2本は持っているだろう。手に入りやすいことは悪いことではない。ただ、ポール・ニューマンはそれほど珍しいものではないし、歴史的に重要なものでもない(サラダドレッシングの超ハンサムな大物、つまりポール・ニューマンがたまたま身に着けていたという事実を除けば)。では、今度は、初代Ref.6239を探してみて欲しい。

  訳注1;“サラダドレッシングの超ハンサムな大物” 俳優のポール・ニューマンはNewman's Ownというブランドで自作のドレッシングを販売しており、商品のパッケージに彼のイラストが書いてあることもあって、ポール・ニューマンといえば、ドレッシングを連想する人もいる。
※価格はいずれも当時のものです。

 これについては、しばらく探すことになるだろう。信じて欲しい。私自身、適正な価格で適切な状態の初代Ref.6239を探すのに、ゆうに1年以上かかったので、時間がかかることは分かっている。これらの時計が売りに出されるときは、何かしら条件に合わないことがある。後期のベゼルやケースバックが付いていたり、ムーブメントに不具合があったり、ケースが過度に研磨されていたりすることは、初期のデイトナの世界では常識になっている。初代デイトナはまさに希少で、月並みなポール・ニューマンや他の高価な代替品よりもはるかに希少だ。 

 ここからすべてが始まったということは、もう言っただろうか。 皆さん、これがまさに最初のデイトナなのだ。 

 コレクションの世界では、常に初期のものが最も注目される。Aシリーズのロイヤル オーク、Ref.3700のノーチラス、ビッグクラウンのサブマリーナー、その他多くの初代モデルと同様に、デイトナは初代Ref.6239という青写真を基にレガシーが作られてきた。私にとって、このことはエキゾチックダイヤルよりもはるかに重要だ。

 私は、いつかポール・ニューマンを買いたいと思うだろうか。100%買いたいと思う。しかし、それは今じゃなくてもいい。加えて、偶然にも、私は、ダブルスイス・アンダーライン・デイトナを、割や…、おっと…、気を付けなくては。「割安」と言うところだったが、既に非常に割高になっているヴィンテージデイトナの市場と比較すれば、という前置きをした上で、割安だと言わなければならない。ベーシックなバルジュームーブメントを使用したステンレススティール製の時計に、X(ここで「X」は共通の基準となる、コスモグラフ デイトナに支払うであろう2万~20万ドル)を支払うことは合理的だろうか。もちろん、合理的ではない(実質的には)。しかし、ヴィンテージ・ロレックスは特別な存在であり、私の意見としては、その扱いも特別であるべきだ。デイトナの10分の1の価格で、デイトナに代わる非常に現実的な選択肢を、近日中にフォローアップ記事で紹介する。 

 繰り返しになるが、もし、あなたがデイトナに大金を費やすつもりなら、それは歴史的に重要なものであるべきだと思っている。ご承知のように、それは初代デイトナのことだ。ただ、それは単に私の意見であって、私がポール・ニューマン デイトナを買ったら(いつか、それを買う余裕があると仮定して)、あなた(HODINKEEの読者の皆さん)が、同じ意見を私にぶつけてくることを、大いに期待している。 

とてつもなく希少な初代デイトナ。

どんな時計か知っている人は、既に1本持っている

 では、費用について。この初代デイトナは、筋金入りのコミュニティ以外で知られているものではない。事実、私があるディーラーの友人に、初代デイトナの適正価格を尋ねたとき、彼は「売りにくい商品だ。どんな時計か知っている人は、既に1本持っているから」と答えた。ゴールドのラインナップやハンジャール(オマーンの国章・短剣のデザイン)はないし、ダイヤルはセクシーではないし、ポール・ニューマンのように遠くから見て、簡単にそれだと分かるものでもない。私は初代デイトナを持っていない、真面目なデイトナコレクターを、たくさん知っている。例えば、ジョン・メイヤーは、初代デイトナを1本も持っていないが、自分のコスモグラフを大事にしている。 

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 初代デイトナは、細かなディテールによって、特別になった時計なのだ。しかし、もし、これが世界で最も重要な時計メーカーの、最も重要なコレクションの1つに成長することになった、シリーズ初期のモデルであるという事実がなければ、そのディテールは意味をなさないだろう(これについては多少の議論が予想されるが、私はこの意見を支持する)。
 初代デイトナは、1972年に作られたロイヤル オークが、Bシリーズに対してプレミア価格で取引されるように、1964年以降に作られたRef.6239よりも、大きなプレミア価格に値するのだろうか。それはディーラーの考えによるし、コレクターがいくら払うかにもよる。私はこれらの時計が(状態に応じて)3万ドル(約300万円)台後半から、最大7万ドル(約700万円)台半ばで販売されるのを見てきた。公正な価格は、この範囲の中間あたりにあると信じている。 そして、これらの時計は、もともと米国で販売されていたが、大多数は、ここ50年でイタリアに渡ったようだ。それは、おそらくユーロで支払うことになることを意味し、米国に住む私たちにとっては痛手だ。オークションに出品された唯一の例は、2008年にクリスティーズで行われたもので、57,651ドル(約620万円)で落札された。  

オークションで落札された唯一の初代コスモグラフは、2008年にクリスティーズで5万7000ドルあまりという金額で落札された。

 そのため、ダブルスイス・アンダーライン・デイトナに、いくら支払うべきか断言できないが、最近、初期のデイトナへの関心が強くなっているのを目にする(たぶん今年50周年を迎えたからだろう※本稿執筆時)。個人的には、初期のモデルで重要な時計を探している、もしくは単にデイトナが好きなら、絶対に手に入れたい品だと思う。ただ、通常のRef.6239よりも、5000ドル高い価値があると思うか、あるいは5万ドル高い価値があると思うかは、あなた次第だ。

 この1963年製のロレックス コスモグラフ デイトナを取り上げた記事が、意外にもあまり語られることのない時計に、少しでも光を当ててくれたらと思っている。 ロレックスの公式ウェブサイトでさえ、デイトナの誕生年として1963年に触れているが、実際には1966年か67年と推測される、ポール・ニューマンの写真を掲載している。 

 完璧で、歴史的に正確な世界では、このポール・ニューマンは、私が考えるもっと興味深くて重要な時計で置き換えられるだろう。つまり、正真正銘のオリジナル・デイトナである、ダブルスイス・アンダーラインダイヤル、275が刻印されていて細かい目盛りのあるベゼル、1,000,000より小さいシリアルナンバー、そしてRef.6238のケースバックを備えた初代コスモグラフによって。 

  息をひそめて、その時を待とう。 

SPECIAL THANKS 

 以下に、この記事で、画像と時計を使用することを許可してくれた数人のフレンドリーなディーラーに特別な感謝の意を表したいと思う。 

アレックス・チアーニ氏 

アンドリュー・シャー氏 

エリック・クー氏 

ダニエル・ボーン氏 

コラード・マタレッリ氏 

エルビオ・ピヴァ氏 

 この記事の調査にご協力いただいたジョン・ゴールドバーガー氏に、個人的に感謝の意を表したいと思う。

 さて、モータースポーツをイメージさせる腕時計の50年を象徴するもう1つのモデル、(タグ)ホイヤー カレラについてのフォローアップ記事にも、乞うご期待!