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HODINKEEで日々公開される記事は、当たり前だが僕たち編集部だけで作り上げているものではない。時計業界に精通したジャーナリストやフォトグラファー、スタイリストとさまざまな人々の力を借りてひとつの記事に仕上げている。業界で何年もかけて培われてきた彼らの深い知見、技術に支えられ、僕たちは腕時計にまつわる深淵なストーリーを美しい写真とともにみなさんの元へ届けることができるのだ。
そして彼らもまた、それぞれの視点や価値観で編纂した独自の時計コレクションを所有している。時計業界と密接に関わる彼らだけにそのコレクションも移り変わっていくが、そんななかにも、時計そのものの価値を超えて手放せない、お気に入りの1本というものが存在する。今回はHODINKEEでも活躍している5人のプロに、特に思い入れのある時計について聞いた。
ダービー&シャルデンブラン インデックスモビーレ/高木教雄さん(ジャーナリスト)
「そもそも前提として時計を手放したことは一度もありません」と語るのは、1992年からフリーランスで活躍されているジャーナリストの高木教雄さんだ。時計のみならず建築からライフスタイルプロダクトまで幅広い分野に深い造詣を持ち、毎年スイスで開催される発表会や工房取材にも積極的に参加する彼への業界の信頼は厚い。
そんな高木さんが“手放せない時計”というテーマで選んだのは、あまり知られてこそいないがツウ好みのダービー&シャルデンブラン インデックスモビーレだ。「手に入れるきっかけとなったのは、10年以上前に浅岡肇さんから送られてきたメール。『高木さん、これ好きそう』と添付されていたヴィンテージ時計のECサイトJoseph Watches.comのリンクに飛んだ先で、機構とデザインにひと目惚れし、ニュー・オールド・ストック(新古品)であったことにも魅かれて即決しました。2023年にミラノで行われたオーデマ ピゲの新作発表会につけていったところ、ジュリオ・パピさんから『ちょっと見せて』といわれ、『機構もラグのデザインも、面白いね』と褒めていただいた。日本の天才時計師に勧められ、スイスの天才時計師に褒められたのだから、手放すわけにはいきません」
アップで見ると、3時、9時位置の一段くぼんだ積算計や、丁寧な造形の曲げ針に気が付く。
写真を見ると、ダイヤルの中央にコイルスプリングが設置されているのがわかると思う。これはブランドの創業者であるジョージ・ダービーが考案した簡易スプリットセコンド機構である“モノラトラパンテ”を動作させるためのパーツで、リューズの先端にあるプッシャーを押すことでクロノグラフ針と重なったスプリット針が停止し、中間タイムが計測できるようになっている。撮影のために年末年始にかけてお借りしていたので、僕もこの機構を試してみた。3時位置のプッシャーを押しているあいだスプリット針が停止し、中央のコイルが緩んでいく。計測終了後にプッシャーから指を離すと、コイルが元に戻る力でスプリット針がクロノグラフ針に追いつく仕組みだ。その独創的なルックスと、複雑機構のひとつに数えられるスプリットセコンドを簡易的に実現した技術面において、一部の愛好家から高い評価を受けている。2025年の明けに時計をお返ししたとき、高木さんは時計を裏返してムーブメントを見せてくれた。「ムーブメントはランデロン製です。華美な装飾はありませんが、そこがいいんです」
ロレックス コスモグラフ デイトナ Ref.116509 メテオライト/前田 晃さん(フォトグラファー)
撮影のために訪れた事務所で前田 晃さんが取り出したのは、かなり年季が入って見えるロレックスのデイトナ 、そのなかでも特に希少なメテオライトダイヤルのものだった。デイトナからは2021年にもパンダダイヤルのメテオライトモデルがリリースされているが、前田さん所有のこちらはサブダイヤルにまで贅沢にメテオライトを使用した廃盤品となる。ホワイトのダイヤルに対し、4本の赤い針がいいアクセントとなっている。「当時からデイトナは男子にとって憧れのアイテムでした。デイトナはこれまでに何本か手に入れましたが、これはかれこれ18年くらい持っていますね。ちなみに、ホワイトゴールドに引かれて購入した時計がたまたまメテオライトだった、という感じです」と語る前田さんがフォトグラファーとして独立したのが今から27年前のこと。そのキャリアの大半を、この時計はともに過ごしてきたことになる。共に過ごして来た時間を示すように、表面には細かな傷が数多く見られる。「モノは使ってこそ。傷はまったく気にしていませんね」
ベゼルやブレスには細かな傷が見られる。18年という時間の長さを思わせる。
この日、前田さんに見せていただいたのはこのデイトナを含めて3本。いずれもコレクションのなかでも比較的長く所有しているモデルだという。バケットダイヤインデックスのパネライ(世界限定90本)など、希少な個体が並ぶ。
前田さんには普段からよく撮影をお願いしており、打ち合わせの際にはどちらかというとパテック フィリップのゴールデンエリプスなどもっと小振りなドレスウォッチをつけている印象が強かった。そのためこのデイトナが出てきたときには少し意外に感じたが、「基本は売っては買っての繰り返しです。でも、これだけは飽きがこなくて唯一売らずに今でもよくつけています」と前田さんは話してくれた。「購入時、親に見せたらこれは手放さないほうがいいと言われことを覚えています。加えて、なんというか相性がいいんですよね。一生ものって感じです」
ウブロ ビック・バン オールブラック/石川英治さん(スタイリスト)
この企画についての相談をメールで送った夜、HODINKEE Japanの5周年イベントで顔を合わせた石川英治さんは早速「これですよ」と僕に時計を見せてくれた。石川さんは雑誌から広告、芸能まで幅広い分野で活躍する、各種メディアから引く手数多の人気スタイリスト。HODINKEEでも時計のスタイリングを中心に、多くのクリエイティブをてがけてもらっている。そんな石川さんがその日身につけていたのが、ウブロ ビッグ・バンのオールブラックモデルだ。このモデルの発売は2006年。ビッグ・バンの登場が2005年であったことを考えると、比較的初期のものとなる。「当時、このようなコンセプトの塊のような時計をほかで目にすることはありませんでした。ラグジュアリーでありながら時計としての機能は本格的。一方でデイト表示すらブラックアウトしたアクセサリーのような見た目が、オールブラックに美学を持っていた自分のファッションともマッチしていると思ったんです」。オールブラックモデルのリリースを見た石川さんは、すぐさま日本の担当者に連絡。熱い思いをメールで伝え、購入に至ったという。「購入は2007年の10月24日でしたね」と、購入日まで明確に覚えているほど、その思いは強かったのだろう。
イベント会場にて撮影。この日もブラックを基調としたスタイリッシュなパーティスタイルのなか、ビッグ・バンは静かな存在感を放っていた。
「この時計は38mm径ですが、同じタイミングで44mm径も発売されていました。そちらは世界250本限定で、38mmは160本だったかな。38mmモデルの日本への入荷は4〜5本程度だったと当時聞きました。激戦を勝ち抜いて無事手にしたビッグ・バン オールブラック。もう購入から18年が経つ現在でも、石川さんといえばこの時計を思い出すほどよく身につけている印象だ。ちなみに、こんな話も挙がってきた。「2010年のFIFAワールドカップ南アフリカ大会ではウブロがオフィシャルタイムキーパーを務めていて、とても感激した記憶があります。選手交代時やロスタイム、その瞬間に表示された“HUBLOT”のロゴは、今でも目に焼き付いています」。時計を所有することで、そのブランドに紐づいたカルチャーや出来事をより強く意識する。これはそんな楽しい副次効果を示す一例かもしれない。
カルティエ タンク バスキュラント 90年代/仲唐英俊さん(スタイリスト)
仲唐英俊さんは前述の石川英治さんに師事したのち、2019年に独立。現在ではスタイリストとして、雑誌からブランドのカタログ、広告まで幅広く活躍している。彼の仕事を載せたInstagramからもわかるようにその軸はメンズファッションにあるが、時計のスタイリングに多く携わってきた師匠の元で学んできたこともあり、仲唐さんは現在HODINKEE Japanをはじめとするいくつかの媒体で腕時計の撮影もディレクションしている。「独立後、自分も時計のスタイリングにもこだわっていきたいと思ったんです」と語る仲唐さんの手首には、いくつかのシルバージュエリーに溶け込むように小振りなタンク バスキュラントがはめられていた。
約5年間のアシスタント時代にはほぼ毎日高級時計に触れる生活をしていたという仲唐さん。そのなかで、彼好みの古着のスタイリングにもクラシックなスーツスタイルにもマッチするカルティエに強い憧れを持っていたのだという。タンク バスキュラントを選んだのは、2018年ごろに六本木で開催されていたカルティエのイベントで目にしたことがきっかけだった。「カルティエにもこんなユニークな時計があるんだ、珍しいな、と思っていた矢先に、リース先の時計店でバスキュラントを見つけたんです。これは運命だと思いながらまだまだ当時はお金がなかったので……、3回ほど見に行き、師匠から誕生日プレゼントとしてもらったお金を頭金に48回払いで購入しました」
昔からひと味違うアイテムを好む傾向にあったため、あまり人と被ることがないというのもタンク バスキュラント購入の決め手となった。独立後、時計の撮影では基本的にこのモデルを身につけているという。「お仕事をご一緒するブランドさんへの配慮から、時計の現場では時計をしない人もいますね。しかし僕はあくまで、時計はブレスレットやリングなどアクセサリーの一部として身につけていてテンションが上がるものだと考えています」。そのため現場にはつけて行くものの、カルティエ以外の撮影では文字盤を回転させてブランドロゴを隠す。「これが僕なりの配慮です」と、仲唐さんは実際に文字盤を反転して見せてくれた。
なおこの時計は、独立にあたっての所信表明を込めたものでもあるという。このバスキュラント以降、レディスや小振りなヴィンテージカルティエをいくつか手に入れてきたという仲唐さんだが、「今後もこの1本だけは手放すことはないでしょうね」と語ってくれた。
ジャガー・ルクルト アトモス・トランスパラント/篠田哲生さん(時計ジャーナリスト)
Photo by Shinoda Tetsuo
篠田さんから届いたアトモス・トランスパラントの写真を見て、思わず息を呑んだ。長野にあるという、篠田さんのアトリエ。その窓辺に置かれたアトモスは遠く夕焼けの山岳を透過し、澄んだ空気を背景に静かに時を刻んでいる。ジャン=レオン・ルターによって産み落とされた1928年以来、アトモスはアール・デコ様式のエレガントな置き時計として多くの時計人に愛されてきた。過去には日本の伝統工芸をその表面に施したものやゴールドプレートで全体を覆った豪奢なものもあったようだが、2019年のSIHHでより現代的な邸宅にも似合う全面サファイアクリスタルのアトモス・トランスパラントが登場。篠田さんは会場でこの置き時計が飾られているさまを見て、いつか買おうと心に決めていたという。
バーインデックスのデザインも、外装に合わせたモダンなものとなっている。なお、分針を指で時計回りに回転することで時刻調整を行う。Photo by Shinoda Tetsuo
文字盤の裏にあるカプセルが外気によって収縮することで動作する、100年近く変わらない仕組み。わずか1度の温度変化で約2日間の動力が確保できるという。アトモスが半永久機関と呼ばれる所以だ。Photo by Shinoda Tetsuo
それから2年が経った2021年、コロナ禍が訪れて自宅にこもる時間が増えてきたことで、購入意欲に火がついた。ゆっくりと振り子が動き、駆動する様子を隅々まで見られるのはトランスパラントならではの恩恵だ。「眺めていて飽きることはありませんね」と篠田さんは語る。「ご存じだと思いますが、アトモスは温度変化によるガスの収縮を利用してゼンマイを巻き上げる時計です。しかし温度変化にやや弱く、アトリエの環境ではなかなか精度が安定しないのが玉に瑕ではあります。ですが、正確な時間を知るために選んだものではないので問題ありません」。そもそも現代においては置き時計を買うということ自体が少し特別であり、しかもそれが100年近い歴史を持つ傑作・アトモスであるなら、経験そのものが稀有で貴重なものとなる。ちなみに購入当時、篠田さんはその経験を独り占めするのはもったいないと、いくつかの時計専門誌にてその顛末を記事にしている。
購入からしばらくは東京にある自室に鎮座していたが、現在では新しく構えた長野のアトリエに移動されている。「友人や知人が訪問した際にはアトモスが話題のきっかけとなり、最高のコミュニケーションツールとして機能してくれます。この時計にはアトリエのシンボルとして、これからの時間を刻んでいって欲しいですね」
特に記載のないものはすべて、Photos by Yusuke Mutagami
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