※本記事は2014年9月に執筆された本国版の翻訳です。また、文中の円表示は当時の為替レートで換算しています。
※タイトルの翻訳に際して1万5000ドルを、切りのいい150万円としました。
人気企画のスリー・オン・スリーが帰ってきた。最初の直接対決では、地球上で最も優れた自社製手巻きドレスウォッチを3本取り上げた。今回は、より幅広いジャンルのなかから、我々HODINKEEが最も大切にしているインディペンデント時計メーカーをご紹介しよう。
独創的ですばらしい時計を作り、それ相応の金額を要求するローラン・フェリエやフィリップ・デュフォー、カリ・ヴティライネンのような独立時計師よりもさらに興味深いのが、独自の工夫ですばらしい製品を手ごろな価格で提供するインディペンデント時計メーカーの存在だ。今回は、1万5000ドル以下(訳注:掲載当時の為替レートで約157万5000円)で購入できる3本のインディペンデント時計メーカーの作品3本を紹介する。
サルパネヴァ(SARPANEVA)のK1、スピーク・マリンのサーペントカレンダー、ハブリング2の ジャンピングセコンド パイロットの詳細な分析について、読み進めてほしい。
サルパネヴァ K1
数週間前、ウブロの692 Bangをレビューした際、私はこの時計が“芸術的に制作されたディストピアアニメ映画の銀河系間通信装置”に似ていると述べた。よく考えてみると、その表現こそサルパネヴァのK1をより適切に表現しているかもしれないと今改めて思う。この大胆な時計は、気の弱い人。あるいは伝統的で保守的な時計を愛する人には向かない。私の個人的な好みは、頭脳的でエレガントな腕時計に傾いているが、さまざまな形のデザインを評価できることは確かだ。例えば、フェルメールの洞察力の鋭いコレクターが、ロスコのミニマリズムやスターリング・ルビーの作品の斬新さに驚嘆するのと同じようにだ。
サルパネヴァのウェブサイトにあるe-カタログは、時計職人自身の言葉から始まっている。
友人たちからすると、私は本当に役に立たないことをやっているようだ。誰が彼らを責めることができるだろう。なぜ、私はこんなバカなことをしているのだろうか?
– ステファン・サルパネヴァおそらくこれは、より広い意味で時計職人が陥るジレンマなのだろう。しかしサルパネヴァの場合、彼の技術の裏には、時計づくり、そしてモータースポーツへの執念があるのだ。サルパネヴァの現在のカタログに掲載されている10本の時計は、どれもカスタムバイクが発するガラガラとした、調和のとれた咆哮から生み出されたように見える。これは決して偶然の一致ではなく、サルパネヴァの創業は彼のモーターサイクルへの愛に負うところが大きい(彼の初期の作品のひとつは、初めて買ったハーレー・ダビッドソンのキックスターターピニオンから作られた懐中時計である)。
クルマやバイクの修復や修理をするうちに、機械的なものに対する愛情が芽生え、フィンランドのタピオラにある時計学校、そしてスイスのWOSTEPで学ぶようになったという。2003年、ヘルシンキの海岸近くにある古いケーブル工場に工房を開設し、現在もサルパネヴァの拠点となっている。
サルパネヴァの初代コロナ K1は、ブランド初のラウンド型ウォッチである(それ以前のモデルは、レクタンギュラーまたは歯車風の鋭い切り込みの付いたケースを採用していた)。コロナ K1の複雑な格子模様のダイヤルは、サルパネヴァの故郷であるヘルシンキの街路樹の周りにある、透かし彫りの鉄格子からインスピレーションを得たものだ。サルパネヴァはこのデザインに影響を受けてメタルダイヤルを試作し、最終バージョンに落ち着いた。
コロナ(Korona)という名は、日食の際に太陽の周りに現れるコロナ(Corona)にちなんでおり、格子状のダイヤルがこの現象に似ていることから名づけられた。今回レビューするK1は第2世代で、ダイヤルのオリジナルインスピレーションはそのままに、ケース外周にノッチを施したよりアグレッシブなスタイルに仕上がっている。
波打つ形状の特徴的なケース形状に加え、サルパネヴァ K1のディテールとしてまず目につくのは、3層からなる特徴的なダイヤルだ。2層のブルーステンレス鋼は、虹色に輝く“インペリアル・ブルー”の模様をベースにしている。最も細かい層の厚みはわずか0.3mmで、200以上の穴があり、それぞれを何時間もかけて手作業で磨き上げている。
無論、ダイヤルが最も魅力を発揮するのは、前述の“インペリアル・ブルー”だろう。深い着色のこの色は、創業者の月への憧れを連想させ、まるで銀河のような色合いだ。このほか、“ラスト・ブラウン(さび茶色)”、そして砕いたブラックダイヤモンドでコーティングしたダイヤルバリエーションがある。
このように深遠なデザインを強調する一方で、ダイヤルの外観は完全にモノクロームな配色によって抑えられている(ダイヤルを固定する4つのステンレススティール製ネジは例外)。その結果、マルチカラーよりもはるかに落ち着いた印象になった。また、さまざまな色に変化する背景に高度に研磨された格子の相互作用は、想像よりも不快さを感じさせない。
最上層から切り取られた12個の時間表示部分は、下層の他の部分よりも太い格子と縦長のプロポーションで区切られている。外側からふたつ目の格子模様は、ある程度、分表示にも使えるが、時間表示の格子インデックスによってやや干渉されている(警告:私は“Movado効果”と呼ばれるものに悩まされている。それは、アワーインデックスがアプライドかペイントされていない時計に対して、頑固で、時には理不尽な嫌悪感を抱くことだ。3時位置のドットを除いて、私はこのタイプのダイヤルをみて時間を読み取るのが苦手なのだ)。そうは言っても、サルパネヴァ K1の12時間セクションは、時間を読み取るのに十分であるだけでなく、比較的苦痛にならない程度にわかりやすい。
SS製の時針と分針には、ツートンカラーの仕上げが施されている。片方は光沢のあるポリッシュ仕上げ、もう片方はテクスチャー仕上げで、さまざまな色に変化するブルーの背景を引き立たせている。この針は、コンコルドのエアロダイナミックラインを思わせるドラマチックなフォルムが特徴的だ。中央で合流する針の先端は丸く、角度がついており、ダイヤルを針が周回する際に興味深い視覚的ダイナミズムを生み出している。
さらに重要なのは、すべてのダイヤル部品の仕上げが優れていることだ。ダイヤル(およびケース)部品の設計、試作、製造はすべてヘルシンキで行われ、地元の金属加工会社や工作機械メーカーがサポートしている。
K1の内部にはSoprod A10ムーブメントが搭載されており、このモデルではほぼ無改造のままだ(カスタム日送り車を搭載した新型K1とは異なる)。この自動巻きムーブメントは42時間のパワーリザーブを備え、地板には標準的なペルラージュ仕上げが施されている。しかし、本当に目立つのは、サルパネヴァのトレードマークであるムーンフェイスを備えたフルカスタムのSS製ローターだ。サルパネヴァの時計はすべて、実際のムーンフェイズ機構の一部として、あるいはコロナ・ムーンシャインのような、より顕著な背景として、何らかの形でこの月をモチーフとしている。そしてMB&FとのコラボレーションによるHM3 ムーンマシーンを忘れてはなるまい。
彼のみっつのシリーズの時計のなかで、K1は最も変更が少ないムーブメントを搭載しており、唯一の本当に変更されているのはカスタムローターだけである。A10は中級クラスの自動巻きムーブメントだが、この価格帯(1万200ドル、107万1000円)の時計に定価約250ドルのほぼ無改造のムーブメントを搭載していることは、研究開発と生産に多大なコストがかけられていることを示唆している(と思いたい)。なぜなら、すべての時計、そしてサルパネヴァの場合、本当のコストはムーブメント以外の部分にあり、ムーブメントが独自設計かどうかだけに注目する人は、単に本質を見逃しているだけである。
しかしこの価格帯では、ムーブメント部品の既存のサプライチェーンから地理的にかなり離れた場所で操業するインディペンデント時計メーカーから自社製ムーブメントが生産できるとは思えない。K1に自社製ムーブメントを搭載することは、それはそれですばらしいことだが、この時計についての態度を決めかねている人にもう一度見てもらうほどのインパクトはないだろう。この時計は、嘘や誤魔化しなく、デザイン、現地調達、そして彼のパーソナリティに焦点が当てられるべきなのだ。
第2世代となるK1は、先代の滑らかな円形ケースをわずかに崩し、より過激なサルパネヴァのほかのモデルのケースに見られるような、微妙な機械的な切り込み加工を加えた。この切り込みは、地味になりがちなケースに個性を添えている。
切り込みの最も長い部分を含むケースサイズは42mmで、実際に装着すると少し小さく感じる。さらに、厚さ3.6mmのSoprod A10を搭載することで9.8mmという薄さを実現している。その結果、K1は手首に心地よくフィットする。
SS製ケースは、ベゼルとラグの表面がサテン仕上げ、ケースの側面はポリッシュ仕上げとなっている。審美面では比較的シンプルなケースが幾何学的模様のダイヤルを引き立てている。また人間工学を追求したピロー型のリューズは、ほかの時計では後回しにされがちだが、使い勝手の良さでも際立っている。
K1は、例えばハブリング2よりも万能性が高いと言える。ある晩はリック・オーウェンズのライダースジャケットと合わせて出かけ、次の日は静かだが破壊的なマルタン・マルジェラのスーツと合わせることができるという、まさにその事実のためだ。それでも、どちらも私にとっては魅力的ではなく、K1は私のワードローブに組み込むには少し難しいことがわかった。
サルパネヴァ K1は、私の好みの時計ではない。しかしそれは、私の個人的な好みとK1があまりにもかけ離れているため、個人的な買い物として捉えることができないからだ。仮に、この手のデザインに傾倒している人であれば、その魅力は容易に理解できるだろう。K1はおもしろい。私の時計に詳しい友人もそうでない友人もそうだったように、人目を引き、常に話題の中心となることだろう。
今回紹介した3本の時計のなかで、K1は最も興味深いストーリーを持ち、ユニークで妥協のないデザイン哲学を通じて、創業者の緻密なポートレートを表現している。時計収集の魅力は、特にインディペンデント時計メーカーがいかに幅広く、膨大な数の製品を市場に送り出しているかということだ(そして、とても心強い)。ステファン・サルパネヴァは、全モデルを合わせても年間わずか50本しか生産していない。つまり、エントリーモデルのK1であろうと、一点もののユニークな依頼品であろうと、購入者の時計は彼の手に委ねられることになる。コレクターのなかには、この事実だけでも、このユニークな時計を腕につけるためにプレミアムを支払う価値があると考える人もいるだろう。
スピーク・マリン サーペントカレンダー
スイス人が時計の世界を支配する以前は、イギリス人が王者でした。トーマス・トンプソン(Thomas Tompion)、ジョン・ハリソン(John Harrison)、ジョージ・ダニエルズ(George Daniels)など、新しい製造方法と革新的な脱進機で計時技術の流れを変えたイギリスの時計職人には長い伝統があります。ピーター・スピーク・マリン(Peter Speake-Marin)はその遺産を受け継ぎながら、イギリスの創意工夫とスイスの近代的な製造技術をミックスして、今日の市場において真にユニークな時計を生み出しています。
スピーク・マリンが最も得意とする時計は、サーペントカレンダーです。このモデルは、ユニークな形とラグを持つピカデリーケース、テーパードローマ数字のダイヤル、そしてスピーク・マリンの時計とひと目でわかるようにする珍しい針が組み合わされています。風変わりでありながらクラシックな、独自の美学が感じられます。また、賛否両論を呼ぶ時計のひとつでもあります。正直なところ、僕はその中間です。
サーペントカレンダーは1万1200ドル(117万6000円)と、このなかで最も高価な時計であり、ハブリング2の2倍以上の価格です。この価格差は間違いなく無視できるものではありません。その価値はあるのでしょうか? さっそく見てみましょう。
サーペントカレンダーのダイヤルには、いくつかのオプションがあります。初代モデルこそ真っ白なエナメルダイヤルですが、現行モデルは今回取り上げたモデルのようなホワイトラッカーダイヤルか、サテン仕上げの繊細なシルバーダイヤルのいずれかを採用しています。ラッカー仕上げは、オリジナルのエナメルに近いルックスでありながら、コストを少し削減することができました。確かに、エナメルで得られる視覚的な深みは少し失われますが、ラッカー仕上げも非常に質感が高く、この決断を理解することができます。
ホワイトラッカーダイヤルには、時、分、カレンダーの各機能を示すインキーブラックのプリントマーカーが描かれています。また、ダイヤルの端には分表示の小さなドットがあり、5分ごとに少し大きなドットが配置されています。さらにその内側には、ダイヤルの中心に向かって細くなるローマ数字が配置されています。最初は気づかないかもしれませんが、これが伝統的なレイアウトに個性を与えているのです。
ローマンインデックスの内側には、カレンダー機能を表すアラビア数字が配置されています。28-31はやや窮屈に見えますが、このような日付表示にありがちな雑多な印象はほとんどありません。12時位置には“Speake-Marin Switzerland”のサインが入ります。ピーター・スピーク・マリンはイギリス人ですが、工房はスイスにあり、時計はスイスの部品を使って作られています。歯車整形機をモチーフにしたロゴは、6時位置にプリントされています。サーペントカレンダーのダイヤルは、多くの装飾が施されているにもかかわらず、ホワイトラッカーのスペースが十分に空いているため、軽快な印象を与えています。
ブルースティール製の針も、スピーク・マリンの特徴です。時針は幅の広いスペード型、分針は中央に向かって細くなり、再び広がり、細い秒針は末端に円形のカウンターウェイトが付いています。もちろん、その名の由来であるサーペントカレンダー針もあり、ダイヤルの中心からカーブしてカレンダー数字を指します。サーペントカレンダーをパッと見たときに、この4つの形状が見分けやすいので、表示が混同することはないでしょう。この点は、最初に時計を装着したときに心配しましたが、実際に使ってみるとまったく問題ありませんでした。
ほかのモデルと同様、サーペントカレンダーもベースとなるムーブメントに大幅な改良が加えられています。この時計に搭載されているのは、スピーク・マリンの中核を成すムーブメント、Cal.Erosです。この“エロス”はテクノタイムCal.738をベースにしており、二重香箱による5日間のパワーリザーブと日付表示を備えた自動巻きムーブメントです。
自社製キャリバーではありませんが、この“エロス”は通常のテクノタイムCal.738とは一線を画しており、僕はこの改良をとても楽く思いました。まず、構造上の変更点があります。ブリッジは、ムーブメントに異なる外観を与えるために再設計され、より曲線的で、長く伸びたラインを持ち、サンバースト仕上げが施されています。エッジは面取りされ、エングレービングは手作業で、ラッカー塗装仕上げによりコントラストが強調され、地板の裏側はペルラージュで装飾されています。
自動巻き機構のブリッジはすべて交換され、ローターは歯車整形機をモチーフにしたスピーク・マリンが製作したカスタムローターです。カーブやポイントを多用した非常に手の込んだローターで、工房の仕上げのよさを発揮することができます。エッジはすべて手作業で面取りされ、サーキュラーグレイン加工を施したあと、全体にダークブルーのPVD加工を施し、ブルースティールのような風合いに仕上げています。
もちろん、サーペント表示を実現するためには、標準のデイト窓とホイールデイト表示を改造する必要がありますが、ムーブメントの裏側からはこれらの改造を見ることはできません。しかし、日付表示のための瞬間日送り機構はスムーズに作動し、システム全体がうまく統合されているように感じられます。
この価格なら、自社製ムーブメントの方がいいのでは? もちろん、そう思います。しかし、この“エロス”はベースムーブメントとは十分に異なり、スピーク・マリンらしい個性的なスタイルで仕上げられています。正直なところ、見ただけで、これが自社製でないと思う人はほとんどいないのではないでしょうか。すばらしいムーブメントであり、それ自体が賞賛に値するといえるでしょう。
ピカデリーケースは、スピーク・マリン社の時計を最もよく表している特徴でしょう。この3ピースのデザインは、創業当初からスピーク・マリンの美意識の一部であり、その形状は他と一線を画しています。それは急こう配のサイド面、大きなリューズ、そして長く堅牢なラグなどを持ち、エントリーモデルの“スピリット・パイオニア”から自社製の“タラッサ(Thalassa)”、そしてトゥールビヨンに至るまで、あらゆるモデルで継承されています。では、ひとつひとつ見ていきましょう。
まず、ケース本体です。サーペントカレンダーの場合、38mmと42mmのオプションを選ぶことができ、厚さはどちらも12mmです。今回ご紹介するのは38mmケースですが、このサイズの時計としては大きく感じられます。12mmは確かに現代の基準からすると過度な厚さではありませんが、側面が急なため大きく感じられ、スリムなベゼルはダイヤルを実際よりも大きく見せています。
大きなファセットのついたリューズは時計の操作を容易にしてくれますが、少し派手だと感じる人もいるかもしれません。しかし、その美しさだけでなく、これらのファセットには鋭いエッジがあり、誤って手首を擦ってしまうと、ちょっと不快に感じるかもしれません。もしあなたが、オーバーサイズのリューズを持つパイロットウォッチを身につけたことがあるなら、ここで僕が言っていることを何となく理解していただけるでしょう。
そして、このラグ。これを見れば、その時計がスピーク・マリンであることが一目瞭然です。ラグが非常に長く、ケースの中心から突き出ていて、外側に見えるネジはオーバーサイズです。サーペントカレンダーを初めて装着したとき、驚くほど快適だと感じました。僕のように手首が小さくても、なんとなくつけこなせてしまうのです。しかし視覚的には、このネジがケースを少しばかり強調しているように感じられ、僕はそれを好きと思うこともあれば、フラストレーションを感じることもありました。それ以外は本当に楽しめる時計でした。巨大なラグがないと、オーバーサイズのリューズが場違いな感じになってしまうので、まずまずバランスは取れていると言えるでしょう。それでも、このラグの形状は僕の好みではありません。このあたりは、自分自身で判断するしかないでしょう。
SSケースは、すべての面がポリッシュ仕上げで、明るくモダンな印象を与えますが、同時に指紋や汚れがつきやすくなっています。もしあなたが僕のようなタイプなら、それはあなたを夢中にさせるでしょう。ピカデリーケースをもっと繊細に仕上げたら、この時計がどんな風に見えるのか見てみたいものです。
サーペントカレンダーは、スピーク・マリンが持つビジュアルと技術的な特徴を余すことなく具現化したものです。ピカデリーケースは、現在最もユニークなケースのひとつであり、僕はこのラグについてまだ迷っていますが、数え切れないほど多くのファンがいるのも事実です。ダイヤルはよくできていますし、スピーク・マリン独自の針のセットはとにかく美しく、エロスキャリバーの堅牢なベースムーブメントを生かしつつ、本格的な運針を披露しています。
スピーク・マリンは、ユニークな製品を生み出す魅力的なブランドです。その名を冠した時計師は健在で、今もブランドの舵取りをしており(※本国記事が公開された当時)、スイスの10人規模のチームが1年に作る時計はわずか500〜600本です。小規模で真に独立したブランドであり、大掛かりな役員会議で意思決定を行うマスマーケットブランドとは一線を画す個性と精神を持っているのです。
ハブリング2 ジャンピングセコンド パイロット
リチャードとマリア・ハブリング夫妻は、オーストリアのフェルカーマルクト(Völkermarkt)にあるハブリング2(Habring2)という小さな小さな時計製造会社を経営している。年間80本しか製造しないこの会社が目指すのは、高級時計を“普通の人”に、しかも持続可能で頑丈な方法で提供することだ。基本的に彼らは、非常にシンプルなベースメソッドを用いて、手間なく一生使える特別な時計を作りたいと考えている。私が最初に惚れ込んだのはハブリング2 ドッペル2.0だ。これは、90年代初頭にハブリングがIWCのために開発したシステムを使って、2人が数年前に作った非常にクールなスプリットセコンド・クロノグラフだ。シンプルなバルジューの7750をベースに、高度で複雑なラトラパンテを搭載したクロノグラフを作るという構想を思いついたのは彼らだった。機械式時計のすばらしさをできるだけ多くの人に知ってもらいたいと願う私にとって、この大衆向けの高度な複雑時計というアイデアは非常に魅力的に感じた。ハブリング2は手ごろな価格帯の時計を提供しており、今回紹介するジャンピングセコンド パイロットは、最も手ごろで最も興味深い時計のひとつだ。実は昨年、ジュネーブ時計グランプリ(GPHG)の審査員である私と同僚は、この時計を7500スイスフラン以下の時計に贈られるプチ・エギュイ賞に選出した。2012年、ドッペル2.0はGPHGで最優秀スポーツウォッチ賞を受賞している。このように、ハブリング2はあまり知られていないブランドだが、ある特定の人々のあいだでは非常に高い評価を得ているブランドなのだ。
この時計を解説する前に、ハブリング2 ジャンピングセカンド パイロットとは何か? 5300ドル(55万6500円)で販売されている、本物のデッドビートセコンドを搭載したパイロットウォッチなのだ。興味が湧いた? そうだろう。
ハブリング2のダイヤルは、驚くほどシンプルだ。ブラックでフラット、そして100%実用的なダイヤルだ。スーパールミノバを充填したアラビアインデックスを配し、“エクスプローラーダイヤル”のような外観をしている。残りの時刻はシンプルなバーインデックスで、インナートラック、Habring2のシグネチャー、アウターセコンドトラックはダイヤルにプリントされる。
このダイヤルのデザインは、ハブリング2の時計製造に対する姿勢を反映している。つまり純粋さへのこだわりだ。この場合、それほど高価ではない金額で、ノックアウトされるようなデッドビートセコンドの時計を製造することが目的だ。この時計のダイヤルで重要なのは、高い視認性(当てはまる)、読み取りやすいセコンドトラック(当てはまる×2)、そしてあらゆる点で究極の機能性を提供すること(当てはまる×3)だ。マットブラックのダイヤルに、ホワイトの秒針とマーカーが生み出すコントラストなデザインは、必要なことを簡単に実現させるだろうか? もちろんだ。しかし、このダイヤルにもう少しディテールと品質へのこだわりがあればと思わないだろうか? 間違いなくそうだ。しかし、ジャンピングセコンドのシンプルなダイヤルに対する私の不満は、ムーブメントのセクションに入ると、帳消しになる。
このオーストリアのパイロットウォッチのケースは、ダイヤルの素っ気なさを模倣している。42mmのSS製ボディは全体的にブラッシュ仕上げが施され、仕上げにはほとんど注意が払われていない。研磨も面取りもなく、ケースに興味を引かれる要素は何もない。そして、決して薄い時計ではない。パイロットウォッチは薄くなければならないのだろうか? そうである必要はないが、かといって厚くなければならないというものでもない。ハブリング2の公式情報によると、厚さは12.5mmということだが、それでもなお厚く感じられる。
この時計は、特にこれが本当に非常にカジュアルな時計であることを考えると、どんな装いと合わせてもまったく酷くない。確かに厚みのあるケース、フラットな黒のダイヤル、ステッチ入りのカーフレザーストラップは、ジャケットやタイに合わせるような時計ではないことを物語っている。しかし、撮影当日はジャケットを着用していたため、この時計の本来の姿とは異なるかもしれないが、まったく違和感なく着用することができた。
しかし、上の写真ではシャツの袖口のボタンが外れているのがおわかりいただけるだろう。これは私が怠け者で、めったにシャツの袖口を留めないからということもあるが、この話の目的からすると、ボタンを留めるとハブリング2がシャツの袖口に収まらないというのが本当のところだ。私のシャツのカフスが小さすぎるのか、この時計が厚すぎるのか。あるいは、この時計はシャツの袖口の下に装着するように設計されていないのかもしれない。
つまり、非常にシンプルでありながら効果的なダイヤルと、非常にシンプルでありながら厚みのあるケースを備えているのだ。さて、次はムーブメントだが、ここからがいいところだ。
リチャードとマリア・ハブリング夫妻が得意とすることと言えば、壮大なスケールのムーブメントを作ることだ。この時計に搭載されているムーブメントは、まさに“ダーティ”だ…もちろん、いい意味でだが。ジャンピングセコンドムーブメントの輪列は、バルジューの7750をベースにしている。それを隠していないのは、公式Webサイトでムーブメントについて最初に記載されている(訳注:掲載当時)ことからも明らかだ。7750からこのように機能し、かつ、ちゃんと問題なく動作するムーブメントを作り出すことは、名誉なことなのだ。PRの失言でも認識の甘さでもなく、このムーブメントは本当にハブリング2以外にはどこも持っていないのだ。
ハブリング2のムーブメントは、ハブリング自身の例えを借りれば、「ハンバーガーからバンズを取り除き、チーズのスライスを加え、再び挟む」ようなものだ。本作では、7750のローターがなくなっている。代わりに、天才的な自社設計・製造のデッドビートセコンドモジュールが搭載され、まるでクォーツウォッチのように運針することができるのだ。
デッドビートウォッチの歴史は、ブレゲの時代まで遡るが、最も有名なのはその正確さと見やすさから1940年代から50年代にかけて使用されていたことだ。ロレックスのトゥルービートもそのひとつで、最近ではグローネフェルトがワンヘルツでこのコンセプトへの関心を蘇らせた。デッドビートセコンドは、脈拍を測るのに最も便利であったため、医療関係者が使用していたことで有名だが、今ではこのコンプリケーションは精密な計時のためにあるのだ。20世紀のジャンピングセコンドムーブメントのほぼすべてを製造していたシェザール(Chézard)社という消滅したマニュファクチュールから約100個のムーブメントを入手することができたとき、ハブリングはこのシンプルなコンプリケーションのアイデアに引かれたのだ。ハブリング2は、このシェザール社製エボーシュを使用したモデルを発表したところ、その成功に圧倒され、このコンセプトの独自バージョンを作ることを決め、上の写真のようなモデルを製作したのだった。
しかし、この時計がおもしろいのは、デッドビートセコンド機構がモジュールとして追加されている点だ。ちょうどドッペルクロノグラフがモジュールであるのと同じように。例えば、カレンダー機構を搭載したドッペル3.0が欲しいと思えば、手に入れることができる。ただし、そのためにはモジュールを追加する必要がある。また、分針をセンターに配置したドッペル3.0など、さまざまなバリエーションも可能だ。ジャンピングセコンド パイロットなら、自動巻きローターやビッグデイトを搭載することもできる。ハブリング2は、ゼロから始めることなく好きなようにコンプリケーションを作ることができるモジュール構造の純粋な信奉者だ。そのおかげで、ハブリング2は1万ドル(105万円)のモノプッシャー・スプリットセコンド・クロノグラフや5300ドル(55万6500円)のデッドビートセコンドウォッチを作ることができるのだ。そして、広告や広報には1ドルも使っていない。
しかし、彼らの時計を12.5mmの厚さにしたのも、このモジュール構造である。本物の時計愛好家にとっては明らかな魅力であるにもかかわらず、一部の純粋なコレクターがハブリング2を鼻であしらうのは、このモジュール構造のせいなのだ。このムーブメントは見た目も美しく、信じられないほどの高精度(動画で確認してほしい)、そして驚くほどリーズナブルな価格だ。つまり、マニュファクチュールムーブメントではないが、モジュールは自社製で、実に見事なものなのである。
完璧なものなど存在しない。ハブリング2は、非常に多くの時間と労力を費やし、すばらしいムーブメントをすばらしい価格で製造したが、私にはこの時計の全体的なパッケージと魅力が少し損なわれたように思われる。ケースは私の好みからすると厚すぎる。ダイヤルも、ちょっとフラットすぎる。このふたつが20%でもスマートだったら、私はこの時計を所有したかもしれない。2013年のGPHGでは、この時計に一票を投じた。なぜなら、この時計は複雑機構と人々が時計に求めるものを真に高いレベルで理解していることを表しているからだ。しかし、今回のように機能が完璧であっても、フォルムを無視することはできない。ケースやダイヤルが悪いと言っているのではない。しかし、それは手放しですばらしいと言えるものではないということだ。時計愛好家の時間、興味、そしてお金を奪い合う独立系企業としては、そこにもこだわるべきだと思う。しかし、信じられないような血統を持つ真のインディペンデント時計メーカーがデッドビートセコンドをたった5300ドル(55万6500円)で提供するとしたら、私は本当にケースとダイヤルについて文句を言うことができるだろうか?
直接対決の結果
エボーシュムーブメントを使用した3本のインディペンデントメーカーによる時計の比較でおもしろいのは、我々が本当に注目した3つの指標で、それぞれに明確な勝者がいたことだ。しかし、それは必ずしも明確な「好み」が存在することを意味するものではない。
ステファン・サルパネヴァの見事な格子状のダイヤルは、明らかにこのなかで最も興味深く、最もよくできたダイヤルであるというのが我々の一致した意見だった。もちろん、どのダイヤルもまったく異なるものだが、ダイヤルのデザインはサルパネヴァの得意とするところであり、この作品は実に印象的だった。
ここでもやはりサルパネヴァが人気を集めた。次点はスピーク・マリンだったが、フィンランドの時計が持つ最高の装着感が、イギリスのサーペントカレンダーを凌駕していた。スピーク・マリンの仕上げはとてもよかったのだが、あのラグは本当に好き嫌いが分かれるところだ。サルパネヴァのケースは、それほど意見が割れることもなく、皆がおもしろいと感じたようだ。ハブリング2のケースはこのカテゴリーではダントツの最下位だったが、彼らの時計の値段がほかの半分と考えると……。
最後に、ムーブメント部門を制したのはハブリング2だった。スピーク・マリンの仕上げや改良も実に卓越したものだが、ハブリング2はまったく別物だと感じた。これほどおもしろく、これほど正確なムーブメントを、伝統的ないいムーブメントの概念をまったく無視した形で製造できるのは、彼らのほかにおいてないだろう。この7750のデッドビート機構は、ただただすばらしく、我々はその精度に圧倒された。
結局のところ、これら3本の時計はいずれも多くの魅力を備えている。機械マニアなら、ハブリング2こそ選択肢となるだろう。スタイルとデザインにこだわる人なら、サルパネヴァ。伝統的な時計づくりと伝統的なフィット感と仕上げを求めるなら、スピーク・マリンだろう。最終的に、みっつのカテゴリーのいずれでもトップに立つことはなかったが、我々は皆スピーク・マリンが全体的に最も完成度の高いパッケージであると感じている。
スピーク・マリン、ハブリング2、サルパネヴァは、巨大なラグジュアリーコングロマリットが支配する業界において、独立精神とクラフトマンシップのために同じ土俵で戦っているのだ。どのブランドもマーケティングに何百万ドルもかけておらず、有名人のアンバサダーもいない。彼らが生き残る方法は、我々や読者の皆さんのような人々が、近所の店で気軽に何かを買うという常識に逆らい、時間をかけてブランドの背後にいる人々を知ることなのだ。ここで紹介するすべての時計は、ダイヤルに名前が書かれている人の手から渡り、美しく、そして希有な存在となるのだ。サルパネヴァ、スピーク・マリン、そしてハブリング2は、皆すばらしく、温かく、興味深く、魅力的な人たちだ。したがって、あなたがインディペンデントメーカーの時計を購入する道を選ぶなら、時計を買うだけでなく、新しい友人を持つことになるかもしれない。また、高級でハイエンドなインディペンデントタイムピースは、(非常に高価な)自動車ほど高価である必要はないことも証明している。デュフォー、ジュルヌ、フェリエ、そしてヴティライネンがこの世界で特別なものを提供している一方で、インディペンデント時計メーカーの精神もまた、彼らに何ら劣ることはないのだ。
話題の記事
Introducing ルイ・エラール×ヴィアネイ・ハルターによるレギュレーターIIが登場
Introducing リシャール・ミルからRM 032 アルティメット エディションが新登場
Introducing アエラ M-1、若きブランドによる初のフィールドウォッチ