※本記事は2014年3月に執筆された本国版の翻訳です。また、文中の円表示は当時の為替レートで換算しています。
※タイトルの翻訳に際して2万ドルを、切りのいい200万円としました。そのため、記事中には一部200万円を超えているものがあります。
ようこそ、スリー・オン・スリーへ。我々が1本の腕時計を徹底的に精査し、それを身につけ、レビューするのは、それだけで大変なことだ。しかし、世の中には常に選択肢がある。スリー・オン・スリーは、あるカテゴリーを選び、そのテーマに沿った3本の時計を選び、真っ向から比較する企画だ。初回エピソードは、男性のワードローブの基本である手巻き式のドレスウォッチから始めたい。A.ランゲ&ゾーネのピンクゴールド(PG)製サクソニア、F.P.ジュルヌのクロノメーター・ブルー、そしてヴァシュロン・コンスタンタンのPG製パトリモニー・トラディショナル・スモールセコンドだ。このみっつのモデルは、真の高級腕時計の入門機として非常に印象的な存在だ。本稿では、ベンジャミン・クライマー、スティーブン・プルビレント、ポール・ブトロスが、これら3本を並べて解説している。
では、まずはセットアップから始めよう。本格的な自社製ムーブメントを搭載する腕時計の世界に足を踏み入れようとする人にとって、時刻のみを表示するベーシックな時計は、入門機としてふさわしい(そして賢い)ものだろう。手巻きムーブメントには、ムーブメントの構造や仕上げの鑑賞を邪魔するローターがないため、マニュファクチュールは自分たちの能力を最大限に発揮することができる。複雑機構がないぶん、デザインは完璧でなければならず、欠点があればすぐに目につくだろう。さらに、これらの時計はコレクションに欠かせない存在であり、マニュファクチュールのなかで最も手ごろな選択肢となることが多い。もちろん、2万ドル(約206万円)は決して手ごろな金額とは言えないが、もし時計製造界のトップクラスに足を踏み入れたいのであれば、妥当なモデルから始めるべきだろう。
我々は、いくつかの厳しい基準に基づいて、本稿に紹介する3本の時計を選んだ。まず、自社内で設計、製造、仕上げを行った真の自社製ムーブメントを搭載していることが条件だ。実態のない“自社製”と銘打っただけのものは除く。さらに手巻きであること、時、分、秒の表示のみであること、さらにスーツにも合わせられるドレッシーなデザインであること。そして最後に、本物のトップクラスの時計づくりに徹している時計であることだ。希少なヴィンテージサブマリーナーを探すのではなく、純粋に現代的な時計製造によって生み出された個体であるということだ。
我々は、3本の時計のうち1本を1週間着用し、その結果について話し合った。ジュルヌとランゲについては、すでに着用されているモデル(ランゲは日常的に着用されているもの)を見つけることができたので、それぞれのブティックを出て、腕の上でしばらく過ごした後、どのように見えるかを実際に見てもらうことができるだろう。
それでは、さっそく本題に入ろう。
ヴァシュロン・コンスタンタン パトリモニー・トラディショナル・スモールセコンド
ヴァシュロンのパトリモニー・トラディショナル・スモールセコンドは、私の率直な意見ではあるが、現在生産されている時計のなかで最高のドレスウォッチのひとつだと思っている。私自身、何度も購入を検討した時計でもある。この時計の強さは、ジュルヌにもランゲにも負けないパトリモニーが持つ妥協のないドレスウォッチらしさを貫く姿勢だ。ヴァシュロンはパトリモニーと同じような時計を作り続けてきた歴史があり、クロノメーター・ブルーもサクソニアもすばらしいメーカーが作った本当に美しい時計だが、価格にこだわるのでなければ、ジュルヌやランゲを選ぶことはないだろう。しかしパトリモニーは、私がもっとお金を出しても買いたいと思うほどのヴァシュロンなのである。
1万9990ドル(約205.8万円)という価格は、地球上で最も充実したハイエンドウォッチのひとつを、私には非常に妥当な価格で手に入れたことになる。欠点がまったないわけではないが、VCの手巻きドレスウォッチは私に十分な感動を与え、さらにもう一本欲しくなるほどだった。
パトリモニーのダイヤルは、ヴィンテージとモダンが融合した美しいデザインだ。オフホワイトのカラーは経年変化を感じさせ、仕上げはシルバーオパーリンで繊細な模様が施されている。6時位置には、驚くほど緻密なスネイル仕上げが施されたスモールセコンドが配置されている。ダイヤル外周とスモールセコンドのレジスターには、1940年代の伝統的なレイルロードスタイルの分・秒の目盛りが刻まれているのに気づくだろう。これによって、この時計に非常にバランスのとれた、アール・デコ調の外観を与えている。アワーマーカーは18KPG(5N)製で、インナーベゼルからすっきりとした形で延びている。12時位置には、ゴールド無垢のアプライドされたマルタ十字と“Vacheron Constantin Geneve”の書体が、ダイヤルのセンターポイント上に配置されている。
パトリモニーの針はゴールド無垢のドーフィン型で、光に当たると驚くほどの輝きを放つ。この時計のダイヤルは驚くほど読みやすく、控えめで、興味深く、まさに完璧だ。ただ、あえて粗探しをすれば、“Vacheron Constantin”のフォントサイズをほんの数ポイント小さくして欲しかった。
この時計の真骨頂は、自社製の手巻きムーブメントにある。パトリモニー・トラディショナル・スモールセコンドの内部には、ヴァシュロン・コンスタンタン謹製のCal.4400が搭載されている。このCal.4400こそが、真のモダン・マニュファクチュールとしてのヴァシュロン・コンスタンタンの根幹を成すものだと私は考えている。ヴァシュロン・コンスタンタンは常に世界最高峰の時計メーカーとみなされてきたものの、比較的最近まで真のマニュファクチュールではなかったことを忘れてはならない。そのヴァシュロンの高級セグメントにおける驚異的な専門性を、いわば大衆の手に届かせたのがCal.4400だったのだ。Cal.4400の製造は、2005年にヴァシュロンの自社製自動巻きムーブメント、Cal.1400が発表されてから3年後に開始された。2009年にヒストリーク・アメリカン 1921に搭載したことにより初公開されて以来、このブランドの最もエレガントなタイムピースの基礎となっている。
この大型(当時としては大きい28.5mm/12.5リーニュ)のムーブメントは、初公開時にコレクターから熱い視線を浴び、Hour Loungeの投稿でカリ・ヴティライネン自身がこのムーブメントを絶賛している。Cal.4400は、ジュルヌが採用する二重香箱とは対照的に、リバーサー付きのシングル香箱を採用することで、ジュルヌよりもさらに長い65時間のパワーリザーブ(フル巻き上げ時)を実現している。さらに、ヴァシュロン・コンスタンタンのムーブメントには28石の受け石がふんだんに使用されており、そのなかには通常は石が使用されることのない場所にあるものも含まれている。その目的は、歯車の摩擦を最小限に抑えることで、Cal.4400が長期間耐久性を維持し、メンテナンスフリーなムーブメントとなるようにすることだ。
この自社製ムーブメントの構造は、伝統的なジュネーブの手法に則ったもので、スイスの最高級のデザインにほかならない。ムーブメントにはジュネーブ・シールが刻印され、時計はまさに熟練の技で仕上げられおり、ムーブメントはすべて手作業で面取りされ、全体に深いジュネーブストライプが施されている。
このクラスの時計のコストの大半は仕上げ工程に起因するが、ヴァシュロンはこの仕上げに費用を惜しまない。このキャリバーとこの時計が私にとって魅力的なのは、優れたデザインと仕上げが実用性と結びついている点である。この時計は、どこでも修理可能であることを念頭に作られている。ジュルヌやランゲのオーナーであれば、本家本元で修理に出したくなるだろうし、ヴァシュロンのオーナーも同じだろう。しかし私は、ヴァシュロンの基幹ムーブメントが、ハイエンドムーブメント専門の時計師であれば誰でも修理できるようになっているというアイデアに好感を持っている。ほかの2つのキャリバーは特殊な工具と、場合によっては専門のトレーニングが必要だ。私は1930年代と40年代の時計を所有しているが、同じ立場の読者なら、なぜこのことが重要なのかを理解していただけると思う。ビジネスでも人生でも、何が起こるかわからない。私は、この時計が今後75年間、私の家族のもとに残るとしても、少なくとも修理が可能であることは担保しておきたいのだ。ヴァシュロン・コンスタンタンなら、それが可能だとわかっている。
加えて、この時計はとても美しい。Cal.4400をジュルヌと比較したときの欠点は、ランゲのサクソニアも固定式のスワンネック型緩急針を採用しているのに、フリースプリングテンプを採用していないことだ。ポールがランゲについて述べているように、時計マニア以外には意味をなさない些細な批判ではあるが。
この時計が発表されたとき、プレスリリースではヴァシュロンが1930年代から1950年代にかけて製造した時計について言及されていた。この年代にはどのブランドにもお気に入りの時計がある。そのため、ローレット加工が施されたミドルケースを持つ38mmのスリムなサイズは、ヴァシュロンの最も発展した時期の偉大な時計たちと非常によく似ており、脆弱さをまったく感じさせない。手首にしっかりとフィットするこのケースは、週末にオックスフォードシャツとジーンズに合わせるには控えめ過ぎるが、ブレザーとネクタイにはベストマッチする。このヴァシュロンに使用されている5N合金のクリーミーピンクの色合いはとても美しく、誰も従来のYGと見間違えることはないだろう。リブ付きのミドルケースとねじ込み式のケースバック、そしてやや下向きのラグが、この時計に腕の上での存在感を与え、まるで自分の一部分であるかのように見せてくれる。
背面から見ると、美しいムーブメントがケースの端まで広がり、ベゼルが適度に見えているのがすばらしい。また、38mmというサイズは、モダンで思慮深いドレスウォッチに最適なサイズだと考えている。
パトリモニー・トラディショナル・スモールセコンドについては、すばらしいの一言に尽きる。この3本の時計は、どれも価格に見合った驚くべき高い品質を提供していると思うが、実用性という点では、ヴァシュロンが最も誠実で、最も長持ちすると思われる。ジュルヌのクロノメーター・ブルーも好きだが、もし完璧な世界が存在するならば、クロノメーター・スヴランかレゾナンスを所有したいところだ。同様にランゲのサクソニアも好きだが、それよりも1815 Up/Down、ランゲ1、ダトグラフ、ツァイトヴェルクを所有したいと思う。ヴァシュロンの場合、2万ドル(約206万円)以下で買えるこの38mmのベーシックな時計が、ブランド全体のなかで最も優れた作品のひとつになるかもしれない、と私は思っている。
14日間パワーリザーブのトゥールビヨンやパトリモニー・クロノグラフも欲しいところだが、ヴァシュロンのドレスウォッチの歴史と、ケースやダイヤル、特にムーブメントのユニークなエレガンス、性能、スタイリングが結びついて、この時計は部品点数以上の存在感を放っている。私の目には、この時計はエントリーレベルのヴァシュロンではなく、ヴァシュロンそのものであり、まさに完璧な時計に映ったのだ。
F. P.ジュルヌ クロノメーター・ブルー
クロノメーター・ブルーは多くの点でほかの2本よりも際立った存在です。ブルーダイヤルにはバトンの代わりにアラビア数字を配し、39mmと最も大きく、RGではなくタンタル製のケースを採用しています。これは伝統的な手巻きドレスウォッチではありませんが、適切なコンテクストが与えられれば、確かに同じ機能を果たすことができるのです。
1万9890ドル(約204.8万円)という価格は、2万ドル(約206万円)の上限をわずかに下回るもので、基本的にはジュルヌのクロノメーター・スヴランからパワーリザーブインジケーターを取り除き、非貴金属で約3分の2の価格を実現したモデルなのです。J.J.レディックなどのファンも多く、非常にアバンギャルドな時計づくりとそれに見合ったパッケージングが魅力です。もちろん問題がないわけではありませんが、このクロノメーター・ブルーには多くの魅力が詰まっているのです。
まず、その名の由来となったダイヤルから。このダイヤルはブルー、つまりとても青いのです。玉虫色というのは控えめな表現でしょうか。むしろ“鏡のような”、“反射するような”という形容詞の方がしっくりきます。これは、光の当たり方によって、よくも悪くもなるのです。極端に明るいところでは、色が透き通って見えますが、ダイヤルが明るすぎるように見えることもありますし、逆に穏やかなところでは、非常に濃く見え、光が当たると色が変化します。その効果は驚くべきもので、暗い場所でもダイヤルが見やすくなりますし、夜光塗料がなくても読みやすいほどです。
インデックスはオフホワイトで、ミニッツチャプターリングの内側に同心円状にプリントされています。正式には“クリーム色”ですが、明らかに真っ白というわけでもない、柔らかな色合いに見えます。よく見ると、7と8の数字が他より少し小さくなっているのは、数字の下を切り落とすことなくスモールセコンドのスペースを確保しているためです。これはおもしろい解決策で、最初は好きではなかったのですが、だんだん好きになってきました。スモールセコンドに施されたギョーシェ模様と面取りは、広々としたダイヤルに奥行きを与え、僕にとっては非常に歓迎すべき美点です。
針はレジスターに合わせ、ジュルヌ定番のシェイプを採用しています。このペイントされた針とプリントされたダイヤルのマークは、本格的に高級なダイヤル処理を求めている人のなかには気になる人もいるかもしれませんね。プリント処理はきれいでよくできていますが、ここにあるほかの時計はどちらもトップレベルのアプライドインデックスとファセット針が取り付けられており、リッチな雰囲気を醸し出していますから。
ダイヤルはこの時計を視覚的に際立たせていますが、ムーブメントもまったく同じです。ヴァシュロン・コンスタンタンはスイス製、ランゲはドイツ・ザクセン州製の伝統的なムーブメントを搭載していますが、このムーブメントは独自性のあるものとなっています。Cal.1304はF.P.ジュルヌの自社設計・製造、18KRG無垢材から作られています。直径30.4mm、厚さ3.75mmですが、見た目の奥行きは無限にあるような錯覚を覚えるほどです。
この3本の時計のなかで、クロノメーター・ブルーは唯一ふたつの香箱を持ち、パワーリザーブが持続するあいだ、高精度を発揮するために並列に作動します。しかし、それによってパワーリザーブが最も長いというわけではない点は、特筆すべき点です。56時間というパワーリザーブは、ヴァシュロンに搭載される単独の大型香箱に負けることになるためです。
このムーブメントの構造は驚くべきものです。非常にモダンで、市場に出回っているほかのどのムーブメントとも異なります。シースルーバックから見ると、香箱が巻き上げリューズのある左側の大きな受けで支えられているのがわかります。駆動輪列の歯車がひとつ見えますが、香箱とテンプ受けを隙間が隔てています。その隙間の向こう側にテンプが単独で浮いているように見えますが、実は駆動輪列は地板とダイヤルのあいだに隠れているため、このような錯覚が起こるのです。そのふたつの部品の隙間の地板には、精巧なバーリーコーン(大麦)模様のギョーシェ彫りと、一部ペルラージュも施されています。受けはすべてジュネーブストライプ仕上げで、内側と外側に深い面取りが施されています。22個の受け石を収めるシンクや鏡面仕上げのネジの溝には面取りが施され、ほかではなかなか見られない特別な仕上げが施されています。これが非常に高級なマニュファクチュールムーブメントであることは間違いありません。
しかし、いくつかの問題もあります。その独特な構造は、このムーブメントを将来的に修理することを困難にします。もちろん、僕がこの時計を新品で購入したオーナーとしての経験から語るわけではありませんが、このムーブメントの修理が必要となった場合、一般の時計師ではなく、F.P.ジュルヌに依頼することになると思います。上述した隠された輪列だけで、混乱が生じる可能性が高いからです。さらに、ジュルヌはケースバックに独自のネジを使用しているため、これもまた修理のためにメーカー送りとならざるを得ない理由です。
クロノメーター・ブルーを着用した1週間、その性能は良好でした。週の初めに時計をセットし、週末までそのまま過ごしました。ただ、秒針がハックしないので、秒単位での正確な時刻合わせが難しいのが気になりました。“クロノメーター”の名を冠するからには、ハック機能の実装を期待したいところです。
Cal.1304は、一日中眺めていたくなるようなユニークなムーブメントを搭載しています。しかし、その代償として、アフターサービスはやや限定的なものとなっています。ここで注目すべきは、このクロノメーター・ブルーが真のインディペンデントブランドが製造した唯一の時計であることです。ヴァシュロンとランゲがリシュモン傘下であるのに対し、ジュルヌはインディペンデント時計メーカーで、ジュネーブの中心で年間約900本の時計を製造しているのです。
ケースサイズは39mmと今回ご紹介する時計のなかで最も大きいのですが、厚さは8.6mmと非常にスリムなプロポーションを持ちます。ラグは短くカーブしており、ケースバックは比較的フラットで、この時計を手首にしっかりとフィットさせます。付属のブルーのアリゲーターストラップは薄さが際立っており、その効果をさらに高めています。
クロノメーター・ブルーのもうひとつの特徴は、ケース素材であるタンタルです。タンタルは高密度で不活性な金属で、工業用途ではプラチナの代用品として使用されることもある金属です。このタンタルも同じような役割を担っています。わずかに青みを帯びたダークグレーの色合い、プラチナのような重厚感、そしてスティール以上の耐久性が得られるのです。僕は個人的にプラチナケースが好きなのですが、傷がつくのが嫌なため、タンタルがすぐに気に入りました。
フラットベゼル、シンプルなミドルケース、そして非常にフラットなF.P.ジュルヌのリューズと、デザインはいたってシンプルです。このような手巻きの時計では、このリューズのデザインは少し煩わしいと感じました。巻き上げるのが難しく、時計を腕につけたまま巻き上げることも不可能でした。一週間は気にならなかったのですが、しばらくするとこれが煩わしく感じることだろうと思いました。
シンプルなケースは、全体的にダイヤルの存在感を際立たせています。F.P.ジュルヌの時計は、最近大型化するまでは38mmと40mmの2種類のケースサイズがあり、クロノメーター・ブルーのみ39mm一択となります。カジュアルとフォーマルのあいだを行き来できる時計が欲しいという人には、最適なサイズ感です。ある晩、スポーツコートにネクタイを締めて素敵なディナーに出かけましたが、まったく違和感がありませんでした。数日後、スウェットシャツを着て近所のバーに行きましたが、やはりこの時計はぴったりだと感じたものです。
F.P.ジュルヌのクロノメーター・ブルーは非常に個性的な時計です。そのほとんどがいい意味においてです。ダイヤルデザインとムーブメントの構造は、ユニークでありながら、ケバケバしさはなく、モダンな印象を与えます。初めての本格的な時計を探している人には、さまざまなシーンで着用できるのはうれしいポイントだろうと思います。また、ランゲとヴァシュロンが巨大な上場企業リシュモン傘下であるのに対し、ジュルヌはジュネーブの中心街にある小さな工房で年間わずか900本の時計を製造する真の独立系です。僕がそうであったように、多くの人にとっても、これは魅力的な事実でしょう。ただ、将来のメンテナンスサービス費用が他社より高くなる可能性があり、このことを前もって考慮に入れておく必要があることは言うまでもありません。最終的に、僕はこのクロノメーター・ブルーを心から楽しみましたし、心からおすすめします。
A.ランゲ&ゾーネ サクソニア 37mm
サクソニアに目をやった瞬間、この時計が本格的な高級時計であることがわかった。サクソニアは、A.ランゲ&ゾーネのエントリーモデルだが、決してエントリー“レベル”ではない。ほかのランゲのモデルと同じように、私はすぐにサクソニアのすばらしい重量感に感銘を受けた。特に競合するブランドの類似したドレスウォッチと比較すると、その重量感は目を見張るものがある。ソリッドで、安心でき、そして非常にラグジュアリーさを感じさせる点だ。
18KRGモデルで1万8600ドル(約191.6万円:WGモデルは1万9800ドル)、ランゲのコレクションのなかで最も低価格なモデルとなる(ここで取り上げた時計のなかでも最も安価なモデルだ)。このモデルは、1994年のブランド再興の際に発表された34mmの小径サクソニアに代わって、2007年から現在の形で生産されている。20世紀中盤のエレガントなドレスウォッチを彷彿とさせるミニマルなデザインで、37mmのサイズに一新されたのだ。
先代にあったビッグデイトを排除したサクソニアは、時、分、秒の機能のみを極めてシンプルに表示する。シルバー無垢のダイヤルは、ファセットを施した美しいバトンマーカーと、各時刻が球状の“露の滴/デュードロップ”で飾られている。ゴールド無垢のマーカーは上面は鏡面仕上げの4つのファセット、側面は垂直方向にサテン仕上げされている。その結果、これらの小さな表面で光が鮮やかに反射されるのだ。
私はランゲの代名詞ともいうべき“ランセット(尖頭)”針の大ファンだ。金無垢の針に、夜光塗料が塗布されていないのがうれしい。針は2本とも完璧に仕上げられ、センターは完璧な面取りが施され、先端は見事な丸みを帯びている。分針の先端は、ミニッツトラックの外縁まで正確に伸びている。同様に、6時位置の窪んだインダイヤルでは、秒針が各秒マークの終わりまで正確に伸びている。ここでも細部へのこだわりがすばらしい。
サファイアクリスタルも、両面に無反射コーティングが施されているので、最高の光学品質を誇っている。ただし、クリスタルがわずかに湾曲しているので、視差の補正のためにも分針の先端をダイヤル側に湾曲させてほしかった。このあたりは些細な、そして非常に個人的な問題だ。
時計を裏返すと、シースルーバックから完璧な仕上げの自社製手巻きCal.L941.1があらわになる。このキャリバーは、1994年に発売された初代サクソニアに搭載されていたものと同じで、デイト表示機能を排して再設計されたものだ。直径25.6mm、厚さ3.2mmと、リニューアルされたケース径に対してやや小ぶりなサイズである。この点はあまり気にならなかったが、今回比較した3本の時計のなかでは、L941.1が3mm近くも小さいのだ。香箱はひとつで、フル巻き上げで45時間のパワーリザーブを実現している。
ムーブメントのほぼ全域にわたり、その設計と製造に費やされた妥協のない姿勢が反映されている。グラスヒュッテ4分の3プレートリブ仕上げ、ゴールドメッキのエングレービング、金無垢のシャトン、受け石、青焼きされ、ポリッシュされたネジなど、手作業で仕上げられたムーブメントは、眩いばかりに輝いている。受け、地板、ネジのエッジには面取りとミラーポリッシュが施され、ネジ穴には面取り、平面にはミラーポリッシュまたはペルラージュ仕上げが施され、166個の部品が精巧に仕上げられている。このキャリバーは非常によく作られ、よく仕上げられており、この“シンプルな”時計に2万ドル(約206万円)近い小売価格が設定されている理由も納得である。
1864年に創業者フェルディナンド・ランゲが導入した伝統的な方式で、ほかのランゲと同様に堅牢な4分の3プレート方式を採用している。受けと地板には、ニッケル、銅、亜鉛の合金であるジャーマンシルバー(洋銀)を使用している。真鍮よりも強度が高く、時間の経過とともにクリーミーで黄金色の経年変化が現れ、ムーブメントを酸化から守る役割を果たす。しかし、洋銀の加工は難しく、指の油で跡が残ってしまうこともある。つまり、この時計を修理する時計師は細心の注意を払わねばならず、さもなければ、永遠にその跡が残ることになるのだ。
4つの受け石はポリッシュされた金無垢のシャトンに取り付けられており、それぞれ2~3個の青焼きネジで固定されている。現代の時計にはもはや必要ないシャトンは、ランゲの歴史的な懐中時計に採用された高品質な機能で、メンテナンス時の受け石の交換を容易にするために採用されていたものだ。つまり、伝統に裏打ちされた高品質を象徴する装飾なのだ。
同様の理由から脱進機には、美しい仕上げのスワンネック型緩急針を備えたチラネジ式テンプが採用されている。毎時2万1600振動/時というゆったりとした振動数で、鮮明かつ静かなカチカチという音を響かせる様子に、思わず笑みがこぼれる。テンプを固定する受けには手彫りのエングレービングが施され、ランゲのタイムピースすべてに独自性を与えている伝統的で心地よい特徴だ。リューズを引き出すとテンプが停止するハック機能を備え、秒単位での時刻合わせが可能だ。ランゲの高価格帯の時計に採用されているフリースプリング式調速機構(緩急針方式よりも高い精度が得られる)の方が私の好みではあるが、これは些細な批判に過ぎない。
サクソニアは厚さ7.7mmの3ピース構造のケースに収められており、直径37mmというサイズとよく釣り合っている。ケースの部品には金無垢が惜しみなく使われており、想像以上に重く感じられる。RG製ケースはすべての面がミラーポリッシュ仕上げだが、WG製ケースはサテン仕上げとミラーポリッシュ仕上げが混在している。爪型のラグは、ミドルケースのちょうど中央に配置され、すべてのエッジが面取りされている。ラグは細長く、低く伸びている。フラットなケースバックと相まって、この時計は私の手首にとても心地よくフィットするのだ。
薄くカーブしたベゼルがダイヤルを囲み、37mmよりも大きく見える。ローレット加工のリューズには、“A.ランゲ&ゾーネ”のエンボス加工が施されている。巻き心地はいいのだが、私見ではリューズがやや小さめで、指の大きなオーナーにとっては、巻きにくいかもしれない。特に腕につけた状態では顕著に感じられるだろう。
斑の大きいクロコダイルストラップに、定評のあるピンバックルを組み合わせたモデルである。金無垢のブロック材から作られたこのバックルは、ストラップの湾曲を最適化するために底部付近に下側のクロスバーが組み込まれており、最高のつけ心地を実現している。些細なことかもしれないが、このようなディテールが全体のパッケージングを高めているのだ。
私はサクソニアを予想以上に気に入っている。ムーブメントが小さめであること、調速機構がフリースプリング式でないなど、私が挙げた批判は、この時計を実際に身につけて楽しむ分には何の悪影響も与えなかった。それらは、どちらかというと知的な屁理屈だ。この時計は、伝統的な時計製造と現代的かつクラシックなスタイルを巧みに融合させた、すばらしいドレスウォッチだ。バランスはエレガントに均衡し、壮麗な構造、そして完璧な仕上げ。小売価格2万ドル(約206万円)を切るこのモデルは、ランゲの妥協なき高級時計製造へのアプローチを、多くの人の手に届くものにしたのだ。
直接対決の概要
この3本の時計のダイヤルを見ると、クロノメーター・ブルーが明らかに際立っている。クロームメッキされたブルーは美しく、従来の時計には見られないもので、ほかの2本の時計に比べて明らかにカジュアルな印象を与える。しかし、ヴァシュロンとランゲのアプライドゴールドマーカーとエレガントなゴールド針は、全体の品質と仕上げのディテールにおいて、間違いなくジュルヌのプリント数字とペイント針を凌駕している。
前述の通り、Cal.4400は現在製造されている手巻きムーブメントのなかで最高レベルであり、ヴァシュロン・コンスタンタンの絶対的なベンチマークとなっている。伝統的な構造と精緻な仕上げ、そしてジュネーブ・シールが刻印されており、熟練した時計職人であればほとんど誰でもメンテナンス作業を行うことができるため、長期にわたって所有しやすいムーブメントだ。一方、ランゲとジュルヌには美しいムーブメントが搭載されているが、これは将来的にメンテナンスに苦労する可能性がある。ランゲのキャリバーL941.1は洋銀製で、無防備に触ることはできないし、4分の3プレート構造なので専用工具がないと組み立てが難しいのがその理由だ。また、ジュルヌのCal.1304は、18金製で輪列が隠されているため、F.P.ジュルヌ以外には修理が困難なムーブメントだ。これらのムーブメントにはそれぞれトレードオフがあるが、ヴァシュロンのCal.4400はこの比較において最高のバランスを達成している。
ヴァシュロン・コンスタンタンとランゲのケースはPG製だが、ほかの貴金属も用意されている。厚さは同じで、直径も1mmしか違わないため、腕につけたときの印象は同じだった。ヴァシュロンはエッジにローレット加工を施すなど、仕上げに工夫を凝らしており、それがおもしろさを増していたが、どちらもすばらしい出来栄えだった。クロノメーター・ブルーは、チタンの耐久性とプラチナの重厚感を併せ持つタンタル製のユニークなケースを採用している。ドレスアップもドレスダウンもしやすく、直径も厚みも3本のなかでいちばん大きいにもかかわらず、最も快適に装着することができた。薄いリューズでの巻き上げは少し面倒だが、それ以外は手首に最もフィットした。
その他の比較モデル
これらの時計が、唯一の高品質で、時刻表示のみの時計であるわけではないし、2万ドル(約206万円)以下で買える唯一の時計であるわけでもない。
パテック フィリップのカラトラバは、シンプルなドレスウォッチの金字塔といえるだろう。だが、2万ドル(約206万円)以下ではない。今回検証した時計に最も近いカラトラバは、Ref.5196だ。直径37mmケース、ダイヤルにスモールセコンドを搭載している。小売価格はYG製で2万1500ドル(約221.4万円)、WG/RGが2万3600ドル(約243万円)なので、今回のスリー・オン・スリーでは検討から外れた。さらにパテック フィリップの古参ムーブメント、Cal.215PSを採用しており、37mmケースに対して直径21.9mmしかない。本稿では、全体的にもっと現代的な時計に焦点を当てたいと考えた。
しかし、2万ドル(約206万円)以下の時計はほかに何があるのだろう?そう、ジャガー・ルクルトのステンレススティール製マスター・ウルトラスリム・パーペチュアルカレンダーだ。上記の時計は、ディテールを正確に把握することを優先して複雑性を排除したが、この時計は、所有者が予算を抑えつつ多くの複雑機能を得られるようにすることを目的としている。真のマニュファクチュールによるフルパーペチュアルカレンダーを、ここで紹介する時刻表示のみの時計と同じ価格で手に入れることができるのだ。しかし、これにはトレードオフがある。ジャガー・ルクルトのケースとダイヤルのディテールはそれほど美しく処理されておらず、全体的により工業的な雰囲気が残る。また、ムーブメントは複雑だが、ランゲ、ジュルヌ、ヴァシュロンと同じレベルの装飾や仕上げが施されているわけではない。この時計の詳細はこちら。
要約
ヴァシュロン・コンスタンタンのパトリモニー・トラディショナル・スモールセコンドは、極めて伝統的なジュネーブのドレスウォッチを現代的に生まれ変わらせたものだ。ケースとダイヤルは精巧に作られ、直径38mmというサイズはドレスウォッチとして完璧なプロポーションである。美しいだけでなく、Cal.4400は伝統的な構造で、訓練を受けた時計職人であれば誰でも修理が可能であり、何世代にもわたって維持しやすい時計となっている。高価で複雑なマニュファクチュールを差し置いても、このモデルは所有すべきヴァシュロンと言えるだろう。
F.P. ジュルヌのクロノメーター・ブルーは、そのユニークなスタイルにより、さまざまなシーンで活躍するモダンなドレスウォッチだ。クロームブルーのダイヤルのすばらしさは実際に見てみるべきだ。タンタル製のケースは、チタンのような先端素材とプラチナのような貴金属の最高の品質を兼ね備えている。ケースは手首に美しくフィットし、39mmのクロノメーター・ブルーはカジュアルウォッチとしてもふたつの顔を持つ。18金製のムーブメントは見た目も美しいが、F.P.ジュルヌ以外では修理ができないので、オーナーにとっては不満が残るかもしれない。とはいえ、これだけおもしろい時計を2万ドル(約206万円)以下で所有できるのは、本当に特別なことだと思う。
A.ランゲ&ゾーネのサクソニアは、ベーシックなドレスウォッチにドイツらしい質実剛健さを取り入れたモデルだ。ケースはスイス製に比べるとやや角ばったデザインで、装飾も控えめだ。しかし直径37mmというサイズは思ったほど小さくなく、裏返すと美しいランゲのムーブメントを眺めることができる。4分の3プレート構造、ゴールドシャトン、洋銀製地板など、どれも見事なものだが、ランゲ以外の時計師が扱うには難しい。サクソニアはA.ランゲ&ゾーネの時計のなかで最も安価なモデルだが、その代償として旧型のムーブメントを使用しており、同社の高価なムーブメントに見られるようなフリースプラング式テンプを備えていない。とはいえ、このサクソニアはまさにランゲそのものであり、夢のブランドの入門機としてふさわしい時計である。
手巻き、自社製ムーブメント、ドレスウォッチ、2万ドル(約206万円)以下という共通点から、あえてこれらの時計を選んだが、それぞれがユニークなメリット/デメリットを持つ時計だ。我々はこの企画で「優勝者」を決めるつもりでいたが、それはこの場では適切ではないだろう。それぞれの時計には、購入すべき理由があり、また、購入すべきでない理由もあるのだから。結局のところ、どのモデルも現代最高のマニュファクチュールのひとつであり、美的快楽と真のクラフトマンシップのすばらしい組み合わせを提供する、すばらしいエントリー機であると評価して本稿を締めくくりたい。
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