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Technical Perspective 飽和潜水の真の意味とは? (そして時計職人はそれにどう対応したのか)

「ヘリウム」と「死なないこと」が全てである。

サチュレーションダイビング(以降、飽和潜水)は、ダイバーズウォッチ愛好家の間で最も話題になるテーマのひとつだが、それには正当な理由がある。最も興味深く、技術的に高度なダイバーズウォッチの多くは、プロのサチュレーションダイバー(以降、飽和潜水士)のニーズに合わせて、特別に設計されているからだ。しかし、飽和潜水とは何か、スキューバダイビングとはどう違うのか、また(スキューバダイバーのように)水中へ潜ったり、水面に戻ったりすることと、どう違うのかについては、あまり理解されていないのが現状だ。

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 スキューバダイビングをする場合、船の上甲板でダイビングスーツを着て、圧縮空気タンクから混合ガスを吸って水中に降下し、地上に戻る。より深く潜水するとなると、水深30mでも窒素中毒を起こす可能性があるため、窒素と酸素(地上で呼吸する空気の大部分を構成している)に代わった物質が必要となる。なお、窒素中毒は、しばしば酒酔いの症状に例えられる。このため、より深く潜る際は、ヘリウムが(時には水素も)窒素と共に、あるいは、窒素の代わりとして用いられることがよくある。

saturation diver at work

修復作業を行う飽和潜水士。(Chief Photographer’s Mate Eric J. Tilfordが撮影した米海軍の写真)

 スキューバダイバーは、通常、水面に戻る途中で減圧をしなければならない。理由は、圧縮されたガスを吸うと、ガスが徐々に体の組織に溶け込んでいくからだ(もちろん、減圧を必要とするほど深く潜らなかったり、あるいは、長時間潜ることで、このような事態を避けることができる)。上昇途中に時折ストップすることで、溶解したガスが徐々に体外に排出され、無害な状態になる。減圧をせずに水面へ上がると、溶解したガスが血液や身体組織内に泡を作り、疾患を抱えたり、死に至ることもある(減圧症は“潜水病”とも呼ばれている)。

 飽和潜水は、1960年代半ばに商業用途のダイビングのために開発された。海中深くにある施設(例えば、海底の石油汲み上げ装置など)で作業するダイバーは、スキューバボンベが許容する時間よりも、はるかに長時間潜る必要があり、また、一定の深さを超えるとスキューバボンベでは危険すぎる。潜水時間と安全性を向上させるため、飽和潜水士は船上の減圧室内で生活し、作業をしている。減圧室に入り、徐々に作業深度で経験するであろう圧力になるように体を慣らしていく。“飽和”という言葉は、ダイバーの身体組織が、“その水深で可能な最大量の溶存ガスで満たされた状態”であることに由来している。

saturation system for saturation diving

簡単な飽和潜水システムの模式図で、人間が生活するのに使用する主な圧力容器を示す:DDC – リビングチャンバー(生活室);DTC – トランスファーチャンバー(搬送室);PTC – パーソナルトランスファーチャンバー (人員搬送室 or 潜水ベル);RC – リーコムプレションチャンバー(減圧室);SL – サプライロック(搬入ロック) 

画像: Wikimedia Commons

 海底に行く場合、一人のダイバーがエアロックを通って加圧室へ行き、潜水ベルに入る。その後、潜水ベルを海底(または必要な作業深度)まで下げ、ダイバーは潜水ベルから出て作業を行う。もう一人のダイバーは、作業中のダイバーを監視するために、潜水ベル内に残る。自分のシフトを終えたら、彼らは再び水面から引き上げられて、潜水ベルに入り、次のシフトを開始する。これは、スキューバと比較するとかなりの利点があり、300m以上の深さまで潜ったことがあるスキューバダイバーはほとんどいないが、飽和潜水士の場合は、日常的に水深100mから500mまでの大深度で作業をしている。

saturation diving bell

飽和潜水に使われる、潜水ベル。(画像: Peter Southwood

 驚くべきことに、飽和潜水士として作業することによって生じる病気はほとんどないようだ(一部の人は骨折しやすともいわれるが)。しかし、ダイバーは作業期間中、加圧された環境にいなければならず、それは3週間以上におよぶこともある。また、これは他のダイバーと非常に密な場所で、常にビデオの監視下(安全上の理由から必要)にあるため、プライバシーのない高圧環境で生活することを意味する。

saturation diving chamber video monitor

室内にいる間、ダイバーはカメラで24時間監視されている。シャワーやトイレの真上にカメラが設置されているので、プライバシーは一切ない。

(画像: Photographer's Mate 1st Class (AW) Shane T. McCoy)
 

 感情を適切にコントロールする必要があるため、短気な人やチームワークが苦手な人には、間違いなく不向きである。食べ物やその他の物資は、小さなエアロックを介して現地に送られるため、完全に密閉されていることの確認を怠たると、致命的となる。

 例えば、あなたが水深250mで作業していると想像して欲しい。これは地表の気圧の25倍に相当する。エアロックが故障すると、ダイバーの体内の余分なガスは瞬時に出口に向かう(この水深では、1平方インチあたり367.5ポンド、つまり、1平方cmあたり約26kgもの力がかかる)。ただ、幸いにも大規模な減圧事故は、歴史的に非常に稀だ。

hyperbaric escape pod saturation diving

高気圧脱出ポッド。(画像: Peter Southwood)

 支援船が緊急事態に陥り、船を放棄せざるを得なくなった場合、ダイバーには脱出手段がある。脱出トランクは加圧された(高気圧の)脱出モジュールに繋がっており、ダイバーは被災した船から安全に脱出することができる。

ロレックス シードゥエラー

ロレックスの最新の飽和潜水ダイバーズウォッチは、2017年に発表されたシードゥエラーのRef.126600だ。Week On The Wristの記事はこちらをご覧ください(英文記事)。

 時計の場合、ヘリウムの内圧という問題がある。ダイバーズウォッチの高気密構造に対して、酸素の分子は大きすぎるが、ヘリウム分子は小さく簡単にケース内に侵入するため、時計内部に圧力がかかってしまうことになる。

 ダイバーが数週間の作業期間の終わりに減圧を始めると、外圧の低下と同時にヘリウムがケース内から抜けなくなるため、ケース内の圧力が高まり(減圧時間は作業深度によって異なり、数日から数週間かかることもある)、外圧が十分に下がると、クリスタル風防が強制的に外れてしまうことがある。

Rolex Sea-Dweller helium escape valve.

ロレックス シードゥエラーのヘリウムエスケープバルブ。

 これに対して、解決策は2つある。多くのダイバーズウォッチメーカーは、減圧中にヘリウム分子を適切に排出するため、時計のケースにヘリウムエスケープバルブを組み込んでいる。なぜなら、適切な方法でないと、リューズを解放した際に、余分なガスが激しく放出されるため、内部の部品を損傷させてしまう可能性があるからだ。そして、他の解決策としては、最初から大量のヘリウムが侵入しない時計ケースを作るという手がある。やや大きなケース構造を必要とするようだが、セイコーのマリンマスター プロフェッショナルはこれに基づいている。利点は、より構造的な完全性が高い点である。

Rolex Sea-Dweller 126600 date cyclops

 最後に、ダイバーズウォッチにデイト表示は有用かという問題がある。スキューバ用の時計にデイト表示は不要だという意見もあるが、何週間も外界から遮断された状態で生活しなければならない飽和潜水士にとっては、望ましい機能である可能性は否めない。

 正しい手順を守っていれば何事もなく過ごせるが、バルブの操作を誤ると大惨事になることがあり、飽和潜水士には大きなストレスがかかる。このような状況下では、ダイバーが時間を気にせずに作業に集中できるようなものがあれば、きっとプラスになるはずだ。

 2015年現在、北海、メキシコ湾、東南アジアだけでも570の海洋掘削プラットフォームが稼働しており、飽和潜水士にとっては、まだまだ多くの仕事が残っている。聞いた話だが、現在でも飽和潜水用ダイバーズウォッチを着けて作業する飽和潜水士は少なくないようだ。

HODINKEEの寄稿者で、非常に経験豊富なスキューバダイバーである、ジェイソン・ヒートンがヘリウムエスケープバルブについて意見を述べている;このリンクから、英文記事もチェックして頂ければと思う。