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スターシェフと彼が最も愛する時計

マンハッタンのミッドタウンにあり、魚料理ファンが聖地とみなすレストランのリニューアルオープンを2日後に控えたエリック・リパート氏が、所有してはいないものの気になって仕方がない時計について語る。

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これはよく知られている話だ。ミシュランの三ツ星を獲得し続け、ニューヨークのシーフード料理の殿堂「ル・ベルナルダン(Le Bernardin)」の共同オーナーでもあるエリック・リパート氏は、長年の時計ファンである。

 リパート氏は、17歳で料理学校を卒業した際に母親からカルティエのサントス ロンドを贈られたのが始まりというから、随分若い頃から時計ファンだった。 彼は丸いサントスを今でもコレクションとしてもっているが、その後、他のブランドの時計もいくつかコレクションに加えたという。ロレックスもそのひとつだ。

シェフであり「ル・ベルナルダン」の共同オーナーでもあるエリック・リパート氏(写真:Nigel Parry)。

 だが、リパート氏の時計製造に対する興味や鑑識眼が本格的に高まったのは、長年愛用してきたヴァシュロン・コンスタンタンの人々を通じてのことだった。スイスを訪れ、ヴァシュロンや他のブランドの時計職人たちに会うことで、リパート氏は熟練時計職人の世界を垣間見ることができ、その献身的な仕事ぶりに共鳴した。氏はヴァシュロンを敬愛しているが、時計に対する興味はひとつのブランドにとどまらない。スポーティなもの、ドレッシーなもの、複雑なもの、シンプルなものと、愛する時計の種類もさまざまで、そのブランドもさまざまだという。

 2020年は、世界中の、そしてあらゆる業界の人にとって、厳しい年となった。なかでも特に打撃を受けたのが、ホスピタリティ業界だ。ル・ベルナルダンも、コロナ禍で2度の休業を余儀なくされた。一度目はニューヨークがロックダウンに入る前、事態が悪化してはいたものの休業が義務づけられる前、そして12月に再び休業を余儀なくされた。リパート氏はこれをつらい経験だったと述べている。

 昨年、リパート氏のチームは、ワールド・セントラル・キッチンと提携、シティ・ハーベストと共同で、困っている人々のために食事を作り、配布した。今年は、ル・ベルナルダンが主催する食事会1回につき5ドルをシティ・ハーベストに寄付することにしている。目標は20万ドルだという。

写真:Daniel Krieger

 休業の目に遭うなど思いもしなかったレストランが営業を再開するといい、56歳の料理界の巨匠は、所有してはいないものの気になって仕方がない5つの時計について教えてくれた。「現在、私はコロナ危機からようやく脱しつつあるのです......夢を見させてください!」


エリック・リパート氏の欲しいものリスト
ヴァシュロン・コンスタンタン トゥール・ド・リル:

 スイスに行き、時計作りで有名なジュウ渓谷へ行ってきた。いくつかの場所を訪れたが、最終的にはヴァシュロン・コンスタンタンの工場を訪れることになった。ヴァシュロン・コンスタンタンはジュネーブに工場があるが、ジュウ渓谷にも工房のような場所をもっていて、そこではプロトタイプや特別な時計などを作っている。私にこうした種類の時計やコレクターズウォッチについて時間をかけて教えてくれたのは、この工場の人たちだった。今、腕に着けているのは、ヴァシュロンがニューヨークのマディソン・アベニューにブティックをオープンしたときに作られた、限定シリーズのアメリカン 1921(ヒストリーク・アメリカン 1921)だ。私は007が欲しかったのだが、断られたので、07/64にした。とても気に入っている。パトリモニー限定エディションで、全てプラチナで出来たものをもっている。オーヴァーシーズももっており、とても愛用している。

ヴァシュロン・コンスタンタン トゥール・ド・リル。

 ジュウ渓谷に行ったとき、この時計を製作中で、完成間近だった。仕上げが行われている部屋は立ち入りが許されておらず、主にこの時計が担当だという人物と、建物の外で話をすることは許された。とても面白かった。大変ユニークな時計だ。ヴァシュロンの人たちがあの時計で成し遂げたことは、大変驚くべきものだと思う。まずトゥールビヨンがあり、そしてパーペチュアルカレンダーがあり、そして天体表示機能もあるのだから。クレイジーな時計である。それに素晴らしい時計でもある。

 私は職人技を極めることに大きな敬意を抱いているが、職人技に付随する芸術性に対しても、同じように敬意を抱いている。こうした種類の時計を作っている人たちは、世界最高の職人であると同時に、クリエイティブなビジョンももっている。私にとっては、それが面白いところなのだ。時間は計算できるものであり、そしてそれは非常に主観的で、弾力性のあるものなのである。計算のし方もさまざまだ。これらの時計職人たちは、私たちが考えるのとは違うやり方で、いろいろと計算方法を考え出している。自分の芸術に大変こだわりがあり、自分たちが作る時計には、細かい部品の一つ一つに彫刻や装飾を施している。虫眼鏡で見ると金属に彫刻が施されているのが良く分かる。ただし、それは派手なものではなく、そして人の目に触れるものでもない。

オーデマ ピゲ ジュール オーデマ・グランドコンプリカシオン・オープンワーク:

 オーデマ ピゲは、ジュウ渓谷にある。古い古い会社のひとつだ。創業は19世紀だったと思う。この時計は複雑機構を搭載していて他に類を見ない時計だ。その職人技はオーデマ ピゲならではのもので、全てのものが自社で作られている。マニュファクチュールにも関心させられる。まず第一に、招待されることだけで幸運なのだ。そして時計職人たちはあまり多くを語らない。面白いことに、職人たちは工房という小さな宇宙の中で人生を過ごしているのだが、お客が訪れると突然その宇宙から連れ出されてしまうため、私たちの世界に迷い込んだかように見えるのだ。

オーデマ ピゲ ジュール オーデマ・グランドコンプリカシオン・オープンワーク。

  我々料理人は、味、食感など、さまざまな要素を使って実験に励むが、作品は作ってもすぐに消えてしまう。時計とは全く異なる。時計とは基本的に、時間を与えてくれる生きた彫刻なのだ。我々料理人は、作るのに何時間も何日もかかるが数秒で崩壊してしまうものを作っている。料理人がキッチンでやっていることは、ある意味では大変儚いものなのだ。時計職人がやっていることは、間違いなくその逆だと言える。ただ、職人芸や芸術性に大きな敬意を払うという点では同じだと思っている。そして、私の世界においては時間が不可欠だ。

ブレゲ クラシック トゥールビヨン エクストラフラット スケルトン Ref.5395:

ブレゲ クラシック トゥールビヨン エクストラフラット。

 私がなぜこの時計を気に入っているかというと、コンプリケーションであり、そこへ込められた努力が感じられ、腕時計がどこまで薄くできるかに挑戦しているからだ。また、ブレゲというブランドも好きなのだ。長年培ってきたノウハウを活かして功績を挙げているところが、素晴らしいと思っている。この時計が大変面白いのは、時計の内部にあるものがほとんど全て見えるところだ。例えば、オーデマ ピゲを例にとると、複雑機構は見えてもメカニズムまでは見えない。ブレゲのクラシックは、まさに 「わあ!」と言うしかない。これ程のレベルの時計を作るためにはどれだけのプロセスが必要なのかを、改めて思い知らせてくれる。

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ヴィンテージ ロレックス デイトナ ブラックダイヤル:

 私はスポーツウォッチも好きだ。ロレックスはアイコニックなブランドである。オーデマ ピゲやブレゲ、ヴァシュロン、パテック フィリップと違うのは確かだ。でも、とても特別なブランドなのである。デイトナ、特にヴィンテージものに夢中だ。

ロレックス デイトナ Ref. 6240 ポール・ニューマンダイアル(画像はPhillipsの厚意により掲載)

 コレクターである友人がこれをもっている。ポール・ニューマンのデイトナで、今では80万ドル(約8700万円)くらいの価値があると思う。その友人に会うたびに、どうしても気になってしまうのだ。「ほんのちょっとでいいから貸して」と言ってしまう。驚くほど特別なデザインだと思うのだ。特に当時としては。ポップカルチャーとは言いたくはないが、でも、我々の時代をとても象徴するような時計だと思っている。自分にとっては大変に魅力的な時計で、自分がもっていない時計だ。デイトナはもっているが、ヴィンテージものはもっておらず、自分がもっているのはホワイトダイヤル。ブラックダイヤルはもっていない。とにかく手に入れたいと思っている時計なのだ。トゥール・ド・リルとこの時計は大きく異なるものだ。ただそれでも特別な時計で、アイコニックな時計になった。それが良いのだ。私は常に時計を変えている。デイトナも非常に特別なイベントで、とても神秘的な時計だ。この時計は、スポーツ、車、レース文化など、さまざまなものをひとつにまとめてくれる。それにセクシーだ。

パテック フィリップ ノーチラス 5712R:

 パテックは、時計ブランドとして世界で最も崇拝されているブランドではないかと思う。全ては認識の相違で変わってくるし、主観的なものでもあるが、オーデマ ピゲ、ブレゲ、ヴァシュロン、そしてパテック フィリップといったブランドがあるが、パテック フィリップが最高のブランドとみなされることが非常に多い。このブランドは外注を一切しない。ここも19世紀から続くブランドで、パテックのモデルは全てアイコニックだ。

パテック フィリップ ノーチラス 5712R。

 ノーチラスは76年に誕生した。とてもスポーティな時計で、エレガントであると同時に、とてもモダンでもある。時代に先駆けた時計と言ってもいいかもしれない。だが、とてもシンプルだ。パテック フィリップの面白いところは、パテック フィリップの時計のディテールにどんな大変な作業が込められているかを理解していない人には、味気がないと思われるかもしれないということだ。こうした時計を見て、それが何を表しているのかを理解できない人もいるのだ。パテックのスタイルは、派手なものではない。むしろ、その逆だ。私はこの時計が、ここに挙げた全ての時計の中で、おそらく最も繊細なものであるという点が気に入っている。私が心がけているのは、非常に複雑な料理作りだ。だが、それを食べた人には、ある舌触りや味を作り出すのに私たちがどれだけ苦労したかなど、分からないと思う。そしてどんな時であれ、見た目にはシンプルな料理に見える。これが、私たちが作り上げたスタイルなのだ。パテック フィリップに近い料理などというとおこがましく聞こえるかもしれないが、いろいろな意味で、このブランドには共感できる。私たちは大変な努力をして料理を作り上げる。そうして作った料理がシグネチャーになるかもしれないし、ならないかもしれない。時々、花火や華々しいパイロテクニクスなどを期待して来店されるお客様がいらっしゃるが、それはル・ベルナルダンの本質ではない。私たちの経験全体、特に私たちが作り出す料理に、ある種の繊細さがあり、それが当店の本質なのだ。私がパテック フィリップ、特にノーチラスに共感する理由は、ここにあると思っている。

 ソース作りをマスターしようと思ったら、多くの知識が必要となる。多くの職人技が関わってくる。だが、最終的には – そしてここが時計職人とソースを作る料理人とがつながる部分なのだが – その時間は、触れることができないものであり、目に見えないものなのだ。味も同様に、触知できるものではなく、目にも見えない。全ては、心の中にあるものなのだ。料理が上手な人は、音楽の音符のような味を作り出すことができる。あるいは、過ぎ去っていく秒のような、と言ってもいいかもしれない。存在はしているものの、見ることも、触れることも、掴むこともできない。不可能なものなのだ。