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時計を身につけることは、コスプレに興じるようなものだ。つまり、腕の時計によって、別人になったように感じられる。オレンジダイヤルのドクサを身につければ、ジャック・クストーのような気分を味わえるかもしれないし(赤い帽子も追加すれば、より“らしく”なるだろう)、懐中時計と片眼鏡ならばヴィクトリア朝時代に身を置いたような気分を味わうこともできるだろう。ヴァシュロン・コンスタンタン ヒストリーク・アメリカン 1921は、「自分らしく、よりよく」というテーマにぴったりだ。
この時計は美的観点からも文化的観点からも、まさに1920年代を体現している。その名前も少し欺瞞的ですらある‐“狂騒”の20年代を象徴するからである。
ヴァシュロン・コンスタンタン(以下VC)は2009年以来、この歴史的に重要なモデルを様々な形で発表してきた。この時計は、まさに特別なものだ。手にした瞬間、ストラップをつけた瞬間にそれを感じることができる。その時計こそ、今回のア・ウィーク・オン・ザ・リストの主役である。
狂騒に満ちた歴史上の間奏
2021年は、この特殊な傾斜したダイヤルデザインの100周年...のようなものだ。ヒストリーク・アメリカン 1921は、同年に発売されたモデルを記念したものだが、そのモデル自体は1919年に発売された同様のデザインの時計の後継機である(ブラックソックスがワールドシリーズを制覇した年だが、私は八百長が取り沙汰されたシューレス・ジョーが無実であると信じている)。1921年のモデルは、クッションケースに斜めに傾いたダイヤル、そしてブレゲ数字が特徴的で、アメリカ市場向けに限定生産されたため、このような名前が付けられた。
1919年モデルは、機能的には同じだが、フォルムが1921年モデルとは明らかに異なり、太いブロック体のアラビア数字と、堂々とした針が特徴だった。一方、アメリカンは、より洗練されたデザインで、タキシードを着てパーティーに参加したり、ドライビング・グローブを着けて運転したりするのに適していた。興味深いことに、1921年のRef.11677の個体は、ダイヤルが左に傾いているが、初代は右に傾いていた。
今回の新作は1921年モデルの100周年を記念して作られたものだが、VCの保管庫にある2つの時計を組み合わせて作られている。いわば、1921年のスタイリングと1919年の右傾ダイヤルの折衷案だ。そして、ケースはホワイトゴールドになった。
さて、この時計の誕生秘話を紹介したところで“ヒストリーク・アメリカン 1921”とはどんな時計かについてお話ししよう。
20世紀3番めの10年間が始まったとき、自動車は旅行やスポーツのための真の道具として登場した。自動車はすべてを変えた。今日のような混雑した都市の日常を作り出すと同時に、都市部の人々が街を越えて通勤できることを知り、郊外化が加速した。この新しい道具、自動車の登場に伴い、(不用意にも)新しい種類の腕時計、つまりツールウォッチが登場した。VCが製作した1921は、自動車を愛する(いや、情熱的な)ある種の消費者の注目を集めたのだった。
その結果、この時計は、ハンドルを握った状態でも読みやすいように斜めになっている。ハンドルを握る想像をして“理解できない”と思っても当然で、当時のドライバーは現代のように10時と2時位置を握って運転していたわけではないからだ(ハンドルがずっと大きかったのだ)。バスの運転手のように、7時と5時位置を握って運転していたのだ。つまり、時計は手首の裏側に装着するものだったのだ。
実際には、ハンドルを握っていなくても、傾斜したダイヤルは役に立った。ジェイ・ギャツビー(彼はフィクション上の人物だ)のように、ロールス・ロイスに乗りドライビング・グローブをはめて、VCのスラントダイヤルを身に着けている人を想像してみて欲しい。
実際にどれだけの貴族がこの時計をつけて車を運転していたかはわからないが、幸運な数人が時代を超越した時計のひとつを手にしたのだった。実は最近、VCのヘリテージ&スタイル・ディレクターのクリスチャン・セルモニ氏によって、1921がドライビングウォッチとしてデザインされたというのは都市伝説に過ぎないということが明らかになった。車のことはさておき、実際に考えてみると、ヒストリーク・アメリカン 1921はモダンな腕時計デザインを体現しており、それが1世紀以上前に考案されたものということには刮目する。ロレックス オイスターと並んで、最も影響力のある時計のひとつだと思う。ダイヤルが斜めになっていることを除けば、このモデルは、のちに(そして今も)伝統的な腕時計のデザイン言語となるものの先鞭をつけたと言えるだろう。
ア・ウィーク・オン・ザ・リスト
最近は小径の時計が流行っているので(少なくとも私はそう感じている)、36.5mmモデルを試してみることにした。
この時計はあらゆる面でバカげている。確かに、これを運転の道具として使う人はもういないだろう。だから、私はこの時計を、狂騒の時代にふさわしい別のアクティビティで試してみようと思いついた:ゴルフである。
このサイズのモデルは、Watches and Wonders 2021でVCが発表した2つの新作(36.5/40mm)のうちの1つで、クラシックなクッションケースのデザイン、ケースの右上隅にあるリューズ、ラッカー仕上げの波打つブレゲ数字、グレイン状のシルバートーンのダイヤルなどが特徴となっている。
ホワイトゴールドのケースは、基本的に至るところがポリッシュ仕上げになっていて、クラシカルな魅力とマッチしている。この時計をサテン仕上げにしなかったVCの英断に拍手を送りたい。ケースの裏側はシースルーケースバックとなっており、手巻きCal.4400 ASを眺めることができる。このケースバックは幅が広く、ムーブメントの全体像が見えるようになっている。実際、大型の40mmよりも36.5mmモデルの方がより美しく見える。このムーブメントは65時間のパワーリザーブを備え、振動数は4Hz、厚さは2.8mmと非常に薄く、時計本体のスリムな形状を実現している。
このモデルは1920年代のアメリカのヴァシュロンを忠実に再現しているが、現代のモデルにはいくつかの微妙な違いがあり、それがヴィンテージとの違いとなっている。
まず、ダイヤルのテキストである。ヴィンテージウォッチをオマージュした現代の時計では、まずこの部分に違いが見られる。時計メーカーが、完全復刻モデルのためにロゴに手を加えるほとんどない。しかし、ないことはない。実際VCは今年、ヒストリーク・アメリカン 1921 ユニークピースの発表でそれを実現した。一方、この新作1921には、VCのアプライドロゴと商標プリントが施されている。旧モデルはロゴがなく、代わりに "Vacheron & Constantin "と書かれていた。
もう少し詳しく見てみよう。
あらためてダイヤルを凝視し、違いを見つけた人には挙手願いたい。そう、メインダイヤル面は斜めになっているが、スモールセコンドを見て欲しい。今回のモデルでは斜めになっていないのだ。これでは“ハンドルを握りながら読む”というシチュエーションにそぐわないことがわかるだろう。秒針を読むためには、頭を傾けなければならない。これは奇妙なことだが、そのおかげで私はこの時計がさらに好きになった。オリジナルとは異なるディテールだが、この時計がオマージュを捧げている時代と同じように、細かいことは気にしない大らかさをもたらしているからだ。
この時計には通常、ダークブラウンのヴィンテージ風ストラップが装着されている。誤解のないように言っておくと、このストラップは確かに素敵なのだが、私はこの時計には何かプラスアルファが必要だと感じた。そこで、HODINKEEショップで販売されているマクブライド・ストラップ(ライトグレー)を36.5mmのモデルに取り付けてみた。このストラップのおかげで、デザイン性が向上したと感じている。
新しいヒストリーク・アメリカン 1921は、ブラックタイにも後半9ホールを巡るのにも合う。帽子、ウィングチップのゴルフシューズ、セーターのベスト、木製のパターなど昔懐かしい装いで、この時計と1週間過ごした。この時計を持って、異なる2コースで2回のラウンドを愉しんだ。まさに面目躍如である。ゴルフカートを運転しながらこの時計の真価を問うこともできたが、私は当時のやり方に忠実に、歩いてコースを回った。
ホワイトゴールドケースはこの時計に控えめなスポーティさを与えている。日が経つにつれ、私はこの時計を毎日使えないかと考えるようになった。結局、私には防水性の低さがネックになったが、36.5mmのモデルで360万8000円(税込)という価格を考えても、この1本だけで過ごすことはお勧めできない。
デザインにはある種の純粋さがあり、時代を超越しているので、この時計は返却したあともずっと私の心に残っている。
競合モデル
ヴァシュロン・コンスタンタン ヒストリーク・アメリカン 1921 ユニークピース
どこから見てもほぼ同じの2本の時計の対決ほど高度なネタはない(ただし、もっと深く掘り下げる必要はあるが)。今回取り上げた2021年新作とは異なり、このバージョンは先述したように完全復刻だ。ダイヤルの表記、レイアウト、ケースなど、すべてがまったく同じなのだ。なぜか? それは、VCだからこそ実現できたのであり、それがこのモデルを作る目的でもあるからだ。この時計は、どのブランドも望む理想的な“いつか作りたい時計”なのだ。見た目が同じであるだけでなく、1920年代でも入手可能な材料だけを使って作られている。この時計は、本記事執筆時点では販売されていない。比較の点では、本作は値がつけられないくらい稀少だ。
ロンジン アビゲーション Type A-7 1935
ここからが面白いところだ。ロンジンは、ブランドとしてユニークな立場にある。この会社は知名度があり、伝統的なタイムピースのコレクションに関しては全力を投入している。そのひとつが、このアビゲーション タイプA-7 1935である。ヒストリーク・アメリカン 1921との共通点は、リューズの位置とダイヤルの傾きだけだ。この時計は航空時計へのオマージュである。ロンジンにはブランドの伝統があるが、このような時計が45万円台で存在するということは、私の興味を惹かずにはいられない。
カルティエ プリヴェ タンク アシメトリック
アシンメトリー(左右非対称)なダイヤルはどれも同じというわけではない。このケースでは、カルティエの特徴である長方形が完全な平行四辺形になっている。カルティエもVCもアール・デコの流れを汲むブランドであり、今日のモダンな腕時計を生み出した立役者だ。クラシックなタンクが好きな人にはたまらない一品だろう。アシンメトリーなダイヤルに加えて、同様のケースを採用している。アメリカン 1921がドレスウォッチの美学に独自のアレンジを加えたように、この時計も同じ路線を、同じような価格帯で提供している。イエローゴールドのこのモデルは343万2000円(税込)だ。
結論
ヴァシュロン・コンスタンタン ヒストリーク・アメリカン 1921は、一芸に秀でたモデルではない。むしろ、それとは対極にある時計だ。しかし、本質的にはドレスウォッチなのだ。スレンダーなケース厚と36.5mmの直径は、その点で完璧と言っていいだろう。正直なところ、私たちはドレスウォッチをそれほど頻繁には着用しないので、もし購入を考えているのであれば、悔いが残らないようにした方が選ぶのがよい。
ヒストリーク・アメリカン 1921は、誰かに話したくなるような、もっと身につけていたいと思うような時計だ。 歴史があるからこそクラシックなデザインであると同時に、少しスポーティでもある。
ちょっとクレイジーで、ちょっと王道を外していて、やや酔っ払っているような時計である。デザインだけでなく、ムーブメントにもこだわったドレスウォッチをお探しだろうか? だとしたら。ようこそ、友よ。
その他、詳細は、ヴァシュロン・コンスタンタン公式サイトへ。
Photos:カシア・ミルトン&グレイソン・コーホーネン
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