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In-Depth 時計とスパイの意外な関係を元CIAのケース・オフィサーが明かす

ラグジュアリーな時計は、スパイ活動のどす黒い世界で重要な役割を担っている。ただ、それはハリウッドで描かれるようなものではない。

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[編集部注:この記事の著者であるCIAの元潜入工作員の希望により匿名となります]

 彼は遅刻しているようだ。

 土砂降りの雨のなか、私は軍事クーデターが続く北アフリカの首都の暗い路地で、情報源を待っている。

 私は少し緊張しながら、チタン製のパネライ ルミノール マリーナ 8 デイズに目を落とす。まだ夜光の光が残る針は、午前2時1分15秒を示していた。もしこの45秒以内に、大きな危険を冒してアメリカのためにスパイ活動をしている外国人諜報員が到着しなければ、私は夜の闇に消え、アメリカ政府にとって戦略的に重要な情報を収集する決定的な機会を失うことになるのだ。

 CIAのケース・オフィサーとして10年近く潜入捜査をしていた私の仕事は、スパイのリクルーティングと機密の窃取だった。この仕事の核心は、「スパイ」と呼ばれる諜報員を密かに扱い、米国の利益を促進するための情報を安全に収集すること。この仕事は、暗い路地や時間制のホテルなど、あまり理想的とは言えない場所で深夜に行われるのが一般的だった。

 この物語の舞台は、いつもと変わらないような夜である。私は何年もかけて中東やアフリカで訓練を受け、リハーサルし完遂させたものだ。場所やミッションは変わっても、私の腕にある信頼できる時計の存在だけは変わらなかった。

 感覚を研ぎ澄まし、路地に目をやると、ルミノール マリーナ  8デイズ チタニオ PAM 564の時刻を再び確認した。パネライがもともとロレックスとのパートナーシップを得つて開発したこの時計は、第二次世界大戦中に活躍したイタリアのエリート海上特殊作戦部隊「フロッグマン」のために作られたものだ。夜光塗料を塗布した大きなインデックスは、濁った水中でも視認性を確保し、何年経ってもぬかるんだ路地の上でしっかりと役立っている。

 残り15秒だ。

 万が一の事態を想定し、寝床までの長い監視検知ルートの準備をする。冷静な私だが、どうしても疑問が湧いてくる。これは仕組まれたことなのか? アセット(エージェント)にトラブルがあったのだろうか? 路地から出たら警察に囲まれるのでは? 激しい尋問に耐えて、偽装工作は通用するのだろうか?

ようやく、暗い人影が笑みを浮かべて路地に入ってきた。

 ギリギリのところだった。

スパイの世界では、時間は重要だ。諜報活動においてはほんの数秒の差で、生死を分かつことや投獄されること、あるいは(さらに悪いことに)戦略的な情報収集の失敗を意味することがあるのだ。そのため、対外情報収集、諜報活動、防諜活動といったスパイ活動が、信頼性の高い高級時計と密接に関係していても不思議ではない。

ジェームズ・ボンドは、スパイを簡単そうに見せているが、実際はそうではない。

 私がInstagramでWatches of Espionageという、腕時計とスパイ活動の交差について特化したアカウントを開設したとき、ジェームズ・ボンドがアストンマーティン DB5を運転し、ロレックス サブマリーナ Ref. 6538を腕にしているという一般的な概念に挑戦したかったのだ。あるいは、ジェイソン・ボーンがタグ・ホイヤーのリンク クロノグラフを身につけてチューリッヒのアメリカ大使館を襲撃する、というような。しかしながら現実には、諜報活動において時計が果たす役割はもっと平凡なものだ。時計は道具なのだ。秘密裏に任務を遂行し、人間関係を構築し、作戦を完遂するために使用されるのである。GPSを搭載した電子機器が作戦上のセキュリティリスクをもたらす世界では、アナログ時計は本来の目的である「時間を知る」ために使われているのだ。

 CIA本部の俗称である「ラングレー」のホールでは、時計とインテリジェンス・コミュニティとの結びつきが明らかにされている。CIAは部族で構成されており、時計は将校の部族やアイデンティティを微妙に示している。ヒゲを蓄えた屈強な準軍事組織の将校たちは、パネライ、サンギン インストルメンツ、ブレモンを身につけているのを見かけた。ヨーロッパの士官たちは、上質なテーラードスーツに合うドレッシーなジャガー・ルクルトやIWCに引かれるようだ。中東やアフリカで勤務する士官は、ブライトリングやロレックスを身につけ、最も幸運な士官は中東の国の紋章が入ったものを着用することもある。

ラングレーのロビーで見ることができるCIAの印章。力強さの象徴である鷲、世界中の情報収集が集約されていることを意味する16角のコンパス、そして防御の象徴である盾が描かれている。

 また、ウォーゾーンウォッチ、いわゆる"戦地時計"というものもある。公務員としての給与では、豊富な時計コレクションを構築することはできないが、将校が戦地に長期派遣されると、個人的な出費は最小限に抑えられる一方で、給与はほぼ倍増する。イラク、アフガニスタン、または宣言されていない遠征地から戻ったのち、多くの将校は貯蓄の一部を取り崩し、達成を静かに記念するために時計を購入する。多くの場合、どこにでもあるロレックスのサブマリーナーやオメガ シーマスターといった類だが、ボンドへのわずかな配慮があることは間違いないだろう。

筆者のウォーゾーンウォッチ、別の戦場にて。

 諜報活動(HUMINT)を行う場合、外国政府の高官やテロリスト集団のメンバーと関係を築き、彼らを操って自組織や自国をスパイすることがケース・オフィサーの仕事となる。このような信頼関係を築くには時間がかかるが、作戦上の贈り物はその獲得に大いに役立つのだ。高級時計は理想的な贈り物である。ひと目でそれとわかり、諜報員が身につけることで、ケース・オフィサーとの友情、ひいては米国政府とのより大きな関係を常に思い起こさせることができるのだ。

 さらに、もうすぐ諜報員になる人がアメリカの役人から高価な贈り物を受け取ることは、その人が秘密の関係を築く方向に進んでいることを強く示唆するものだ。もし、その人が腕時計を受け取ったら、ケース・オフィサーはターゲットと協力して、その腕時計の出所について適切なカバーストーリーを作成しなければならない。

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 高級時計が秘密工作に役立つことは、諜報活動の歴史に共通するテーマでもある。

 1943年、CIAの前身である戦略情報局(OSS)のメンバーであるイリヤ・トルストイとブルック・ドランは、アメリカ大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルトに代わってダライラマにパテック フィリップのRef. 658を贈呈した。この贈り物の目的は、日本軍と戦う中国人を支援するためにチベットを通り中国に入る道を作る可能性があるとして、ダライ・ラマの支持を得るためだったと伝えられている。

ダライ・ラマは、時計愛好家として知られている。

 FBI特別捜査官からロシアのスパイに転身したロバート・ハンセンは、ロシア人ハンドラから少なくとも2本のロレックスの腕時計を報酬として受け取っていた。

 キューバのフィデル・カストロ大統領は、アルゼンチンの社会主義革命家チェ・ゲバラに2本のロレックスを贈った。そのうちの1本は、1967年10月にボリビアのラ・イゲラでゲバラが亡くなったあと、CIA準軍事将校フェリックス・ロドリゲスが「解放」したロレックス GMTマスター Ref. 1675である。

 CIAに入社して間もないころ、私は2万ドルの現金を支給され、バージニア州マクリーンにある正規販売店リルジェンクイスト&ベックステッド(Liljenquist & Beckstead)社に派遣された。CIA長官が中東の情報機関のトップを訪問する際、ギフトとして贈るための時計を購入したのだ。この贈り物は、CIA長官と来訪した要人とのあいだに信頼関係を築き、個人的な関係を強固なものにするために使用されたのだった。CIAと中東の諜報機関のあいだには、ときとして微妙な関係が存在するため、このような個人的な関係性構築が有効なのである。

CIA長官ジョージ・テネットは、1997年7月から2004年7月まで、クリントン、ブッシュ両政権に仕えた。

 諜報活動は、人間関係と信頼関係で成り立っている。ケース・オフィサーは、無意識のうちにスパイとなりうる人物を採用するために絶えず査定しているのだが、その人物は、この役人を信頼して命を預けられるかどうか、逆にケース・オフィサーを査定しているとも言えるのだ。 青いボタンダウンのドレスシャツと黄色のネクタイが権威と知性を示すように、ロレックスのサブマリーナーのような認知度の高い時計は、自信と信頼性をさりげなく示すことができる。高級時計は、アフリカの反乱軍のリーダーにも、ジュネーブの洗練された外交官にも理解されるメッセージなのである。

科学技術本部(DS&T)の印章シール。

 現代の文脈では、ハリウッド版CIA科学技術局(DS&T)が信頼を築く以上の作戦目的で高級時計を支給することは、ほとんど空想に過ぎない。しかし、ハリウッドはすべてを間違っているわけでもない。時計にスパイ道具を埋め込んだ歴史的な前例は存在する。

 1977年7月、CIAのケース・オフィサーのマーサ・ピーターソンは、ロシアの諜報員アレクサンドル・オゴロドニク(コードネーム:トリゴン)のデッド・ドロップ(顔を合わせることなく秘密裏に物を受け渡すことができる古くからスパイたちに使われてきたテクニック)を整備中、モスクワでKGBに逮捕された。彼女の上司がピーターソンの釈放を支援するために悪名高いルビャンカ刑務所に到着したとき、彼は秘密のマイクが入った腕時計をしていたと伝えられている。この時計は、冷戦時代にミニフォンが製造したドイツのプロトナ製バージョンであったと思われる。いわゆる「モノのインターネット」(IoT)が普及したことで、腕時計に秘密のマイクやカメラを埋め込む必要性は廃れた。

マイクを内蔵したミニフォン プロトナ。

 CIAの作戦担当者は、時計を、任務を遂行するため、あるいは特に危険な状況から身を守るために活用できる、もうひとつの道具とみなしている。ロレックス GMTマスターのような時計は、ヒンドゥークシュ山脈の山奥でも、バンコクの薄汚れたパッポン地区の路地裏でも、固有の価値を認められ、世界的に認められているものだ。

ヒンドゥークシュ山脈は、高級時計にとってそれほど縁のない環境ではない。

 万が一、緊急に救助が必要な場合、腕時計は、地下室での数時間の避難所、最寄りの国際国境までの車、あるいは紛争国から出る次の飛行機の座席と交換可能な通貨として活用することができるのだ。ロレックスは、8オンスの金や1万5000ドルの現金よりも携帯しやすく、置き忘れる可能性も低い。CIAの財務担当者は、このような目的で使用された場合、個人の時計を弁償することはない。しかし、結局のところ私が海外で活動するなかで、金銭的なリスクは覚悟の上だった。私自身は、ロレックスのGMTマスターを所有している。

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 1960年5月1日、アメリカ空軍のパイロット、フランシス・ゲーリー・パワーズがソ連領空で偵察飛行中に撃墜され、冷戦真っ只なかの外交に大きな影響を与えた悪名高い「U2型機事件」を引き起こした。パワーズは、地図、コンパス、金貨、ソ連ルーブル、4つの金時計を含む脱出および回避(E&E)キットを携帯していた。これらの時計は、国境やほかの安全な場所に行くための物々交換に使われる予定だった。パワーズはすぐに逮捕され、腕時計を本来の目的であるスパイの道具として使うことはできなかった。

高高度偵察機U-2の模型を手にするアメリカ空軍のパイロット、ゲイリー・パワーズ。

 実用面では、機械式時計は時刻を知らせるだけで安全性を高めることができる。諜報活動は、正確な計時が作戦にとってクリティカルなのだ。密かな作戦会議、監視活動の停止、デッド・ドロップの信号を数秒でも逃すことが、作戦の明暗を分けることになるのである。

 スマートデバイスはスパイの強い味方ではない。中東のスークで敵対する諜報機関を発見し回避しようとするとき、手首やポケットに自分の一挙手一投足を追跡するビーコンを身につけることは、単純に許容されないのだ。2017年後半、オープンソースのフィットネストラッカーのデータが、シリア、ニジェール、アフガニスタンなどの国の機密軍事拠点の位置を明らかにするために使用された。有能な敵対的諜報機関がつなぎ合わせられるようなデジタルフットプリントを残さずに、正確な時間と場所で作戦行為(エージェントミーティング)を行うためには、信頼できる時計が必需品となる。ときには、昔ながらの方法で物事を行うのが一番だ。

準軍事作戦担当官

 時計とスパイ活動は、今後数十年にわたり密接な関係を保ち続けるだろう。ハリウッド映画のようなポップカルチャーは今後も続くと思うが、実際には、ケース・オフィサー、準軍事作戦担当官、インテリジェンス・アナリストは、ドバイ、東京、バージニア州タイソンズコーナーなどの時計店を、休養や作戦行動中に歩き回り、特定の海外ツアーや機密作戦達成を記念するために完璧な時計を探し求めることだろう。

 初めて海外に赴任する若いケース・オフィサーは、個人の腕時計を利用して外国の情報将校と会話を交わし、末永い関係を築くことを期待する。情報分析官は、外国人指導者の時計コレクションの画像を精査し、指導力評価や心理的プロフィールに役立つ微妙な手がかりを探しだす。CIA本部のロレックス サブマリーナー、ロンドンのSISビルのブレモン、パリのDGSE本部のカルティエの出所は、クリスティーズのオークションに匹敵するものがあるのだ。

 しかし、そのほとんどは語られることのない物語である。

この記事は、CIAの文書審査委員会により、機密情報の漏洩を防ぐための審査が行われています。

この記事に対する報酬の代わりに、@watchesofespionageはThird Option Foundationへの寄付を選択しました。この名前は、CIAの特別活動センターのモットーにちなんでいます。Tertia Optioは、軍事力が不適切で、外交が不十分な場合に、米国大統領が取るべき第三の選択肢のこと。Third Option Foundationは、家族の回復力を高めるための包括的なプログラムを提供し、舞台裏でひっそりと奉仕する人々を支援することに専念しています。