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In-Depth スプリングドライブに脱進機はあるのか?

主ゼンマイとトライシンクロレギュレーターによる脱進機。

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それほど昔のことではないが、機械式時計で最も一般的に使用されている脱進機のいくつかを手短に紹介してきた。(実際には、私らしいことではあるが、その記事の中で少しだけ長々と話した。だが、この話題についてはもっと多くのことを話すことができたであろうから、私には短く感じられたのだ!)。コメントの1つに、私がスプリングドライブについて全く話していなかったという、HODINKEEコミュニティメンバーのChronos2氏からの興味深い指摘があった。グランドセイコーの新しいハイビート脱進機に焦点を当てることに決めていたので、確かにスプリングドライブについて話さなかったが、その意見について考えれば考えるほど、私は完全に何かを見落としているのではないかと思った。そして、脱進機の正確な定義に基づいて、スプリングドライブに脱進機があるといえるのか疑問に思ったのだ。 

 より具体的には、トライシンクロレギュレーターとセイコーが呼ぶ仕組みについて疑問に思ったのである。これは、全てのスプリングドライブの時計において、実際に調速脱進機構として動作する部品の集合体だ。一般的に機械的な装置と考えられている現代の脱進機の議論からスプリングドライブを除外することは、私には決まりきったことのように思えたが、考えれば考えるほど、この疑問は白黒はっきりしないように思えてきた。 

脱進機を脱進機たらしめるものは何か?

 脱進機は、機械式時計において、輪列の一方向だけの回転運動を利用して、調速機の行ったり来たりする往復運動に動力を供給する。調速機は、ほとんどの場合、テンプや振り子が用いられる(一部の風変わりな例外もある)。ほとんどの機械式脱進機の最も重要な部分は、ガンギ車だ。ガンギ車には特別な形をした歯があり、調速機が揺れるたびに、ガンギ車の歯を1つ解放する部品(テンプを使った時計の場合にはアンクル)と相互作用するように設計されている。歯が“逃げる(エスケープする)”と、ガンギ車が回転する。そうすると、アンクル(テンプを使った時計の場合)が押されて、誰かがブランコに乗った子どもを押すように、今度はアンクルがテンプを動かす。お分かりのように、機械式脱進機の基本的な特徴は、輪列からテンプにエネルギーを伝えると同時に、輪列が回転する速度を、香箱車に至るまでさかのぼって制御することだ。 

スプリングドライブとは一体何なのか?

 さて、スプリングドライブについてのいくつかの興味深いことのうちの1つは、スプリングドライブの動力は電池やコンデンサではなく、主ゼンマイという事実だ。これは、水晶振動子を搭載している他のほぼ全ての時計とは全く対照的だ。クォーツ時計では、水晶振動子を(一般的には3万2768Hzの周波数で)振動させ続けるために必要な動力を電池から得ている。 

手巻きスプリングドライブCal.9R02(左)と9R31。

 水晶が振動するのは、水晶が圧電体と呼ばれる物質で、電流が生じると形が変わるからだ。従来のクォーツ時計では、交換可能な電池で、シチズンのエコ・ドライブやG-SHOCKのタフソーラー(一方通行のワームホールに落ちて恐竜の時代に行ってしまったとする。時計とスイスアーミーナイフと信頼の置けるZippo以外のものがなくなってしまったら、絶対不可欠な時計になる)では、太陽電池で充電することができる。電池を充電するもう1つの方法は、セイコーのキネティックで使用されている。キネティックは、自動巻きの時計にあるようなローターを搭載しており、このローターは主ゼンマイを巻くのに使われるのではなく、小型の発電機を回す歯車につながっている。そして発電した電流は電池残量を維持するために使われる。

1999年に発売された手巻きのセイコー スプリングドライブCal.7R68A。 

 一方、スプリングドライブは、動力を得るために標準的な時計の主ゼンマイを使用している。主ゼンマイは、自動巻きシステムによって巻き上げることができ、グランドセイコーでは、同社が1959年に初めて導入した古典的なマジックレバー自動巻き機構の一種をスプリングドライブの時計にも使用している。または、グランドセイコーの8Days(だけでなく、もちろん、ファンのお気に入りのクレドール 叡智)のように、手巻きすることも可能だ。どちらの場合でも、スプリングドライブの時計の香箱車から、機械式時計ならガンギ車に相当するであろう場所に至るまでの輪列は、完全に機械式になっている。正確な歯車比、歯車の数、その他の仕様は標準的な機械式時計とは異なるが、歯車がカナと噛み合い、トルクが減少して回転速度が増加し、調速脱進機構に向かって進むという基本的な原理は、スプリングドライブと機械式脱進機の付いた機械式時計の両方で全く同じだ。 

 機械式時計ではガンギ車、アンクル、テンプがある場所に、スプリングドライブの場合は、セイコーがトライシンクロレギュレーターと呼ぶものがあり、同機構はスプリングドライブのムーブメント内で、機械式時計の脱進機や調速機と同じ働きをする。そして、この機構は、2つのコイルが巻かれた部品の爪の間で回転して発電する小さなローターと、IC、水晶振動子モジュールで構成されている。

Cal.9R86の部品。左が地板、中央上部がブリッジ、中央下部が香箱車、右上がグライドホイールを囲むコイルが巻かれたステーター(固定子)。

 スプリングドライブの最初のプロトタイプが完成したのは1982年、量産品が初めて発売されたのは1999年だった。開発の過程では、システムの小型化、ICや水晶振動子の消費電力の低減、トライシンクロレギュレーターの発電量の最大化という課題に重点が置かれていた。1982年のプロトタイプでは、左側に将来、グライドホイールとなるものが既に配されており、3つのかなり大きなステーターの上で回転している。発電機では、ローターは回転子、ステーターは固定子とも呼ばれ、グライドホイールはローター、コイルが巻かれた部品はステーターとして機能する。

1982年に発表された、原型となるプロトタイプのスプリングドライブムーブメント。

 電気エネルギーは、発電機構からICと水晶振動子に流れる。水晶振動子は3万2768Hzで振動し、時間基準信号を生成する。この信号はICによってグライドホイールの回転速度と照合され、必要に応じて電磁場を発生させてグライドホイールの動きにブレーキをかけ、グライドホイールの回転速度を毎秒8回転に正確に保つ。 

1993年に発表された、2つめのスプリングドライブムーブメント。

 トライシンクロレギュレーター自体は、グライドホイール、コイルが巻れたステーター、そしてICと水晶振動子で構成されており、これが調速脱進機構に相当する。スプリングドライブのムーブメントでは、グライドホイール、ステーター、ICが従来の機械式時計でいうガンギ車とアンクルの役割を果たし、テンプの役割は水晶振動子が担っている。

自動巻きスプリングドライブのムーブメントに搭載されたトライシンクロレギュレーター。左に発電機/ブレーキコイル、中央にグライドホイール(輪列の最後の歯車)、右下にICと水晶振動子がある。

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機械式脱進機とスプリングドライブ

 さて、“スプリングドライブに脱進機はあるのか?”と自問するならば、世の中にある“脱進機(エスケープメント)”のさまざまな定義に目を向けることができる。ここで注目すべきは、この言葉の辞書に載っている定義のうち、時計学に関連したもののほとんどが(この言葉には時計学的以外の使い方もある。例えば、キーを押して離すと自動的にキャリッジが進む機械式タイプライターの装置も、エスケープメント〈文字送り装置〉と呼ばれる)、機械式の脱進機を想定していて、潜在的に考えられる電気機械式の装置は想定していない。しかし、脱進機の基本的な機能については、オックスフォード英語辞典でとても上手く表現されていると思う。辞典によれば、「時計や腕時計の機構で、輪列を交互に一定の時間だけ止めたり放したりして、ゼンマイや錘からテンプや振り子に周期的な力を伝えるもの」と定義されている。  

 その点、トライシンクロレギュレーターは水晶振動子を含んでいるので、調速機、脱進機であると間違いなく言えると思う。トライシンクロレギュレーターは、機能面を見れば確かに脱進機の定義を満たしている。調速機(電流を介して)に動力を供給し、また、一定の時間ではなく、連続的にブレーキをかけることで輪列を制御している。これにより、スプリングドライブの特徴である滑らかに滑る秒針(そして、滑らかに滑る時、分、秒針と同じく、従来のクォーツ時計のようなステップモーターではなく、輪列の歯車によって駆動する)を実現している。

 Chronos2氏によって提起された興味深い点の1つは、スプリングドライブの時計には蓄電システムがないということだ。動力源は純粋に機械的であり、もし主ゼンマイがほどけきれば、この時計には電池やコンデンサがなく、時計を駆動するためのものが全くないので、時計はすぐに停止する。 

 最後の疑問は、従来のクォーツ時計が、我々がここまで議論してきた意味における脱進機を持っているかどうかだ。少なくとも最初の検討では、私は「もっていない」と言うだろう。クォーツ時計は電池を搭載していて、電池が振動子を駆動している。しかし、振動子を駆動する機構には、スプリングドライブや機械式時計の機械的な動力伝達に相当する、いわゆる“ほどける”力は存在しない。代わりに、一般的なクォーツ時計のICは水晶振動子の振動数を数え、1秒に相当する数になるとステップモーターに信号を送り、秒針を進める。秒針の動きが電池の消耗速度によって決まるのであれば、真の機械式(または電気機械式)の脱進機にもっと近いものだといえるが、クォーツ時計の仕組みは違う。 

スプリングドライブCal.9R65におけるグライドホイールの取り付け。

 スプリングドライブが他のクォーツ制御の腕時計と比較して独特の点は数多くある。しかし、私にとってはこれが最も重要な点の1つであり、スプリングドライブはこの点で、一般に考えられているよりも、標準的な機械式時計に近いものになっているように思える。しかし、スプリングドライブの場合はいつもそうだが、最終的には、時計学の世界では他のどこにも相対的存在がない、独自の精度維持機構をもつものとして理解されるのが一番だと思う。この小さな思考実験をお楽しみいただけたら幸いだ。そして、例にもれず、手荒な反対意見を表明するコメントをお待ちしている。