数週間前、オードレイン・ニューポート・コンクール&モーターウィークの目玉イベントであるコンクール・デレガンスのPhoto Report記事を紹介した。このイベントは週末の日曜日に開催され、豪華絢爛なギルデッド・エイジ時代(1865年の南北戦争終結から1893年恐慌までの時期)のロードアイランド州の邸宅の芝生に、驚くほど素晴らしいクラシックカーが並ぶ壮観な催しである。今日はその前日の出来事について語りたい。オードレイン・ツール・デレガンスに参加し、予想外、いやむしろ場違いともいえるクルマを運転する機会を得た時のことを。
具体的なクルマの話に入る前に、まずはツアー自体について少し背景を説明しよう。通常、知名度があるコンクールイベントの多くにはツアーが併催される。このツアーではクルマがパレードのように決められたルートを走行する。これにより地元の人々や、チケット制のイベントには参加しない人々にもクルマを見る機会が提供される。そして何より重要なのは、これらのクルマが自走可能な状態で動いているのを目にできるということだ。もしあなたが熱心なカーファンでなければ(ここまで読んでくれたことに感謝する)、この種のイベント(たとえばオードレイン・コンクール・デレガンスなど)に登場するクラシックカーの多くは、必ずしも完璧な状態で走行できるわけではないことを知っておくとよいだろう。
そういったクルマが実際に走る姿を目にすることができると、それは特別な体験となる。戦前のレーシングカーやヨーロッパのクラシックカーが、ニューポートの絵のように美しい街並みを駆け抜ける様子はまさに見ものだ(あるいは僕のように運よく今年だけでこうしたツアーに2度参加できたなら、モントレー近郊のハイウェイ1を駆け抜ける光景もまた格別だ)。
オードレイン・ツール・デレガンスでは、ニューポートのドックに180台以上のクルマが並び、各グループがツアールートへと出発した。このイベントの模様はオードレイン・コンクール・デレガンスのPhoto Report記事で広く紹介したが、今回はクルマの細部にさらに注目してみた。ヘッドランプ、ステアリングホイール、計器類、ボタンやノブ、そして精巧に組み合わされた装飾品…これらに焦点を当てる機会としたのだ。
僕にとって、特にこれらのクルマを運転する機会がどれほど貴重なものであるかを理解しているからこそ、こうしたディテールは写真でも非常に映えるし、時計愛好家を引きつける要素とも直結していると思う。金属、木材、革、ガラスが一体となり、時代を超えて美しく存在し続けるものを生み出している。それも現代では到底再現できないような方法でつくられていることが多いのだ。
ドライブについては後ほど触れるとして、まずはオードレイン・ツール・デレガンスに登場した美しいヴィンテージカーやコレクターズカーの細部をじっくりとご覧いただきたい。
サクリレッジ・モータース・ブラックバードを運転する。964世代の911を完全電動化したモデル
オードレイン・ニューポート・コンクールを控えた数週間のあいだに、A.ランゲ&ゾーネのチームからツアーでクルマを運転する機会があるかもしれないと言われた。その提案には即座にぜひと返事をした。あまりに即答だったので、実際に運転するクルマについては一切気に留めていなかった。戦前のクルマか、あるいはオードレインやイベントスポンサーが提供するデモ車か何かだろうと思っていた。しかしその予想は大きく外れていた。
ツアー用に並べられたクルマの列を歩いていると、ブラックバードの製造元であるサクリレッジ・モータースの創設者のひとり、フィル・ワーゲンハイム(Phil Wagenheim)氏を紹介された。このブラックバードは1992年製の964型ポルシェ911をベースに、完全電動化をしたモデルだ。後輪軸に500馬力のモーターを搭載し、ポルシェ911への深い愛情と、電動化された911というコンセプトに魅力を感じる特定の購入者層に訴求できると信じる哲学のもと設計されている。見た目、走り、そしてほとんどのフィーリングは確かに911そのものだ...エンジンを除いて。
現在では一般的となった911のレストモッド(再改造車)の流れを汲む製品として、たとえばシンガーやワークショップ5001、カネパ、エモリー、ガンサーなどを思い浮かべて欲しい。サクリレッジ・ブラックバードは、その一部に似ていながらもまったく異なる個性を持っている。停車中のサクリレッジを見かけても、それが単なる標準仕様の964カブリオレではないとすぐに見抜けるのは鋭い目を持つ人だけだろう。確かにこのクルマはリバッジ(エンブレムの付け替え)されているし、ポルシェのロゴは車内のメディアユニットにしか見当たらない(これもポルシェ純正だ)。さらに、リアのライトアレイにはブランドのロゴがあしらわれており、それはバッテリーの回路記号を模したデザインとなっている(このひねりは実にクールだ)。
しかし車内を覗き込んでも、この車が電動化されている秘密を明かすものはほとんど見当たらない。多くのEV(電気自動車)がデジタルスクリーンを重視するのとは異なり、サクリレッジ・ブラックバードには中央メーター内にごく小さなスクリーンが設置されているだけだ。それよりもサクリレッジはディテールにこだわり、911でおなじみ(いやアイコニックと言ってもいい)な5つのメーターを、新しい動力源に対応した表示に改良している。たとえば温度やバッテリー残量、そしてもちろんスピードメーターだ。内装は外装と同様、オリジナル車両をとても丁寧に再現している印象を受ける。つまり、サクリレッジ・ブラックバードに乗り込む感覚は、これまで僕が964型に乗った経験とほとんど変わらないほどなじみ深いものだ(とはいえ、カブリオレに乗るのも、バッテリーで動く964に乗るのもこれが初めてだったが)。
このクルマの完成度は見事であり、それは実際に運転する前から感じられるものだ。サクリレッジは、ほとんどポルシェそのものを感じられるものを見事につくっている。ただし元のシフトセレクターの位置に取り付けられたシングルプレーンの“ギアレバー”だけは例外だ。サクリレッジは、ベース車両として964型をドナー車に使用しており、改造プロセスはボディを切断することなく行われている。そのため、この電動化を完全に元に戻すことも可能だ。とはいえその価格は驚くほど高額である。この車両は元々ポルシェの初期型ティプトロニックオートマチックギアボックスを搭載した、964カブリオレから始まったものだ。クラシックカー愛好家がコレクター車両への改造を嘆く気持ちは理解できるが、この時代のティプトロニック搭載カブリオレに関しては、そういった感情はそれほど当てはまらないのではないかとも思う。
サクリレッジを運転するというのは、いちどにふたつの場所にいる感覚を教えられるようなものだ。一見すると、これはクラシックな964の思想と現代の電気自動車技術が融合した矛盾そのものだ。だがクルマに乗り込み、バケットシートの低い位置に腰を沈める感覚は、まさにいつものポルシェそのものだ。それ以外の部分は、まあまったく新しい体験だった。視覚や触覚が伝えるのはまさに1990年代のポルシェそのものである。しかしエンジン音がほとんど聞こえないまま、クルマはすでにスタンバイしている。レバーを引き、ブラックバードをドライブモードに入れる。アクセルペダルを軽く踏むだけで、僕たちは静かに走り出した。
最も興味深いのは、964そのものの運転感覚をほぼそのまま得られるにもかかわらず、ノイズが完全にないことだ。エンジン音だけでなく、トランスミッションの作動音や微かなガタつき音、振動などがすべて中和されている。その結果運転は非常に落ち着いたもので、きわめて扱いやすく、乗り始めた瞬間から安心感を抱かせる。
ツアー中、基本的には低速でのんびりと進む場面が多かったが、僕の落ち着かないADHD的な思考が時々、前を走る改造ミアータとのあいだに少し距離を取らせようとすることがあった。しかしいざ距離を詰める必要が出ると、どのモードであれその隙間は一瞬で埋まった。スポーツモードでは500馬力が解放され、無限にも思えるトルクが味わえる。ゼロから60まで(0-60mph)は3.8秒と言われているが、それ以上に速く感じる。そして一度アクセルを深く踏み込んだらスピードメーターを気にしたほうがいい。気づけば法定速度を大きく超える速度に達しているだろう。戦前製の三輪オートバイのうしろで退屈な時間を過ごしたあと、アクセルを踏み込んでツアーの大半をバックミラーの向こう側に置き去りにした時、それを身をもって実感した。
スピードそのものは大した話ではない。もし粗悪な冷蔵庫(いや、便利で非常に速い冷蔵庫)を運転しても構わないのなら、テスラでもそのスピードを手に入れられる。だがここで際立っていたのは、アクセル操作やエンジン音の欠如を除けば、操作感が間違いなく964らしいという点だ。車体が重たいと感じるわけではないが、間違いなく911としての特性を持ち、正統派スポーツカーらしく攻めて欲しいという意思を感じさせる。ステアリングは重さがある一方で鋭く、ドライバーに明確な情報を伝えてくれる。そしてグリップ性能は申し分ない。964を運転したことがある人ならこの操作感にすぐなじむだろう。ただし、ペースについては標準の964とはまったく異なるため、少し頭を切り替える必要がある。そしてもしクルージングしたい場合(たとえば、クラシックカーラリーで他人のクルマを責任を持って運転するよう頼まれている時など)、エンジンノイズがないことでカブリオレがさらに魅力的に感じられる。
もし2025年向けの964をつくるとしたら、サクリレッジは少なくとも魅力的な選択肢のひとつとなるだろう。特に、数多くの911を所有してきた経験があり、新しい何かに興味を持つような購入者層には強く響くはずだ。ただここで大きな問題がある。ブランドが非常に限られた台数しか生産しないという点だ。そしてその価格は85万ドル(日本円で約1億2900万円)にも達する。さらにドナー車の条件や仕様の個別カスタマイズによって、価格は多少変動する可能性がある。このクルマは間違いなく非常に印象的な仕上がりだが、その価格を考えると当然と言えるだろう。
ツアールートを走り終えたあと、フィル氏が僕をオードレイン自動車博物館の近くで降ろしてくれた。そこで集まったクルマを眺めながら、少し時計探しを楽しむことにした。以下はニューポートで過ごした素晴らしい朝の最後に撮影した写真だ。クルマが好きな人にとって、これほどオープンで親しみやすくフレンドリーなイベントはほかにそう多くないだろう。
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