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Dispatch カンヌでブランパン フィフティ ファゾムスの歴史と魅力にディープダイブ

ダイバーズウォッチの祖として知られ、70周年を迎えたブランパンのフィフティ ファゾムスを理解するべく僕はカンヌを訪れた。


9月下旬、僕は地中海に面した南フランスの街、カンヌにいました。現在は国際的な映画祭の開催地として知られるきらびやかなリゾート地ですが、19世紀初頭までは小さな漁村でした。映画祭の舞台パレ・デ・フェスティバルがある街の中心部からわずか10分ほど歩いたところには、ル・シュケと呼ばれる旧市街があり、その当時の面影が今も残っています。

 ブランパン フィフティ ファゾムスの70周年記念イベントに参加するため、華やかさと素朴さが共存するこの街に世界中のVIPやジャーナリストたちが呼び寄せられていました。

カンヌの旧市街、ル・シュケ地区

カンヌの旧市街、ル・シュケ地区。小高い丘の上に見える時計台はノートルダム・ド・レスぺランス教会。

ノートルダム・ド・レスぺランス教会からの眺望

ノートルダム・ド・レスぺランス教会からはカンヌの街が一望できる。

 時差ボケか、それとも単に早朝だからなのか、僕はまだ少し眠い目を擦りながら宿泊するホテルの前に停まっていたバンに乗り込みました。車内にはブランパン支給のお揃いのバックパックを抱えた参加者たちが、すでに向かい合うように座っています。ドライバーが無言でドアを閉めると車はすぐに走り出しました。ポケットから取り出したスケジュール表に書かれているのは「ダイビング / シュノーケリング」の文字だけ。ダイバーズウォッチの新作を発表するイベントにこれほどもってこいな体験はないでしょう。

9月のカンヌ

昼間は沢山の人で賑わうカンヌ。左端から海岸沿いに奥にずっと延びるのがカンヌのメインストリートであるクロワゼット通り。

クロワゼット通り

クロワゼット通りではブランパンのフィフティ ファゾムスの歴史を伝える写真展が開催されていた。

 窓の外に目をやると昨日の自由時間に散策した地中海の海岸沿いに延びるクロワゼット通りを走っていることがわかりました。まだ早い時間だからか、昨日の人混みが嘘のようにまばらです。どこまでも続く美しい景色を横目に僕たちは車で30分ほどの場所に位置する港町カップ・ダンディーブを目指しました。


はじまりの海域

ブランパンからの招待状を受け取ったときに真っ先に頭に浮かんだのは、「なぜカンヌなのだろう」ということ。それにはフィフティ ファゾムスのルーツを辿る必要がありました。フィフティ ファゾムスの誕生は、当時ブランパンのCEOだったジャン=ジャック・フィスターの存在なくして語ることはできません。

南フランスでダイビングするジャン=ジャック・フィスター

南フランスでダイビングするジャン=ジャック・フィスター。(©Blancpain, Jean-Jacques Fiechter, Scenes from his early dives in the south of France)

 1950年にブランパンのCEOに就任したフィスターは、自身も情熱的なダイバーでした。ある時ダイビングに熱中するあまり、ボンベの空気を使い切ってしまい、あやうく溺没しかけます。そんな苦い体験からダイバーのための計時装置の必要性を強く感じ、最初のフィフティ ファゾムスの開発に取りかかった...というところまではおそらくご存知の方も多いでしょう。

 僕も現地ではじめて知ったのですが、実はフィスターはカンヌの常連ダイバーで、きっかけとなった事故を経験をしたのもカンヌの海域だったのです。つまり僕はフィフティ ファゾムスが誕生するきっかけとなった場所で実際に海に浸かり行こうというわけです。


海との深いつながり

カップ・ダンディーブへ向かう車内で、僕は昨晩ホテルで開かれたカンファレンスについて思い返していました。マーク A. ハイエック社長兼CEO、水中写真家のローラン・バレスタ氏を筆頭にブランパン オーシャンコミットメント、ゴンベッサ・エクスペディション10周年、そして地球上の生命にとっての海洋の重要性に関するパネルディスカッションが開かれました。

ブランパン オーシャンコミットメント

左から、司会を務めたHODINKEEでもお馴染みのジェイソン・ヒートン、エコノミスト誌でワールド・オーシャン・イニシアチブのエグゼクティブディレクターを務めるチャールズ・ゴッダード氏、ブランパンCEOマーク A. ハイエック氏、ゴンベッサ・エクスペディションのファウンダー兼リーダーのローラン・バレスタ氏、オセアナ(Oceana)CEO(海洋保護に焦点を当てた最大の国際的な非営利組織)アンドリュー・シャープレス氏、PADI CEO兼社長ドリュー・リチャードソン氏。(Photo: Blancpain)

 個人的に特に印象に残ったエピソードは、ローラン・バレスタ氏とブランパンの出会いです。バレスタ氏は、資金提供をしてくれるパートナーを見つけるためにポートフォリオを持って2012年のバーゼルワールドでブランドブースを回っていました。「シーラカンスという素晴らしい生物について解説し、いかに挑戦的なプロジェクトであるかを伝えようとしたんだ。でも最初のふたつのブランドにはまったく相手にされなかったよ」とバレスタ氏。

ブランパンがPADIから海洋保護におけるリーダーシップに対する生涯功労賞を受賞

Photo: Blancpain

 「ブランパンを訪れ、マークに話しかけた。マーケティングについて説明しなければ相手にされないだろうと思っていたけど、彼だけは唯一私にそうさせなかった。そのかわりにシーラカンスのサイズや、どれくらい深いところに生息しているのかと次々と質問された。それがプロジェクトのパートナーを見つけた瞬間だったよ」

 マーク A. ハイエック氏は、幼少期から海に魅了された人物で、同ブランドのブランドマガジン『ル・ブラッシュ便り No.21』のなかで言及されていますが、彼は会議室よりも海の中にいることを好むと冗談めかして話していました。ジャン=ジャック・フィスター同様に自らがダイバーであり、水中写真家であり海に情熱を捧げているからこそ、海洋自然を守りたいと真剣に考えているのです。

 ブランパン オーシャンコミットメントの活動などによって支援された14の探検のうち12が政府による保護条例につながり、今では表面積にして470万km²以上の海域保護に貢献しています。「もしブランパンがいなかったとしても海洋探検は挑戦していたと思う。でもおそらくもっと自宅近くの海でやることになっていただろうね」とバレスタ氏。

Photo: Blancpain

 その夜はPADIのドリュー・リチャードソンCEOからマーク A. ハイエック氏とブランパン オーシャンコミットメントに対して、『海洋保護におけるリーダーシップに対する生涯功労賞』(Lifetime Achievement Award for Leadership in Ocean Conservation)が贈られ幕を閉じました。

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ふたつのサプライズ

同乗した参加者たちと「バレスタ氏の話を断ったブランドはどこだったのだろう」と話しているうちに車は市街地を抜け、再び海が見えてきました。速度がどんどんと落ち、ついに駐車場のゲート前に止まると目の前の看板には、行きの機内で覚えたばかりのフランス語で「ようこそ」(Bienvenue)という大きな文字とその下に「ガリス港」(Port Gallice)と書かれています。その先には海と空を貫くように延びる無数のヨットの帆柱が見えました。目的地に到着したのです。

 ゲートをくぐるとそのまま港内にあるダイブショップの前に停車。車の扉が開くとマーク A. ハイエック氏がゲストの到着を歓迎しました。僕の目に真っ先に飛び込んできたのは、彼の手首にあったもの。

ブランパンのマーク A. ハイエックCEO

ブランパンのマーク A. ハイエック氏(Photo: Blancpain)

プロトタイプのホワイトゴールド製のフィフティ ファゾムス トゥールビヨン 8デイズ

プロトタイプのチタン製のフィフティ ファゾムス トゥールビヨン 8デイズ。(Photo: Kota Ishikawa)

 「まだプロトタイプなんだけどね」と言って見せてくれたのは、直径45mmのチタン製ケースにブラックのナイロン製NATOストラップがついたフィフティ ファゾムス トゥールビヨン 8デイズ(前に紹介したチタンブレスレットモデルのバリエーション)。ダイヤルのブラックは、70周年記念モデルAct 2として発表されたフィフティ ファゾムス テック ゴンベッサで採用されたのと同じもの。「今日のダイビングでテストするつもりなんだよ」いきなりサプライズで迎えられました。

ガリス港

  ほかの参加者たちが全員揃うと機材の貸出と簡単なブリーフィングが行われました。僕のようにライセンスを持たないシュノーケリングチームもダイビングチームと一緒のダイビングボートでダイビングスポットまで向かい、そこから水深別にそれぞれ別行動となるようです。幸運にもマーク A. ハイエック氏とローラン・バレスタ氏が乗船するグループになりました。

 ウェットスーツを着て、いざ船に乗り込もうとしたとき、ブランパンのスタッフのひとりが僕の手首を見て声をかけました。「君は何の時計をつけているんだい?」僕は「残念だけどフィフティ ファゾムスはまだ持っていなくて」と別ブランドのダイバーズウォッチを見せると「それじゃぁ君にふさわしい時計を渡さなくちゃね。ちょっとここで待っていて」と小走りでどこかへと向かいました。

 もうまもなく出港というところで、「待たせたね」と満面の笑みを浮かべたスタッフが戻ってきました。彼の手には、なんとヴィンテージのフィフティ ファゾムス、それも希少なMIL-SPECモデルがあったのです! 「さぁ急いで」と僕の手に時計をつけました。驚いた僕が「これをつけて潜っていいの?」と聞くと「当たり前さ、そのためのツールなんだから」そう言ってニヤッと笑いました。

ブランパン フィフティ ファゾムス MIL-SPEC 1のリストショット

フィフティ ファゾムス MIL-SPEC 1

セーリングボートやヨットが停泊するガリス港を離れ、ダイビングボートの揺れが安定してきたところで僕はレンタルしたばかりのフィフティ ファゾムス MIL-SPEC 1をじっくりと見てみることにしました。

 1950年代に発表されたフィフティ ファゾムス MIL-SPEC 1は、ビーズブラスト仕上げが施された直径41mmのスティールケースを備え、夜光つきのベイクライトインサートを備えた幅広のベゼル、そして6時位置のモイスチャーインジケーター(水密性表示機能)を特徴とするモデルです。僕がフィリップス 香港時計オークション: XVIのプレビューで見たトルネク・レイヴィルと同様に本機もコレクター垂涎のモデルです。さすがはブランパン本社のアーカイブ、夜光の剥がれや落ちもなくケースもシャープなエッジが保たれています。

これはトルネク・レイヴィルの写真だが僕が借りたMIL-SPEC 1にも同じようにガスケットがつけられていた。(Photo: Blancpain)

 

 ケースを見ているとリューズの部分に小さなゴムのようなガスケット(パッキン)がつけられていることに気がつきました。マーク A. ハイエック氏に伺ったところ、内部のガスケットなど通常必要なトリートメントを施した上で、特別な対応をしているのはこのリューズ部分のみとのこと。

 フィフティ ファゾムス MIL-SPEC 1は、2022年12月にサザビーズで約4万ドルで販売された実績があります。70周年を記念する特別なイベントであり、一部特別仕様になっているとはいえ、この希少なヴィンテージウォッチをつけて海に潜っても本当に大丈夫なのか少し不安になりました。でも、その検証もこの後すぐに行うのです。


フィフティ ファゾムスたち

僕の斜め向かいの位置でマーク A. ハイエック氏とローラン・バレスタ氏が絶えず何か話しているのが見えます。先述のとおりハイエック氏はプロトタイプのホワイトゴールド製フィフティ ファゾムス トゥールビヨン 8デイズを、バレスタ氏はもちろんフィフティ ファゾムス テック ゴンベッサを腕にはめています。

 船内の半分以上がダイビングを行うメンバーでした。各国の経験豊富なダイバーたちも乗っており、ダイビングコンピューターや最新のApple Watch Ultraをつけている方もいましたが、やはりここでは多くのフィフティ ファゾムスを見ることができました。

1000m防水を誇る500ファゾムスと機械式のデプスゲージを着用したダイバー

1000m防水を誇る500ファゾムスと機械式のデプスゲージを二個づけ!

フィフティ ファゾムス Xファゾムスのリストショット

ドイツから来たというダイバーはフィフティ ファゾムス Xファゾムス。まさか現場で見られるなんて!

フィフティ ファゾムス バチスカーフのリストショット

もっとカジュアルな(?)フィフティ ファゾムス バチスカーフをつけこなしているのはWorld Tempus誌のスザンヌ・ウォン(Suzanne Wong)編集長。

フィフティ ファゾムス テック ゴンベッサのリストショット

フィフティ ファゾムス テック ゴンベッサをつけるバレスタ氏。

 狭いダイビングボート内では全員のリストショットを収めることはできませんでしたが、スタンダードなフィフティ ファゾムスもいくつかあり、そのほとんどがNATOストラップかラバーストラップに変更されていました。

ジュアン湾に浮かぶピエール・フルミーグ灯台

ジュアン湾に浮かぶピエール・フルミーグ灯台(Pierre Fourmigue lighthouse、位置は43°32'21.47" N 7°04'59.41" E)。

 そうやってダイビングボートの上でウォッチスポッティングをしながら、素晴らしい景色を眺め、どれくらいのあいだ船に揺られていたのか。ガリス港がかなり小さく見えるようになってきた頃、船員のひとりが船のエンジン音にかき消されないように「あの赤と黒のストライプの灯台が見えるかい? あそこがダイビングスポットだよ」と大きな声で指さしました。


波の下で

いよいよこのフィフティ ファゾムス MIL-SPEC 1をテストする瞬間がやってきました。まずダイビングチームが勢いよく次々に海へと飛び込んでいき、それからシュノーケリングチームが続きます。「ジャンプするか船に腰掛けて入るか決めていいよ」と言われた僕は、手首を確認して念のため座ってからエントリーすることに。

船の上のマーク A. ハイエックCEOとローラン・バレスタ氏

エントリーの準備をするマーク A. ハイエック氏とローラン・バレスタ氏。

 海に入ってすぐにあまりの水の冷たさに驚きました。ダイバーズチームは手首から足首までフルのウェットスーツでしたが、シュノーケリングチームは半袖のもの。僕はラッシュガードのようなものをなかに着ていましたが、それでもダイレクトに冷たさが肌に伝わってきます。

 正直長くはいられなさそうだと思っていましたが、一緒に来ていた日本のジャーナリストたちに「この場所は温かいですよ」と教えられ、移動してみると確かに快適な水温でした。僕はすぐにGoProのスイッチを入れて撮影を始めました。

まずは水中でのセルフィーから。

フィフティ ファゾムス MIL-SPEC 1の水中でのリストショット
フィフティ ファゾムス MIL-SPEC 1の水中でのリストショット、少し傾けた様子

 ジャン=ジャック・フィスターは、フィフティ ファゾムスを開発するにあたって「黒いダイヤル」「読みやすい表示」「回転ベゼル」「夜光表示」そして、「ベゼルの逆回転防止機構」「ダブルOリングのリューズ」「自動巻きムーブメント」「耐磁性能」を機能として盛り込みました。

Photo: Blancpain

 シュノーケリングをする僕がテストできることは多くありませんが、視認性はダイバーズウォッチの祖として規範となっていったことが示すようにブラックとホワイトの針(正確には夜光はパティーナで黄色がかっていましたが)によるコントラストで抜群です。存在感のあるモイスチャーインジケーターもすぐに目にとまります。

 時計は、水中では地上と異なる時計の見え方をします。文字盤と風防のあいだに空気が入っているため、屈折によって一定の角度からみると歪んだように見えるのはとても面白いものでした。

海の上でのフィフティ ファゾムス MIL-SPEC 1のリストショット

水に濡れたまま波の上での視認性も非常に高い。

 水温のせいかそれほど生き物は見かけませんでした。前日にダイビングしていた方によるともっと沢山の魚もいたということでしたが、僕たちが潜った日は小さな魚の群れがちらほらと見えるだけ。より深いところではもっといたようです。ここでダイビングチームの写真をいくつか掲載します。

Photo: Blancpain

Photo: Blancpain

Photo: Blancpain

マーク A. ハイエック氏とローラン・バレスタ氏。(Photo: Blancpain)

 30分ほどして船に上がって真っ先に時計を確認しましたが、何もトラブルは発生していませんでした。まるでモダンウォッチのような頑丈さです。ハイエック氏は「基本的に特別なことは何もしていません。オリジナルの構造のまま、必要な消耗品を交換するだけです」。製造から50〜60年以上も経った時計が適切なメンテナンスをすれば今でもまったく問題なく海の中で使うことができるというのは本当に驚きました。

 さらにトゥールビヨンをつけて潜っていたことについて「これまで何度もトゥールビヨンをつけてダイビングしてきたことがありますから」と笑って答えました。「複雑機構があってもダイバーズウォッチならそれでダイビングすることができなければいけません」。今回のダイビングもそうだったが、同氏はよくプロトタイプを海底に連れて行くのだそう。CEO自ら水中でのテストをするブランドは他にないのではないだろうか。ダイビング中にトゥールビヨンのキャリッジに見惚れていて経過時間を忘れてしまいそうだなどと思いながら陸へと向かいました。

フィフティ ファゾムス MIL-SPEC 1

シュノーケリングを終えたばかりでずぶ濡れのフィフティ ファゾムス MIL-SPEC1。(Photo: Blancpain)


マイルストーン
サント・マルグリット島

サント・マルグリット島(Photo: Blancpain)

シュノーケリング体験の興奮が冷めやらぬまま、その夜はついにフィフティ ファゾムス 70周年記念 Act 3のローンチイベントが開催されます。会場となったのは、カンヌからフェリーで約20分ほどのところに浮かぶ、サント・マルグリット島。晴れた日には旧市街のノートルダム・ド・レスぺランス教会からも目視できるほど沖合の島々のなかでも最も大きな島です。

サント・マルグリット島で開催されたフィフティ ファゾムス70周年イベントの入り口
サント・マルグリット島で開催されたフィフティ ファゾムス70周年イベントの展示
サント・マルグリット島で開催されたフィフティ ファゾムス70周年イベントの様子

Photo: Blancpain

 船着き場から10分ほど丘を登り続けると要塞が現れます。この要塞は牢獄として使用されていた過去があり、中世の時代にはのちにバスティーユ牢獄に移送された鉄仮面の男が中世に幽閉されていたことで有名なのだそう。

 大広場にはフィフティ ファゾムス誕生に関する写真やヴィンテージモデルが展示され、ミシュランシェフによる軽食が振る舞われました(なぜミシュランシェフなのかは記事「ブランパンがオートキュイジーヌの世界と関わり続けるわけ」参照)。

フィフティ ファゾムス ロトマティック インカブロックの展示

ジャン=ジャック・フィスターが使用したフィフティ ファゾムス ロトマティック インカブロックとダイバーズ用品を取り扱っていたカンヌのスポーツショップの会員カード。その隣には初期のアクアラングレギュレーターがある。

ブロンズ合金製ケースを備えた希少なフィフティ ファゾムス MIL-SPEC 1

フィフティ ファゾムス MIL-SPEC 1、ただし僕が試したものとは異なり、ブロンズ合金製のケースを備えている。

フィフティ ファゾム U.S.NAVY

同じくブロンズ合金製のフィフティ ファゾムだが、この個体はダイヤルにU.S.NAVYと印字されたモデル。発見されたのは4、5本とごくわずかで、いまもその由来は未解明のまま。

LIP銘が記されたフィフティ ファゾムスや1956年に誕生した初代フィフティ ファゾムス バチスカーフの展示も。

 新作モデルの発表は、マーク A. ハイエック氏とブランパンの歴史家であるジェフリー・キングストン氏によるフィフティ ファゾムスの歴史についてのプレゼンテーションからスタートしました。

 フィフティ ファゾムスは、1953年に初代モデルが誕生したあと、クォーツ革命の煽りを受けて他のモデルと同様にほとんどのモデルが生産を削減されます。

マーク A. ハイエックCEOとブランパンの歴史家であるジェフリー・キングストン氏

ハイエック氏の手首にも注目! スウォッチ×ブランパンのスキューバ フィフティ ファゾムスのアンタークティックモデルをつけている。

 ジャン-クロード・ビバー氏によるブランパン買収後に90年代にもいくつかのモデルが登場していますが、マイルストーンとなったのは、2003年に150本限定で発表されたフィフティ ファゾムス50周年記念モデル。アメリカ、ヨーロッパ、アジアの3つのシリーズに分けて販売されました。ケースは直径40.3mmで、初めてサファイアベゼルが採用されたものでした。

フィフティ ファゾムス 50周年記念モデル

フィフティ ファゾムス 50周年記念モデル

 50周年モデルの非常に人気に反して生産本数があまりにも少なかったため、市場から同モデルの通常生産化の声が多く上がりました。それをもとに誕生したのが2007年に登場し、現在のモデルへと繋がる新モデルです。サファイアベゼルを引き継ぎつつ、ケースは直径45mmへと大型化。内部にはCal.1315を搭載し、4時半位置に日付表示がプラスされました。

 そして2023年にフィフティ ファゾムス 70周年記念 Act 1が登場します。 直径42.3mmのケースサイズを採用したモデルで、アプライドマーカーと数字はスーパールミノバのブロックで構成されています。通常のフィフティ ファゾムスは金属枠で囲われており、本機の方がより強く発光するでしょう。もうすでにお気づきかもしれませんが、このAct 1は50周年モデルから直接的なインスピレーションを得ているのです。かつてダイビングショップや軍への納入というツールとして扱われていたフィフティ ファゾムスを今日のように手に入れられるきっかけを作った重要なモデルへのオマージュなのです。

 続いて70周年記念 Act 2、フィフティ ファゾムス テック ゴンベッサです。グレード23製チタンケースは、直径47mm、厚さ14.81mmで、ヘリウムエスケープバルブを搭載。センターラグデザインに一体型ストラップが付属しウェットスーツの上からでも使いやすい仕様になっています。最大のポイントは、3時間針とそれにマッチするベゼルです。ダイビング中にダイバーが吸ったガスを水中に放出せずに再利用するため長時間の潜水が可能となるリブリーザーダイビングのために用意されたものなのです。

 すでにダイブコンピュータに置き換えられ、ほとんどがノスタルジックな遺物と化しているダイバーズウォッチ。もはや不必要ではないかと思うほどの防水性能を追求するブランドも多いなか(それが悪いことだとは思わないが)、ブランパンはローラン・バレスタ氏とタッグを組むことで現代のダイバーたちが必要とする真に実用的なツールとしてのダイバーズウォッチを誕生させたということです。


フィフティ ファゾムス 70周年記念 Act 3
フィフティ ファゾムス 70周年記念 Act 3

プレゼンテーションの終了後アンヴェールされたのが、MIL-SPEC 1モデルを復刻させたこのフィフティ ファゾムス 70周年記念 Act 3。自らのオリジン、原点へ立ち帰ったモデルです。ブランパンの愛好家のなかには長年待っていたというかたもきっと多いでしょう。ヴィンテージはなかなか手に入らないけれど、このデザインが大好きで欲しかったというファンにとっては嬉しいリリースであることに間違いありません。

 ケースは直径41.3mmで厚さは13.3mm。ケース素材には9Kブロンズゴールドが採用されています。これは37.5%のゴールド(ホールマークは9K)、50%の銅、シルバー、パラジウム、ガリウムが含まれた特許取得済みの合金です。

フィフティ ファゾムス 70周年記念 Act 3のリストショット

ダイヤル12時位置のロゴやベゼルのタイプフェイスも当時のデザイン。

 なぜ今回この素材が選択されたのかといえば、MIL-SPEC 1のなかでも通常のスティール(僕がシュノーケリングで試したモデルと同じもの)ではない希少モデル、米海軍で使用されていた非磁性のブロンズ合金製ケースを備えたものを範に取っているから。先の展示品のなかのひとつがまさにそれです。

 ブロンズゴールドといえば、オメガのシーマスター 300 ブロンズゴールドがありますが、それよりも赤みの強いブロンズを強調する雰囲気に仕上げられています。

 本作は、2019年に登場したエアコマンド フライバッククロノグラフ限定モデルと同様にインスピレーション源に忠実に倣ったモデルです。6時位置のモイスチャーインジケーター、ケースデザインやサイズ、ダイヤルのレイアウトなどオリジナルのMIL-SPECデザインをほとんど忠実に再現しているように見えます。唯一視覚的に異なるのは、ベゼルとサファイア風防のあいだを分けるように配されたリングがなくなっていること。そのため若干ベゼルがオリジナルよりも太くなったように感じました。

フィフティ ファゾムス 70周年記念 Act 3のケースバック

 内部のムーブメントは3Hzで駆動する4日間パワーリザーブを有したCal.1154.P2。ブランパンのムーブメントとしては初めて1000ガウス(ミルガウス)の耐磁性を獲得しました。サファイア風防から確認できるムーブメントの地板に施された装飾やローターの形状は当時を彷彿とさせるものです。本作の開発責任者によれば、ケースバックの構造もオリジナルと同じくツーピース構造を取り入れているといいます。ただ300mの防水性能に貢献しているわけではなく、あくまで審美的な観点からとのこと。

フィフティ ファゾムス 70周年記念 Act 3の展示
フィフティ ファゾムス 70周年記念 Act 3のディスプレイボックス

 購入時に付属するプレゼンテーションボックスは、ダイビングのパイオニアとして知られるオーストリアのハンス・ハスがローライフレックス 3.5F用に開発した潜水用カメラケース、ローライマリンの形を模したもの。現在の防水ハウジング(水中で使用するための防水ケース)につながるとても重要な水中カメラでした。このことを知っているとブランパンがオーシャンコミットメントで取り組んでいることにも実は繋がっているのだということが理解できます。また、ストラップは漁網をリサイクルしたもの。徹頭徹尾、海のことを考えたプロダクトになっているのです。

フィフティ ファゾムス 70周年記念 Act 3のリストショット

フィフティ ファゾムス 70周年記念 Act 3をつけるマーク A. ハイエック氏。

 昨今のヴィンテージウォッチの復刻モデルブームに対して、新たなデザインやイノベーションが生まれにくくなるものなのではないかという意見もありますが、個人的には今回のリリースはとてもポジティブでした。フィフティ ファゾムス70周年記念モデルは3部作でひとつなのです。イノベーションが欲しければAct 2で証明されています。確かに焼き回しばかりになってしまうのはどうかとも思うものの、オリジナルへの賛美はあってしかるべきだと思います。

 過去数年にHODINKEEリミテッドエディションを含むMIL-SPECやノーラディエーションモデルも登場しています。もしもこのケースが採用されたものとなったのなら...もうどれほどクールなものが誕生するか見えるような気がしますね。

 今年はスウォッチ×ブランパンのスキューバ フィフティ ファゾムスもリリースされました。ブランパンの時計をもっと多くの人に知ってもらったり、デザインを体験するプラットフォームとしてというのは容易に想像できますが、僕は今回のカンヌツアー、特にマーク A. ハイエック氏との会話をとおして、ブランパンの真の狙いはもっと海への関心を幅広く高めていきたいというところにあったのではないかと感じました。フィフティ ファゾムスの生みの親となった当時のブランパンCEOジャン-ジャック・フィスターとマーク A. ハイエック氏は僕のなかで大きく重なりました。

ブランドについての詳細はブランパン公式サイトへ。