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Found マイケル・クライトンが所有していたオメガ フライトマスター

これは『ジュラシック・パーク』を世に送り出したハードSFの巨匠が所有する、クラシカルなオメガだ。

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本稿は2019年8月に執筆された本国版の翻訳です。

オメガ フライトマスターには、時計収集のコミュニティから賞賛を得ることができない何かがある。フライトマスターの“f”はタイプミスではない。オメガが生産したモデルのなかで唯一、名前の先頭に小文字が使われているのだ。マイナーな熱狂的ファンがいるのは確かだが、スピードマスターやシーマスターシリーズのように、時計業界から称賛を得ているわけではない。ムーブメントはスピードマスターと同じCal.861をベースにしており(Cal.910搭載)、レイアウトもスピードマスターと同じトリプルレジスターである。またNASAとともに月に行くことはなかったが、宇宙飛行士が着用していた。風変わりなケースデザインのせいか、あるいはほかのパイロットウォッチ(というかほかの時計)と似ても似つかないデザインのためか、いずれにせよこの外観を好む人が少ない。とにかくあまり注目されていない時計なのだ。

 しかし、70年代のSFマニアにとっては魅力的な時計だ。まるで宇宙船のようにさえ見える。色分けされた針とプッシャーというテーマモチーフは、ミレニアムファルコンのコックピットにもぴったりだろう。フライトマスターは、70年代のSFを書くタイプの多作作家にもアピールしていたのだ。

 このフライトマスター Ref.145.026はマイケル・クライトン(Michael Crichton)が所有していたもので、購入した正確なストーリーは不明だが、おそらく彼の初長編映画デビュー作『ウエストワールド』を記念して手に入れたものだ。クライトンは、自身の小説を基にスティーブン・スピルバーグが監督した1993年の大ヒット映画『ジュラシック・パーク』の大成功により、その名を知られるようになった。その20年前、クライトンはこのフライトマスターのケースバックに“1973”と、自身のイニシャル、そして“Westworld”とエングレービングしていた。さらに1969年から1977年までの全フライトマスターシリーズに刻印されるマクドネル・ダグラス社の旅客機、DC-8の姿も完璧に残ったままだ。

 クライトンと言えば『ジュラシック・パーク』が最も有名かもしれないが、フライトマスターと同じように彼のあまり知られていない作品もカルト的な人気を誇る。例えば(元HODINKEEエディターの)ジャック・フォースターは、69年に出版された『アンドロメダ病原体(原題:The Andromeda Strain)』のファンだ。クライトンはハーバード大学医学大学院に通っていて、彼の研究はしばしば自身の著作に影響を与えた。彼の作品に共通するテーマは、バイオテクノロジーの限界を超えた危険性を探ることだ。原作の『ウエストワールド』や、2016年放映のテレビシリーズは、クライトンが同テーマの大衆化に貢献した好例だ。73年の『ウエストワールド』は、2次元CGエフェクトを使った最初の長編映画のひとつだった。繰り返しになるが、フライトマスターのように彼の作品のコンセプトは時代をはるかに先取りしていたが、同時に審美的にも時代をリードしていたのである。

 クライトンは医学、テクノロジー、科学全般に関する理解を駆使して、信じがたいことを必然的に思わせることに長けていた。スティーヴン・キング(Stephen King)氏はかつて、彼の作品についてこう語っている。“ポップ作家として、彼は神だった。天性のストーリーテラーであるクライトンの本は、臨場感に関して悪魔的なほど巧みで、頭の痛くなるような体験をもたらした。クローンの恐竜をつくることがはるか彼方の構想ではなく、明日にでも可能だと思わせた。もしかしたら今日かもしれないくらいに”。

 逆説的だが、彼は70年代のニューエイジ(個人の霊性・精神性を向上させる一種の思想)運動にも大きな影響を受けた。1988年に出版された回顧録『インナー・トラヴェルズ(原題:Travels)』のなかで、彼はアストラル投射(幽体離脱)と瞑想に没頭した経験を記録している。彼は自己の内面を探求することの意味を考えていた。

 “私はアフリカに行った。アフリカに行くことはできる。時間やお金の手配に苦労するかもしれないが、誰もが何かを手配するのに苦労するものだ。その気になればどこにでも旅行はできると信じている。そして同じことが内なる旅にも当てはまると思う。チャクラやヒーリングエネルギー、オーラについて、私の言葉を信じる必要はない。知りたければ自分で調べるのだ。私の言葉を鵜呑みにしないで欲しい。好きなだけ疑え。自分の目で確かめるのだ” 

 大げさかもしれないが、やはりフライトマスターの実機にはこのような考え方が具現化されているように思えてならない。これは“大陸間旅行”のために設計されたのだと。70年代のスタイルがにじみ出ていて、クライトンにとても自然に溶け込んでいる。コレクターの究極として、我々は自身を絶対的に象徴する1本の時計を見つける努力をすべきではないだろうか?

1973年、フライトマスターを着用したマイケル・クライトン。

 フライトマスターは、ジェット機の普及に対応するべく1969年に導入された。ジェット機時代にはプロペラ機がタービンエンジンに置き換えられ、飛行機はより遠くより速く、世界中の目的地までノンストップで飛ぶことができるようになった。パイロットにとって時計学上の問題は時差だったが、フライトマスターがそれを解決することになる。1969年に発売された当初は9時位置に大胆な濃いグリーンが目立ったAM/PMインジケーターを搭載していた。この機能は1970年に通常のスピードマスターに搭載されているようなスモールセコンドカウンターに置き換えられた。

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 先ほどもお伝えしたが、同じヴィンテージスピードマスターは、ベースとなるCal.861ムーブメントを共有していたものの、スモールセコンド付きのフライトマスターモデルはCal.911と呼ばれている。クライトンの時計にはスモールセコンドが付いており、また裏蓋に1973とエングレービングされていることから、搭載されたムーブメントはCal.911、製造年代を考えるとRef.145.026であることがわかる。Cal.911には、Ref.145.026とRef.145.036というふたつのリファレンスが存在するが、主な違いはケースサイズがわずかに異なること、風防を固定するガスケットの位置、放射状のポリッシュ(145.026)と同心円状のポリッシュ仕上げ(145.036)である。

 このフライトマスターを見つけたコレクターは、ニューヨークのダイヤモンド・ディストリクト地区にあるヴィンテージショップを見て回っていて、特に状態のよさそうなフライトマスターと思われる個体を検査するようディーラーに依頼した。彼がそれを手に取ると、かなり珍しい刻印が施されていることに気づいた。もちろんSFファンである彼は、このフライトマスターが誰のものであったかを知っていた。彼は交渉することなく、素晴らしい状態のフライトマスターを売り手の希望価格で支払った。ディーラーは、この時計の出所が疑われることについては何も知らなかった。

 マイケル・クライトンは、信じられないほど素晴らしい遺産と多くの作品を残して2008年にこの世を去った。しかし『ウエストワールド』のプロデューサーであった、ポール・ラザルス(Paul Lazarus)氏は健在だ。コレクターはその時計の写真をラザルス氏にメールで送り、案の定、それはマイケルがつけていたのと同じ時計だったことがわかった。フライトマスターはすでに知る人ぞ知る特別な時計だったが、この特別な個体は、まったく新しい次元の重要性を持つことになった。

 キャリアを通じて、クライトンは時計業界では熱心なコレクターとして知られ、特にロレックスに特別な情熱を注いでいた。彼のコレクションはその称賛とともに増えていく。『ウエストワールド』が公開されたとき、彼は31歳だった。この映画は我々に自由意志、感情、現実逃避という抽象的な概念を考えさせるが、最終的には新しい技術が実装され、その技術を開発した人々が意図しない(ときには意図することもある)結果を慎重に検討することなく広がったとき、何が起こり得るかについて大胆に警告している。最近では、テクノロジーを駆使した時計に信じられないほどの情報を無償で提供している。我々の心拍数、パスワード、睡眠習慣、財務情報、さらに我々が話すどんな些細な言葉までもスマートウォッチは聞いているのである。

 それをこの楽しいフライトマスターが思い出させてくれるが、クライトンは1973年ですでに警鐘を鳴らしていたのだ。