ADVERTISEMENT
6週間ほど前、時計好きの仲間数人とニューヨーク・ニックスの試合を観戦した。マディソン・スクエア・ガーデンで席を見つけると、私たちは自然と“ウォッチガイ”ぶりを発揮し、記念のリストショットを撮った(これを書いていて、何とも居たたまれない気持になるが、もうしばしお付き合いいただきたい)。そのとき、我々の様子が偶然にも後席の時計コレクターの紳士の目にとまり、声を掛けられた。そして、私がHODINKEEで働いていることを告げるや、彼は私に次の質問をぶつけた。
“モーザーについてどう思う?”と。
H.モーザーほど私を驚かせることができる時計メーカーはない、と答えるべきだった。
モーザーがよもやスイスチーズをケース素材に時計を作ったことも、究極のブラックアウトウォッチを発表したことも、究極のオマージュウォッチで時計業界を炎上させたことも予想できなかったのだ。そしてあの日、マディソン・スクエア・ガーデンでシャフハウゼンを拠点とするこの会社についての会話が交わされるとは、間違いなく予想していなかった。さらに言えば、モーザーの新作をウォッチ・オブ・ザ・イヤー候補として、またWatches & Wondersジュネーブ 2022のなかでもトップレベルの時計として紹介することになろうとは、予想だにしていなかった。H.モーザーのシリンドリカル トゥールビヨンは、今年のベストモデルのひとつであり、美しさと同時に知的なおもしろさも備えたハイエンドな複雑時計なのだ。
この時計の心臓部である立体的な調速機構、すなわちシリンドリカル(円筒形)ヒゲゼンマイとフライングトゥールビヨンの組み合わせは、機械的、時計学的に多くの興味を引くだけでなく、時計全体の優れた装着性と相まって、その魅力はさらに強化されている。直径43mm弱のステンレススティールケース(決して小さくはないが、汎用性は高い)、ねじ込み式リューズ、120m防水性能と、モーザーの最新作は、日常使いすることを想定したトゥールビヨン搭載の希有な腕時計なのだ。
モーザーは、MB&F、DeBethune(ドゥ・ベトゥーン)、F.P.ジュルヌといった時計界の異端児たちとともに、独立系高級時計メーカーへの関心が高まる昨今、ちょっとした旗手となるまでに進化を遂げたのである。近年、H.モーザーほどスマートかつ計画的に販売網を広げている時計会社はない。最近では3月に、中東、アジアに次いで3番目となるモーザーの営業拠点が北米に設立されたことが注目されている。
私はこのブランドの成功をつぶさに見てきたが、モーザーの過去の作品の多くは、私にとって一貫して少しばかり退屈なものに感じていた。卓越したスイス‐ドイツ流の時計製造手法は、私の目には、あまりにも冷たい印象に映った。実際このアプローチはツールウォッチを大量生産する場合には良いのだが、ハイエンドやラグジュアリーの分野、特にジュネーブやフルリエ、ジュウ渓谷のライバルたちが持つロマンや情緒に比べ、やや満足のいかないものに感じられることがあるのだ。
パイオニアのケース、そして円筒形ヒゲゼンマイと1分間で周回するフライングトゥールビヨンの組み合わせは新しいものではないのに関わらず、シリンドリカル トゥールビヨンはこれまでのどのモーザーとも異なる印象を与えている。この時計の成功の鍵は、スケルトン構造によってムーブメントを露出するという、緻密な決断にあると私は考えている。モーザーのデザインと技術に対する意図的なアプローチが、ここで如実に表れている。ダークグレーの受けは時計の中心から格子状に広がり、自動巻きCal.HMC811を形成するギア、歯車、ピニオンの複雑な配置を包括するフレームワークを提供している。さらに、時計の裏側にあるローターも見逃せない。このローターはスケルトナイズされた18K無垢ゴールド製で、その表面には4種類以上の仕上げが施されている。
6時位置には、その名の由来となった調速機構が配置され、同心円状の構造体がほぼ完璧な重心位置を保ちながら常時鼓動し、精度を高めている。60秒周期で回転するトゥールビヨンと、モーザー定番のカーブしたヒゲ留めの下、上下に動くヒゲゼンマイの組み合わせは、まさに特別なものだ。螺旋状ヒゲゼンマイとも球状ヒゲゼンマイとも呼ばれる円筒形のデザインは、古くからある置き時計やマリンクロノメーターによく見られる機構だが、この新作シリンドリカル トゥールビヨンは腕時計に搭載される貴重な例である。
円筒形/螺旋状/球状ヒゲゼンマイを腕時計に搭載したメーカーは、モンブラン、ミネルバ、ジャガー ルクルト、ヴァシュロン・コンスタンタンなど、私が知る限りではほかに数社しかない。しかし、これらのブランドは、デザイン性や装着性を度外視した、複雑さ(と価格)を後付けしているだけの印象を与えることが多いように思う。それに比べ、モーザーのシリンドリカル トゥールビヨンは、非常に首尾一貫した美的アプローチをとっており、文字通り、時計の可能性を切り拓き、その鼓動を主役にすることに重点を置いている。時・分表示用の小さなフュメ・インダイヤル、ストリームライナーから流用したグロボライト夜光の時分針、そしてパイオニア・コレクションに共通するケースサイド上の4つの凹みとリッジパーツなど、モーザーらしい要素も残されている。
モーザーの新作がこれまでの円筒形のヒゲゼンマイを採用した腕時計と異なるもうひとつの点は、その価格だ。1127万5000円(税込)という価格は決して高いものではないが、同様の調速機構を搭載した数千万クラスの時計の価格をはるかに下回るものだ。モーザーはまた、この新しい時計の製造本数を限定しないという慎重な選択をしている。
シリンドリカル トゥールビヨンの話をニックスの試合の話から始めたのは、モーザーがいかに知名度を上げることに成功したかを強調するためである。その日出会ったコレクターは、ロレックスの時計を何本も持っていた(彼はその日シードゥエラーを着けていた)のだが、モーザーを購入する可能性は、高級独立時計製造の世界へ本格的に踏み出す最初のステップとなる。このことは、モーザーが過去10年のあいさに、愛好家やコレクターの一般的なイメージのなかで、いかにうまくブランドのアイデンティティを築き上げてきたかを物語っていると思うのだ。
私はモーザーのアプローチを常々支持してきた。この時計メーカーは物事を深刻にとらえ過ぎないところが称賛に値する点だ。しかし、このシリンドリカル トゥールビヨンは、モーザーが初めて発表した通常生産モデルであり、思わずこのモデルが提供するすべての特徴を喧伝したくなるような時計なのだ。モーザー シリンドリカル トゥールビヨンほど、1平方mmあたりの時計の魅力がこれほど詰まった腕時計は、現在10万ドル以下で入手可能な腕時計のなかにはない、とさえ言えるだろう。
私が観戦した試合のニックスは敗れたが、球場での会話とジュネーブでのシリンドリカル トゥールビヨンの発表を経て、H.モーザーが時計業界において最もすばらしい連勝記録を保持していることは、以前にも増して明らかである。
注釈がない限り、全ての写真はティファニー・ウェイド(Tiffany Wade)の撮影によるもの。
詳細なスペックと価格については、Introducing記事をご覧ください。
Shop This Story
H.モーザーについての詳細は、公式サイトをご覧ください。
話題の記事
Introducing ルイ・エラール×ヴィアネイ・ハルターによるレギュレーターIIが登場
Introducing リシャール・ミルからRM 032 アルティメット エディションが新登場
Introducing アエラ M-1、若きブランドによる初のフィールドウォッチ