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※本記事は2014年10月に執筆された本国版の翻訳です 。
今日は我々パテック フィリップ愛好家にとって極めて重要な日だ。ジュネーブのこの偉大な企業が、175周年の記念時計を発表する日である。私は今夜遅く幕が上がるとき、その長い歴史について詳しく報じるためにジュネーブにいるが、その前に、皆さんに特別なものを少しお見せするのにも、今日は良い日だと思う。6年以上前にHODINKEEを始めてから、私は信じられないほど重要で希少な時計をいくつも目の当たりにしてきた。ロレックスのスプリットセコンド クロノグラフ、エルメス銘の入ったポール・ニューマン デイトナ、汚名を着せられたテキサスの弁護士(ファイトクラブの男ではない。絶対に)が所有するユニークなクロノメーターグレードのパテック、そして、エリック・クラプトンが所有したプラチナ製の2499などである。さらにパテック フィリップが作った最初のグランドコンプリケーションや、歴史上最も重要な時計コレクターであるニューヨークの銀行家、ヘンリー・グレーブス Jr.(Henry Graves Jr.)が所有していた極めて貴重な時計もいくつか見てきた。しかし、これまで実物に触れる機会のなかった夢の時計のひとつは、これら全ての中でもとりわけ夢に見たものだった。パテック フィリップのヘンリー・グレーブス Jr. スーパーコンプリケーションは、地球上で最も重要な(そして高価な)時計だ。だが、この夏の終わりに、変化が訪れた。
今年7月、サザビーズはHODINKEEに対し、ヘンリー・グレーブス Jr. スーパーコンプリケーションの2度めのオークションが行われることを知らせてきた。この怪物級の時計、直径70mm、重さ1ポンド(約453g)以上の巨大な複雑時計が前回落札されたとき、その価格はオークション記録を更新し、1100万ドル(約11億5000万円)の値をつけた。以来、他の時計はその半額にも達していない。そして7月のその日まで所有者がいたため、自分の生涯の中で実物を目にすることができるかどうか確信がなかった。この時計はパテック フィリップ・ミュージアムではなく、ある一族、正確にはカタール王室のものだったのだ。同王室は寛大にも、時計をパテック フィリップ・ミュージアムに数年間ほど貸し出していたが、ここ10年以上もの間展示されていなかった。私のような時計愛好家にとって、この時計を見ることができないフラストレーションがどれほど大きいか、想像してみて欲しい!
そして2012年、カタール王室がこの時計を販売する必要に迫られていることを示唆するブルームバーグの記事が出た。情報は怪しげで、18ヵ月以上もの間、詳細は得られず、時計の所有者も、実際に売りに出されるかどうかも確認できなかった。しかし、この情報は正確であることが判明し(少なくとも、この世界で最も高価な時計はオークションにかけられる。もちろん、サザビーズは誰がそれを委託しているのかを明らかにすることはできないが)、2014年11月11日午後6時、ジュネーブで、世界一高価な時計が再びオークションをかけられる。今回の予想落札価格は? 1500万ドル(約15億7000万円)を超えると予想されている。
だが、何がこの時計を特別なものにしているのか、そして8月にサザビーズのニューヨークオフィスで、この時計と共に午後を過ごすことに私がとても興奮したのはなぜか? パテック フィリップ No.198.385は、数々の非常に特別で知られていたグレーブス氏からの依頼の中でも、極めてスペシャルなものだった。人間の創意工夫を詰め込んだこの巨大な実例は、24の異なる複雑機構を有している。24だ。この時計は1925年から7年かけて製造された。24の複雑機構が1920年代に製造されたということは、全てが手作業で製造されたという意味であり、24もの複雑機構の計算全てをコンピュータの助けを全く借りずに行なったのである。それは全くもって気が遠くなる話だ。では、この時計の機能とは具体的にどのようなものだろうか?
この時計にできないことはほとんどない。サザビーズによれば、スーパーコンプリケーションは以下の通りである。
「ゴールド製、ダブルダイヤル&ダブルオープンフェイス、ウェストミンスターチャイムのミニッツリピーター懐中時計、グラン&プチソヌリ、スプリットセコンド クロノグラフ、60分&12時間積算計、パーペチュアルカレンダー、ムーンフェイズ、均時差表示、リピーターおよび時方輪列のためのデュアルパワーリザーブ、グリニッジ平均時と恒星時、セントラルアラーム、日の出/日の入り時刻表示、ニューヨーク市の夜空の天体図」
こんな風に表記されると、とても単純に聞こえるのではないだろうか? 片面(上図参照)には、標準時、3時30分と8時30分の開口部からのぞくパーペチュアルカレンダー、6時位置(秒針の外側)の日付、12時位置にはムーンフェイズ表示もある。ムーブメントの時を刻むパーツのためのパワーリザーブとセントラルアラーム機構に加え、2時30分と9時30分位置にある2つの積算計は、12時間と30分の両方のクロノグラフカウンターで構成されている。
ケース側面にはスイッチがいくつかあり、1つめはソヌリのオンオフ切り替え、次のスイッチはプチソヌリ(15分単位のみ、自動)とグランソヌリ(1時間と15分単位、自動)の切り替え、3つめのスイッチはセントラルアラームのオンオフ切り替えである。ケース反対側には、ミニッツリピーターのスライドがある。だが、グレーブス スーパーコンプリケーションのミニッツリピーターはまさに“ウェストミンスターチャイム”である。これは、ビッグベンとして知られる、ロンドンのウェストミンスター宮殿の時計の鐘の音を奏でることを意味し、ヘンデルのメサイア、「わたしは知る、わたしをあがなう者は生きておられる」のアリアの第5小節から取られている。
このようなものは、あなたもこれまで見たことがないはずだ。
スプリットセコンドクロノグラフの操作は巻き上げリューズで行う。時計は1969年以来サービスされていない(本当だ)が、リピーターやアラーム機構と同様、完璧に作動している。
時計を裏返すと、スーパーコンプリケーションで名高い星図がある。これは後の非常に多くのパテックの時計にインスピレーションを与えた。
ダイヤルの外側には24時間表示があり、恒星時を表している。中央を外れたところにある2つのインダイヤルは日の出と日の入りを示し、6時位置の中央のインダイヤルは均時差を示す。もちろん、この素晴らしい星図、均時差、日の出および日の入りは全てニューヨーク市の5番街、64丁目にあるヘンリー・グレーブス Jr.の自宅がある場所に合わせて特別調整されている。
では、グレーブス スーパーコンプリケーションの、こちら側の面の素晴らしい特徴とは? それはこの時計が誰のために、特定の1人のために、そして誰によって作られたかを示す個人仕様のダイヤルだ。ニューヨークのヘンリー・グレーブス Jr.、パテック フィリップ スイス ジュネーブ。これ以上のものはそうそうない。実際のところ、これ以上良いものは絶対にない。
スーパーコンプリケーションについて、実物を見るまで私が決して理解できなかったのは、その大きさ、そして、ダイヤルが基本的にケース上に浮かんでいるその構造である。全く修復されておらず、美しく柔らかな経年変化を特徴とする各ダイヤルは、ケースに組み込まれているわけではない。それらは実際にはケースの上にあり、フロントヒンジを閉じると、ぴったりと包み込まれる。
事実、ダイヤルとケースの間のこれらの小さな隙間から、振動するテンプを眺めることができ、さらにシリアルナンバーを読み取ることさえできる。ダブルダイヤルウォッチのムーブメントを見るには、針とダイヤルを取り外さなければならないことを忘れないで欲しい。これは明らかに、メンテナンスの際で最も危険な場面であり、パテックはシリアルナンバーを、誰も何も取り除かなくても視認できる位置に表示しようと考えたのだ。本当に素晴らしいアイデアである。
これらの写真や、あるいは私が何を言おうときちんと伝えられないのは、実際に目にしたときの、この時計の純粋な印象だ。巨大である。直径70mm以上、重さ1ポンド(約453g)以上なのだ。ところが、多くのグランドコンプリケーションウォッチのように、大き過ぎると感じさせない。この時計は、その姿のままで良いと思えるのだ。コンピュータの助けを借りずに製造されてから、全てが80年以上も完全に機能しているというのは、本当に魅力的だ。下の手に取った写真からそのサイズ感が分かるだろう。
率直に、グレーブスのスーパーコンプリケーションを見るのは、私にとって感動的な経験だった。我々の背後にある、最も印象的な時計製造のクラフトマンシップを心から信じる者として、この時計は、この趣味をこれほどまで魅力的なものにしてくれるものの、まさに頂点だ。この巨大懐中時計は実用的ではないが、24の個別の複雑機構の開発により、どれほど多くの素晴らしいパテック フィリップが誕生したかを考えると、本当に驚くべきことである。
この時計はまさに、パテックの複雑時計全ての名付け親であり、2年半前にグレーブス氏の孫の時計を購入した際にも話したように、この一族は時計収集の歴史上、最も重要であると私は考えている。この巨大な時計を含め、ヘンリー・グレーブスによる依頼が、最も困難な年月の間、パテックを生き長らえさせたのであり、この時計は、それに1100万ドルの値札がつこうがつくまいが、時計愛好家にとって大きな意味をもち、また(その多くは理解していないかも知れないが)今日の時計職人にとっても同じほど大きな意味をもっている。
上の写真は、とにかく撮らずにはいられなかった。左は私のユニバーサル・ジュネーブで、1948年頃のものである。かつてヘンリー・グレーブスの孫、ピート・フラートンが所有していた。これらの2つの時計は一時期、同じ家庭にあったが、半世紀後にここで再会を果たした。
さて、ヘンリー・グレーブス スーパーコンプリケーションについて少しばかり理解を深めた今、問うべき難問がある。11月11日、ジュネーブで、この時計はいくらで落札されるのかということだ。それは誰も、決して誰も答えられない質問だ。1999年に1100万ドル(約11億5000万円)で落札され、懐中時計市場全体がいくらか古くなっているにも関わらず、その年以降、それは誰も触れることのできないものとなっていた。私は業界の友人、コレクター、ディーラーたちと話したが、グレーブスの時計のプライスは誰にも分からない。サザビーズは、オークション前の予想落札価格を“1500万ドル(約15億7000万円)超え”と発表している。
通常の状況では、15年間で約37%のリターンというのは全く合理的に思える。1999年に11万ドルで落札されたと想像すれば、2014年に15万ドルになるというのは確かな予測だろう。しかし、今はその百万倍もの金額の話をしている。次の事実を考えてみて欲しい。1999年にこの時計は地球上で最も裕福な一族に販売された。そして、2012年のブルームバーグの記事を信じるとすれば、その一族はサザビーズへの借金を支払うため、この時計の競売を委託したことになる。他の誰が、時計1つに、手首に巻くことも、ディナーにもっていくこともできない時計に、それほど支払えるのだろう。パテック フィリップ・ミュージアムが関心を示すのは間違いなく、この時計の所有権を主張するラストチャンスになる可能性が非常に高いため、強く出てくるだろうと予測している。しかし、金額が1500万ドル(約15億7000万円)に達するには、サザビーズに少なくとももう1人の強力なバイヤーが参加することが必要だ。そうした状況は簡単に起こる可能性があり、ほぼ間違いなく時計界の頂点奪取ゲームの最後の切り札であるこの時計は、さらに高額で取り引きされる可能性がある。この規模のコレクターに関する情報はほとんど入手できないため、私たちには全く分からない。
分かっているのは、その歴史的瞬間を取材するため、HODINKEEがオークションルームにいること、ヘンリー・グレーブスのスーパーコンプリケーションについて、もっと多くの記事を書くことだ。それまでの間、くつろいで座り、これまでに製造された中で最も重要で、最も高価な時計の写真を楽しんでいただきたい。また、ここでサザビーズが準備したこの時計の説明ビデオをチェックし、さらに詳しく読むこともできる。
※本記事は2014年に執筆された記事であり、オークションの結果は既に出ている。2014年11月11日、このパテック フィリップのヘンリー・グレーブス Jr. スーパーコンプリケーションは、時計の落札価格として史上最高となる約2130万ドル(約24億7000万円)で落札された。
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