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Just Because 腕時計のアクリルガラスについて案ずるのを止め、愛することができた理由

そして、結局のところ、それほど特異な愛の形ではないのだ。

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それはよくある話だ。あなたは家の近所を歩いていた ― 何も考えず ― 突然... バン!  あなたは、戸口の側柱に腕時計をぶつけてしまった。見ると、風防の表面に白いペンキの筋が広がっている。心拍数が上がり、「やってしまった。これで終わりだ」と思う。恐怖と心配で、あなたは爪でその白い部分を引っ掻き始める。ゆっくりと、しかし確実に、それは消えていく。危機は今のところ回避された。これは、アクリルガラスを使用した時計を身に着けている間に起こりうる多くの状況の一つに過ぎない。ヴィンテージウォッチの愛好家であれば、このことはよく知っているはずだ。こうした時計のオーナー(もしくはコレクター)になることに、知的な興味をも抱いているならば、アクリルガラスの時計を所有することについて、ちょっと考えてしまうかもしれない。

 1年ほど前、いつものように近所の時計店に行ってみた。実のところ、私は時計店が近くにある場合、ほぼ90%の確率で行ってみることにしている。言っておくが、いつも時計を買っているというわけではない。単に眺めたり、店員と店の話をしたり、試着をしているだけなのだ。気になる時計がまだショーウィンドゥやディスプレイケースにあった時には、さらに楽しかった。

 この日、私はある時計を見に来ていたが、その時計の風防はアクリルガラス製だった。スタッフの1人に頼んで、ケースから取り出してもらい、私たちは時計に関するさまざまなニュースについて情報交換したりしながら、気軽におしゃべりを始めた。その時計について、どう思うかスタッフに聞いてみると、「素晴らしい時計ですが、この風防素材ですと、普段使いには向いていません」との答えが返ってきた。

 私はそれを非常に興味深いと感じたが、結局は驚くべきことではない。時計の「研究」をし始めた頃のことを思い出したが、アクリルガラスについて、私はかなり懐疑的だった。私はアクリルを避け、より「耐久性のある」サファイアの方を好んだ。皮肉なことに、私の時計コレクションの大半は(どんなに小さなものであっても)アクリルガラスを使用した時計で構成されている。時計への関心が高まるにつれ、その時折の悪い評判(ほとんど傷への恐怖のみから来ている)にもかかわらず、アクリルガラスが俄然気に入り、選択肢があればそればかりを選んでいたことに気づいた。

 多くの人が最終的にアクリルから遠ざかってしまうのは、彼らが心配のいらない、あるいは、お守りをする必要のないものを好むからだ。興味深いことに、それは、まさに私がアクリルガラスについて考えていることだ。私にとって、それは頑丈で耐久性があり、永続的なものなのだ。では、これから、あなたが熱心なアクリルの擁護者であるか、またはサファイアの執事であるかどうかにかかわらず、それが非常に魅力的であると、私が思う理由のいくつかを説明させていただこう。

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 まずは、アクリルとは何かについて話をしよう。アクリル(ポリメチルメタクリレート)は、耐久性と耐衝撃性に優れたプラスチックだ。それは時々「アクリルガラス」と呼ばれ、1920年代後半にいくつかの異なる研究室によって独自に合成された。それは透明で 熱硬化性 (熱することで柔らかく形成することができ、冷却すれば凝固する)があり、たくさんの異なった商標をもつことでも知られている。「プレキシガラス」は最初の(ドイツの会社で、1930年代初頭にこの名前を思いついたRöhm & Haas AGに敬意を表する)商標の1つだったが、長年にわたって、それは「パースペックス」および「ルーサイト」を含むいくつかの異なった商標名で販売された。第二次世界大戦中は、飛行機の窓、 キャノピー(天蓋)、 およびタレット(機関銃や砲を内蔵した装甲塔)など、非常に多く使用された。透明度の高さ、寸法安定性および軽量であることが利点だ。プラスチックの1種であることから、それはまた従来のガラスに比べ、粉々になりにくくもある。

 近頃、アクリルガラスといえばヴィンテージのツールウォッチを思い浮かべる。しかし、それは全体の実像からは程遠い。贅沢と成功を象徴するある種の時計が、文字盤の上にプラスチックの一部に相当するものを装着していたと考えるのは、実際には素晴らしく理知的な選択なのだ。デイトジャストやデイデイトなどのロレックスの定番モデルには、何年も前からアクリルガラス製の風防が使われていたが、多くの人はそれらをツールウォッチとは考えていないだろう。皮肉なことに、常にサファイアクリスタルを使用する頂上コレクションとして、最初にそれを破ったのはデイトジャスト オイスタークォーツだった。

 サファイアクリスタルは、間違いなく今日の高級時計製造において最も一般的に使用される風防素材だ。それは硬度の高さから支持されている。モース硬度の基準では、全体的な硬さの面で、アクリルは3のレベル、サファイアは、9のレベルを記録する。特定の材料の硬さは、本質的に傷への耐性を指す。この点では、サファイアに勝ち目がある。あなたがダイヤモンドでサファイアクリスタルの表面をこすらない限り、その表面に傷を付けることはほとんどできないだろう。もちろん、稀に例外は存在する(これについては後述)。しかし、傷に対する耐性が高いということは、砕けやすいということでもある。ここで、アクリルガラスはサファイアクリスタルと同等の評価がなされる。

 例を挙げよう。私は説明用にアクリルガラスを使用した2つのヴィンテージ時計を選ぶ:マットダイヤルサブマリーナーとイエローゴールド無垢のロレックス デイデイト。1つは、堂々たるツールウォッチであり、もう1つは象徴的なステータスシンボルであるが、風防素材は同じだ。両方とも私にとって憧れの時計であり、スタイルの面ではそれぞれ異なる位置にあるものの、ともに「1つもっていれば充分」 な時計だ。どちらも現行モデルではサファイアクリスタルを使用しているが、では、なぜ私は、技術的に見劣りする傷がつきやすい古いモデルの方を好むのだろうか?

 まあ、一つには、傷には物語があるからだ。これはある種の言い古された言葉だと知っているが、やはり、真実だ。アクリルガラスは、ヘアラインのような無数の小さな傷がつく。最初のうちは間違いなく気になるが、その後徐々に、傷ができた状況を思い出し始める。しばらくすると、風防には傷や曇り、打痕などが残っていく。これらはすべて、時計がよく身に着けられた証拠だ。しかし、傷をつけたくない場合はどうすればいい? まあ、アクリルガラスはそれも可能だ。表面の傷を除去するための研磨剤が市場に出回っているし、それらは非常に安価だ。歯磨き粉のような粘り気があり、小さな布を使って時計に塗布し、こすると、浅い傷をすぐに取り除くことができる。

 研磨剤は、無数のヘアライン状の傷があるアクリル表面内に浸透し、傷やよごれを取り除くための結合剤として機能する。これは、とんでもないへまでつけた傷を修復する時に特に便利だ。私は爪やすりで時計の風防を磨く様なミスの話をしている。私が意味するのは......誰がそんなことをするのかって? これは純粋に架空の例だが、もしあなたがうっかりやってしまった場合、本当に風防に傷をつけることになることを知っておいてほしい。冒頭で言ったように、手首をうっかり壁にぶつけて塗装を剥がしてしまうケースもある。あなたの時計はひどく傷ついたように見えるが、爪でこすってなんとかごまかせる場合もあるだろう。

 アクリルガラスは時に試練にも耐えてきた。あなたが夢中になる軍用サブマリーナーも、時計には不可能と思われる戦場のあらゆる場合で利用されたし、それらには全てアクリルガラスが使われていた。デイデイトは、好意的に「プレジデント」と呼ばれているが、それはジョンソン、ニクソン、フォード、レーガンなどの歴代米国大統領の手首を飾ったからだ。彼らがその時計を身に着けていた時代、風防はアクリルガラスだったと信じていい。

 また、NASAが宇宙に行く時計を選ぶ際の主な基準の一つとして、風防ガラスが飛散しないことが必須だった。オメガは、アクリルガラス(ヘサライトと呼ばれているが)を搭載したスピードマスターを発売した。サファイアやミネラルガラスよりもアクリルの利点は、粉々になるのではなく、ひび割れる傾向があるということだ。時計が強烈な一撃を受けたとき、宇宙船の中にガラスの小さな破片が漂うのを避けることができる。

 私は何年もの間、自分の時計の価値と、その「壊れやすい」アクリルガラスを案じてきたが、ついに光が見えてきた。時に、無知は至福でもある。私は、時計の趣味以外をもっている人々をうらやみがちだが、それでも彼らが個人的に所有している時計を高く評価している。1つの事例を挙げると、私は父のサブマリーナーがうらやましいと思いながら育った。父は、どこでも何をするときでもその時計を身に着けていた。ジムで、芝刈りで、庭でもそれを着けていた。父にとって、その時計は道具だった。購入時は150ドルだったが、その後、高騰したにもかかわらず、父にとってはいまだに150ドルの時計である。風防に傷はあるか? 確かにあるが、厳しい精査にも耐え、依然としてしっかりと時間を教えてくれている。

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 このことを通じて、私自身の時計の身に着け方に気づいた。私が最も頻繁に身に着けている時計の1つは、同じようなアクリルガラスのサブマリーナーだ。それは道具として作られ、私もそのように使ってきた。アクリルガラス風防の時計を地面に落としたとしても粉々になることはないだろう? そこに本当の安心感がある。

 私は、新しい時計を購入するときに、視認性とその時計の風防がどう反射するかを考える。多くのブランドでは、直射日光から時計を守るために反射防止コーティングを施している。アクリルの場合、そのようなコーティングは必要無い。透明度が高く、紫外線に対する高い耐性を元来もっているからだ。アクリルガラスは、澄んだ海の中を覗き込むような感覚で、その下にあるダイヤルが常に歓迎してくれるように見える。

 あとは重さだ。アクリルは軽い。ヴィンテージウォッチは現代の時計に比べると軽量だが、その多くは風防に関係している。ヴィンテージ風の時計が普及するのに伴い、ドーム型やボックス型のサファイアクリスタルの開発も着実に増加しているが、その目的は、アクリルの効果を多少模倣しつつ、より硬く、傷に強い代替品を提供することにある。アクリルガラスには、外周に沿ってドーム型やボックス型のように外周が微妙な形をしたものがあるが、これは風防が文字盤の上で高さをもつことで、驚くほどの歪みが生まれるからだ。

 これはサファイアが悪いとか、劣っているとか、そういうことではない。私は完全にアクリルからのシフトを理解している。経年による光沢や傷のようなものは、時計を作る上での偶発的な、意図しない影響だ。ブランドが時計を作る場合、その時計は完璧で完成されたものでなければならない。白いマーカーが茶色くなったり、ダイヤルが酸化したり、風防に傷がついたりすることを想定して作ってはいるわけではないのだ。サファイア、セラミック、そして新しい(放射性物質が少ない)発光素材を使用することで、時計はいつまでもそのままの状態を保つことができる。私はサファイアクリスタルを使用した時計をもっているし、傷を恐れずにドアの側柱にぶつかっても良いと知っているのと同じくらい快適だ。

 先に述べたように、物事には常に例外がある。ほんの数カ月前、毎晩寝る前に10分間、時計を見つめるという儀式を終えようとしたとき、私はあることに気がついた。ダイヤル下方のサファイアクリスタル上に、薄く長いヘアラインのような傷がある。見る角度によってはわからないが、はっきりわかる角度もある。私は普段ダイヤモンドを身に着けないので、これがどうしてできたのか分からないが、お分かりのように、それが今日まで私を悩ませている。

 その時、私のアクリルガラスへの愛が固まったのだ。サファイアクリスタルに傷はつかないはずだが、ついた時に、それを除去するものが無いため、傷は永久にそこに残る。一方でアクリルは、よりロマンチックな方法で傷を受け入れる。確かに、ひっかき痕や切り傷が深すぎて研磨できない場合もあるが、その場合でも、戦場でついた傷のように、しっくり納まっている。

 このことから、何かを得ることができるとしたら、それは恐れを知らない(時計を身に着けることに関して恐れを知らないという意味で)大胆さのような感覚であってほしいと思う。私は、アクリルガラスの時計を身につけているときに、あの時計店のスタッフの言葉をよく思い出す。結局のところ、論より証拠ということだ。多くの時計は、その屈折したプラスチックガラスを通して多くのことを知らせ、物語を語る。身に着けることにそれ以上の理由はない。

Photos: Kasia Milton