最近、HODINKEEのコール・ペニントンは、ユリス・ナルダン フリークの新モデルたちをレビューしたが、そのうちの1本はフリークとしても奇抜な(freaky)ものであった。フリークSは、傾斜したダブルテンプ(フリークが伝統的な地板を持つといえるとしたら、地板に対して傾斜している)がディファレンシャル(差動)機構で接続されている。テンプは、時針としても機能するキャリアに取り付けられており、ふたつの脱進機を含む駆動輪列も搭載している。そのコメント欄で読者からひとつの時計にふたつのテンプを搭載する理由を問う質問があり、そこからこの記事を執筆するに至った。
ダブルテンプを持つ腕時計は、ふたつの振動子を持つ時計という大分類のなかの特殊なケースと考えることができるだろう。例えば、同じ長さの振り子を持つふたつの振り子時計が同じ棚に置かれていると、ふたつの振り子は互いに影響し合いながら振動し始める(通常、離れた振り子時計の一方の振り子は右に、他方は左に振られるのは、全体としてみたとき最もエネルギーが伝達されない状態であるため)。史上初の実用的な振り子時計を発明したとされるクリスティアン・ホイヘンス(Christiaan Huygens)は、1665年の書簡でこの現象を観察しているが、この原理を応用して時計を作ることはなかった。二重振り子時計を作った時計師としては、フランスの時計師アンティード・ジャンヴィエ(Antide Janvier)が知られており、彼とほぼ同時代に活躍したブレゲとともにいくつかの時計を作った。
ブレゲは、ふたつのテンプを備えた懐中時計の実験も行い、その様子を克明に記録している。ある時、共振効果について、“これは不条理に見えるが、実験によって千倍も証明されている”と書いている。
振動子が共振する時計は、振動子間のエネルギー交換により、一方の振動子の誤差が他方の振動子で相殺されるという発想が根底にある。
しかし、すべてのダブルテンプが共振効果を利用した構造になっているわけではない。それらのなかにはテンプをディファレンシャル(差動)機構で連結したものもある。これは、テンプの位置や調整が適切であれば、共振効果そのものではなく、平均化効果によって誤差が打ち消されるという考え方だ。
ディファレンシャル機構によって連動するダブルテンプを持つ現代的な時計の例として、おそらく最もよく知られているのが、フィリップ・デュフォーのデュアリティだ。デュアリティは1996年に発表され、私の知る限り、2つのテンプを搭載した最初の腕時計である。デュフォーによれば、テンプは片方がやや速く、もう片方がやや遅く振動するように調整されており、そのレート差を平均化すると、どちらかを単独で使用するよりも正確な振動速度が得られるという考え方である。確かに、この時計の動作は非常に美しく、非常に珍しいものだ。万が一、オークションに出品されることがあれば、数百万ドルの値札がつくことを予想される。2017年にフィリップスにて91万5000ドル(約1225万円)で落札された個体があるからだ。
もちろん、ふたつより多くのテンプを搭載することも可能だ。2013年、ロジェ・デュブイは、わずか9年前よりもずっと昔のように思えるが、かなり芝居がかった(あるいは気取ったと言ったほうがいいかもしれない)クアトゥオール(Quatuor)を発表し、ライターと腕時計のブランドイメージが最も乖離した、他ならぬジェイソン・ヒートンがHODINKEEで取り上げたことがあった。クアトゥオールには4つのテンプがあり、そのすべてがディファレンシャル機構で結ばれ、テンプは互いにケースの四隅に傾斜して配置される。テンプの傾きと物理的な間隔は、極端な速度変動が互いに相殺されるような平均化効果を生み出すためのものだ。
ふたつのテンプを使用する場合、テンプを互いに反対方向に傾けることで、歩度誤差に対する追加的な安全策となる。しかし、少なくとも理論的にはトゥールビヨンを搭載することで、より優位に立つことができるだろう。グルーベル・フォルセイがいい例だ。同社は今年発表の“ダブルバランシエール コンヴェクス”をはじめ、傾斜テンプのデザインを数多く手がけているが、ふたつのトゥールビヨンケージの中でふたつのテンプが回転する“クアドルプル トゥールビヨン GMT”のような時計も製造している。
そして、この話のきっかけである質問の発端となった時計がある。ユリス・ナルダンのフリークSは、ダブルテンプを搭載しながら、ダブルテンプ トゥールビヨンでもあるのだ。他のフリーク同様、振動子は1時間に1回ダイヤルを一周するキャリアに取り付けられており、分針として機能するからだ。
このテーマの他のバリエーションとして特筆すべきは、オーデマ ピゲのロイヤル オーク ダブル バランスホイールだ。こちらはテンプがふたつあるが、同軸上に配置されるため、独立して発振することはできない。それぞれのテンプは、内側と外側のピニングポイントが180°対向するように、各々ヒゲゼンマイを備えている‐これはふたつのテンプが真逆に振動することで、歩度の変化を打ち消す効果を狙った。
共振テンプはふたつのテンプを備えているが、その原理は異なる。その原理は、ふたつの同じ仕様のテンプとヒゲゼンマイを使用し、それぞれのテンプの振動数を近づけ、共振効果により全く同じ周期で振動させるというものだ。この場合、理論的な利点は、ふたつの振動子の速度を平均化することではなく、共振しているふたつの振動子の速度が、ひとつだけの場合よりも安定するはずだという事実によるものだ。
そのためには、いくつかの条件を満たさなければならない。まず、ふたつの振動子がともに同じ振動数であること。次に、それらが何らかの形で機械的に結合している必要がある。そして最後に、両者の日差がほぼ同じになるように調整される必要がある。ブレゲは、彼の懐中時計の開発過程において、テンプの日差は20秒以内でなければ共振効果が起きないことを発見した。
F.P.ジュルヌは、2000年に発表した“クロノメーター・レゾナンス”を、当初はサブスクリプションモデルとして発表した。私は当初、この時計に懐疑的であったが、ジョージ・ダニエル著『The Art Of Breguet』を読んで、ブレゲのレゾナンスウォッチに関する詳細な技術解説があり、ジュルヌもまったく同じ原理を踏襲していることに気づいた。
ブレゲは、テンプの機械的な結合が空気力学的な乱流によるものではないかと考えたが、実験好きな彼は、テンプの間に薄い鋼鉄のブレードを挟み、また、真空容器で共振時計をテストしてそれを確かめた。その結果いずれも共振効果を抑止することはできなかったことで、ブレゲは、テンプにかかる力は微小であるが、ヒゲゼンマイによってムーブメントの地板を通した横方向のエネルギーの伝達によってテンプが互いに結合していると結論づけたのだ。
ジュルヌは、ムーブメントの大きさも、エネルギーも懐中時計より小さいため、ブレゲよりも近い速度でテンプを調整する必要があることを発見した。その日差は5秒以内である。
現在、ふたつの振動子を機械的に結合させる方法はほかにもあり、そのひとつがヒゲゼンマイを機械的に結合させる方法で、この場合、ふたつの振動子に対してひとつのヒゲゼンマイとして実質的に機能することになる。この方式を採用した現代の時計としては、アーミン・シュトローム“ミラード・フォース・レゾナンス”が有名である。
私が知る限り、この方式を採用した数少ない例のひとつが、ビート・ハルディマンによる“H2レゾナンス・フライングトゥールビヨン”だ。
テンプがふたつある時計は、ほかにも数多く存在するが、一般的にこれらは高振動クロノグラフのバリエーションで、時刻表示用輪列のテンプとクロノグラフ用輪列のテンプが用意される(こうしたクロノグラフはクロノ輪列の駆動時間がかなり短いため、主ゼンマイが個別に用意されているのが通例だ)。共振時計とダブルテンプ‐ディファレンシャル機構は、まったく別の土俵にある。高精度計時のための型破りなソリューションの可能性を追求したものである。そして、多くの知的エンターテインメントと最高のエンターテイメントを提供するものでもあるのだ。
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