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International Watch & Jewelry Guild、通称“IWJG”は業界ツウのあいだでは広く知られた組織であり、世界77カ国から8400人以上のメンバーが集う団体である。同組織の公式ウェブサイトによるとIWJGは、「高級時計、ヴィンテージ時計、コレクターズピース、エステート(遺品の)ジュエリー、希少なダイヤモンドを取得、購入、販売、取引するための世界で最も活発な中央取引所」であるとされている。筆者の見解を述べるならば、IWJGのショーは時計業界における“グレーマーケット(並行市場)”の中心地であり、プレオウンドのロレックスが大量に並ぶ一方で、数カ月前に登場したばかりのキュビタスやポール・ニューマン・デイトナも同じ会場内に所狭しと並べられている。そして再販業者証明書を保有していれば、これらの時計を言葉巧みに交渉して購入することも可能である。
IWJGの会場となったのは、ヒルトン・マイアミ・エアポート・ブルーラグーンである。Image courtesy of Hilton.com.
IWJGのショーは年に10回ほどとほぼ毎月開催されている。世界各地の卸売業者が集まり、主に米国を拠点とするバイヤーに商品を供給している。筆者が目にした限りでは、香港や日本からも出展者が参加していた。バイヤーのなかにはInstagramやTikTok、オンラインストアを通じてエンドユーザーに直接販売するディーラーもいれば、大半は他の卸売業者に商品を提供し、独立系小売業者へと続く所有権の連鎖、すなわちグレーマーケットの流通網の一端を担っている者たちである。
おそらく、地元の宝飾店のショーケースに並んでいるプレオウンド(中古)の時計の相当数は、これらのブースを通過してきたものだろう。このショーの根本的な目的は、ある地域や国で売れ残った在庫を現金化したり、より流動性の高い商品に交換したりすることにある。
筆者がマイアミに滞在していたのは、オリジナル・マイアミビーチ・アンティークショーに出席するためであった(このヴィンテージにフォーカスしたショーについては後述する予定である)。その際、IWJGの事務局長であるジョー・ネルソン(Joe Nelson)氏から招待を受け、同ショーへの参加機会を得た。ここは通常、“プレス”や“メディア”が足を踏み入れる場所ではない。確かにブースでの取引の様子を撮影したYouTube動画を投稿する販売者もいるが、それは本質的に異なるものだろう。実際にショーに参加するためには、筆者自身も年会費を支払い、入場料を負担してメンバーになる必要があった。入場手続きを終えると、筆者に渡されたバッジには“buyer”と記されていた。この肩書きを手にするのは数年ぶりのことだった。書類手続きが完了したのち、入り口でふたりの武装した警備員に迎えられた。彼らからはショー内での撮影は一切禁止されていると告げられた。筆者は懇願したが無駄であったため、愛用のライカを受付に預けることとなった。
撮影機材を持ち込めなかったため、IWJGが公式に掲載可能なショーの写真を提供してくれた。Image courtesy of IWJG.
このショーは単なる“caveat emptor(カヴィアット・エンプター。売り手が商品の品質や状態に関して保証しない場合、購入者が自己責任でリスクを負う)”のマーケットではなく、IWJGのメンバーは28項目からなる相互契約に基づいて活動することが求められている。この契約のなかで最も重要とされる条項は、商品に関する透明性の確保(純正部品でないパーツやダイヤモンドは必ず開示しなければならない)、不渡り小切手に対する100ドルの手数料、そして合意した発送日を厳守することである。ジョー・ネルソン氏によれば、メンバーはこの規則を厳格に守らなければならないという。「IWJGは真のギルド(組合)だ。メンバーは常に誠実な姿勢で売買と取引を行うことが求められる」とネルソン氏は語った。仮にこれを守らない場合には、メンバーから選出された調停委員会が係争を解決することになっている。
メディア関係者としての参加に加え、“バイヤー”と記載されたバッジを付けていることから各ブースに近づく際には注意が必要だった。IWJGのメンバーは非常にフレンドリーであったが、買い手と売り手が取引する場であるというこの一点については明確だった。ただ同じ会場を社交の場として楽しむのと実際に取引を行うのとはまったく別の話であり、最終的に売り手は旅費を回収するための売上を求めているのだ。あるブースではいくつかの時計が展示されていたが、特にロレックス関連の付属品(古いボックス、説明書、クリーニングクロスなど)が目についた。売り手の頭上には彼の“拠点”を示すサインが掲げられており、それは中東の遠い国の名前が記されていた。そのブースが一時的に空いていたため近づいてみたところ、すぐに売り手の注意を引いたようだ。彼は素早く私のバッジを読み取り、「リッチ、今日は何を買いに来たんだ?」と尋ねてきた。「今日は買い物ではなく、実は記事のためにいくつか質問を――」と答えようとした瞬間、彼はすでに次の来訪者へと視線を移して「ジェフ、今日は何を買いに来たんだ?」と声をかけていた。
Image courtesy of IWJG.
だが、これこそがリアルな商談会の姿である。2日間のショーのはじめ数時間は特に重要な商談の時間であるため、ブースの売り手にとって買う意志のない訪問者に時間を割く余裕はない。それは理解できる話だ。
このショーの中心は現行モデルの取引であることは間違いないが、ヴィンテージの掘り出し物が見つかる場合があるし、少なくともそれを目にする機会もある。会場であるヒルトン・マイアミ・エアポート・ブルーラグーンのボールルームの反対側に、テキサス州エルパソから来た夫婦が運営する、少しフレンドリーな雰囲気のブースを見つけた。彼らの店舗であるエルパソ・ジュエリー・エクスチェンジ(El Paso Jewelry Exchange)はその立地条件を活かし、“新鮮な”ヴィンテージウォッチを売却のために直接持ち込めるという独自の強みを持っている。そのブースには、カルティエのネームが入ったロレックス Ref.1680 “赤サブ”と、ポール・ニューマン・デイトナが今回のショーでいち早く披露されていた。バルセロナから来たヴィンテージディーラーがルーペを手に取りデイトナを入念に検品していたが、15万ドル(約2360万円)という提示価格に対し、最終的には購入を見送って値引き交渉をすることなく次のブースへと向かっていった。
Image courtesy of IWJG.
数分後、筆者はHODINKEEの古くからの友人であり、かつてHODINKEE Radioにゲストとして出演したマイケル・ワイズバーグ(Michael Weisberg)氏に出会った。彼はある初期型のミルガウスを入念にチェックしていたところだった。時計業界において“ディーラー”という言葉は非常に広義で使われるが、ワイズバーグ氏の場合は単なるディーラーという枠を超えた真の専門家といえる人物だ。しかし彼が見ていたミルガウスには、少々不自然な点があり、売り手自身もそのことに気づいていなかった。ワイズバーグ氏は時計の購入を見送り、自身の意見を売り手に伝えた。その後、その時計はケースに戻されたが、誇らしげに文字盤を上に向けて展示されていた状態から文字盤を下に向けて控えめに戻されたのが印象的だった。その時計の行く末は売り手がその“一部不正確”なヴィンテージロレックスをどう扱うか考え直した後に決まるのだろう。
一方こうした個別のエピソードとは裏腹に、IWJGでは実際に活発な売買が行われている。筆者が香港のブースに近づいた際、販売者のショーケースの上には大量の時計が詰まったふたつの箱が置かれ、ほとんど商品が見えない状態だった。その売り手は「1時間ほどしてからまた来てほしい」と筆者に告げた。彼は、別のバイヤーとの取引でロレックスやカルティエの時計を数十本まとめて販売し、その請求書を作成している最中だったのだ。
Image courtesy of IWJG.
こうした状況を見ていると、このようなショーでどのようなブランドが人気なのか気になってくるのではないだろうか。少なくとも取引される時計の半数以上はロレックスであり、残りの大部分もカルティエが占めている。しかしそれだけではなく、ニッチで興味深い時計も出品されているのがIWJGの魅力である。ニューヨークの47丁目で活動するMidtown Watch Inc.のアリエル・シムノフ(Ariel Shimunov)氏も、息子のマイケルとともに毎年1月、冬のニューヨークから晴れ渡るマイアミへ足を運んではブースを構える常連である。
彼にとってブースを構える目的は販売だけではない。“奇抜で個性的な時計を探すこと”も重要な目的のひとつだ。シムノフ氏は47丁目においてそのような時計を扱う人物として知られており、マイアミでもニッチなプレオウンドウォッチを積極的に買い付けている。彼が狙うのはジェムセットされたフランク ミュラーや、ハリー・ウィンストンのプルミエール バイレトログラード、そしてジラール・ペルゴのスリー・ブリッジ トゥールビヨンといった珍しく個性的なモデルばかりだ。
Luxury Bazaarの創設者兼CEO、ローマン・シャーフ(Roman Sharf)。Image Courtesy of Luxury Bazaar/Roman Sharf.
グレーマーケットに参加している大物たちのなかでも、ひときわ目立っていたのがLuxury Bazaarのローマン・シャーフ氏である。筆者はこれまでにLuxury Bazaarが出展するほかのトレードショーにも足を運び、シャーフ氏やそのチームから実際に時計を購入したこともある。IWJGの会場のようにさまざまな時計が一堂に集まる場でさえ、同氏が取り扱う商品はひときわユニークだ。そのラインナップは現行のスポーツ系ロレックスの多彩なモデルからダヴィッド・カンドーのトゥールビヨンに至るまで、幅広い。何が売れているのかと尋ねたところ、シャーフ氏は即座に「ロレックスだ」と答え、少し間を置いてから請求書が作成されている数本の時計を指差してこう付け加えた。「それにランゲ、ブレゲ、あとHODINKEEのゼニス エル・プリメロ限定モデルもね!」。結局のところ、適正な価格さえ提示されればすべての時計は売れるのだ。
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