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March 06, 2021
Reference Points F.P.ジュルヌ トゥールビヨン全史(ジュルヌ本人による動画解説付き)
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Reference Points F.P.ジュルヌ トゥールビヨン全史(ジュルヌ本人による動画解説付き)

F.P.ジュルヌは不世出の天才時計師だ。彼の創り出すトゥールビヨンもまた至高の腕時計なのである。

フランソワ-ポール・ジュルヌほど魅力的な時計師はいない。彼は紛れもなく才能に溢れており、時計業界の重鎮にありがちな型通りの社交辞令を意に介さない天才肌の技術者でもある。これは、彼が実際には時計業界の重鎮らしくないからかもしれない - ジュネーブのダウンタウンにある自社工房の上層階の、他の時計メーカーとマーケティング部門や運営部門のマネージャーから離れた場所にF.P.ジュルヌ自身がデスクを構えている。彼は機嫌の良いときはチャーミングであるが、そうでないときには、厳しい態度をとることで知られる。彼の作品は、世界中のコレクターを熱狂させ、彼の次の作品を待ちわび、場合によっては目のあたりにする前に購入を決断させてしまうほどの革新的なものだ。F.P.ジュルヌは特別な人物であり、彼にとってはトゥールビヨンこそ特別な存在なのだ。今回の記事で、F.P.ジュルヌのこれまでの全てのトゥールビヨン作品を紹介する。そして、そのナレーションは?そう、フランソワ-ポール・ジュルヌ氏自身に努めていただいた。それではF.P.ジュルヌ トゥールビヨンの、本人による公式リファレンス・ポイントをお届けしよう。

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F.P.ジュルヌ創成期

 現代の時計市場に氾濫しているトゥールビヨンとジュルヌが創り出すトゥールビヨンがなぜ異なるのかを理解するためには、まずジュルヌ自身と時計製造の歴史を理解することが重要だ。ジュルヌは時計職人の名家出身ではない。父親は営業マン、母親は公務員だった;彼はフランスのマルセイユに生まれ育った;彼は14歳のときにマルセイユ時計学校に入学したが、学業的には成功しないことが明らかになった。あまりにも大声で頻繁に意見を主張したことで、2年足らずで退学させられたためだ。

16歳のときには、F.P.ジュルヌは故郷のマルセイユの時計学校を退学させられてしまったが、これは彼の性格が時計製造の分野では決して適性に優れるとはいえなかったからだ。

– 『F.P. JOURNE: THE FIRST 30 YEARS (F.P.ジュルヌ:最初の30年)』、キラン・シェカール(KIRAN SHEKAR)著

 退学になったことは、16歳のジュルヌにとっては最高の出来事となった - 彼はパリでアンティーク時計の修理店を経営していた、叔父のミシェル・ジュルヌのもとに引き取られた。叔父のもとに弟子入りしたフランソワ・ポールは、パリの時計学校に2年間入学し、卒業後は老ジュルヌのもとでフルタイムの仕事を始めた。

  叔父のミシェルは単なる時計修理屋ではなく、当時のヨーロッパではほんのひと握りしかいないアンティーク修復家だった。若き日のF.P.ジュルヌは、ジャンヴィエやブレゲのオリジナル作品に触れた。そして、ここで彼はその先数年の間に自分の時計の基礎を築いたのだった。

ジュルヌ氏が「師」であるジョージ・ダニエルズ氏に贈ったクロノメーター・スヴラン;テンプ受けのエングレービング(彫刻)に注目だ。

 しかし、ジュルヌにインスピレーションを与えたのは、彼の叔父や1800年代の偉大な時計師だけではない。ジョージ・ダニエルズ氏の著作、そして個人的な指導を受けたことが、彼の時計製作にインスピレーションを与えたのだ。ダニエルズ氏がいなければ、おそらくジュルヌは存在しなかっただろう。その代わりに、ジュルヌという名のパリの古美術修復家が存在していただろう。フランソワ・ポールはダニエルに感銘を受け、テンプのブリッジに特別なエングレービングを施した1本のクロノメーター・スヴランをダニエルに贈った。2011年にダニエルズが亡くなると、ジュルヌは追悼の手紙を書き、芸術的かつ非功利主義的な時計学の概念を広めたことを称賛した。

親愛なるジョージへ

あなたが時計業界の世界中の多くの人々に与えてくれたように、私のインスピレーションの源となってくれたこと、時計製作の道を歩む中で私に与えてくれた深い洞察力と絶え間ないサポートに感謝しています。あなたがいなければ、私の最初の時計を作り始めることはなかったでしょう。あなたは、間違いなくこの20世紀を代表する時計職人です。あなたが最初の時計を作り始めたのは、機械式時計産業がクォーツの登場により王座から引きずり降ろされた1969年のことでした。あなたはパイオニアであり、私たちに芸術の時計学、非功利主義的な時計学への道を示した最初の時計職人だったのです。スイス時計業界が灰の中から再建され、芸術的かつ革新的な時計を生み出したことで、あなたが正しかったことは証明されました。
  あなたは、現代の時計学の扉を開き、私たちに偉大な先達が成し遂げた壮大な時計学の伝統という真の時計製造と、イノベーションの精神への回帰の道を示してくれました。あなたは扉を開けてくれましたが、私は他の扉を開けるために後に続くことしかできませんでした。しかし、最も困難だったのは、間違いなく最初の扉だったことでしょう。ジョージ、私はあなたの友人であることを誇りに思います。あなたが私にもたらしてくれた全ての刺激とインスピレーションに心から感謝します。あなたがサムのために作ってくれた時計を見たとき、知らず知らずのうちに私の人生の道が刻まれ、1977年に初めて時計を作ることを決意しました。あなたの著作『The Art of Breguet』、『Watchmaking』、その他多くの作品のおかげで、私は辛抱強く自分の作業台で作る方法を学びましたが、あとはご存知の通りです...。ロンドン・アカデミーでの時計学会、オークション、バーゼルでの展示会など、私のキャリアを通じて何度もお会いすることができて幸運でした。ジュネーブの中心部にある私のマニュファクチュールを何度も訪問してくださったことは、大変光栄なことでした。

ありがとう、親愛なるジョージへ

-フランソワ-ポール・ジュルヌ

 この手紙は、2011年にダニエルズ氏の訃報を受け、ジュルヌがダニエルズ氏に宛てて書いたものだ。


史上初のF.P.ジュルヌ作の時計(やはりトゥールビヨンであることが判明)

 20歳のとき、F.P. Journeは最初の時計を作り始めた。これは、今日の若い時計師にとっては論理的な次のステップのように聞こえるが、70年代後半の時計製造のイメージは、今日にDVD制作の技術を学ぶのと同じようなものだったことに注意が必要だ。機械式時計は死にかけており、時計学校に通っていた人たちは、時計製造ではなく、せいぜい時計修理を教えられていた程度だったのだ。

1977年当時、若い時計技師たちは時計製造ではなく時計修理を教えられていたが、そのため、20歳の彼が自分の時計を作りたいという野心を抱いたのは、印象的というよりも衝撃的なことだった。

 ジュルヌの最初の時計は、トゥールビヨンとスプリングデテント脱進機を備えた懐中時計で、完成までに5年を要したが、ジョージ・ダニエルズの著作と叔父の指導だけで、全て自分の手によって完成させた。

1983年に完成したF.P.ジュルヌの最初の時計、トゥールビヨン懐中時計。

 ダイヤルに“F.P. Journe A Paris”の刻印が入ったこの懐中時計は、後述するトゥールビヨン腕時計のインスピレーションとなった。1977年に始め、1983年に完成させた最初の時計がトゥールビヨンだったことは特筆すべき点だ。スイス時計産業がかろうじて生き残っていた時代に、彼が選んだのがこれだったのだ。当時、市場にトゥールビヨンは全く存在していなかったため、彼はいわば自身への試練として課したのだった - 自分ができることを証明するためにトゥールビヨンを製作したのである。

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F.P.ジュルヌ初の腕時計(本人所有)-1991年

F.P..ジュルヌ初の腕時計は1991年に完成した。

 この最初の懐中時計の後、ジュルヌはヨーロッパのごく少数の愛好家のために、依頼を受けて高級懐中時計を完成させた。さらに、修復家として働いていたときにブレゲの3177番 - レゾナンス機構の時計に出会った - これは、現在の時計製造におけるのジュルヌの伝説のもう一つの要素のインスピレーションとなった。しかし、それはもっと先の話だ。

 1991年までに、ジュルヌは悪い前兆を理解していた。時計職人としてお金を稼ぎたいのであれば、懐中時計ではなく、腕時計にするべきだと。ここでご覧になる完全手造りのトゥールビヨンの腕時計(2016年初めにニューヨークで撮影)は、ルモントワール・デガリテ機構のトゥールビヨンを搭載した、まさにF.P. ジュルヌの最初の腕時計だ。

トゥールビヨンNo.1は、ブランドF.Pジュルヌよりも遥かに昔に作られた、まさに特別な腕時計だ。

 多くの点で、この時計は今日の F.P.ジュルヌ ブティックで見かけるトゥールビヨンと同じように見えるが、明確な違いがあるので、その点については後述する。この初代トゥールビヨン・スヴランは、1991年のバーゼルワールドに持ち込まれたが、彼の作品を発表した大手ブランドからはほとんど関心を示されなかった。唯一興味を持っていたのは、ギュンター・ブリュムライン氏だけだったといわれており、彼はIWCの125周年を記念して125本という驚異的な数のモデルを依頼したいと考えていたらしい。様々な事情により、この計画は実現せず、F.P.ジュルヌはプラチナケースにゴールドムーブメントを搭載したソリッドケースバックのトゥールビヨンを長年にわたり着用し続けた。時が経つにつれ、古い懐中時計のようなこの腕時計に興味を示すコレクターが増えていった。

ジュルヌ初の腕時計はケースバックからムーブメントを眺めることができない。

 1994年までに、ジュルヌはこのような腕時計を3本(顧客のために2本、自分のために1本)完成させ、友人のヴィアンニー・ホルター、デニス・フラジョレ(後のデベチューン社)と共同で設立したムーブメント会社「THA」を辞めて独立した。彼の有名な逸話として、紙ナプキンに4つの時計のアイデアを描き、それがモントル・ジュルヌの基礎となった。

トゥールビヨン№1には事実上、ダイヤルが存在しない。

F.P.ジュルヌ初の腕時計に搭載されたトゥールビヨンケージ。

 トゥールビヨン・スヴランの製作はまだ数年先のことだったが、1996年にはジュルヌは自身の複雑機構の工房を運営し、超高級ムーブメントを開発して大手企業に販売することになった。

豚に真珠を与えるのにうんざりしていたから

– 大手時計メーカーへの販売をやめることを決意したF.P.ジュルヌの心境を本人が語る(『F.P.ジュルヌ:最初の30年』、キラン・シェカール著より)

 しかし、独立系時計メーカーが世界的なブランドを支えていることに不満を感じたジュルヌは、すぐに自分の名を冠したブランドの立ち上げを計画し始めた。なぜ自分のブランドを立ち上げようと思ったのかと尋ねられると“豚に真珠を与えることにうんざりしていたから”と応じた。


トゥールビヨン・スヴラン・スースクリプションシリーズ-1999年

トゥールビヨン・スヴラン・スースクリプションシリーズ№9

 ジュルヌ指揮のもと実際のブランドを立ち上げることの可能性が年々高まっていく中で、フランソワ・ポールは、資金調達がなくしては、会社を存続させるために必要な数の時計を製作することができないことに気付いた。彼のアイデアとは?彼がブレゲから拝借したのは、支払いの50%を前金として徴収し、その代わりに彼が製作した最初の時計を提供するというものだった。

それぞれの時計のダイヤルに番号が付けられている...

ケースバックにも番号が付与されている。

 これらの時計はトゥールビヨン・スヴラン・スースクリプションモデルとして知られており、わずか20本しか製造されなかった。ダイヤルと裏蓋の両方にそれぞれ固有の番号が記載された。この時計は1991年の初代トゥールビヨン・スヴランと非常によく似ているが、裏蓋からムーブメントを眺めることができ、ダイヤルがあり、キャリバー自体が金ではなく真鍮製だ。このスースクリプション・トゥールビヨンは、今日のモントル・ジュルヌが最初に製造した時計だが、それでも通常製造品としてはカウントされないという意見もある。


第1世代トゥールビヨン・スヴラン (Ref.T)-1999年~2003年

初代トゥールビヨン・スヴランを腕に巻く。

 さて、ここからはジュルヌのトゥールビヨン・スヴランの核心に迫ろう。モントル・ジュルヌの最初の腕時計は、まさにトゥールビヨン・スヴランだった。この時計は1999年のバーゼルワールドで初公開され、コレクターの間で瞬く間に絶賛された。薄型で幅広のケース(38mm x 9.9mm)は非常に優れた装着性を誇り、Cal.1498手巻きトゥールビヨンは、1つの香箱から42時間のパワーリザーブを供給する。ダイヤル側には2つの大きな開口部がある-1分間に1回転するトゥールビヨンととルモントワール用の2つの開口部である。

初の真鍮製ムーブメントを搭載した、初代Ref.T。

 Ref.T("トゥールビヨン "の頭文字に因む)は、ルモントワール・デガリテ機構を搭載した初の量産モデルだ。これは、主ゼンマイと脱進機の間で動力の伝達システムとして機能する、永らく忘れ去られていた定力機構だ。ルモントワールはほどなくしてA.ランゲ&ゾーネ ツァイトヴェルクのようなWIS認定の腕時計にも採用されたが、ランゲとは異なり、ジュルヌは自分のトゥールビヨンにコンスタントフォース脱進機を搭載しているとは喧伝しなかった。ルモントワールは正確にはコンスタントフォース脱進機と異なるが(詳細についてはジラール・ペルゴのこちらをご覧いただきたい)、脱進機に到達するエネルギーがムーブメントのパワーリザーブ全体からロスなく伝達することを目的とする。1980年代初頭までさかのぼり、精度は、F.P.ジュルヌの作品との核である。しかし、彼は自分の作品に情緒と美しさも持たせたいと考えているがゆえに、トゥールビヨンを常に追求してきたのだ。

 Ref.Tは2003年末まで生産された。ケースは主にプラチナ製だが、ローズゴールド製もみられる。ムーブメントは真鍮製で、ダイヤルはイエローゴールド、ピンクゴールド、ホワイトゴールドの3種類。ケースのサイズは、後述するルテニウム製の限定モデルを除き、すべて38mm径だ。


トゥールビヨン・スヴラン ナチュラルデッドセコンド(Ref.TN) - 2003年~現在

珍しい翡翠ダイヤルのRef.TN。

 2004年4月にRef.TとRef.TN(トゥールビヨン・ヌーヴォーの頭文字)が発表されるまでの間に、ジュルヌは革命的な “クロノメーター・ア・レゾナンス”を含む6つの時計を発表していた。4年半の間に6つの時計を発表したが、この新しいトゥールビヨンは、素人目にもダイヤルの仕上げ以外にも違いがあることは明らかであった。実際、Ref.TからRef.TNに残されたのはトゥールビヨンケージの開口部だけで、それ以外は全て再設計されたとジュルヌは語っている。

ブラックレーベル トゥールビヨン・スヴラン。

 こちらのケースはいずれも38mm径か40mm径が用意されたが、小さい方のサイズは稀少だ。ムーブメントはゴールド製(Ref.Tのような真鍮ではなく)で、キャリバーナンバーはCal.1403だ。時計全体の厚みはわずか9.9mmだが、最も大きな変更点は、ダイヤル上の大きなトゥールビヨンケージのための開口部が1つだけになったことだ。かつての小さな開口部は、以前はルモントワール・デガリテの魔法を見ることができる場所だったが、ナチュラル・デッドビート・セコンド表示に隠された。パワーリザーブ表示は、ダイヤル中央に向かって傾斜している。

Ref.TNの動力源となるローズゴールド無垢の地板を使ったムーブメント。

 Ref.TNを支えるローズゴールド製のキャリバーは、Ref.Tの真鍮製のキャリバーよりもローズゴールド製の方がトランスパレントケースバックから見ても魅力的だ。Ref.TNが面白いのは、13年以上も前から変わらないことだ。ジュネーブ外のダイヤルメーカーを買収して以来、Ref.TNのダイヤルには無数のバリエーションが存在する。伝統的なゴールドダイヤルから、上のブラックラベルダイヤル、下のエングレービングダイヤル、フェラーリレッドダイヤル、さらにはグリーンジェイドダイヤルまで、溜息が出るほど多彩だ。

ダイヤルが彫金されたRef.TN。

フェラーリレッドのRef.TN。

 伝統的なホワイトゴールドとローズゴールドのダイヤルは愛好家にとっては最も興味深いものではないかもしれないが、この特別なダイヤルのトゥールビヨンの生産本数は少ない。

 Ref.TNは現在も生産されているが、F.P.ジュルヌは現在新しい派生モデルに取り組んでいるそうだ。まとめると、ケースは主にプラチナ製(ただしローズゴールド製も用意される)、ムーブメントはローズゴールド製、ダイヤルは標準のゴールド以外にも豊富なバリエーションがあり、Ref.TNのケースサイズは直径40mmだ。

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トゥールビヨン チタン(Ref.TT)-2008年

Ref.TTは、世界20本限定製作。

 2007年、ジュルヌは最初のブティック(東京)の3周年を記念して、Ref.TN初の限定モデルを発表した。つまり、この時計は特別なものであり、他のRef.TNとは異なるのは、独自のリファレンスを与えられたからだ-Ref.TTである。時計はチタン製で、それにはトゥールビヨンケージまで含まれる。合計20本のみが生産され、5本が世界中の4つのブティックに置かれた:東京、香港、ジュネーブ、ボカラトン。それぞれのTTには、ケースバックに販売元のブティック名が刻印された。


トゥールビヨン・ヒストリック(Ref.T30)-2013年

オリジナル懐中時計の30周年を記念して、ジュルヌはRef.T30を発表した。

 Ref.TNが生産されている間、ジュルヌはいくつかの限定モデルを製作している。その第一弾がRef.T30、つまり“トゥールビヨン・ヒストリック”だ。ここでは、上記の若き日のジュルヌ氏の最初の時計についての記述を参考にしていただきたい-それからじっくり時計をご覧いただきたい。ダイヤルとムーブメントの美しさの両方の点で、この2つの間には驚くほどの類似性があることに気づくだろう。この99本限定モデルは、30歳の誕生日を迎えたジュルヌ氏の、処女作へのオマージュとして製作されたからである。

Ref.T30はローズゴールドとシルバーのハーフハンターケースバックを採用している。

 ケースはシルバーとゴールド製で、ヒンジ式のギヨシェケースバックを備えている。針はブレゲスタイルのブルースチールを採用しており、少なくとも審美的な面で、時計に関する全てが、オリジナルのジュルヌの懐中時計に忠実である。

Ref.T30ムーブメントは、オリジナルの懐中時計のキャリバーの縮小版である。

 ハーフハンターケースバックの内側には、私にとって世界で最も美しいキャリバーの一つである、本当に驚くべき1分1回転のトゥールビヨンが収められている。他に類を見ないこのモデルは、初めて見たとき、驚嘆したほどだ。

 Ref.T30は99本限定で生産され、F.P.ジュルヌの最も忠実な顧客に直接販売された。発売時の価格は9万9000ドルだったが、フランソワ・ポールによると、これは彼の支持者への贈り物のようなものであった。現在のトゥールビヨン・スヴランの価格はかなり高く、彼は最高の顧客のために何か特別なことをしたいと考えていたそうだ。Ref.T30はそれぞれ直径40mm、ムーブメントはメッキされた真鍮製だ。


アニバーサリー・トゥールビヨン(Ref.T10)- 2013年

Ref.T10は30周年記念で作られたさらにレアな限定版だ。

 Ref.T30と同じ年に発表されたのが、“アニバーサリー・トゥールビヨン(Ref.T10)”と呼ばれる、さらに希少なトゥールビヨンだ。2013年にジュルヌの最初のブティック(東京)と世界で10番目のブティック(ベイルート)がオープンしたことを記念し"T10 "と呼ばれたこのモデルは、Ref.T30と非常によく似たデザインとなった。ただし、ケースはプラチナ製、ダイヤルはブラックとホワイト、キャリバーは真鍮ではなくローズゴールドを採用している。

Ref.T10のムーブメントはRef.T30と同じだが、真鍮製ではなくローズゴールド製だ。

 これらの作品はわずか10本だけ作られ、ジュルヌによると、各ブティックは、最高の顧客の中から3人を指名するように依頼され、30名の購入資格者が候補に挙がった。そこからさらに10人が厳選され、時計を購入することになった。新品時の小売価格は約13万ドルであった。


トゥールビヨン・スヴラン ブルー “オンリーウォッチ”出品作(Ref.TB) - 2015年

トゥールビヨン・スヴラン ブルーはジュルヌの大ヒット作だ。

 ここまでご紹介してきたジュルヌのトゥールビヨンは、年間生産本数が900本にも満たないスイス製マニュファクチュールにおける完全なるハンドメイドのトゥールビヨンということで非常に希少であるが、1983年に発表されたジュルヌの最初のモデルを除いては、他に類を見ないものばかりだ。トゥールビヨン・スヴラン ブルーと名付けられたこの特別なモデルは、まさにRef.TNを彷彿とさせる。

トゥールビヨン・スヴラン ブルーは、独特のダークカラーが特徴のタンタルケースを採用した。

虹色に輝くブルーのダイヤルは、クロノメーター・ブルーと同じだ。

 このユニークな時計は、Ref.TNと同じムーブメントを搭載しながら、タンタルケースとブルーのダイヤルは、ファンの多いクロノメーター ブルーから拝借したものだ。時計はそれ以上に複雑ではないが、間違いなく素晴らしい外観を持つ。オンリーウォッチがチャリティーオークションであることも相まって、本当に価値のある時計となっている。

手首に巻かれたトゥールビヨン・スヴラン ブルー、愛さずにはいられない。

 このRef.TBは、2015年11月にオンリーウォッチのフィリップスによって、なんと55万スイスフラン(掲載時で約65万5000ドル)で売却された。この時計は、オーナーであり、世界的なコレクターであり、時計愛好家の友人でもあるクロード・スフィア氏が、今回の撮影のために特別に貸し出してくれた一本だ。スフィア氏は、ベイルートのF.P.のジュルヌブティックを経営している人物でもあり、ジュルヌの熱烈な支持者の一人であることは間違いない。このユニークなトゥールビヨンを所有する人物としてこれ以上信頼に値する人間はいない。


トゥールビヨン アシェ(スティール4本セット中)-2015年

FPジュルヌ トゥールビヨン スティールセット(4本中)の一本で、単体では購入できないトゥールビヨンだ。

 2015年には、さらに1つ、極めて特別なジュルヌ トゥールビヨンが市場に登場したが、それは4本の仲間と一緒に登場した。F.P.ジュルヌは愛されてきた38mmケースを引退させることを決め、それを記念していわゆる "スティールセット "を発表した。本質的には、いくつかの生産中止モデルを復活させ、SS製のケースに収めたのだ。SSは確かにコレクターにとって魅力的であり、当時、この素材はジュルヌの最も高価な時計であるミニッツリピーターウォッチのためだけに予約可能であった。

ローズゴールドのムーブメントは、スチール製のケースによく映える。

38mmになると、このRef.Tの着用感は驚くほどだ。

 イエローゴールドのダイヤルとスティールケースに加えて、このモデルが特別なのは、他のモデルではローズゴールドのムーブメントを搭載していたのに対し、このモデルでは一度もローズゴールドのムーブメントを搭載したことがなかったからだ。そのため、このモデルは他のモデルと比べても、トゥールビヨンであることは明らかですが、コレクション性と重要性の点で他のモデルよりも優れているように思われる。スティール・トゥールビヨンは単体では入手できなかったため、このモデルの価格は他の4本のモデルと合わせて30万8200ドルと高額になった。

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F.P.ジュルヌ・トゥールビヨン収集のポイント

F.P.ジュルヌのトゥールビヨンを収集することには、まだ多くの潜在的な利点がある。

 私たちは通常、このリファレンス・ポイント記事で、歴史的に重要なニュアンスのある製造工程を持つ、コレクション性の高い製品群を紹介してきた。他のモデルと比較すると、ジュルヌのトゥールビヨンはそのような扱いを受けるのには比較的新しい存在だが、私は、これらの特徴はジュルヌのトゥールビヨンシリーズにも当てはまると考えている。実際、私は何の疑いも持っていない。

 これは、20年の間(モントル・ジュルヌ以前の時計を考えれば、それ以上の期間)に渡って、似たような時計はあまた存在する。私はまた、消費者に評価されるという点では、F.P. ジュルヌのトゥールビヨンはまだ黎明期にあり、長期的な価値という点でも、おそらくはまだ未熟であると考えている。2011年3月には、コレクターからの公開書簡を発表し、初期のジュルヌ・トゥールビヨンの歴史的重要性を指摘したが、初期のRef.Tを観察しても、価格はそれ以降ほとんど変わっていない。

“アクションイノセンス”に出品されたこのユニークなトゥールビヨン・スヴランは、2015年5月に35万スイスフランで販売された。

トゥールビヨン・スヴラン・ブルーは2015年11月に55万スイスフランに達した。

 しかし、私たちが見てきたのは、特別版やハイパー初期の腕時計への関心が爆発的に高まっているということだ。トゥールビヨン・スヴラン・ブルーは550,000スイスフランで、プロテニスの試合で実際に着用されるリシャール・ミルのトゥールビヨンに次ぐものであり、オンリーウォッチ2015の最終落札価格では史上最も高価な腕時計となった。上で見たパープルダイヤルのRef.TNもユニークな作品で、こちらは“アクションイノセンス”に寄贈されたもので、2015年5月に35万スイスフランで販売された

 もう少し詳しく説明すると、スースクリプション№9/20は2015年11月にオークションで26万9000スイスフランで落札され、スースクリプション№19/20は2016年5月に16万1000スイスフランで落札されている(時計の状態はかなり悪い)。それでも、新品の時にはその数分の一の価格- 約2万9000スイスフランで小売されていた時計としては、両方とも非常に堅調な結果となった。

 現在生産されている時計の価格や長期的な需要は、判断が難しいのだが、限定版とオリジナルのトゥールビヨンだけを見てみると、どれが本当に強力にプッシュできるか見えてくる。これまでのところ、10個のRef.T10トゥールビヨンのどれもが公に登場していない。グランドマスターチャイム(6本のうちの1本)が販売されていると聞いたことがあることを考えると、それ自体が何かを物語っている。確かに市場にはいくつかのRef.T30トゥールビヨンが出回っているが、それは99本の限定品だ。そして、現在、10万5000~12万ドルの間で販売されているのを目にするが、これは小売価格を超えている。仮にそれらが90年代並みの高値で販売されているとしても、それは現代の時計としては途方もない価値を保っているといるだろう。

ルテニウム・エディション・トゥールビヨンは、コレクションをスタートさせるのに最適なジュルヌ・トゥールビヨンの一つかもしれない。

 それでは、何が収集するために残されているのだろうか?私にとって、ジュルヌのトゥールビヨン・コレクションの楽しみは、Ref.Tを軸としている。2つのプロトタイプ腕時計のうちの1つ、または20本のサブスクリプションのうちの1つを購入することができないと仮定してみよう – それでも本当に夢中になることができる、多種多様な時計が選択肢に残る。

 収集が最も容易なRef.Tの中でも、標的はルテニウム限定モデルだ。このモデルのキャリバーは6時位置にオープンルモントワールを備えたCal.1483だが、見た目が大きく異なる。まず、ケース径が40mmだ。このサイズのRef.Tの時計はこれだけである。そして、真鍮製のムーブメントとゴールドのダイヤルは、両方ともルテニウムでメッキ加工されており、照明の角度で劇的に変化する美しく豊かなグレーの色調を提供する。

真鍮製のムーブメントとゴールドの文字盤には、ともにルテニウムコーティングが施されており、このリッチなグレーを演出している。

 ルテニウム・エディション・トゥールビヨンは99本生産された。2001年に生産されたこのモデルは、多くの人にとって、超初期Ref.Tに次ぐ、最も魅力的なトゥールビヨンとなっている。これらの時計はおよそ10万ドル前後で取引されており、実際にクリスティーズは2016年6月に最初のモデルを10万ドルで販売した

 ルテニウム製のトゥールビヨンは別として、初期の時計にはいくつかの異なる世代がある。これらの世代は、印刷の微妙な違いや、ほとんどの人が自分では気づかないような小さな隠れた特徴によって区別される。まず、ジュルヌのトゥールビヨンの年代を特定するのは非常に簡単だ。ケースの裏には「xxx/yy」と書かれている。ここでxは時計のシリアル番号、yは年号を表している。つまり、裏蓋に "202/01T "と刻印されたトゥールビヨンがあれば、これは202番目に製造されたトゥールビヨンであり、2001年に製造されたものであることが判明する。それだけシンプルなのだ。

初期型トゥールビヨンの四世代

今回Ref.Tの4世代を定義してみたい。その違いは下記のように特徴づけられる:

第1世代:ダイヤルに“Invenit et Fecit / F.P. Journe”とだけ書かれたサブスクリプションシリーズ、丸みを帯びたルモントワール機構。

第2世代:2時位置に "Remontoir d'Egalite "とプリントされ、丸みを帯びたルモントワール機構を持つ初期型Ref.T。

第3世代:ルモントワールは丸みを帯びているのではなく、フラットに変更 - これが一番わかりやすい判別法だ。ダイヤルのスクリューはかなり大きく残されている。

第4世代:文字が太くなり、ダイヤルのスクリューが小さくなる。

 些細なことのように聞こえるかもしれないが、これこそが時計収集の醍醐味なのだ。私の仲間であり、常に洞察力のあるSJXが、これらの初版についての素晴らしく詳細なガイドを作成した。ぜひチェックしてみて欲しい。

ここでおさらいをしてみよう - 下の画像のトゥールビヨンは第何世代だろうか?

このトゥールビヨンはどの世代に属していると思うか?

 第3世代と答えたあなた、正解だ。 フラットなルモントワールを採用しているが、ダイヤルのスクリューが大きい。この時計のシリアルナンバーは "100/01T "となっており、これは100番目、2001年に製造されたことを示している。ここでは、4世代全てを並べて違いが分かるように例図を下に示す。第2世代の時計はホワイトゴールドのダイヤルを持ち、斜めから撮影されているため、反射して見える。

第1世代

第2世代( @SteveHallock インスタグラムより引用)

第3世代

第4世代

 ご想像の通り、初期の時計であればあるほど、見つけるのは難しい。SJXはシリアルナンバーについて優れた洞察を提供している - 1-20は明らかにサブスクリプション(シリーズ1)だが、彼の記事によると、シリアルナンバー37の時点で既に第3世代だということだ。これは、実際には、第2世代のダイヤルはサブスクリプションよりも希少性が高いということを意味する。この話を調査し画像を引っ張ってくる中で、アンティコルムのデータベースからサブスクリプションの20/20番のストック写真を見つけることができたが、そこには第2世代の時計の写真はなかった。第4世代の時計は圧倒的に一般的で、比較的安価で入手可能だ。それでも、僅か350本のRef.Tの時計、そのうち99本のルテニウムが含まれることを考慮すると、8万~9万ドルの範囲で購入可能な時間はどれほど残されているか疑問に思わなければならないだろう。世代に関係なく、Ref.Tは、私にとっては、素晴らしく装着性に優れ、所有者に本当の意味での特別感と情熱を提供しているハイエンド時計の素晴らしい作品だ。ところで、ウィリアム・マッセナ氏が見せてくれたローズゴールドダイヤルの第3世代の時計を見て、全く新しい印象を抱かなかっただろうか?

希少なローズゴールドダイヤルの第3世代-ウィリアム・マッセナ所有。


リファレンス早見表

ここでF.P. ジュルヌのトゥールビヨン全モデルのための早見表を紹介しよう。この表は、これら素晴らしい時計の追求と研究を始める際に、大きな助けとなるはずだ。


Special Thanks

 このストーリーとビデオは、アメリカのモントル・ジュルヌ社のピエール・ハリミ氏、オプティミストコンサルティングのポール・ラーナー氏、そしてもちろんフランソワ-ポール・ジュルヌ氏自身の協力なしには実現しなかっただろう。その他の出典は、自費出版された素晴らしい書籍によるものだ。Kiran Shekar著『The First 30 Years』(お持ちでない方は必読)、SJXの初期のダイヤルの違いに関する素晴らしい投稿Felipe Jordaoの投稿はこちら


F.P.ジュルヌに関する参考文献等

クロノメーター・ブルーはトゥールビヨンではないが、その美しさは確かなものだ。

 F.P. ジュルヌは年間900本しか生産されていない小さなブランドだ。しかし、だからといって入手することができないという意味ではない。さらに、私たちはジュルヌの魅力についてのオリジナルの動画を用意したので、それらを振り返ることをお勧めする。タイトル下の動画をクリックすると、F.P. Journeの世界をより深く知ることができるだろう。