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Photos by Mark Kauzlarich
GPHGウィークへようこそ! この小テーマ連載で2024年のジュネーブウォッチグランプリ(GPHG)で入賞した時計のなかから、見逃しがちな4本を取り上げる。今回は、今年のジュネーブ時計グランプリで、GPHG審査員による年間最優秀時計に贈られるエギュイ・ドール(金の針)を受賞したIWC ポルトギーゼ・エターナル・カレンダーをご紹介しよう。
IWCは2024年、現代においてわずか3ブランドしか成し遂げていない偉業を達成した。ケースを一新したポルトギーゼシリーズのリローンチが発表されるなか、IWCはもっとも難解な複雑機構のひとつ、セキュラー・パーペチュアル・カレンダー、別名エターナル・カレンダーを生み出したと発表したのである。
月と年の長さが異なることは読者もよくご存じだろうが、その事実がカレンダーの様式を問わず複雑性を与えている。標準的なパーペチュアルカレンダーは、うるう年の調整と各月の長さを考慮する機構だ。1年が365.25日(4年ごとに調整が必要)であれば、これで問題はないだろう。しかし厳密には1年は365.2425日である。つまり、100、200、300で終わる年はうるう年ではなく、400で割り切れる年がうるう年になる。このため、標準的なパーペチュアルカレンダーは100年に1度、調整が求められる仕組みになっている。
Introducing記事であまり焦点を当てなかったことについて、ある程度の責任を認めねばならない。ただし、それは批判を招いた私の一般的な意見そのものではなく、その意見の表現方法と全体像を見落としていたことの両方に対してである。Watches & Wondersの期間中、何十本もの新作記事を書き、撮影をするなかで、IWC エターナル・カレンダーの外観について、無邪気な批評をしたつもりだった(単に私がポルトギーゼに興味を持たないだけかもしれないが)。この素晴らしい技術的偉業をもっと目立たせるために、より大胆で人目を引くデザインにできないかと思ったのだ。しかし、それを正確に判断するのは難しかった。この時計は展示会に間に合わせるため、ようやく完成したばかりで、限られた写真しかなく、実物を手に取る機会もなかったため、IWCが生み出したものの全貌を理解するのは容易ではなかった。
その思いは今でも変わらない(とはいえ、少しは印象がよくなった)。ただ、それをさらっと述べて次に進むのではなく、記事執筆を急ぐあまり、意図せず批判を長々と述べてしまったのだ。そしてこの時計は、結果GPHGで“金の針”賞を受賞した。本記事では、より思慮深く、審査員たちが何を評価したのかを改めて考える機会としたい。そして、彼らが見出したものはまさに圧倒的な出来栄えだった。
その偉業を成し遂げたほかのブランド
1985年にクルト・クラウス(Kurt Klaus)氏がデザインしたダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダーの発表以来、パーペチュアル・カレンダーはIWCにとって1980年代半ばから中核的な存在であり続けてきた。パテック フィリップを除けば、IWCほどカレンダーウォッチとの結びつきが深いブランドはほかに思い浮かばない。そのため、パテック フィリップがCal.89によって現代のセキュラー・パーペチュアル・カレンダーのコードを初めて解読したブランドであることは、驚くには値しない。
パテックは1972年、アメリカの実業家セス・アトウッド(Seth Atwood)氏のために製作したユニークピースの懐中時計にセキュラーQPを搭載し、複雑機構分野で最初の功績を残した。しかし、1989年のブランド創立150周年記念に際しては、Cal.89懐中時計に搭載された合計33のコンプリケーションに“復活祭の日付機構”を追加した(これは間違いなく、私がこれまでに見たなかでも最も素晴らしい時計のひとつだ)。さらに、この時計にはミニッツリピーター、グラン・ソヌリ、プチ・ソヌリ、スプリットセコンドクロノグラフ、均時差表示、恒星時、日没・日の出表示、季節表示、分点・至点表示、黄道帯表示、そして復活祭表示(570万年に1日の誤差)などが搭載されていた。その圧倒的な複雑さと重量感は、まさに驚嘆に値するものだった。
In-Depth: パテック フィリップ キャリバー89には今、修理が必要だ - 時計学におけるイースター問題
パテック フィリップがセキュラー・パーペチュアル・カレンダーをつくったのは確かだが、だからといって、特別な調整なしで何でもできるわけではない。2017年の“イースター問題”に関するこの記事をチェックして欲しい。
次に登場したのはスヴェン・アンデルセン(Sven Andersen)氏だ。彼はパテック フィリップのグランドコンプリケーション工房で熟練の技を磨き、1980年に自身のブランド、アンデルセン・ジュネーブを設立した。アンデルセン氏は実際にCal.89の開発に相談を受けたが、ほどなくして腕時計に応用可能な、よりシンプルなアプローチを模索し始めた。そして1996年、ウォッチメイキングの新たな時代を切り拓く成果を発表した。
Cal.89から始まり、アンデルセンを経てセキュラー・パーペチュアル・カレンダーを達成した次の人物は、アンデルセンの工房で修行を積んだフランク・ミュラー(Franck Muller)氏である。2007年に発表されたエテルニタス メガ 4によって、彼はその名を歴史に刻むこととなった。それは単にセキュラー・パーペチュアル・カレンダーを実現しただけではない。36もの複雑機構を搭載し、腕時計という枠組みで当時世界でもっとも複雑な時計を製作したことで、パテック フィリップを凌駕した点が高く評価されたのだ。
この希有なランクに加わった最大のサプライズは、今年初めにOnly Watchのために製作されたファーラン・マリのセキュラー・パーペチュアル・カレンダーである。これは、ムーブメント設計の巨匠ドミニク・ルノー(Dominque Renaud)氏と若手時計師ジュリアン・ティシエ(Julien Tixier)氏の技術設計と計画によって実現した。ブランドの歴史が浅いことに加え、カレンダーモジュールがわずか25個の部品で構成されていることから、私は非常に驚かされた。この時計はまだ一般販売には至っておらず、このような驚異的で手頃なムーブメントを広く普及させるための最後のステップが残されている。
そこでIWCの登場だ。市販品として提供されるモデルである。大口径ながらも実際に着用可能だ。そして、伝説の時計師クルト・クラウス氏が究極のパーペチュアルカレンダーを目指して始めた、伝説的な遺産の最後の一歩を担うモデルとして位置付けられる。
IWCの永遠の偉業
IWCがエターナル・カレンダーで成し遂げたことは、いくつかの点で非常に興味深い。まずは技術的な側面から見ていこう。
IWCが設計したすべてが、通常のパーペチュアル・カレンダーとほぼ同じケースサイズに収まっている。わずかに幅広で厚みが増した程度だ。プラチナケースの直径44.4mm、厚さ15mmというサイズは、手首につけると確かに重みを感じる。それでもフランク・ミュラー(あるいはパテック、こちらは両手でしっかり持つ必要がある)に比べるとはるかに実用的につけやすい。だが本当に重要なのはその内部だ。IWCはその正確性を称賛されているが、それをどのように実現したかは、その成果に劣らず興味深い。
IWC自社製ムーブメントのCal.52460は、クルト・クラウス氏が設計した標準的なパーペチュアルカレンダーに比べ、わずか8つの部品を追加するだけで、ほかではほとんど成し得なかった方法で高精度から超高精度へと進化を遂げた。たった8つの部品だ。ある意味で、そのシンプルさゆえにこれまで実現されていなかったことが不思議に思える。しかし、実際には何十年にもわたって数多くのバリエーションが試行されてきた結果なのである。ダイヤルの4時位置にある開口部から覗けるのは、この偉業を可能にしたカムとマルタ十字システムだ。この技術は、製造上の課題が多かったため、10年前には実現不可能だったとチームは語っている。時計製作を可能にするツールにどれほどの恩恵を受けているかを、私たちはつい忘れてしまう。
パテック フィリップは、セキュラーカレンダー機構を実現するために、はるかに複雑なシステムを構築した。12カ月のカムとマルタ十字システムを使用して2月問題に対処し、そのあとこの期間の2月を無効化するレバーを用いながら、400年ごとにカムに接触するシステムを作り、スキップが必要な3世紀分の動作を複製した。フランク・ミュラーのエテルニタス メガも同様に非常に複雑で入り組んだ仕組みだった。一方で、ファーラン・マリの試みはもう少し斬新でシンプルだった。しかしIWCの単純明快さには遠くおよばない。
クルト・クラウス氏が設計したエターナル・カレンダーのベースムーブメントは非常に堅牢だ。約40年にわたる改良の積み重ねに支えられており、改造するには理想的なムーブメントと言える。オンラインで見つけた特許(スイス特許CH 718 699 A1)の画像から、彼らがどのように改造を行ったのか、その手がかりを得ることができた。
通常のパーペチュアルカレンダーの周期を制御する48カ月のカムはそのまま維持されている。減速用のマルタ十字が、400年ごとに回転するセキュラーカレンダーカムに接続されている(2万8800振動/時で動く時計のなかで、これほどゆっくりと回転する部品を作り上げたこと自体が驚嘆に値する)。バネに取り付けられた尖った部品がこのセキュラーカレンダーカムにスライドして出入りすることで、カレンダーの精度を保つ仕組みだ。このシステムのシンプルさは、信頼性の高さと製造の容易さにもつながっている。そう遠くない将来、このモデルのより手ごろな派生モデルが登場する可能性がある。
ムーンフェイズの高い精度は、スーパーコンピューターが22兆通りもの歯車比と歯車配置の組み合わせをテストした結果、4500万年以上の精度を実現したおかげである。IWCはスーパーコンピューターのおかげで多くの解決策を得たが、そのなかからこの方法を選択し、エターナル・カレンダーにおけるさらなるイノベーションや派生型の可能性を残す結果となった。
さらにリューズで全機能を設定できるという技術的に画期的な特徴も見逃せない。この時計は、日付と時刻がすべて完全に同期しており、ブティックで受け取った後は、ムーンフェイズがどの位置にあるのかを気にする必要がない。“禁止時間帯”(理想的には午前4時以降)を過ぎていれば、リューズを1段引き出して、日付を進めることができる。このとき日・月・年・ムーンフェイズがすべて同期して調整される。
最後に、IWCがどのように価格設定を行ったかは興味深い。前回、Cal.89がオークションに出品されたときの落札予想価格は650万~1000万スイスフラン(当時の相場で約6億8350万~11億3920万円)だったが、落札には至らなかった。フランク ミュラーのエテルニタス・メガ4は270万ドル(当時の日本円定価は3億6396万円)だった。しかし驚くべきことに、スヴェン・アンデルセンの個体(製造数は100本以下)は過去に1万5000スイスフラン(当時の相場で約158万円)以下で取引されており、ファーラン・マリはOnlyWatchで2万~3万スイスフラン(当時の相場で約310万~470万円)という妥当な見積もりを設定し、市販を想定した価格を予告している。
IWCのエターナル・カレンダーが15万スイスフラン(日本円で約2500万円)と発表されたとき、私はややショックを受けた。確かに、IWCの最近の価格としては間違いなく最高値の部類に入るが、過去15年間でもっとも高価なIWCというわけではない(その点については、2012年に発表された75万ドル、日本円で約1億1300万円のIWC シデラーレ・スカフージアを参照されたい)。標準的なポルトギーゼ・パーペチュアル・カレンダー(アーマーゴールド製が693万円、ホワイトゴールド製が710万6000円、ともに税込)と比較すると、大幅な値上がりである。しかしプラチナケースが付属する点を考えれば、この価格は軽く見られるものではない。ましてや、これはセキュラー・パーペチュアル・カレンダーなのだ! これはかなりすごいことだ。エターナル・カレンダーは、本稿執筆時点で13万5000ドル(日本円で約2019万円)と18万7000ドル(日本円で約2797万円)の2本がオンラインに掲載されており、誰かが市場の観測気球を上げているように感じられるが、頻繁に目にする時計ではないことは確かだ。
二次流通市場の価格はさておき、IWCが現代において初めて量産されるセキュラー・パーペチュアル・カレンダーを、メジャーブランドの市販品として比較的適切な価格で実現したことは、称賛に値すると考える。シャフハウゼンにあるIWCの工場は、アンデルセン・ジュネーブやファーラン・マリでは実現不可能(あるいは実現したくない)な大規模かつ最新鋭の施設であり、これによって、今後長いあいだもっともシンプルで効率的、かつ商業的に成功が見込まれる高級セキュラー・パーペチュアル・カレンダーとして、より多くの本数を生産できるだろう。
批評
ここからは個人的な好みの話になる。IWCのエターナル・カレンダーは、この数カ月で私の印象を少し変えた。実際に手に取ってみると(友人であるジャスティン・ハスト氏の動画を含む、さまざまな手首につけてみると)、フローティングガラスのインダイヤルには、独特の軽やかな質感がある。それがさらに強調されているのは、ダイヤル自体がガラス製であり、その下にホワイトラッカーが塗られ、ドーム型サファイア風防に沿うようにカーブしたエッジが独立しつつもシームレスに一体化されているためだ。ケースのダブルドーム型サファイア風防とエッジ・トゥ・エッジのベゼルレスデザインが組み合わさることで、斜めから見るとこの時計は驚くほど立体的な印象を与える。
とはいえ審美的な観点から、この時計が今年1番のお気に入りだとは正直言えない。ほぼ完全なモノトーンを選んだことで、この時計はやや平坦な印象を受ける。また白地にガラスとシルバーの針という選択も、視認性が特に重視されたデザインとは言いがたい。IWCの写真ではより立体感があるように見えるが、実際に手に取った際にはそう感じなかった。
IWCのほかのパーペチュアル・カレンダーのラインナップとは確かに外観が異なる。しかし、技術的な偉業で大ホームランを放ったのであれば、その美しさとデザインが見る者の心に強い衝撃を与えるような時計であって欲しいと感じる。ムーブメントの仕上げも、超高級時計の最高峰が持つ技術的な到達点に迫るというよりは工業的なものだ。だがハイエンドな手作業仕上げに重点を置かなかったことで、IWCはコストを大幅に抑えることに成功しているのだろう。
私だったらどうするかなんてまったく見当もつかないから、こう言うのは少し不公平かもしれない。私がデザインしたらきっとひどい時計になっていただろう。ブルーのラッカーダイヤルなら、もっと目を引いたかもしれない。ホワイトダイヤルにブルーのインデックスと針を合わせれば、もう少し印象がよくなったかもしれない。でも、それが正解かはわからない。ただひとつ確かなのは、ゴールドケースに黒曜石のようなブラックダイヤルを合わせることで、この時計が新たな次元へと引き上げられるようなパンチ力を持つということだ。
エターナル・カレンダーやポルトギーゼライン全般を愛する人は多い。もし、大きめで人目を引くドレッシーな時計(複雑機構の有無を問わず)を求めているなら、このモデルは市場で最適な選択肢のひとつと言えるだろう。個人的には、手ごろな価格のスプリットセコンドクロノグラフやパイロットウォッチを選ぶ際には、やはりIWCを第一候補に挙げる。しかし、ポルトギーゼコレクションは現在のIWCの屋台骨を支える重要な柱のようだ。ポルトギーゼコレクションの改良や調整が進むなかで、エターナル・カレンダーはハロー(光背)効果をもたらすモデルとしての役割を果たしていると言える。さらにこのモデルは、ポルトギーゼ全体が依然としていかに優れた時計であるかを改めて示している。
IWCがリューズで簡単に設定できるようにしたのは素晴らしいことだ。ムーンフェイズの精度はカレンダー全体と連動しているため、心配する必要はないだろう。ただし、IWCのほかのカレンダーと同様に、エターナル・カレンダーで実際の日付を通り越して進めてしまった場合は、時計を置いて7日間のパワーリザーブが切れるのを待ち、それから再び設定し直す必要がある。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のマーティ・マクフライとは違い、私たちは時間を巻き戻すことはできない。しかし、それは小さな代償なのかもしれない。
どちらかと言えば、エターナル・カレンダーは私にとって学びのきっかけとなった。この時計を必ずしも好ましいと感じていなくても、ほかの人々が同じように感じるとは限らないということを思い出させてくれたのだ。私の仕事は、やたらとポジティブになることでも、ブランドの代弁者になることでもない(ただし、なるべく自分が素晴らしいと思ったものについて書くようにはしている。悪意を持ってネガティブなことを書くのではなく、世界にはよいものが多すぎて、あえて批判的になる必要はないからだ)。とはいえ、もし批判があるなら、それを思慮深く伝えることが私の責任である。
エターナル・カレンダーは、IWCだけでなく時計業界全体にとって記念碑的な偉業だった。さらに注目すべきは、IWCがそのルーツや歴史、そしてクルト・クラウスがブランドに与えた影響に忠実でありながら、この難題を解決したという点だ。その結果、IWCは多くのブランドが憧れる殿堂入りを果たした。GPHGでの受賞には心から敬意を表したい。彼らが次にどんな挑戦をするのか、今から楽しみでならない。
IWC ポルトギーゼ・エターナル・カレンダーについての詳細は、IWCの公式サイトをご覧ください。
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