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In-Depth A.ランゲ&ゾーネ 初代ダトグラフを知る

現代の時計製造の深淵を覗いてみよう。

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1999年に発表されたA.ランゲ&ゾーネのダトグラフの登場が、クロノグラフムーブメントの進化の中でも最も重要な出来事の1つとなったのは、当時クロノグラフの進化がほとんど見られなかった時代に発表されたからである。ダトグラフはすぐに自社製ハイエンドクロノグラフムーブメントの基準を引き上げ、それ以降、多くのブランドから自社製高級クロノグラフムーブメントがリリースされたが、ダトグラフは他のクロノグラフを評価する際の基準としての地位を確立している。

正面より裏側から眺める方が、間違いなく美しい。

 A.ランゲ&ゾーネは、1994年にグラスヒュッテで再建されると、すぐに名声を獲得した。その5年後に発表されたダトグラフは、時計界のレジェンドであるフィリップ・デュフォーからバスケットボールのアイコンであるマイケル・ジョーダンまで、多くのコレクターをランゲの世界に引き込むほどの話題を呼んだ。

 ダトグラフを身に着けて操作すると、その感覚はあなたの心に焼き付き、すぐにその魔法にかかってしまうようだ。2013年にHODINKEEのベン・クライマーがフィリップ・デュフォーの工房を訪れた際に、ベンに請われて彼が金庫からダトグラフを取り出した理由は、ダトグラフがもつエモーショナルなインパクトとその卓越性にあったからだろう。ベンは次のように記した。「彼は自分でお金を払って購入したのだが、それを臆面もなく賞賛している。彼は、この時計が特別なのは、ムーブメントの構造、仕上げ、デザインに見られる付加価値の高さだと言う。ジュウ渓谷の偉大な息子の一人が、世界で最も優れたクロノグラフはドイツ製だと言っているのは、多くのことを物語っている。ランゲもこの太鼓判を重く受け止めているようだ。数年前に、私がランゲのマニュファクチュールを訪れた際に、デュフォーがランゲの仕事を高く評価していることが、彼らの自慢話の1つとして語られたからだ」

ランゲ ダトグラフをプラチナブレスレットで身に着けるマイケル・ジョーダン(左)。オリジナルはInstagramアカウント@nicoloyによる。画像提供:Getty Images

 そしてもちろん、2002年には、マイケル・ジョーダンが初代ダトグラフのプラチナブレスレットを身に着けている姿が目撃された。

Lange

インスピレーションと進化:劇場の掛け時計からクロノグラフまで

 発表以来、この時計はダトグラフ・パーペチュアル、ダトグラフ・パーペチュアル・トゥールビヨンに加え、ダトグラフ・ルーメンと、より複雑なスケールをもつ派生モデルの1815クロノグラフ(2004年)、ダブルスプリット(同じく2004年)とトリプルスプリットなど多くのファミリーを抱えるシリーズに成長した。これらのモデルに共通するのは、クロノグラフのサブダイヤルを一般的な2レジスターのクロノグラフが3時と9時位置にレイアウトするのに対し、4時と8時位置に配置していることだ。

ランゲとダトグラフのトレードマークである特大のデイトウィンドウ。

 その理由は、想像以上にずっと前に遡ることができる。ダトグラフは、フライバッククロノグラフにビッグデイトを搭載したモデルである― 時計の名前は「デイト」と「クロノグラフ」の合成語に由来する。ランゲが復活した際には、ビッグデイトが特徴的な複雑機構となっていた(通常のカレンダーよりもはるかに複雑で、60以上のパーツを搭載する)。ドレスデンにあるゼンパー歌劇場の5分時計(デジタル表示)は、ランゲ1のアウトサイズデイトのアイデア源として世界的に有名だ。しかし、もっと密接な所縁もある。1841年4月13日に設置されたこの5分時計は、ヨハン・クリスチャン・フリードリッヒ・グートケスの工房で製作されたもので、当時の弟子には、後にA.ランゲ&ゾーネを創業するフェルディナンド・アドルフ・ランゲが在籍していた。また、F.A.ランゲはグートケスの義理の息子となった。

ドレスデン・ゼンパー・オペラにあるグートケスのデジタル5分時計。2015年ドレスデン訪問時

 このモデルには、ランゲ自社製フライバック・クロノグラフCal.L951.1が搭載されている。このモデルが登場するまで、長年にわたり、クラシックな最高級クロノグラフムーブメントの開発はほとんど行われていなかったわけだ。私たちは「高級時計」が「自社製」と同義であることを当たり前のように考えているが、歴史的にはそうではなかった。例えば、パテック フィリップの最初の自社製クロノグラフムーブメント、Cal.CH R 27-525 PSは、2005年にようやく導入されたばかりだ。その後、1973年に発表されたバルジュー/ETA7750のように、より広く生産されたキャリバーの開発が行われ、もちろん、1969年には、初の自動巻きクロノグラフキャリバーが登場した。
 また、1987年に発表されたフレデリック・ピゲの極薄クロノグラフキャリバー1180と1185も忘れてはならない。しかし、主にハイエンドメーカーは、レマニアのようなクロノグラフ専門メーカーから供給されたキャリバーに依存していたのだ。ロイヤル オーク オフショアはその一例で、1980年代から1990年代、そしてそれ以前の時代の慣行を踏襲した。このモデルは、ジャガー・ルクルトのCal.889をベースにデュボワ-デプラ社のクロノグラフモジュールを搭載したムーブメントだった。

サブダイヤルは4、8時位置にレイアウトされる。

 これは時計製造史の大部分で一般的に行われていたが、1990年代になると、自社製ムーブメントを好む傾向が強まり、ムーブメントを自社生産していることが差別化されるようになった。機械式ルネッサンス時代の最初の自社製ハイエンドクロノグラフムーブメントは、スイスではなく、ザクセン州にあるドイツの静かな町で生まれたのだった。


ダトグラフの技術的・審美的進化

A.ランゲ&ゾーネ Cal.951.1

 ダトグラフの最初の構想は、1990年にウォルター・ランゲと共にランゲを再興した伝説的な人物ギュンター・ブリュームラインと、当時の製品開発ディレクターであるラインハルト・マイスとの間で生まれた。ランゲのCEOであるヴィルヘルム・シュミットは、「ダトグラフのコンセプトが文字盤から始まったことを知っている人はほとんどいません。特大のデイト表示と2つのサブダイヤルを正三角形に配置するというアイデアは、ギュンター・ブリュームラインのクリエイティブ・ミーティングの中で生まれました」

 これが彼の意図であったかどうかに関わらず、ブリュームラインはサブダイヤルを慣例的な3、9時位置から下に下げる方向性を確立することで、ダトグラフのデザインがコピーされることを防いだ。それは同時に、伝統的な水平クラッチ式のコラムホイールの仕様を見直さなければならないことを意味した。

Cal.L 951.1(分解図)

 デザインの方向性に合わせてムーブメントを設計するという問題は、ランゲの技術者であり、ムーブメントデザイナーでもあるアネグレット・フライシャー氏の手に委ねられた。彼女は時計愛好家に広く知られているわけではないが、ランゲのコレクターの間ではお馴染みの名前である。そのフライシャー氏はVEBグラスヒュッテ・ウーレンベトリーベでキャリアをスタートさせたが、久しぶりにランゲが復活すると聞き、すぐにそのポジションに応募し、採用された。後に発表されたダトグラフ Cal.L951.1は、彼女の最も初期のプロジェクトのひとつで、時計学への貢献のひとつであることはよく知られている。しかし、ランゲで過ごした年月の間、彼女はムーンフェイズからダブルスプリットまで数多くを手掛けた。

'99年のランゲのオリジナルカタログでは、L951.1の分解図が掲載された。

 ランゲによると、L951.1を設計するうえでの主な問題点は、サブダイヤルの配置がデザイン的に決められていたため、その配置を中心にムーブメントを構成しなければならなかったことだという。アネグレット・フライシャーは次のように述べている。
「スモールセコンドとミニッツカウンターの針を運ぶ軸を、アウトサイズデイトのユニットディスクに非常に近い位置に配置しなければならず、クロノグラフ機構を配置するスペースが少なくなってしまうことが難点でした。アウトサイズデイトと2つのサブダイヤルの位置が正三角形を描くように配置するというアイデアは、ギュンター・ブリュームラインと元製品開発ディレクターのラインハルト・マイスとの間で生まれたもの。文字盤のレイアウトは、メカニズムに適合するためのソリューションを見つける前に、最初に決定されたことはここで言っておくべきことでしょうね」

ランゲ&ゾーネのアネグレット・フライシャー女史は、L951.1.1の設計技術者として活躍した(他にも実績多数)。

ダトグラフ・ムーブメントのクロノグラフ部品。(左)クロノグラフの駆動ギアとリセットアクション、(右)インスタント・ジャンピング・ミニッツカウンター操作時の作動図。

 標準的なクロノグラフ機構では、ミニッツカウンターは1分が経過する直前に動き始め、1分が経過すると所定の位置にパシッと移動する。しかし、L951.1では、クロノグラフの分針は1分が経過する瞬間まで動かない。これは、クロノグラフの分針に取り付けられたカタツムリ型カムによるものだ。このカムは、貴石でできた先端のレバーによって作動し、ミニッツカウンターがゼロを通過した瞬間に押し出される仕組みをもつ。このメカニズムについて、フライシャー氏は次のように述べた。

 「この原理は既に知られていて、懐中時計では実現していましたが、小型の腕時計では初めてのことでした。当時は、星形ホイールロッカーで作られたゆっくりとジャンプするミニッツカウンターを搭載したクロノグラフしかなかったのです。瞬間的に分送りするミニッツカウンターは、計測された時間を確実に読み取ることを保証するユニークな機能で、だからこそ精度を高めるというランゲの野心に沿ったものとなっているのです」

 最終的に完成したのは405個の部品で構成されたムーブメントで、全体の直径は30.6mmだった。技術的な面白さもさることながら、このムーブメントは視覚的にも楽しめるものとなっている。フライシャー氏は、歴史的な懐中時計のクロノグラフムーブメントからインスピレーションを得て、このムーブメントの審美性に貢献したとHODINKEEに語った。もちろん、緻密にポリッシュ仕上げされたスティール部品、鏡面仕上げされたゴールドのねじ込み式シャトン、青焼きされたネジやムーブメントの随所にセットされた宝石の鮮やかな色彩と対照的に、ジャーマンシルバー製のブリッジやプレートからも、ランゲ独特の風格が感じられる。このムーブメントは驚くべき立体感を備えており、ミニチュア・メトロポリスのようだと形容されることもあるほど、上から見るとまるで微小な都市を見下ろしているかのように錯覚する。

 このムーブメントはトップクラスの技術的な成果であると同時に、史上最もフラットで美しいムーブメントのひとつとして広く賞賛されている。ランゲのCEOであるヴィルヘルム・シュミットは、

 「文字盤が約束した通り、むしろ期待以上のムーブメントを実現しているからこそ、人々が裏返して身に着けたくなる時計なのです」と語った。

 時計製造と仕上げの巨匠としての評価と、その率直な物言いで知られるフィリップ・デュフォー氏は、2006年Revolutionのインタビューの中で、非常にうまい回答としている。ダトグラフのキャリバーが本当に世界で最高の仕上げを施したシリーズ生産のムーブメントなのかという質問に対して、彼は次のように答えた。

 「各メーカーからムーブメントを10個選んでランゲのムーブメントと並べてみて、感じたままに意見するといい。それが、真実を吟味して判断する最善の方法だ」

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1999年のバーゼルフェアとその後の歩み

Cal.L951.1をした拡大化もので、バーゼルワールドの参加者はその複雑さを堪能した。

 1999年に開催されたバーゼルフェア(バーゼルワールドと呼ばれていた)のホール1のドアをくぐり、右手にブースを構えたのが、A.ランゲ&ゾーネだ。ブースの窓際には、ダトグラフとそのムーブメントの特大モデルが展示されていた。長年のコレクターであり、時計愛好家であり、Timezone.comのマネージングディレクターでもあるウィリアム・マッセナ氏は、初めてこの時計を目にした時の事を鮮明に覚えているという。

 「新しい時代の幕開けを感じさせるものでした。あらゆる人々に門戸を開いたのです。そして、それはスイスではなく、紛れもなくドイツの時計であり、面白いことにそれがスイスでデビューしたのです!」

10倍モデルのL951.1を囲むギュンター・ブリュームライン(左)、ウォルター・ランゲ(中央)、1999年から2004年までドイツ大統領を務めたヨハネス・ラウ(右)。

 1999年当時、時計ライターはカメラを持っておらず、ソーシャルメディアも存在していなかったが、もしあったとしたら、ライターや愛好家、業界関係者がブースに詰めかけ、時計をインスタグラムに投稿していたことだろう。マッセナ氏によると、ダトグラフのローンチイベントは、ミレニアムを翌年に控えた最後のバーゼルフェアのホールを埋めるのに十分ホットな話題だった。

ウォルター・ランゲとCal. L951.1。

 同時にそれは、人々の注目を別の理由で集めたものだった:パテック フィリップの覇権へ真っ向から挑戦したことである。1999年6月に発行された『ヨーロッパスター』誌のライター、アラン・ダウニング氏は、「ランゲの新作ダトグラフは、伝統との連続性を示すことを目的としたデモンストレーションモデルであり、まだレマニアに代わる自社開発のキャリバーの後継モデルを発表していないパテック フィリップに対抗するためのものである」と指摘。

 ダトグラフが発売されてから2年後、ランゲはコレクターやメディアを対象にグラスヒュッテの工場に初めてのツアーを企画した。このツアーは、そのわずか1ヵ月前に起きた9.11同時多発テロ事件にも関わらず実施された。残念なことに、A.ランゲ&ゾーネの復活に欠かせない存在であったギュンター・ブリュームライン氏がこの旅の途中で亡くなり、多くのコレクターが彼の葬儀にも参列することになった。

2001年に初めてランゲの製造工場を見学した際のプレスツアー。参加者全員がダトグラフを購入した。インタビューを受けたウィリアム・マッセナは、前列右から2番目の赤と黒のブラウスを着たアネグレット・フライシャーの後ろに立っている。

 この旅に参加した全ての人が、この時計を見た後、ダトグラフを購入することになった。ウィリアム・マッセナはその旅の中で、HODINKEE Talking Watchesのエピソードにも登場したダトグラフを購入し、プラチナブレスレットを装着した。彼は今でもこの時計を定期的に身に着けているという。旅の途中に撮影された写真では、彼は後列の右から2番目に写っている。彼の前に写っているのは、ダトグラフのアイデアを現実のものにした女性、アネグレット・フライシャー女史だ。

1995年に製作された試作品のスケッチ。1815クロノグラフのムーブメントはランゲCal.942.1だ。


変奏曲の数々

 ランゲの初期、そしてダトグラフの黎明期には、非常にインサイダー向けの時計としてのみ知られていた。2008年、フォーブス誌に掲載された記事の中で、HODINKEEのジャック・フォースター(当時Revolution誌の編集長だった)はこのモデルを「これまでに聞いたことのないような最高の時計だ」と評した。

1999年のバーゼルフェアでのウォルター・ランゲと子息のベンジャミン。

 大昔のことではないが、ランゲはダトグラフの派生モデルを生産した。その中のいくつかは現在であれば受け入れられなかったようなモデルも含まれる。それらの多くは初代ランゲ ダトグラフのデザインを微妙に変更したものとなった。ここでは、ダトグラフと後継モデルであるダトグラフ・アップ/ダウンから、よく知られたモデル、あまり知られていないモデルを紹介しよう。

 掲載基準を簡単に注記する:ここでは、ダトグラフとその後継モデルであるダトグラフ・アップ/ダウンのバリエーションのみを対象とする。また、ダトグラフ・パーペチュアルやダトグラフ・パーペチュアル・トゥールビヨンのようなコンピケーションモデルは含めない。また、シリーズ生産されたモデルのみを対象とし、ごく少量生産のユニークなダトグラフも数多く存在しているが ― 限定2本のダイヤモンドバゲットがセットされたアワーグラス・ジャパン・アニバーサリーエディション等、これらは除外する。

初代ダトグラフ Ref.403.035

 まさにこれぞというモデル、初代オリジナルの39mmダトグラフだ。ベン・クライマーはこのレビュー記事で「最高のセックスだった」と完璧なひと言でまとめている。1999年から2012年までこの仕様で生産された。長期生産のため、一般的なダトグラフのイメージを固めたモデルといえる。1999年のバーゼルフェアで初披露されたこのモデルは、ランゲの存在を知らなかった人(当時は時計愛好家ですら知る人ぞ知る存在であった)にも注目された。

"デュフォーグラフ" の異名をとるダトグラフ Ref. 403.031

"デュフォーグラフ" を腕に巻くフィリップ・デュフォー氏

 フィリップ・デュフォー氏が所有するダトグラフ Ref. 403.031.は2003年から2005年にかけて製造された。ケースにはローズゴールドが与えられ、文字盤はシルバーのサブダイヤルとローズゴールド製アラビア数字マーカーで構成されている。このモデルはローズゴールドを使用した初のダトグラフであり、その名の由来はもちろん、このモデルのブラックダイヤルがデュフォー自身によって選ばれたことに由来している。

イエロージャケット Ref. 403.041

 このリファレンスはちょっと謎めいている。ある著名なコレクターの、彼自身の調査によると30本が製造されたそうだが、正式にカタログには掲載されなかったということだ。2007年か2008年にジュネーブで開催されたSIHH(ジュネーブサロン)では、ランゲのブースにいた面々がRef. 403.041を"試着"して下調べしたという話もある。その後、このモデルは正規販売店で販売され、二次流通(中古)市場でも販売されるようになった。イエロージャケットの愛称は、ヨーロッパや北米原産の捕食性の同名種のスズメバチのように、鮮やかなイエローのケースと黒いダイヤルに由来する。生産数が刻印されたモデルではなかったが、30本程度の限定生産だったようで、2009年には生産終了した。

ザ・ピサ Ref. 403.025X

 2004年に、イタリアの正規販売店であるピサ・オロロジェリアのために10本のモデルが製作されたといわれている。ランゲが一部の正規販売店のためだけに特定の仕様のモデルを製作することは、決して珍しいことではなかった。ケースバックには10本のうちの1本であることを示すシリアルナンバーがエングレービングされ、ダトグラフでは標準のディスプレイバックに加え、プラチナ製のケースバックが付属していた。文字盤はシルバーで、秒針とクロノグラフ針は青焼きされたものだ。これらのモデルのシリアルナンバーは148201~148210である。

ダトグラフ ローズゴールド/シルバー Ref. 403.032

 このモデルは2005年に登場した。基本的にはデュフォーグラフと同じで、ブラックダイヤルではなくシルバーを採用し、全体的にコントラストを抑えたソフトな印象に仕上がっている。このモデルは先代モデルに代わって2012年まで生産されていたため、デュフォーグラフの数よりも(比較的)多くの数が出回っている。オークション価格を見てみると、結果的に少し安く落札される傾向にある。

ダトグラフ ブレスレット仕様 Ref. 453.135 /Ref.453.035

 オリジナル・ダトグラフの購入者は、レザーストラップに加えブレスレットも選ぶことができた。Ref.453.035(写真左)のブレスレットは蝋付けされており、一体型のブレスレットとなっていた。

ダトグラフ ブレスレット仕様最終モデル Ref. 403.435

 このリファレンスでは、従来のモデルのストレートエンドリンクとは対照的に、エンドリンクをカーブさせたブレスレットが採用された。2012年のダトグラフ・アップ/ダウンの発売に伴い生産が終了し、ブレスレットのオプションは無くなった。

ピンクゴールドのダトグラフ ブレスレット仕様最終モデル Ref. 403.432

こちらの時計は2012年のモデルアップデートで生産が終了した。ピンクゴールドのブレスレットがケースと実にマッチしている。

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ダトグラフ・アップ/ダウン Ref.405.035 / Ref.405.031

アップ/ダウンへの変更点の比較図 。

 アップ/ダウンは2012年に発表され、現在も生産されている初代ダトグラフの待望のアップデート版だ。多くの変更点があり、特にケースサイズが39mmから41mmへと大きくなった。また、わずかに厚みが増した。ローマ数字は廃止され、パワーリザーブ表示(アップ/ダウン表示)が導入された。初代ダトグラフのパワーリザーブは36時間だったが、アップ/ダウンは60時間である。このモデルはホワイトゴールド製で、これまでのプラチナ製のダトグラフとは対照的だ。新しいムーブメントは同じキャリバーだが、L951.6へとアップデートされた。駆動時間とコンプリケーションの面で改良されたキャリバーで、パワーリザーブインジケーターが追加された。

 コレクターの間では、瞬く間にこのダトグラフ・アップ/ダウンが人気を博した。現在のカタログには、ピンクゴールドのRef.405.031とプラチナのRef.405.035の2つのモデルが掲載されている。

ダトグラフ・ルーメン Ref. 405.034

 現行のランゲは、オリジナルのダトグラフが生み出したようなモデルの幅広さを持ち合わせていない。その代わり、そのラインはタイトで焦点が絞られている。しかし、あるモデルがそのユニークなルックスと限定的なステータスで頭抜けており、それが2018年リリースのダトグラフ"ルーメン"である。このモデルを際立たせているのは、地板と日付ディスクのペルラージュまで見渡せるワイルドなスモーク加工を施したサファイア製ダイヤルである。

 しかし、神秘的で美しい見た目だけではなく、実用的な機能も備えている。半透明のダイヤルは紫外線を透過させ、通常は不透明なダイヤルでは見えなくなっている夜光日付ディスクの蓄光を可能とする。他にもサブダイヤルやパワーリザーブインジケーター、タキメータースケール付きのフランジなど、多くの発光部分が存在する。L951.7をケースバックから覗くと、通常のダトグラフと違いはない。このモデルは200本が生産され、店頭に並ぶやいなや、話題となった。現代のダトグラフ・アップ/ダウンモデルの中では、ルーメンはホーリーグレイル(聖杯:人々が希求するもの)とされている。


ダトグラフ信仰

ジョン・メイヤーは初めてダトグラフを見たとき、あまりの値段の高さに驚愕したという。

 ダトグラフは1999年からさまざまなモデルが生産されているが、現在でも少数にて生産されている。シュミットCEOは「現在は46モデルで構成されており、そのうち6モデルにクロノグラフが搭載されています。ムーブメントの複雑さを考慮すると、年間生産本数は一桁%台になります」と語っている。これは、ダトグラフ・パーペチュアルとダトグラフ・パーペチュアル・トゥールビヨンを含む数百本に相当するだろうとシュミット氏は述べている。

ダトグラフの最初の広告の1つで、豪華なムーブメントの外観を宣伝している。

 初期のダトグラフは、時計の歴史の中で、ある種過渡期の時代に含まれるため、非常に過小評価されている。しかし、ダトグラフはオンライン上で大きな支持を得ているのも事実だ。コレクターのアンディ・ジャン氏は、インスタグラムでコレクターが結集する#Langenationを企画し(その後、ランゲのアジア太平洋地域のクライアントディレクターにまでになる)、特にアジア圏の収集家の間で拡散され、2019年のプライベートディナーで初めてのランゲを見た金融業界に身を置くラン・ラン・チュン氏もそのひとりである。彼女は「ランゲのブティックに一度も足を踏み入れたことがなかったのは、そうするのが怖かったから。私は次の欲しい時計として、たくさんのAP(オーデマ ピゲ)が候補に挙がっていたのでダトグラフはおろか、ランゲを購入する計画すらありませんでした...私がランゲを身に着けるとき、何か特別なものを感じるのです。まるで知る人ぞ知る秘密結社の中にいるような感覚」

「そして、それが快感なのです」


現在のダトグラフ

新聞のダトグラフ特集をチェックするギュンター・ブリュームライン氏

 ダトグラフ・アップ/ダウンが生産されて8年が経った。数年後には、オリジナルのダトグラフと同じくらい長く生産されることになる。もしかしたら、思い切ったアップデートが行われるかもしれない? 収集家の間では、このドイツメーカーからのアップデートのペースの遅さが嘆かれてきたが、このダトグラフについては大幅なアップデートの可能性が出てきてもおかしくないはずだ。シュミット氏に今後の予定を尋ねると、「次の一手は何か、いつになるのかはお伝えできませんので、ご了承ください」とのことだった。

 しかし、それもダトグラフの魅力のひとつでもある。ランゲはクロノグラフ開発に関し、現状を変えると声明しているが、リリース時には遥かに多くのことがなされるだろう。A.ランゲ&ゾーネのプロダクト開発ディレクターであるアントニー・デ・ハス氏は、ダトグラフをより大きな枠組みの中でどのように捉えているのか、そして次のステップは何なのかについて語ってくれた。

バーゼルフェアに向けて、ランゲは毎週のようにパズルのピースを送ってきた。ショーが開催される頃には、パズルは完成した。

 「戴冠は、常に奇跡を起こした後に行われるものです 」デ・ハースは続ける。「時計や車、、他の何であれ"聖杯"を作ろうとすると、その探求は失敗する運命にあると私は強く信じています。製品は、画期的なアイデア、時を超えたユニークなデザイン、技術的な工夫など、いくつかの基本的な要件が満たされていれば、時を経て象徴的な地位を獲得することができます。これこそが、私たちがダトグラフのミッションに着手したときに目指したものです。A.ランゲ&ゾーネのアイデンティティを細部に至るまで反映させた、全く新しいクロノグラフのデザインを開発したかったのです。それ以上でもそれ以下でもありませんでした。振り返ってみると、この控えめなアプローチが功を奏したと言えるでしょう」

 デ・ハス氏は、ダトグラフが多くの人々の憧れの的となったのは、純粋に結果論的なものであるという考えを明かした。このダトグラフは、ランゲらしいランゲであると同時に、それが生み出したサブカルチャーや基準は、実際の設計思想の結果でもあって、時計がそのようになったわけではない。ダトグラフはハイエンドの手仕上げ分野のみならず、伝統的な水平クラッチクロノグラフの最高の基準であり続けるだろう。

さらに詳しく知りたい方は、この記事の貴重な資料となったSJXによるダトグラフ・アップ/ダウンモデルの調査をご覧いただくことを強くお勧めする。