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忘れられがちなパテック フィリップの革新的ムーブメント

ペリフェラル巻き上げ機構のCal.350を称賛したい。

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今日では、ペリフェラル方式の自動巻きキャリバーは当たり前のように扱われているようだ。実際、生産されているものはかなりの数にのぼる。しかし、ごく最近まではそうではなかったのだ。実際、1985年から2008年までというかなり長い間、生産されていなかった。80年代に休眠状態にあったこのジャンルを復活させた製造者として、カール F. ブヘラがある。同社のCFB1000が発表されてから12年、工業化が難しいと思われていたメカニズムが、かなり広範囲の複雑機構との組み合わせに成功した技術となった。下の写真は、美しく装飾されたブレゲ製の事例だ。トゥールビヨンの機構を背面から見ることができる。

ブレゲのペリフェラル巻き上げ機構の自動巻きトゥールビヨンCal. 581, 16‴ 

 この分野といえば、スイスの老舗時計メーカーの一つであるヴァシュロン・コンスタンタンが思い浮かぶ。ブレゲと同様に、ヴァシュロンもまた、両面から見えるトゥールビヨンの動力源として、ペリフェラル巻き上げ機構を使用している。このムーブメントを採用している時計は他にも数多くある。A、B、C、Dの順にたどるだけでも、オーデマ ピゲ、ブルガリ、カルティエ、ドゥヴィットを挙げることができる。2017年末、ピアジェはペリフェラルローターを使用し、下の写真にある厚さ4.1mmのアルティプラノ アルティメート910Pで自動巻き腕時計の最薄記録を更新した。

 前述したカール F. ブヘラのCal.A1000ムーブメントは、2008年に発表され、2009年のバーゼルで披露された。2007年にTéchniques Horlogères Appliquées(THA社)を買収したことで実現したものだが、カール F. ブヘラ初の自社製ペリフェラル自動巻きキャリバーであるだけでなく、ブランド全体で初の自社製キャリバーとなった。控えめに言っても、これは興味深いスタートであり、素晴らしいレベルの野心と時計製造の技術力を感じさせるものだった。それ以来、ブヘラはペリフェラルローターに力を入れ、自社製ムーブメント・コレクションの特徴ともなった。最近ではこの経験をもとに、独自のペリフェラル巻き上げ機構のトゥールビヨンを製作し、言うまでもなく、それが初の自社製トゥールビヨンとなった。

2008年に発表されたCFB A1000は、 カール F. ブヘラ がペリフェラル式のラインナップを構築した基礎となるモデルだ。(ウィキメディア・コモンズ)

 ブルガリもまたペリフェラル機構の非常に著名なユーザーだ。ピアジェによる2017年の自動巻き時計の最薄記録を打ち破るために、それを採用した。厚さ3.95mmのブルガリ オクト フィニッシモ トゥールビヨン オートマティックは、2018年の発売当時、自動巻き時計として最薄であっただけでなく、自動巻きトゥールビヨンとしても最薄、しかもトゥールビヨン全体としても最薄であった。

 ブルガリは、2019年にオクト フィニッシモ クロノグラフ GMTを発表した際にもペリフェラル機構を採用し、フレデリック・ピゲ/マニュファクチュール・ブランパンが32年前に発表した世界最薄の機械式クロノグラフの記録を更新した。すぐに分かるように、ペリフェラル巻き上げ機構は薄さを主な目的として作られたもので、ブルガリや他のブランドも確かにその目的のために活用した。今日では、同様に、自動巻き機構を見せるための方法としても採用されており、その景観を遮るフルローターは存在しないのだ。

パテック フィリップが最初に実装して以来、ペリフェラル巻き上げ機構がどれほど進歩したかを知るには、ブルガリのオクトフィニッシモ クロノグラフGMTを見ればいい。ペリフェラル機構のクロノグラフGMTで、リューズやクロノグラフのプッシャーだけでなくGMTの針を動かす第3のプッシャーが反対側にあるのだ。

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 しかし、時計製造の多くの分野がそうであるように、初代のペリフェラル機構のムーブメントにさかのぼると、ジュネーブとパテック フィリップにたどり着く。1970から1980年代にかけてかなりの数(実際、数千)が作られていた。しかし、今日では特にその存在が知られているわけではない。私は今年の初め、 カール F. ブヘラ に関する記事をチェックしていて、その存在を初めて知った。1965年に自動巻きムーブメントの特許を出願した後、パテック フィリップは何年にもわたってペリフェラル巻き上げ機構を研究してきた。1969年にはCal.350を発表。1979年には、改良型のCal.I-350が発表された。“I”は“改良(improved)”を意味する。Watch Wikiによると、I-350は約1万本が製造され、1985年にパテックのペリフェラル巻き上げ機構への野望と共についに引退した。ペリフェラルの最初の特許は、スイスの時計メーカー、ポール・ゴステリによるもので、1950年代半ばになる。

ペリフェラル巻き上げ機構を示した、パテック フィリップによる自動巻きムーブメントの特許ページからの図。

 Cal.350とI-350が、パテックが同時期に開発した他の自動巻きムーブメントに比べて有名でないのはなぜか? パテック フィリップのペリフェラル巻き上げ機構を採用した時計の主な特徴の一つはリューズを裏蓋に配置したことにあり、それらは“バックワインダーズ(裏蓋リューズ)”と呼ばれていた。ローターの配置により、リューズ、巻き芯、手巻きおよび時刻合わせ機構は、本来の伝統的な場所には置けなかった。Cal.350の写真を見ると、クリーニングをしばらくしていない古い時計だったとしても、少し汚れているように見えることがある。これはリューズの配置によって、手首の湿気がケース内に侵入したからだと思われる。また、 I-350にはジュネーブシールがあるにも関わらず、実際にはかなり地味な外観であることに気づくだろう。

パテックフィリップCal.I-350の分解図。「Patek Philippe Genève Wristwatches 」第二版©1998年パテック フィリップ SA  より。

 これらのムーブメントは、トランスパレントバックの時代よりもずっと前に開発された。今日のペリフェラル巻き上げ機構のムーブメントは、サファイアガラスを通して見ることができるように作られているが、I-350はそれとは異なる優先順位で設計された。特別な美しさはないにしても、薄型であること、スイス製クォーツムーブメントの先駆者であるベータ21の時代に、クォーツに対抗できる魅力的なムーブメントを提供することだったのだ。

 また、70年代から80年代初頭にかけてのスイスの時計産業の状況についても考えてみて欲しい。「Wind Vintage」のオーナーであるエリック・ウィンド氏は、「この時期はスイスの時計産業が激動の時代であり、利益を上げなければならないプレッシャーがありました」と語った。「スティール製のバックワインダーをよく目にしますが、それは格好よくても明らかに当時のパテックにとっては安価なものでした」ウィンド氏は、現在ではこの時計を販売するのは難しいという。

Cal.I-350。   Patek Philippe Genève Wristwatches 」第二版©1998年スイス、ジュネーブのパテック フィリップ SA より。

Cal.I-350のローター。 Patek Philippe Genève Wristwatches」 第二版©1998年スイス、ジュネーブのパテック フィリップ SAより。

 ジョン・リアドン氏は、350とI-350をより肯定的に捉えており、ムーブメントの評判の悪さはフェアではないと述べている。過去にクリスティーズとパテック フィリップで働いていたリアドン氏は、ウィンド氏と同様に、長年のHODINKEEの読者ならば、名前に憶えがあるかもしれない。彼は現在、Collectabilityというサイトを運営している。「350は美しいムーブメントです。ただ、240(マイクロローターを搭載し、別の方法で厚さを減らした有名なパテック製ムーブメント)は、機能性の面ではるかに優れています」とリアドン氏は語った。「350はデザインのためのキャンバスであり、文字盤、質感、クラシックな形状に非常に重点を置いた時計のための、クォーツに代わる自動巻きムーブメントでした。機能性は文字通り裏側にあります。側面にリューズがないことで、パテック フィリップはこれまでにないデザインを探求することができました」

 マーティン・フーバーとアラン・バンベリーによる権威ある本『Patek Philippe Genève Wristwatches』を引用し、リアドン氏は「これがパテック フィリップの自動巻きムーブメントの進化の第3弾であることは明らかです」と述べている。「私たちは皆、12'''600を話題にします。そして、27-460に夢中になっているコレクターもいます。しかし、3番めとなる銅メダルは350が受け取るべきでしょう。そして誰もそのことを語ろうとしません。Cal.350は後のCal.310への移行のようなもので、今日のパテック フィリップの多くの自動巻きムーブメントのベースとなっています。だから350は、修理できる時計師を見つけることができれば、コレクションに加える価値があるのです」

パテック フィリップ Ref. 3580A(提供: ジョン・リアドン / Collectability

裏側から見たパテック フィリップ Ref. 3580A(提供:ジョン・リアドン / Collectability

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 Cal.I-350は直径28mm、厚さ3.5mmとかなり薄く、時、分、中央のダイレクトセコンドの表示を提供する。パテック フィリップ独自のジャイロマックステンプを使用し、振動数は2万1600振動/時だ。I-350のベースとなっているオリジナルの350は双方向巻き上げを特徴としているが、このモデルはアップデートが必要ないくつかの問題を抱えていた。I-350がその改良版であり、片方向巻き上げへの移行が行われた。ディーラーや他の専門家に話を聞く中で、私が何度も耳にした主な批判は、ルクルトの時計にも見られる裏蓋リューズと、それによる湿気の侵入だった。ルクルトの裏蓋リューズが全て手巻きだったのに対し、パテックはそれを自動巻き対応用にした。

パテック フィリップRef. 3563。(提供:サザビーズ)

 初期のペリフェラル巻き上げ機構の時計を見る限り、1970年代は、スイスの機械式時計製造にとって決して全盛期とは言えなかったようだ。Cal.350や後のI-350が、その前後のものに比べて記憶に残っていないのは、このためかもしれない。しかし、ボールベアリングにローターを搭載したペリフェラル巻き上げ機構のキャリバーは、このタイプの最初のものであり、多くのものが製造され所有された。現在でもかなりの数が残っているため、ヴィンテージ市場でも容易に見つけることができる。それらは、時計製造の歴史の中で重要な初めの一歩を記した。ペリフェラルローターのここ10年あまりの人気の上昇だけでなく、パテック フィリップの自動巻きムーブメントの開発における重要なステップとなったことからも、それは見て取れる。また、それらが製造された70年代と80年代という時代のおかげで、実に興味深いケースやダイヤル、ブレスレットと組み合わされるということが起こった。そしてもちろん、裏蓋リューズのおかげで時計は完全に左右対称の形になり、右利きにも左利きの人にも着けやすいのだ。ゴールデンエリプスやゴールデンサークルに適したムーブメントデザインがあるとすれば、まさにこれだった。

 この時代のアバンギャルドなデザインが好きならば、ぜひ知って欲しい時計といえる。私が話を聞いたあるヴィンテージ専門家は、これらの裏蓋リューズの時計は過小評価されていると語ったが、現在オンラインで販売されている時計を見ているうちに、私もそう思うようになった。

トップ画像提供:サザビーズ