※本記事は2015年10月に執筆された本国版の翻訳です。この時計は、現在生産終了となっています。
チューダーが、ブラックベイ ヘリテージコレクションの第3弾となるブラックベイ ブラックを発売したが、これは大きな成功を収めている“ヘリテージ”モデルのなかでも確固としたセンターの位置を占めるものだといえる。この時計のバーガンディベゼル版は非常によく取り上げられており、ジャック・フォスターがとてもしっかりと、そして深く記事にしていることから、基本的な部分と彼が詳しく述べている事柄については、ここでは割愛する。
この1週間、今腕に着けているそれは何?
と問いかけてくるすべての人々に語ってきたこと、
そしてこの記事が一番に主張する要旨。
それは3000ドル(約33万円)強で、
トップクラスの時計通が身につけるのに
恥じない時計が手に入る、ということだ。
ヘリテージ ブラックベイは、何か特定のレファレンスナンバーに基づいているわけではないものの、過去のチューダー ダイバーズウォッチへの愛に満ちたオマージュであり、元々チューダーがそのNDAを受け継いでいるという関連性を考えれば、ロレックス サブマリーナーへのオマージュともいえる。そして、バーガンディ版やその後に出たブルーベゼル版が、過ぎ去った時代の時計デザインを見事に再現するものであった一方で、新たなブラックベゼルのブラックベイは、そのコンセプトを視覚的に強調している。
通常は記事の最後に時計の価格を載せているが、今回はここで記載する。3100ドルと3425ドル(約34万円と約38万円。それぞれストラップ付きとSSブレスレット付きの価格)で、前時代の遺物ではない本当に使える時計が手に入るのだ。僕もほかの人々と同様、良質な大人気のヴィンテージウォッチは大好きだが、その一方で、大きく譲歩をすることなく時計通になりたいのであれば5桁(100万円台)の買い物は当然引き受けるべき、という感覚は排除することを常々提唱してきた。
僕はチューダーをロレックスの“タイラー・ダーデン(映画『ファイト・クラブ』の主人公)”なのだと考えるのが好きだ。ロレックスのもつあらゆる衝動や本能を発露させているのだが、結果を恐れずに実行に移すのはあまりにも大きな責任が伴う。ロレックス サブマリーナーのRef.6538 “ビッグクラウン”のヘリテージ版(116538と呼ぶことになるだろう)をイメージできるだろうか? それは記念碑的なものになるだろうし、おそらく自ら市場の価値基準を打ち砕くことにもなる。だが、ここでは論理的思考は脇に置き、ロレックス Ref.6538の復刻版について、しばし考えてみて欲しい。
さて、そのことは一旦忘れよう。つまり僕が言いたかったのは、ヘリテージ ブラックベイの新製品であるブラックベゼル版で何が得られるのかというと、それは“ビッグクラウン”サブマリーナーの現代版だということだ。少なくとも外観上は。そして、それこそがこの時計を特別なものにしており、バーガンディやブルーベゼルの兄弟たちとはひと味違う点だ。新たにブラックベゼルの12時位置に赤い三角をしっかりと施したことで、新しいブラックベイは、まさしく過去に面と向き合っている。
そしてそれこそが、この時計を格別なものにしている。これまで時計メーカーは、常にクラシックなデザイン言語にはプレミアムを付け、そこに備わる何らかの美的感覚を妥協させることで、より手頃な価格の製品を提供してきた。つまり、富やステータスを効果的に色分けしていたのだ。しかしチューダーは、シンプルで気の利いたデザイン変更をひとつ施すことで、妥協のないクラシックデザインを着けたいと望む時計愛好家たちのために、価格の障壁を取り払ってくれたのだ。
この1週間、今腕に着けているそれは何? と問いかけてくるすべての人々に語ってきたこと、そしてこの記事がが一番に主張する要旨。それは3000ドル(約33万円)強で、トップクラスの時計通が身につけるのに恥じない時計が手に入る、ということだ。
A Week on the Wristの記事を担当する楽しみのひとつは、あるひとつの時計に完全に向き合い、没入してその時計を本当の意味で知ることができる点だ。この時計をつけたときの最初の感想は(これが発売前であることを差し引いても)、身につけるのが極めて矛盾した行為に思えたこと。入手困難ではない、非常に手頃な価格のものを誇示するのは、非常に気分がよかった。このチューダーには、トップレベルの収集家が集まる場に出ても、その本質において何ら引け目を感じるところがない。この時計を選ぶほど十分に時計というものを知っているのであれば、それはその人物に芸術への理解があることを物語っており、そして僕に言わせれば、時計の話に参加するにはそれさえあれば十分なのだ。
ケース
ケースは、ベースとなったダイバーズウォッチと比べるとやや大きいが、それは単に価格を抑えた大きなムーブメントを使っていることだけが理由ではないと思う。この価格帯の時計であれば無理もないことだが、それでもこれは、この時計がリアルなヴィンテージモノではない最大の証拠にもなる。素材は316Lステンレススティールで、これはロレックスが独自の904L合金に切り替えるまで自社のSSモデルに使っていたのと同じ素材だ。ラグの上部表面はサテン仕上げで、側面はポリッシュ仕上げ。さらに素晴らしいニュアンスを加えているのが、ケースラグに施した面取りで、今のロレックスでは見られないものだ(ヴィンテージモノに近づけるという意味では1ポイント獲得)。ラグ外側の角が非常にシャープになっているのがわかるが、これはブレスレットよりもストラップ仕様でよく見られるものだ。
これは比類ない時計のひとつだといえる。
その価格は初めて時計を収集しようとする人にとって
手の届きやすいものであり、
年季を重ねた愛好家には、
なぜ時計を収集したいと考えるようになったかを
思い起こす機会を与えてくれる……
ロレックスのスポーツモデルよりもやや大きめのリューズは、適切な修正が施されており、申し分のないように見える。“ビッグクラウン”がもし今の時代に初めて作られたとしたら、おそらくこのような外観になっていたであろうと思わせる完璧な進化形だ。そして、PVDコーティングを施したリューズチューブカバーが見えており(最初、自分がリューズを下までしっかりねじ込まなかったのだと思ってしまった)、これが美しい味わいを出している。
ダイヤル
ダイヤルの仕上げは、ブラックベイの最も印象的な特徴のひとつだ。光を正しく当てて眺めると、古い時代の人気ヴィンテージモノがもつマットな質感の要素があることがわかる。ゴールドギルト風の印字が、この時計を美的にヴィンテージ領域へと押し上げている要素で、まさに古いRef.5510のゴールドギルトダイヤルとほぼ同じ色だ。
この印字は、針とアワーインデックスを縁取るピンクゴールドギルトの色とよく合っているが、純粋なヴィンテージを突き詰めようとするこの時計の試みを最も損なっているのが、この部分だ。縁取りはけばけばしい光を放っており、これを見ると僕はいつも「値段に見合ったものしか手に入らない」という格言にはそれなりの道理があるのだと思わずにはいられない。
このブラックベイは、最初の2つのバージョンと同じくスノーフレーク針、ヴィンテージチューダーの薔薇のロゴと印字、そして防水性とムーブメント情報が、丸い顔にスマイリーフェイスのようなレイアウトで入れてある。ほかのチューダーよりもこの時計に僕が引かれる理由のひとつが、“盾”のロゴではない点だ。自分に紳士気取りのスノッブさがあることを認めるとすれば、それはデザインにおいてである。現代のチューダーのシンプルで面白味のないワイヤーフレームのロゴを気にせずにおこうとするのが僕には難しい。この時計にはその葛藤がない分、このブランドのもつ精神と歴史を十分に味わうことができる。
ブレスレット
ブラックベゼルにしただけでブラックベイが新たな個性を帯びたように、(選択可能な)SSブレスレットにするかストラップにするかで、まったく違った時計になる。この点については、これをインスパイアしたヘリテージ品と同じだ。ブレスレットにすると、伝統的な男性向けの“無骨なジュエリー”のイメージになり、NATOストラップに似せた付属のファブリックストラップ(これについては先でもっと詳しく述べる)を付けると、ジェームズ・ボンドへの完璧なオマージュになる。これは、NATOストラップに付け替えると異なる趣が出てくるというような、クラシカルでニュートラルな時計だ。
この時計には、手の届く価格であることとは関連のない唯一の大きな欠点がある。チューダーは、ボックスの中にストラップを1本一緒に入れているために、あたかもユーザーが自分で付け替えることができるかのように見えるが、バネ棒を外すことは、ロレックスとチューダーの正規販売店の専門家だけが所有する特別な工具がない限りほぼ不可能なのだ。これが非常に矛盾したメッセージを送り、一般的なバネ棒外しを使って外そうとする無駄な努力によって、ケースラグの裏側がかなり酷い様相になってしまった例が昔いくつかあったのを知っている。そしてファブリックストラップについては、NATOストラップの隙間に通すタイプに見えるが、実際には、バネ棒が縫い付けてある。これは理屈でいえば賢いアイデアだが、取り付けるのは(すべてを明かすと、僕は今ではロレックス用の工具を持つようになった)非常にやり辛く、ストラップの調整は、どのようなやり方でも物理学の難題のようにほぼ不可能だ。
結論
1週間つけてみて、僕はこの時計が非常に気に入った(“ほぼオイスタークラスプだといえる”ブレスレットをファブリックストラップに替えてからはますます愛着が強くなった)。これは比類ない時計のひとつだといえる。その価格は初めて時計を収集しようとする人にとって手の届きやすいものであり、年季を重ねた愛好家には、なぜ時計を収集したいと考えるようになったかを思い起こす機会を与えてくれる。時計がそのデザイン要素のなかで釣り合いを保ち、さらにそれが語ろうとするストーリーの本質との釣り合いが取れていれば、それは常に所有するだけの価値があるということを。スーツを引っぱり出し、ジェームズ・ボンドがつけたような素晴らしいNATOストラップを見つけ、この時計を装着してみれば、僕が何を言わんとしているかが理解できるだろう。
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