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Technical Perspective 超薄型時計とは何か、なぜそれが重要なのか、そしてどのブランドがそれを最も得意としているのか(前編)

薄型時計というものを探っていこう。

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超薄型腕時計の良さというものは、多くの愛好家にとって、かなり年季を積むまでわからないものだ。というか、実際には多くの愛好家にとって、最後まで興味を惹かれない可能性もある。ウルトラシン、エクストラフラット、ウルトラフラットなどの腕時計は、言ってしまえば、本質的にアピールするものが限られているからだ(うっすらとしたジョークになるくらいか)。しかし、今日の時計づくりでそれらは比較的ニッチなカテゴリーである事実にも関わらず、機械式時計史上の大部分において、腕時計をよりスリムにすることは、単に美的観点から好ましいだけでなく、時計づくりにおけるより優れた才能を明確に示すサインと考えられていたのだ。

 まずは定義から始めよう。時計製造関連用語のコンセンサスという意味において、昨今最も綿密な定義付けをしているのはおそらく、『 Berner's Illustrated Professional Dictionary of Horology (バーナーズ図解時計専門用語解説集)』という厳めしい学術書だ(スイス時計協会FHのおかげでオンラインにて入手が可能)。まずは、超薄型やエクストラフラットな腕時計というものについて、一般的に認められた確固とした定義がないことに少し驚く。私の知る中で最も不意を突いてくるとぼけたユーモアのひとつが、エクストラフラットウォッチについてのバーナーズ解説集の定義だ。どのようなものかというと、「エクストラフラットな(形容詞)、極めてフラットな」である。「超薄型」と「エクストラフラット」という用語がほぼ同じ意味で使われているようにみえるが、これでは用語の精度にこだわる人にとってあまり助けにはならない。

 なぜ定義がこれほど曖昧なのか(そしてとぼけたおかしさを醸し出すのか)を理解するには、エクストラフラットや超薄型な腕時計が存在しなかった時代を見てみるのがいいのではないだろうか。

chopard LUCeum Early German Table Clock, Augsburg, 1550

 これは、非常に初期のドイツ製卓上時計で、16世紀半ば頃にアウグスブルクで作られたものだ(アウグスブルクは当時、ヨーロッパにおける時計づくりの中心地のひとつであった)。携帯用小型クロックの第1世代のひとつであり、金属製ゼンマイを動力としていた。ここから、ウォッチと呼ばれる最初の時計が派生していったのだ。携帯用クロックとウォッチとの間に明確な違いはない。どちらも、動力源としての金属製ゼンマイの開発により実現したものだ(それに対して最初期のクロック時計は、ロープや鎖の重みが動力源であった)。このクロック(もしくはウォッチの祖先)は、ご覧のように非常に厚みがあるが、これは主に、当時のクロックやウォッチに広く採用されていた2つの機構によるものだ。バージ脱進機と、円錐型のフュジーである。その後200年間ほど、時計の一般的な構造はそれほど変化せず、2枚のプレートの間をピラーで仕切り、ギアを取り付けるというものだった。ウォッチは美しさや複雑性を増していったが、18世紀中頃まで、そのサイズが縮小し始めることはなかった。下のウォッチは、1730年頃にロンドンでショーベルにより作られたものだ。4つのベルを鳴らして15分毎に時刻を知らせるクォーターリピーターである(ベルとハンマーが左側に、空気抵抗で機能するゴング用レギュレーターが右側に見える)。言うまでもなく非常に美しいが、この時点ではまだ非常に分厚く、依然として、バージ脱進機とピラーやプレートを使った構造に依存していた。

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 しかし18世紀中頃までに、もっと薄い時計への需要が出てきた。そして、ムーブメント構造に革命をもたらして非常に薄いウォッチを可能にしたのが、フランス人のジャン=アントワーヌ・レピーヌ(Jean-Antoine Lépine)であった。レピーヌは、時計構造を劇的に変化させた。彼は、上部プレートを取り払い、輪列上にある歯車の旋回軸の上部を留めるのに、一連の受けとブリッジで代用した。また、フュジーとチェーンを使う複雑な機構も取り払った。彼はまた、ヴァギュール脱進機やレバー脱進機など、バージ脱進機以外の脱進機についても研究した。それらはいずれも、はるかにフラットな構造を可能にするものだ。レピーヌの設計は非常に成功を収め、時計づくりの歴史の中で初めて、真にフラットなウォッチの製造が可能になった。そして実際に、レピーヌ・キャリバーといわれるものは、依然として今日のほとんどのムーブメントのデザインの基盤となっているのだ。

 超薄型ウォッチの需要の伸びを大きく推進させたのは、18世紀末から19世紀初頭に起こった男性ファッションの変化だった。「伊達男ブランメル」の異名で知られたジョージ・ブライアン・ブランメルなどはその先鋒で、彼は、ヨーロッパ貴族男性のファッションの典型である華美なスタイルを拒絶し、ぴったりとフィットするように細心の注意を払って仕立てたものを好んだ。身体に密着するよう念入りに裁断されたオーダーメイドの服は、厚みがスリムなウォッチを要求した。そしてヨーロッパの時計メーカーは、これに対応して薄型への追求を推し進め、時計づくりの限界に挑むようになった(ブレゲは自身の超薄型ウォッチに、レピーヌ・キャリバーのバリエーションを採用した)。薄型のウォッチづくりは、イギリスよりもヨーロッパ大陸で広がったようだ。イギリスの時計メーカーは引き続き、厚みのある構造をもつムーブメントを好み、フュージーを捨て去るのを拒んでいた。こうして20世紀初頭までには、史上最もフラットな時計のいくつかが作られていた。

 エクストラフラットや超薄型のムーブメントを作ることは、昔も今も非常に難しいことであり、極めて超薄型な時計づくりは、ごく限られた専門時計メーカーの領域であった(そしてそれは現在でも同じである)。20世紀初期に最も卓越していたメーカーの1社は、言うまでもなく、ジャガー・ルクルトだった。パリの時計師であるエドモンド・ジャガー(Edmond Jaeger)が先陣を切っていた超薄型時計の需要に応え、ルクルトは、厚さ2㎜以下のムーブメントを搭載した時計の実験を開始した。おそらくそうしたムーブメントの中で最も有名なのが、わずか1.38㎜厚さのジャガー・ルクルトCal.145で、これが上の写真にあるような懐中時計の製造を可能にした。『ナイフ』と呼ばれる1930年の懐中時計だ。Cal.145は、1907年頃から1960年代半ばまで、驚くほど長期にわたり製造された。

 複雑機構をもつ時計も、同じく次第に薄型になり始め、信じられないサイズにまで到達した。少し前に我々は、超薄型のミニッツリピーターとクロノグラフ付きの懐中時計用ムーブメントを深く掘り下げたが、その厚みはわずか3.55㎜であった。もちろん、全てのメーカーが時計をできる限り薄くしようとしていたわけではなかった。一つには、設計に余分な努力を要することで、腕時計がはるかに高価なものになってしまうという問題があり、そしてもう一つ、精度と信頼性が最重要事項である時計にとって、超薄型構造である必要性はなかったのだ。さらに、それらが非常にファッショナブルだという事実はあるにしても、多くの買い手は引き続き、スタイル的に最先端であることよりも、堅牢さや信頼性を感じさせる時計を好んだというのもある。

 しかしそれでも、シンプルなものであれ複雑機構を備えたものであれ、超薄型ムーブメントの製造は、時計づくりにおける優れた能力を主張するものと捉えられた。次回の記事で我々は、超薄型時計づくりの技に関するもっと現代に近い事例について、そして、なぜ現在においても超薄型の時計を作ることが卓越の象徴と捉えられているのかについて、見ていきたいと思う。そして願わくば、なぜ一つの合意に至る定義がないのかについてはもうお分かりいただけたのではないだろうか。「本当にフラットな腕時計用ムーブメント」というものは何十年もかけて進化したのであり、また、何が薄型かという捉え方もどちらかといえば相対的なもので、今日の並外れて薄い時計が、明日には時代遅れになっているからである。