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In-Depth ヴァシュロン・コンスタンタン ヒストリーク・コルヌ・ドゥ・ヴァッシュ 1955

今回は、クラシックなスイス製クロノグラフが実際にどのように機能するかについて、修士号クラスの解説として捉えていただきたい。

ヴァシュロン・コンスタンタン ヒストリーク・コルヌ・ドゥ・ヴァッシュ 1955を、私は1週間ほぼ毎日着けてみた。その感想はといえば、あるレベルでは単純明快に「気に入った。それもすこぶる」となる。しかし別のレベルでは、そこで止めてしまってはこの腕時計に対して、そしてこの腕時計が象徴する歴史に対して、誠意を尽くしていないことになる。コルヌ・ドゥ・ヴァッシュは、そもそも何が腕時計を重要にしているのかについて、我々の多くが抱いているおびただしい数の思い込みに挑戦を突き付けている腕時計だ。ある種のクラシックな時計づくりというものを、独自のやり方で、決定的かつ最終形といっていい程に主張しながらも、同時に、オリジナリティ、デザインの忠実性、正当性という、全く新しい話題をスタートさせてもいるのだ。

Vacheron Constantin Historiques Cornes de Vache 1955

ヴァシュロン・コンスタンタン ヒストリーク・コルヌ・ドゥ・ヴァッシュ 1955 ローズゴールド。

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 コルヌ・ドゥ・ヴァッシュには、かなりの哲学的なものが付随してくる。まずこれは、ある種の嗜好をもつ特定クラスの腕時計愛好家が抗えなくなるように、意図的に入念にデザインされた時計だ。人々に愛されたヴィンテージモデル(ヴァシュロン・コンスタンタン Ref.6087)をベースにしており、一見すると、構想も出来栄えも非常に保守的で、復古的とさえいえる。ラグ、全体的な寸法、クロノグラフのプッシュボタン、ダイヤル、そしてもちろんムーブメントも、まるで時計愛好家を誘惑するためのフェロモンを吹きかけたかのような時計になっている。コルヌ・ドゥ・ヴァッシュは、多くのオマージュモデルがするような、一方の手で誘っておきながらもう一方の手で拒絶するようなことはしない(時計メーカーが、愛すべき名品の現代版を苦労して作りながらも、誰も求めていないような変更を加えたことで、それを好む気持ちを妨げるような要素が加わってしまうのが、私にとっては尽きることのない魅力の源となっている)。

vacheron constantin cornes de vache dial

コルヌ・ド・ヴァッシュの文字盤のクローズアップ。

 本機の魅力を大きく占めているのがムーブメントだ。もし別のムーブメントが入っていたとしたら、コルヌ・ドゥ・ヴァッシュがこれほど瞬時にヒットしたとは思えない。 ヴァシュロンCal.1142の原型は、大型テンプとブレゲ・オーバーコイル・ヒゲゼンマイを搭載した、コラムホール式、水平クラッチ式のクロノグラフムーブメント、レマニア製のCal.2310だ。このムーブメントはあらゆる点で一流品であったといわれている。Cal.1142は、基本的にはレマニアCal.2310の設計を踏襲しつつ、そこに、「ジュネーブ・シール」の品質基準を満たすための必須要素を含む、大きな変更や更新をいくつか加えたものだ。

 そのためにこれは、ムーブメントのレイアウト、メカニズム、仕上げについても、クラシックなクロノグラフがどのように機能するかを理解するのに非常に良いツールとなっている。このムーブメントは、メカニック的にも美的にも、深く掘り下げて見てみる価値がある。本機がもたらすインパクトにも、そして伝統的なムーブメントの魅力にも、大いに関係しているからだ。

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クロノグラフがどのように機能するか
Vacheron Constantin caliber 1142

ヴァシュロン・コンスタンタンのCal.1142には、興味深い歴史がある。

 これは、コルヌ・ドゥ・ヴァッシュを裏蓋から見た写真だ。左側にコラムホイールがあるのが容易に見て取れる(分かりにくい方のために付け加えると、上面にマルタ十字がついている部品だ)。スタートボタンを押すと、ツメがコラムホイール(小さな城壁塔に似ていることからキャッスルホールとの呼び名もある)の下部と噛み合い、時計回りに引っ張る。そしてコラムホイールが回転することで、コラムホイール上部にある隙間や歯がレバーと作用し合い、クロノグラフを止めたり、動かしたり、リセットしたりする。

 上の写真で、ムーブメントのほぼ中央に3つの歯車が動いているのが見える。一番下の歯車(写真の6時位置)は、4番めの歯車の旋回軸上にある(4番車は、ガンギ車に連動して毎分1回転するが、4番車の旋回軸上のダイヤル側に、ランニングセコンドの針が付いている)。6時位置の歯車は常に回転しており、それにギアで連動させた中間車も常に動いている。ムーブメント中央のギアは、クロノグラフ中央の秒針に取り付けてあり、その真上の12時位置にあるのは、クロノグラフのミニッツカウンターの針を動かしている歯車だ。

 10時と11時の中間辺りに、アームが2本突き出たリセットハンマーがあり、そのアームが、クロノグラフの2つの針をゼロに戻すハートカムにかかった状態になっている。ハンマーは板バネでハートカムに押し付けられており、ハンマーがハートカムに当たる2ヵ所の部分の圧力によって、クロノグラフを始動させていないときには針が動かないようになっているのだ。 

Vacheron Constantin caliber 1142 running

クロノグラフが作動中のヴァシュロン・コンスタンタンCal.1142。

 上の写真は、クロノグラフが作動しているときのものだ。スタートボタンが押され、コラムホイールが爪で時計回りに引っ張られたのだ。注意深く見てみると、2つの重要なことが起きているのが分かる。一つは、クラッチホイールを動かすレバーに付いているくちばし状の突起が、コラムホイール上部の歯の間の隙間に入り込んでいる。これにより、クラッチホイールが所定の位置に入り込むことができ、そうすると次に、クラッチホイールを通して、駆動ホイールが中央のクロノグラフの秒針ホイールを回転させることができるのだ。

 二つめは、リセットハンマーを動かすレバーのくちばし状突起が、コラムホイールの歯のひとつの上にせり上がっている。これによりリセットハンマーは、クロノグラフの秒と分のホイールをゼロに戻すハートカムから、離れた状態になる。つまり、2つの事が同時に起きたわけだ。クラッチが噛み合ってクロノグラフのホイールを回し始め、ハンマーが持ち上げられたことでホイールが自由に回転できるようになったということである。

Vacheron Constantin caliber 1142 stopped

クロノグラフが停止中のヴァシュロン・コンスタンタンCal.1142。

 上の写真では、クロノグラフが止まっている。スタート・ストップボタンが押されたことで、コラムホイールが再び引っ張られて回転したのだ。そしてクラッチホイールを動かしているレバーの先が引き上げられたことでクラッチが外れ、クロノグラフが停止している。しかし、リセットハンマーは入り込まないままの状態だ。代わりに、クロノグラフのセンターセコンド針がブレーキレバーで固定されている。ブレーキレバーのくちばし状突起がコラムホイールの2つの歯の隙間に入り込むことで、ブレーキレバーがセンターセコンドホイールの歯に入り込むのだ。そしてそれと同時に、アームのひとつに付いているピンが所定の位置に動き、ゼロに戻すリセットハンマーが下りるのを防ぐ。この動きの中で、ブレーキレバーは見事な3本アーム構造をしている。1本はブレーキそのもの、1本はコラムホイールと連動するくちばし状突起、そしてもう1本はレバーを落とし込む一体型のスプリング。スティール製の小さくも見事な作品といえる。

 クロノグラフのミニッツホイールについてはどのようになっているのかといえば、クロノグラフのセンターセコンドホイールが同軸で動かしている小さな真鍮製ホイールのくちばし状突起によって、毎分1回カウントするようになっている。このホイールに付いているくちばし状突起が、中間ギア(クロノグラフのセンターセコンドホイールから見て11時位置辺りにある)を動かし、それがさらに、12時位置にあるクロノグラフ・ミニッツホイールの歯を1つ進めるのだ。ミニッツホイールは、ジャンパーバネによって固定されているが、このバネの張力は正確に調整されている必要がある。クロノグラフの分針が緩すぎてもいけないが、同時にあまりきつく締めすぎると、クロノグラフを止めてしまったり、テンプの振幅が低下するほどの抵抗を生み出してしまったりすることになる(この全てが、メインの輪列の4番車に搭載された駆動ホイールによって動かされていることを思い出して欲しい。主ゼンマイからのトルクは、ここでは著しく減少しているのだ)。

Vacheron Constantin caliber 1142

上部から見おろしたヴァシュロン・コンスタンタンCal.1142。

 ヴァシュロンは、私が同社の腕時計を分解することは望まないと思うので、ムーブメントのダイヤル側(底プレート)の様子については、同社が提供する画像に頼ることにする。中央にはモーションワーク(針を回転させるギアシステム)があり、右側には、リューズを引き出して時針や分針を設定できるキーレスワークがある。キーレスワークは、デザインも作りも美しい。特に魅力的なのは、一体化されたバネとカバープレートの複雑な形状で、実用面を考えた決定でありながら視覚的な魅力をも備えた輪郭となっている。ご期待通り、ステンレス部分の仕事は一流で、表面には柾目が入り、縁は面取りをして光沢仕上げが施してある。

 ところで、ひとつやってみると非常に面白いのが、2000年代初めに自身のWebサイトで腕時計の高解像度写真というジャンルを開き、インターネット腕時計写真におけるレジェンドとなった、SteveG氏による、素晴らしい高解像度写真を見てみることだ。奇跡的にもそのサイトは今でも全く健在なままだ。同氏の記事の中に、レマニアCal.2310を扱ったものがあるが、これを見ながら、ヴァシュロンのCal.1142と比較してみることができる。 両者は、(ご想像通り)基本的な技術的特徴については全て同じだが、異なる点もいくつかある。相違点には、「ジュネーブ・シール」認定の要件に合わせるためのものもあれば、また、堅実な基本のムーブメントをオートオルロジュリー(高品質時計製造)レベルの高級品に格上げする業務の一環としてのものもある。例えば、Cal.1142の仕上げははるかに高級レベルになっている。Cal.1142のクラッチホイールには石が配されているのに対し、2310には全く使われてない。1142のプレートとブリッジにはロジウムメッキが施してあるのに対し、2310は金メッキだ。1142のクロノグラフのミニッツホイールには単一の一体型ジャンパーバネが使われているのに対し、2310は別々のバネとジャンパーだ(組み立てるにはこちらの方が容易だが、美観でマイナスとなる)。それでも、1142と2310を隣同士で比べれば、ほとんどのパーツが交換可能であることが明確に分かる(とはいえ、1142がフリースプラング式テンプで、2310がそうでないというのはある)。

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部分および全体
vacheron constantin cornes de vache

本機のダイヤルはシンプルで視認性が高い。

 本機は、どのメーカーもかなり長い間作ってきた愛好家向けクロノグラフの中の、最も重要なモデルのひとつだ。ムーブメントのすこぶるクラシックな機械的仕組みはそれ自体が魅力だが(特に作用する仕組みを全て理解すればなおさらだ)、それと同時に、本機は仕上げの面でも調整の面でも、全体を通して一定レベルの職人技が貫かれている。それは、我々に実際の歴史へのつながりを与えてくれるものであり、 高い技能レベルを示すものであり、時を刻むという課題への創意あふれる機械的解決を明快にやってのけたものでもある。とはいえ、なぜ復古的性質が訴えてくるのかを理解しようとするのであれば、本機をモダンウォッチの文脈の中で検討する必要が出てくる。

 ユーザーとしての観点からいって水平クラッチは、現代の垂直クラッチに比べれば技術面で劣る。探知できないほど微細な差異とはいえ、劣ることには違いない。しかしそれが動いているのを目にすると、垂直クラッチでは得られない実感可能な視覚的明確さがあり、素晴らしく理解しやすいメカニズムになるのだ。(そして、そもそも垂直クラッチシステムの方が優れているとの普遍的合意があるわけではないことにも一応触れておくべきだろう。我々の中には、正確に時を刻むのに、摩擦を基にしたメカニズムが入り込む余地があるのだろうかと考える者もいる)。

 コルヌ・ドゥ・ヴァッシュを装着することの喜びの多くは、中に入っているものを知ることから来る喜びであり、そしてそのムーブメントは、製造速度を上げたりコストを削減したりなどという譲歩が全くないのだと理解するところから来る喜びなのだ。よくも悪くも高級品のモットーは常に、「かかるだけの時間をかけ、かかるだけのコストをかける」だ。そしてコルヌ・ドゥ・ヴァッシュは、極めて高価な時計でありながらも有難いことに、今日の高級産業の至る所で散見されるような、高級商品にまつわる利鞘を最後の一滴まで搾り取ろうとするあまりにも見え透いた試みからは、距離を置いている。

Vacheron Constantin Cornes de Vache

コルヌ・ドゥ・ヴァッシュのしなやかなケースサイド。


オン・ザ・リスト

 それに見合うケースとダイヤルがなければ、これもただの見事なムーブメントに過ぎなかっただろう。確かに美しくはあっても、完成作品ではなく、結局のところは断片なのだ。これまで見てきたように、コルヌ・ドゥ・ヴァッシュの出発点は、ヴィンテージモデルRef.6087だ。Ref.6087は、1955年に初めて作られ、総数たったの36本しか生産されなかった(ムーブメントはその全てが、ヴァルジュー23をベースとしたヴァシュロンCal.492を使用していた)、非常にレアなモデルだ。そして、1987年までに作られた最後のヴァシュロン・コンスタンタンのクロノグラフでもあった。直径35㎜で、現代の嗜好としては小さい方になる。そして、カウ・ホーン型のラグを例外として、非常に飾り気のない腕時計であった。一部のモデルには、タキメーター目盛り、テレメーター目盛り、あるいはその両者の組み合わせ(一つのモデルで知られている)が時折追加されはしたが、余計なデザインで装飾することはほとんどしない。

vacheron constantin cornes de vache

腕に着けてみると、コルヌ・ドゥ・ヴァッシュは極めて良いことが分かる。

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 現在のコルヌ・ドゥ・ヴァッシュはオリジナルに対して非常に忠実であり、最大の違いは直径(現在のコルヌ・ドゥ・ヴァッシュは38.5mm x 10.9mm)で、新型モデルは振動数がやや高くなっており(毎時1万8000振動であったのが2万1600振動に)、衝撃保護システムも備わっている。美的かつ技術的な類似性は非常に顕著だ。それがあまりにも顕著なため、本機を着けている間、私は少し落ち着かない気分になり始めたほどであった。この腕時計自体が想像力を欠いていると思ったわけでも、腕時計がよそよそしく感じられたわけでもなく(むしろその逆であった)、むしろ本機は、他の多くの現代の時計づくりに関する、ある払拭できない疑いの念を抱かせてくるのだ。唯一の問題は(それを問題と呼べるならの話だが)、コルヌ・ドゥ・ヴァッシュが極めて保守的でありながら、同時に極めて満足できるものであるという点だ。現代の高級時計製造の特徴である、華美な飾り立てをめぐる大騒ぎは、いったい何のために存在するのかと思わずにいられなくなるのだ。我々は実際には、1955年がピークであったのだろうか。それ以来、坂を下っているのであろうか。

manual chronograph vacheron constantin

手巻きのクラシックなムーブメントの視覚的インパクトを、否定することはできない。

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 装着している多くの時間、こういったことを一切考えないでくれることが、コルヌ・ドゥ・ヴァッシュの成功の証だといえる。1955年当初にそれを腕時計として機能させていたものが、ほぼ現在でも同様に機能させているのだ。デザインについては極わずかしか変化していないにも関わらず、そしてメカニック的には新旧のムーブメントは(控えめな言い方をすると)遠縁の従兄弟ほどの違いしかないにも関わらず、デザイン、そしてムーブメントを取り巻く世界は非常に変化してきた。1955年に極めて伝統的で美しいクラシックなクロノグラフであったものが、2016年になっても依然として伝統的で美しいクラシックなクロノグラフであるだけでなく、それをまるで写真のような忠実さで再現したものでもあるのだ。それゆえに、新モデルは、オリジナルモデルの持たなかった二重キャラクターをもつことになる。 

 これはある程度、全てのオマージュウォッチが冒すリスクではあるが、コルヌ・ドゥ・ヴァッシュの場合、その技術的、技能的、デザイン的な主張が非常に強いために、この二重キャラクターも、実際に通常よりもはるかに顕著となる。しかし私は、本機は時間が経つうちに(そして間違いなく、これは1週間という期間よりももう少し長く着けることを意図した時計だ)、復元モデルとしてのステータスを超えて、この腕時計の本来のキャラクターが、自らを主張するようになるのではないかと思うのだ。そしてそれこそが、そもそも今回第一に言いたかったポイントだ。

 ヒストリーク・コルヌ・ドゥ・ヴァッシュ 1955、Ref.5000H/000R-B059。ムーブメント、Cal.1142。手巻き、27.5 mm x 5.6 mm、パワーリザーブ48時間。2万1600振動/時。ブレゲ・オーバーコイル搭載のフリースプラング式、調節可能な大型テンプ。ケース、18Kピンクゴールド、3気圧防水、38.5 mm x 10.9 mm。ストラップ、ダークブラウンのアリゲーター、ピンクゴールドのピンバックル付き。600万円(税抜)。詳しくはヴァシュロン・コンスタンタン公式サイトへ。

Three On Three記事での、ランゲ、パテック、ヴァシュロンの最高レベルのクロノグラフの比較はこちらから。