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In-Depth ヴァシュロン・コンスタンタン レ・キャビノティエ・セレスティア・アストロノミカル・グランド・コンプリケーション 3600

宇宙の美を驚くべきミクロの世界に表現した傑作時計

※本記事は2017年5月に執筆された本国版の翻訳です。

ヴァシュロン・コンスタンタンのレ・キャビノティエ・セレスティア・アストロノミカル・グランド・コンプリケーション 3600は、2017年のSIHHでヴァシュロンが発表した際にも取り上げたが、控えめに言っても、何度もメディアで露出を重ねることで報われる時計でもあり、数週間前にスイスの本社で撮影の機会を得た。本作は非常に複雑な時計だが、その中でも特にユニークなモデルで、ヴァシュロン・コンスタンタンがこれまでに製作した中で最も複雑な腕時計といえる。 この時計の基本理念は、天文学的複雑機構を時計学的な文脈から探求することであり、その複雑な機構だけでなく、私たちが空を観察する背後ある天文学的法則性と地上で体験することとの深いつながりを表現する時計を作ることだった。

ヴァシュロン・コンスタンタンのセレスティアは、天文学的な複雑機構を備えた完璧なパッケージを提供する。

 セレスティアに先立ち、最も複雑な腕時計は、ヴァシュロン・コンスタンタンの創業250周年を記念して製作された“トゥール・ド・リル”だった。 トゥール・ド・リルには、トゥールビヨン、パーペチュアルカレンダー、ミニッツリピーターの他に、天文学的な複雑機構が数多く搭載されていた。製作された2005年当時は世界で最も複雑な腕時計であり、12年経った現在でも感動を与える力は色褪せていない。

 また、非常に大きな時計であるが、複雑機構の数(ヴァシュロンによると16機能)を考えれば、直径47mm、厚さ17.8mmは驚くことではない。計7本が製作され、ヴァシュロンの250周年を記念して、最初のモデルがアンティコルム社のオークションに出品され、187万6250スイスフラン(約2億1595万円)で落札され、当時の現行品の中では最高額であった(同オークションでは、1929年に完成したエジプト、ムハンマド・アリー朝の第9代君主の名を冠した懐中時計“フアード1世”が330万6250スイスフラン(約270万ドル、約2億8150万円)で落札された)。

セレスティアの前に、ヴァシュロン・コンスタンタンで最も複雑な時計として位置付けられていた、トゥール・ド・リル 250周年記念モデル。

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 セレスティアはトゥール・ド・リルと異なり、天文学的な表示のみを搭載しているものの、前作とは異なり、考え得る天文学的複雑機構を網羅している。多くのグランドコンプリケーションウォッチとは異なり、天文学表示の特化することで、高度な複雑時計では稀な調和のとれた審美性を獲得している。多くの複雑機構を搭載した腕時計や懐中時計は、複雑さを追求するあまり発想の統一性を犠牲にしているかのように、その複雑さの割に焦点がブレているように見えることがあるものだ。一方、セレスティアはその複雑さの割には、より選択性が高く、時間に対する明確なビジョンと、それがどのように機械的にモデル化されているかに焦点を当てることで、時計としての哲学に一貫性が感じられる。

複雑な機構にもかかわらず、セレスティアは非常に視認性が高く、ダイヤルに窮屈さを感じさせない。

 セレスティアには、ヴァシュロンの複雑時計に見られるような、装飾的でやや古風なデザインはほとんど見られない。ダイヤルデザイン、表示の構成、全体的な印象は、複雑な時計を作る際によく見られるスイスの慣習に反して、少なくともいくつかの点でモダニズム的な雰囲気を醸し出している – 立体的干潮表示を除いて、複雑機構の表示は構造面においてもデザイン面においても古典的手法に則ってはいるが。これは視認性の向上に貢献することもさることながら、情報量においても、より抽象的なレベルで天文学的法則の様々な表現として、それぞれの複雑機構が互いにどのように関係しているかをよりよく理解できることを意味する。

世界で最も複雑な時計:ヴァシュロン・コンスタンタン Ref. 57260

セレスティアはヴァシュロンの最も複雑な腕時計だが、ヴァシュロン・コンスタンタンがこれまでに製作した時計の中で最も複雑なものではない。超複雑な時計製造へのもう1つの挑戦として、こちらの記事で紹介している懐中時計 Ref. 57260の、57個もの複雑機構をご覧いただきたい。

 トゥール・ド・リルは、ダイヤル側と裏蓋側の両方に多くの表示があり、特に裏蓋側には星図が表示されていた。セレスティアも同様のアプローチを採用しており、ダイヤルにはパーペチュアルカレンダー、日の出/日の入りの時刻、日照時間(日の出と日の入りの針の間にある垂直方向の目盛り)、ムーンフェイズを表示する。また、セレスティアを初めて見た時には見逃してしまったのだが、少し隠れているものの、非常に気の利いたデイ/ナイト表示も搭載している。

 おそらく、通常の基準(高度な複雑時計の基準からでさえも)から見て著しく超越した付加機能は、いわゆる“マレオスコープ”の搭載で、居住地の潮位(満潮と干潮)表示と、地球と月の太陽に対する相対的位置を示す。そして、星座表示だけでなく、分点(春[秋]分)と支点(夏[冬]至)の表示も搭載する。また、真太陽時との均時差を長分針に前後して運針するゴールドカラー針のイクエーション・オブ・タイム・マーチャント(連続均時差表示)をも搭載する。


潮汐位と月の周期法則

ムーンフェイズとマレオスコープの潮位表示は、太陰日と陰暦(太陰月)の両方の経過を示す。

 マレオスコープとムーンフェイズが互いに隣接しているのは、密接に関連しているという完璧な論理に基づいている – つまり、潮の満ち引きに最も影響するのは月の引力によるものだからだ。マレオスコープを使用するには、まず、所有者の居住地の潮汐表を参照し、満潮と干潮に一致するように潮汐表示を設定する。これができれば、満潮と干潮がひと目でわかるようになり、前回と次回の満潮時をおおよそ把握することができる。

 最高潮 - いわゆる“春”の満潮は、地球、月、太陽が直列するときに起こる(このような整列は、月と太陽が最も近くにあるときには“コンジャンクション(conjunction)”と呼ばれ、最も遠くにあるときには“オポジション(opposition)”と呼ばれる)。コンジャンクションは、syzygy(朔望)とは別の概念だ - これまたボードゲーム、“スクラブル(Scrabble)”のプレーヤーが好みそうな単語だ。朔望は、天体が垂直面と水平面の両方で直列するという点で、コンジャンクションとは異なる。

 コンジャンクションとオポジション発生時の太陽と月の引力の付加的な効果は、潮が“春”を迎える原因となる(なお、この用語は季節の春とは何ら関係がない)。マレオスコープは、 朔望月期間の地球、月、太陽の相対的な位置を示しているので、春の潮と最低潮(ニープタイド)がいつ起こるかをおおよそ知ることができる - 最低潮は、月、地球、太陽が90度(直角)を形成したときに発生し、それは最高と最低潮位(“ニープ”とは“力ない”を意味するアングロサクソン古語に由来)の差異が最小化したときを指す。春の潮汐と最低潮のコンジャンクションとの直角は、地球を中心としたマレオスコープ上に十字の線上に表示される。

 ムーンフェイズ表示は、月齢と位相を表示し、マレオスコープとムーンフェイズ表示の両方が、新月から次の新月までの期間である“真朔望月”をモデルにした専用輪列によって作動する。これは約29.531日であり、150年に1日しか誤差が生じないほど正確な輪列であり、ムーンフェイズとマレオスコープの地球/月の位置表示の制御の両方を担っている。月が(潮汐周期を介して)子午線に戻るまでの時間を反映するマレオスコープのおかげで、24時間50分(連続する満潮の間は約12時間25分)と太陽日よりも少し長い太陰日を視覚的に表現することができる。


暦年と太陽年(回帰年)の周期法則

天文学的に正確な太陽年の輪列は、セレスティアの複雑な機構の多くを駆動する。

 セレスティアの非常に珍しい特徴として、太陽年(回帰年とも)の専用輪列(回帰年輪列)の存在が挙げられる。太陽年とは、地球が太陽の周りを1周するのにかかる時間のことで、これは日数ではなく、実際の太陽年は約365日と5時間48分46秒だ。これはご存じのとおり4年に1度、カレンダーと現実の時間との誤差を補正するために2月29日(うるう日)が追加される、365日の暦年の構造を反映したパーペチュアルカレンダーとは対照的である。

 回帰年輪列の追加はセレスティアに複雑性をもたらしたものの、均時差表示、日の出/日の入りの時間、赤道儀と夏至の表示、昼夜の長さの表示など、暦年ではなく天文学上の年( 365.2421898日 )に依拠することによって表示の精度を高めた。

日の出と日の入りの時間と日照時間は、オーナーの居住地域に合わせてカスタマイズされる。

 日付表示のすぐ下には、分点と至点に加え、太陽が十二星座の中でどこに位置するか表示するディスクが存在する。季節の移り変わりを示すのが、分点と至点だ。至点とは、地球の軸の傾きが太陽に対して極大化する時だ(具体的には、太陽が蟹座の南回帰線または山羊座の南回帰線の真上、または太陽が1年のある時点で真上となる緯度曲線の最南端と最北端に位置する時)。一方、分点は、1年に2回、地球の自転軸の傾きが太陽に対して垂直に位置するときに発生する。

 均時差とは、1日を24時間とする平均太陽日と新太陽日との差で、地球の自転軸の傾きや軌道の偏心の影響で、1年の間に - 14分15秒から16分25秒までの誤差を意味する。通常、均時差は、1年に1度回転する腎臓の形をしたカム車に変換されている。一般的に、カムは、カムの位置を“なぞる”レバーと接触しており、平均太陽日とのプラスまたはマイナスの偏差を運針に伝える。

  イクエーション・オブ・タイム・マーチャント(連続均時差表示) は、実装がさらに複雑となる - この複雑機構(ブランパンやブレゲでも採用)では、分針に対する均時差分針の位置を制御するディファレンシャル機構にレバーが接続されている。両方の針が一緒にダイヤルの周りを周回するという仕組みは、均時差分針と時針が12:00を指す時に真太陽正午を読み取ることができるということを意味する(もちろん、日中にだ)。この複雑機構はそれだけでかなり珍しい;セレスティアでは、均時差導出のカムが、専用設計された回帰年輪列によって駆動される点がさらにユニークといえる。

 日の出、日の入り、日照時間の長さの表示もすべてカムに基づいているが、一般的に日の出と日の入りが複雑に絡み合う時計では、カムは1年に1回転する。しかし、セレスティアでは、均時差導出用のカムと同様、日照時間に関連した表示のためのカムも回帰年輪列によって駆動される。

その複雑さにもかかわらず、Cal.3600のサイズは36mm×8.7mmと薄型だ。

 Cal.3600のダイヤル側を見ると、表示用の歯車が全て観察できる。Cal.3600の直角表示(ダイヤル側機構)を斜めから見た上の画像では、6時位置にある日の出/日の入り針の2つの軸が、日の出/日の入り針のすぐ下にあることがわかる。

ムーンフェイズ表示も絶妙な昼夜表示を取り入れている。

 最後にもう一つ:ムーンフェイズ表示の一部であるデイ/ナイトインジケーターの存在についてだ。月が描かれた透明なディスクの下には背景用のディスクが重ね合わせてあり、1日に1回転する。これは、日中、または夕方の時間帯の月の様子を反映している - 確かに、この方法以外では一般的に時計の中でかなり退屈な機能である昼夜表示(確かにパーペチュアルカレンダーを設定したり、GMTウォッチのホームタイムを読み取るための重要な役割をもつが)を、非常に巧妙でロマンティックな手法で実装している。

 回帰年輪列は非常に興味をそそる技術革新であり、他の時計で見ることはまずない。天文学的なムーンフェイズのように、150年に1日の誤差という、非常に精度の高いものだ。ヴァシュロン・コンスタンタンでは、レ・キャビノティエの時計職人が次のように話した「(理論的には)もっと正確な輪列を作ることは可能でしょうが、それは愚かなことだと思います。1万年に1日の誤差にまで精度を上げたとしても、輪列の歯車はそんなに長くはもちません。重要なのは、可能な限り正確にするために、できるだけ歯車の数を減らすという試みなのです"

 そしてセレスティアの背面には、別の天文周期が与えられる:すなわち“恒星時”である。


恒星時の周期法則

 セレスティアの背面には、オーナーの居住地の上空に見える星が描かれている(私が見たプロトタイプでは、星図はジュネーブ上空に見える星を示していた)。この複雑さは面白い方法で実装されている。2つのサファイアのディスクが重なっていて、上の方は動かないようになっていて星と共に2つの楕円が描かれている - 楕円の1つは天の赤道、もう1つは黄道面(地球から見た惑星や太陽の通り道を表した線)である。

 下のディスクの暗い楕円は、恒星日ごとに1回転しており、その時点で真上にある星を示す - 明らかに、夜にしか見えないものだ(天の川も表示されている)。楕円の円周は、居住地の地平線を表しており、見える空の量は高度によって変化するため、楕円の大きさは大きくなったり(高度が高い場合)、小さくなったりする(低い場合)。星に対する楕円の位置は緯度によっても異なる。極星であるポラリスはディスクの中心にあり、位置が変わることはない(もし極星が位置を変えてしまったら、緯度を知るための基準としての極星の意味が失われてしまうからだ)。つまり、北半球においては北極(別名サンタ・セレスティア)に居住する顧客のために制作されるセレスティアが究極の1本ということになる。なぜなら、暗い楕円の中心に極星が鎮座することになるからだ。

セレスティアの背面には、非常に大きな星図が大きく取られており、恒星日ごとに1回転するようになっている。

 恒星日は太陽日よりも4分ほど短い(正確には恒星日は23時間56分4秒)。これは、地球が1年の間に黄道面に沿って移動しているように見える太陽と、背景に固定表示される星との間の実際の距離に大きな差があるためである。この差のため、太陽が空の同じ地点に戻るためには、地球が実際に1周以上回転しなければならず、このため太陽日が定義されることとなった。

 一方、恒星日とは、背景の星の一部である空の点が、同じ点に戻るまでの時間のことである。真上にある太陽が通過してから、同じ地点に通過するまでの太陽日に対し、恒星日は、真上の春分点が通過してから、次に同じ地点を通過するまでの時間である。

星の他、天の川、黄道面、天の赤道なども表示される。

 春分点(牡羊座α星)は、元来その名の星座の0度点として定義されていた。より厳密には、黄道面と赤道が交差する点と定義され、セレスティアの星図では、2つの楕円が交差する地点だ(ご覧のとおり、180度離れている)。春分点歳差(訳注:歳差とは、地球の自転軸の首振り運動によって天体の見え方が変わること)によって、かつての春分点は、現在は魚座に置き換えられているが、慣例として牡羊座の名を残している。

 また、1年の月が星図の外側に配置されていることに気づくだろうが、恒星日ごとに1回転するものからどのようにして月数を得るのか疑問に思うかもしれない(私自身もその例に漏れない)。結局のところ、太陽日と恒星日の違いのために、周回ディスク上の点は、1年が進むにつれて、毎日、固定された外側の点に対して、わずかに異なる点を指し示すことになる。回転円盤上には小さな金色の▲表示があり、毎日午前0時(平均時間表示)になると、その月の範囲を指すことで判断するのだ。

 なお、トゥールビヨン機構だけでなく、主ゼンマイが収められる積み重ねられた香箱もケースバックから眺めることが可能だ。

 また、ゲージ式のパワーリザーブインジケーターも特徴的である。セレスティアには、6つの香箱が搭載されており、21日間のパワーリザーブで1.8J(ジュール)のエネルギーを供給する(ヴァシュロンによる情報)。2005年のトゥール・ド・リルが直径47mm、厚さ17.8mmであるのに対し、セレスティアは45mm×13.6mmと非常にコンパクトな設計であり、全ての複雑機構(ヴァシュロンの公式情報によるとトゥール・ド・リルの16個に対して23個)を搭載していながら、日常的に着用しても快適性を損なうことはない。

パワーリザーブインジケーターは、セレスティアの6つの香箱の総エネルギー残量を示す。

ヴァシュロン・コンスタンタンのセレスティアは、その複雑性を考えると、非常に薄いケースを持つ。

 初めてセレスティアに出会った場合、複雑機構を積み重ねただけだと考えがちで、見方によってはそれも正しい。しかし、別の次元で考えると、地球の住人たる私たちの視点から人間界を支配する天文学的周期法則を1つの調和のとれた機械として表現していると捉えることもできる。

 恒星輪列、平均太陽時間輪列;回帰年輪列;そして朔望月を表す輪列、そして太陰日を表す輪列の存在。そしてもちろん、パーペチュアルカレンダーには、機械的に変換された暦年の表示が組み込まれる。複雑機構の多彩さには目を見張るものがあるが、セレスティアの魅力は、複雑機構を支える輪列に組み込まれた様々な天文学的英知にこそある - その集積知こそが、セレスティアを単なる部品の寄せ集めを超越した存在に昇華させるのだ。

レ・キャビノティエ・セレスティア・アストロノミカル・グランド・コンプリケーション 3600:Ref. 9720C/00G-B281、ジュネーブ・シール。ムーブメント、Cal.3600、手巻き、36mm×8.7mm、6つの香箱からなる3週間パワーリザーブ。18Kホワイトゴールド製ケース、45mm×13.6mm、3気圧防水。スレートダイヤル、18Kゴールド製インデックス。価格:100万ユーロ(約1億2428万円)以上。