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リシャール・ミルの行方 4年ぶりの鈴鹿サーキットイベントで明かされたファミリー×コミュニティビジネスの未来

このイベントにリシャール・ミル本人の姿はなかった。しかし、後継者と目されるアレクサンダー・ミル氏がそこにいた事実が示すことは?

リシャール・ミルが顧客をサーキットに招いてスーパーカーを走らせる。こんなニュースが巷を騒がせたのは2018年のこと。当時、4年目を迎えていた「Sound of Engine」という名前のイベントの冠スポンサーをリシャール・ミルが務めたことで実現したのだが、コロナが猛威をふるうなか開催が見合わされることとなった。

 この2022年、イベント自体は休止されたままだが、リシャール・ミルが顧客サービスの一環として単独で新たなイベントを実施。「RICHARD MILLE SUZUKA 2022」と題されたこのイベントは、F1カーのデモランや顧客によるパレードランに加えて、総勢143名(保護者込みで296名)のキッズを招待したピット&パドックウォーク、サーキットサファリなど、リシャール・ミルオーナーならずとも楽しめるコンテンツが盛り込まれた。

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 この日は、214組、総勢500名におよぶリシャール・ミルオーナーがゲストとして招待され、彼らが所有するスーパーカーを含む177台がサーキットを疾走した。年産が約5000本というリシャール・ミルで、これだけの数の顧客が集まったということは驚くべきことで、イベントの現場で感じた熱は、スイス時計の売上高におけるリシャール・ミルのポジションを実感するのに十分だった。

 イベントの最中、顧客サービスの合間を縫ってリシャールミルジャパンの川﨑圭太社長をはじめ、本国ディレクターであるアレクサンダー・ミル氏、マーケティングディレクターのティム・マラシャール氏がメディア向けに取材の場を設けてくれた。そのなかでも繰り返し伝えられたのは、リシャール・ミルのビジネスはコミュニティに向けたものであり、時計の生産本数という意味での拡大は目指さないということ。また、ファミリービジネスとしてのスタンスを崩さずに、作りたいものを作って共感してくれる人・コミュニティに届けるというものだった。

 モルガン・スタンレーによるサマリーを見ると、2021年の売上高において、リシャール・ミルはスイス時計全ブランドのなかで7位に位置しているそうだ。これは、マスブランドを除けば、オーデマ ピゲ、パテック フィリップに次ぐポジションであり、現在の時計市場を表していると言える。つまり、高額であり価値を保ちやすい時計の調子がよいということだ。

 一方で、このランキングを持ち出してお話をされた川﨑社長の言葉のなかで、「ファミリービジネス」というキーワードが特に気になった。スイス時計不動の首位はザ・クラウン(ロレックス)だが、オーデマ ピゲ、パテック フィリップも含めて7位までのうち4社までが独立性を保ったブランドなのである。もともとのブランドパワーが強いところばかりであることは否定しないが、特にリシャール・ミルは近年のトレンドに乗って躍進を遂げたと言っても過言ではないだろう。そこには独立企業ならではの舵取りの自由度と、リシャール・ミル独自のスタンスが大きく貢献したように思う。

リシャールミルジャパン川﨑圭太社長。

 ウォッチメーカーとしてのリシャール・ミルのスタンスとは何か? 「自分たちが作りたいものを作る」。これが創業以来変わらない理念であると、取材に応じてくれたメンバーは口を揃えて言う。「新しいアイデアに溢れた時計はまだまだ作り出せる。それを作るためにディスコンにするモデルもあるが、新しい発想をどんどん出していきたいと考えています。それぞれのピースがアートのようなものになるように取り組んでいるのが、今のリシャール・ミルです」(アレクサンダー氏)。

 「このやり方を続けていく、というかそれしかできないのがこのブランドなのです。売れるものだけれど終わりにして、次のアメイジングなものを発表していく。それをどうやってタイムリーに伝えていくかが我々、日本側のミッションでもあります。リシャール・ミル本人は100年続けられるほどのアイデアがあると言っていますから、価値を保ちながらいかに続けていくかが大切なことです」(川﨑氏)

  生き生きと語る様子から、ブランド内の空気がとてもよいのだろうと感じさせる。ただ、一般的には「作りたいものを作る」は悪手でもあり、顧客がついて来ずに終わることは時計業界ならずともよく起こること。しかも平均単価が2000万円に迫る時計となると、購入できる層に刺さる物語をいかに、どう伝えるのかも重要なファクターになるだろう。リシャール・ミルの場合、このブランドをリシャール・ミルたらしめているのは、顧客コミュニティの存在が大きい。

リシャール・ミル次期CEOであるアレクサンダー・ミル(左)。同社には7年前に入社した。

 「リシャール・ミルがユニークなところは、世界のリージョンごとにその国に合わせてアレンジしたマーケティングを行っているところにあります。日本の場合、そのひとつの形がこの鈴鹿サーキットでのイベントで、来ていただくと、なるほど、と思っていただけると思います。こうしたイベントは日本独自でして、このお客様一体型・参加型というかたちが、成功の秘訣だったなと。これだけの商品ですから、やはり最後はお客様同士で魅力を共有いただくのが強いのです。今日も来てくれているお客様のおかげで成り立っていると、4年ぶりのイベントで実感しています」(川﨑氏)

 コミュニティの存在は世界共通なのかとアレクサンダー氏に尋ねると、意外な答えが返ってきた。「他の国でもお客様との距離は近いのですが、日本は特殊だと思います。シンガポールやアジアは近い傾向にあるかもしれませんが、ヨーロッパ、地元であるフランスはシャイな方が多く、ブランドと近しい関係を築くということはこれまであまりありませんでした。ただ、現在はだんだんとの距離が縮まってきており、その皆さんが楽しみ出している状況ではあります。日本からのインスパイアもあって、イベントの在り方も新しいものになりつつあり、数の少ないお客様に確かなケアをして確かな関係を築く方向にシフトしています」

リシャール・ミル、マーケティングディレクターのティム・マラシャール氏。13年にわたりこのブランドを支えている。

 総勢500名の顧客が一日中楽しめるイベントというのは、たしかにあまり見たことがない。普段は思い切って走らせることが難しい、スーパーカーで存分に走れる環境。フェラーリ、マクラーレン、ランボルギーニとクルマの趣味でも自然に発生するコミュニティ。共通したものが好きだというエネルギーは、これほどに熱狂を生むのだ。一方で、こうした熱狂はいつまで続くのか? 急激に高まった熱は冷めやすいものだが、それについてもリシャール・ミルなりの回答があるという。

リシャール・ミル本国メンバーと川﨑社長。

ティム氏の手元に光るのはRM 055 バッバ・ワトソン。リシャール・ミル屈指の人気モデルであり、印象的なATZセラミックスを用いている。

川﨑社長は珍しいラウンド型のRM 025 トゥールビヨン・クロノグラフを着用。同社初のラウンド型でありダイバーズウォッチでもある。

「このブランドは、アレックス(アレクサンダー氏)の時代へと変わっていきます。マーケティングにとってはこの状況常にエキサイティングで、そのために何をすべきか、ブランドの未来を若い世代にどう受け継ぐかだけを考えているのが今の状況です。それだけでよいというのは稀有な状態で、社員全員がリシャール・ミルというブランドを愛しているからことのことだと思っています。社員が楽しんでもの作りをし、楽しんで知らせる活動をしているからこそ、それが自然とお客様にも伝わっているのだと感じます」(ティム氏)

 あまりに自然に、サラッとブランドトップの交代予告がされたのだが、リシャール・ミル氏本人がここ数年、公の場に姿を現さなくなっていたことはこの布石だったのだ。この熱狂を次の世代へとつなげる。そのための準備は、リシャール・ミル本社以外でもじわりと進んでいる。

イベントには、リシャール・ミルファミリーの日本人アスリートたちも駆けつけた。レーシングドライバー 中野信治さん、松下信治さん 、プロゴルファー 宮里優作さん、青木瀬令奈さん、成田美寿々さん。

 「リシャール・ミルはそもそも、伝統的機械式時計の継承というベースを守りながら、新しいエッセンスを加えていく確たるコンセプトがあります。これが世代を超えて受け継がれていくというのは、現在、全世界で起こっていることです。製造で協力いただく工場や各マーケットの我々も含めて、同じように次の世代に継承されて成長を続けていく段階に入りました。これも、時計業界でリシャール・ミルだけに起こっていることのように感じています」(川﨑氏)

 時計コミュニティというのは、わずか10年ほど前までは本当に小さなものだった。それが今や、ブランドをも巻き込んで作り手やディストリビューターを含んだひとつの塊のようなものになりつつある。腕時計という存在自体はどんどんマス向けに開かれたものになってきたが、そのなかでコミュニティは存在感を増すばかりだ。リシャール・ミルは、そこに向けてさらなる準備を始めている。

 「我々はこれからもハイ・ラグジュアリーの提供を続けていきます。他では見たことがないものを常に実現していく。リシャール・ミル内部では、次なるファンタジーを求めてもう次の旅に出たところです」(アレクサンダー氏)

 会見の結びに、次なる新作の情報にも少し触れられたのだが、ゼロから作り上げたスポーティなレディスウォッチを予定しているようだ。川﨑社長は「ジュエリーウォッチに食傷気味の女性顧客からは、より本格的な機械式時計が求められている」と語ったが、これもマーケティングありきの新作ではないという。あくまで、市場にないレディスウォッチを作りたいという、リシャール・ミル社の熱意からなるものだ。

 順調に進めば2023年の2月にその時計は発表され、それを皮切りに数多くの新作をローンチ予定だという。アレクサンダー氏の次なる言葉を待ちたい。

リシャール・ミルについての詳細は公式サイトへ。