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Grails 憧れのA.ランゲ&ゾーネをまだ手に入れない理由

価格面はさておき。

編集部注:本記事の執筆者、マイケル・ウィリアム(Michael Williams)氏は、A Continuous Leanを主宰し、ファッション、ゴルフ、ライフスタイル全般について発信しています。もちろん、時計コレクターでもあります。

私は時計に関し、大きくふたつ自分自身に問いかけるようにしている。私の時計は世間に対して何を語るのか、そして、私に対して何を語るのか、ということだ。

 時計が非常にパーソナルなものであることは、誰もが知っている。時計は何かの記念日であったり、自分のスタイルを反映したものであったり、達成感を与えてくれるものであったりするからだ。腕につけていない状態で外出すると、裸になったような気分になる。私が最も興味を抱いているのは、この点だ。つまり、この小さな機械と私たちが築く感情的な関係である。

 私は自分をコレクターとはみなしていない。時計愛好家というほうがしっくりくるかもしれない。あるいは、ただのファンかもしれない。リファレンスナンバーが話題に上ると、私は誰かの後ろに隠れてしまう。多くの時計愛好家がそうであるように、私は時計が人生の重要な瞬間を表現するものとして愛しているだけだからだ。

 そんな私にとって特別な時計があるのだが、私はそれを持っていない。その時計とは、A.ランゲ&ゾーネ 1815 アップ/ダウンである。ランゲは、遠回しなアプローチで私が予想もしなかった紆余曲折を経て現在のキャリアに至った軌跡を象徴しているからである。そう、1815 アップ/ダウンは、人生における可能性を象徴しているのだ。

 A.ランゲ&ゾーネが作るすべての時計と同様、この時計は洗練されている。シンプルなダイヤルに、ふたつのサブダイヤル(パワーリザーブとスモールセコンド)が特徴的だ。タイポグラフィは静謐で、ランゲを象徴している。ムーブメントの品質は天文学的に高いながら、全体的なオーラは驚くほど控えめだ。価格も “Price upon request(応相談)”。この時計は、本当に価値を知っている人にしか評価することができない時計なのだ。

 この時計が特に魅力的なのは、ふたつの理由があるからだ。ひとつめは、私は期待されるものからひとつでも外れているものが好きだからだ。パテックやロレックス、ロイヤル オークを否定するわけではないが、それらは聖杯と崇める時計としては、あまりにもありきたりな気がするのだ。時々、私の知り合いがみんな同じ911、同じライカ、同じ時計を持っているように感じることがある。私はもっとニッチを攻めたいのだ。

 A.ランゲ&ゾーネを好きなもうひとつの理由は、このブランドと会社の人たちが本物だと感じられるからだ。ザクセン州のマニュファクチュールを見に行ったことがあるのだが、そこではすべてが本物だと感じられる。市場調査に基づいて、自分たちが何者であるかという感覚を作り出そうとはしていないのだ。すべてがマーケティング戦略のように感じられる時代にあって、ランゲは自らの感性に従っているのである。

 では、なぜ私は所有しないのだろうか?

A. Lange & Sohne watch

大学を卒業してすぐに、私はオハイオ州南部からニューヨークへ移った。目標は、アパレル会社、マーケティング会社、雑誌社への就職だった。ニューヨークで知り合った人の数は、片手で数えられるほどだった。幸い、親友がMTVの衣装部門でスタイリストとして働いていて、手伝って欲しいと言ってくれた。2000年代初頭、MTVの人気は絶頂期だった。ある日、彼から電話があり、求人しているエージェンシーに私を推薦してくれたとのことだった。私は面接に行き、晴れて仕事をもらうことができた。自分が何をやっているのかまったくわからず、ただ仕事にありついたことがうれしかった。

 その会社は大手ブランドの代理店をしていて、クライアントのひとつにA.ランゲ&ゾーネという時計メーカーがあった。それまで私は、時計について基本的なことすら何も知らなかった。高級時計に囲まれて育ったわけでもなく、その時点で“サブマリーナー”という単語さえ口にしたことがなかったと思う。それを承知で、時計ブランドとの接点がない服飾の仕事を担当させたのだろう。あるとき、クライアントのP.ディディ(編注:本名ショーン・コムズ、アメリカの音楽プロデューサー)に頼まれて、ハリー・ウィンストンに気の進まない量のダイヤモンドジュエリーを返しに行ったら、宝飾店WEMPE(ヴェンペ)の前を通りかかった。それくらいしか、いい時計に触れる機会がなかったのだ。

 私たちのオフィスは、ニュースルームのようなオープンなスタイルだった。デスクはふたつずつ向かい合って並んでいた。私の真向かいのデスクには、アシスタント仲間が働いていた。彼はジュネーブの出身で、全寮制の学校に通っていたそうだ。フランス語、ドイツ語、英語、その他5カ国語くらいは話せる。彼は、1日中、電話で各国語を話していたが、私が理解できるのは“ブリトニー・スピアーズ”の2語だけで、なぜか、それを頻繁に聞き取れていたことを覚えている。

 スイス人のデスクメイトは、時計部門の担当者だった。彼は、撮影に出かけるときや帰ってきたときに、いつもランゲの時計を持っていた。私はその時計に魅了された。手に入らないものだから、余計に好きになったのだ。

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 2006年、新しいコンサルティングビジネスで大口のクライアントを獲得したあと、初めて“本物”の腕時計を購入した。養う家族もなく、貯金もあったので、IWCのポルトギーゼ・オートマティックを購入した。もともと、アシスタントとして2万5000ドルの年収を得ていた頃、マディソンアベニューのとある店舗でこの時計を目にしていた。その瞬間、私は決心した。余裕ができたら、またこの時計を買いに来ようと。うれしいことに、その日は実際にやってきた。その時計は、今も私の手元にある。私は、この時計が象徴するものを愛しているのだ。

 購入した日、IWCを身につけて地下鉄に乗ると、不思議な気分になったことを覚えている。それまで持っていたどの時計よりも大きく、重要な存在に感じられたのだ。購入したことを実感し、それを身につけていることに緊張を覚えた。そんな気持ちも、自分との約束を果たしたと思えば、吹っ切れた。わずかなお金とひとりの友人を連れてニューヨークにやってきた私が、曲がりなりにも生き抜いた証がこの時計だったからだ。それからは、自分に自信が持てなくなったとき、手首を見れば、いいことがあると思えるようになったのだ。

Movement of an Lange watch

それ以来、数十年のあいだに、いくつかの重要な時計が私に語りかけてきた。そのうちの何本かは、今なお私が所有している。おそらく、私が最も考えてきたのがA.ランゲ&ゾーネ  1815 アップ/ダウンで、なかなか実現できなかったものである。

 キャリアをスタートさせた当初は、ランゲを所有することは不可能に近いと思われた。しかし、その思いは今も変わらない。いつもやり残した仕事のようなものである。ランゲは私の心のなかで特別な位置を占めているのだ。たとえ私が顧客になっていなかったとしても、だ。少なくとも今はまだ。

 私が所有するすべての時計は、個人的な意味を持っている。たとえば2014年に結婚したとき、妻はジャガー・ルクルト グランド・レベルソ・ウルトラスリム・トリビュート・トゥ・1931(これはほかならぬベン・クライマーが推薦してくれたものだった)を贈ってくれた。問題はこの1815 アップ/ダウンを実際に購入するためには何が必要か、ということだ。

 それは、私が受け入れる準備ができているかどうかわからない“あること”を認める必要がある。それは、私が時計収集をやめる準備ができていないことである。

A. Lange & Sohne 1815 Up/Down

 私は、IWCやロレックスなど、過去15年間に入手したすべての腕時計を売却すると言い続けている。もちろん、結婚記念のために購入したJLCは除くが…ランゲを買えば、20本のコレクションを所有し、それに執着してきた人間だけができる、断捨離ができたということになる。アップ/ダウンを購入することは、私が年を取って賢くなったということでもあるのだ。もう、時計を買う病にはかからないだろう。

この時計は私がニューヨークに来た当初から夢見た、象徴的なものだと妻に話している。もうこれ以外の時計は買わない。私たち二人とも、それが真実でないことに将来気づくことになるだろうが。

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1815 アップ/ダウンの詳細については、A.ランゲ&ゾーネ公式Webサイトをご覧ください。HODINKEE Shopでは、ランゲの中古品を多数取り扱っています。