90年代ウィークへようこそ。この特集では直近10年間で最も魅力的な(そして最も過小評価されている)時計と、20世紀末を特徴付けたトレンドとイノベーションを再考していく。ダイヤルアップ接続を行い、クリスタルペプシ(無色透明のコーラ)を手に取ってほしい。今週はずっとこのテーマを扱う。
嗚呼、90年代よ。
インターネットが発展し、腕時計の熱狂的なファンのための掲示板やフォーラムが誕生し、やがてHODINKEEをはじめとする今日のサイトへの道が開かれた、そんな時代の話をしよう。
90年代は、機械式時計業界にとって過渡期であったといえるだろう。1980年代がスイスの時計産業がクォーツ革命に直面して活気を取り戻した時期だとすれば、90年代は機械式時計への関心と市場が国際的に本格的に前進し始めた時期であったといえる。
今日のドイツ時計産業はベルリンの壁崩壊後のドイツ統一を機に誕生し、日本のグランドセイコーは1998年に20年ぶりに機械式ムーブメントを発表した。そのあいだ、スイスの時計産業は小規模なワンマン経営から活況を呈するコングロマリットまで、新たなパワープレーヤーを迎え入れた。1990年代は、それ以前のどの時代よりも今日の時計収集の文化や熱狂の形成に寄与した10年間といえるだろう。ちなみにこのWebサイト(Hodinkee.com)を開設するきっかけとなったオメガ スピードマスター “MK40” トリプルカレンダー オートマティックも、この10年間の半ばにあたる1996年に誕生している。
1990年代に登場した時計は、今日の収集トレンドに数え切れないほどの影響を与えており、この10年間に誕生した最も有名な時計の多くは、誰もが知っているものばかりである。しかし隠れた名品はどうだろうか。90年代に誕生した時計の中で、まだあまり知られていない重要な時計は何だろう? それらもまた、愛されるに値するのではないだろうか?
そこで今回は、90年代の時計のなかから、もっと注目されてもいいと思う9本(+選外佳作数本)をピックアップした。これは決して定番リストではないが、90年代を代表する、見過ごされてきた時計について広く知ってもらえれば幸いだ。
ロレックスのヨットマスターは今年誕生30周年を迎えたが、多くの若いミレニアル世代と同様、自分探しの旅を迷走中である。30年以上にわたって生産されてきたヨットマスターは、ロレックスの旧世代のスポーツウォッチであるサブマリーナー、GMTマスター、エクスプローラーのようなコレクターにとって魅力的なモデルとは言い難い存在である。ヨットマスターは臆面もなくラグジュアリー然としており、プレシャスメタルを採用し、ロレックスのツールウォッチに残る機能優先のヘリテージは排除されている。30年前はロレックスのラグジュアリーへの傾倒に不安を感じたかもしれないが、そろそろその先入観を捨て去る時だと思う。
ヨットマスターは、現在入手可能なロレックスの時計のなかで最もオーセンティックな時計のひとつといえるだろう。ダイバーや洞窟探検家、パイロットのための時計という謙虚な背景はない。この時計はビーチで自堕落に過ごすための時計であり、ヨットマスターの名前が放つ10万ドルのオーラにもかかわらず、90年代後半製造の素晴らしいコンディションのヨットマスターRef.16622を見つけることができる。Ref.16622は40mm×11.5mmのステンレススティールケースに、数字を浮き彫りにしたプラチナ製の両方向回転ベゼルを備えており、1万ドル程度(約135万円)で入手可能だ。これは、あらゆる年代のサブマリーナーやGMTマスターに支払われる金額よりもはるかに手頃な金額である。
私が最初に惚れ込んだロジェ・デュブイの時計は、2017年ごろ、コレクターの友人が所有し、私に頻繁に自慢してみせたシンパシー パーペチュアルカレンダーだったことを鮮明に覚えている。それはまさに息をのむような美しさで、そのモデルの特異性に夢中になった私は記事で紹介したいと思うほどだった。しかしその代わりに、よりクラシカルな(そして同様に美しい)オマージュシリーズからクロノグラフを選ぶことにした。
ロジェ・デュブイは、キャリアの初期をロンジンやパテック フィリップで過ごしたあと、カルロス・ディアスという実業家とパートナーを組み、1995年にジュネーブに自身の名を冠した会社を設立した。ロジェ・デュブイは手始めにふたつのラインを世に送り出した。ファンキーなシンパシーシリーズと、パテック フィリップのRef.130など歴史に残る偉大なクロノグラフへのオマージュを込めた、より伝統的なラウンド型のオマージュシリーズである。
シンパシーは最終的に、90年代後半から2000年代初頭にかけてのロジェ・デュブイの作品のなかで最も認知度の高い美的要素となったが、本格的なコレクターにとって最も研究し、収集を楽しめるのはオマージュ クロノグラフのほうだと私は考えている。2レジスタークロノグラフのオマージュ クロノグラフは、基本的にレマニア2310のエボーシュムーブメントを採用し、3種類のケースサイズ(34mm、37mm、40mm)展開、4つの貴金属ケース素材(パラジウム、プラチナ、RG、WG)と3つのプッシャー構成(2プッシャー、3時位置のモノプッシャー、2時位置のモノプッシャー)から選ぶことが可能だった。
オマージュ クロノグラフシリーズは、28本の限定生産だが、そのバリエーションは多岐にわたる。この時計は非常に希少だが、オークションや中古市場では、そこそこの頻度で目にすることが可能だ(初期ロジェ・デュブイとシンパシーやオマージュコレクションのような時計の歴史についてもっと知りたい方は、A Collected Manが2020年に完全ガイドブックを出版しているので入手されたし)。価格は決して安くはなく、今後数ヵ月から数年のあいだにどう評価されるかわからないのが正直なところだ。
パテック フィリップのパーペチュアルカレンダーといえば、過小評価されたり見過ごされたりすることは考えにくいのだが、トノー型の変り種、Ref.5040はまさにそれに該当するモデルだ。価格に見合う以上の価値を提供するQP(パーペチュアルカレンダー)として適格である。パテック フィリップは複雑カレンダーとユニークな形状の時計で有名だが、パーペチュアルカレンダー Ref.5040のほかに、このふたつの異種のヘリテージをひとつの時計に統合したリファレンスはほかに例を見ない。
1992年に発表されたRef.5040はパテック初のトノー型QPで、ブレゲ数字とブレゲ針を備え、パテック フィリップの腕時計で初めてこの組み合わせを採用した通常生産モデルとなった。このRef.5040は、より有名でよりクラシックなスタイルを持つRef.3940と同一のムーンフェイズ付きの永久カレンダー、マイクロローター付き自動巻きムーブメントのCal.240Qを搭載する。
Ref.5040は生産期間中、YGモデルが最も多く生産されたが、プラチナやWGケースも少量ながら生産された。アール・デコにインスパイアされたその斬新なケース形状にもかかわらず、Ref.5040は 直径35mm、ラグからラグまでの縦幅42mm、厚さ9mmという着用性に優れたサイズだった。わずかに凹んだインダイヤルやブレゲのアプライドインデックスは、ダイヤル外周のレイルロードミニッツトラックと理想的な組み合わせだと私は感じている。
パテック フィリップ Ref. 5040は、1992年から2007年までの約15年間生産された。その後1995年から2003年のあいだ、ケースとダイヤルのデザインが若干異なる姉妹機、Ref.5041に引き継がれた。2012年には、トノー型のRef.5940がラインナップに加わった。Ref.5940は、Ref.5040と5041の精神的後継モデルとしてパテック フィリップのカタログに追加された。残念ながら、現行でトノー型のパテック フィリップ QPは存在しないため、Ref.5040を手に入れるなら今がチャンスだ。
YG/WG製のRef.5040の個体はすべて4万ドル(約540万円)台でかなり頻繁に見つけることができ、これらはおそらく最も手頃なパテックフィリップのQPである一方、プラチナ製はRef.5041の個体と同様、やや希少であるため、プレミアムを乗せた価格となっている。
私がミッシェル・パルミジャーニ氏とパルミジャーニ・フルリエにおける彼の作品を高く評価していることは、これらの記事でも公言している。したがって、同社の初期作品のひとつがこのリストに挙げられても、誰も驚かないだろう。90年代のパルミジャーニの作品のなかで見落とされていないもの、過小評価されていないものを探すのはかえって難しい。1996年には複雑で珍しいトノー型のカルパ ヘブドマデールが誕生し、隠れた名作ともいうべきクロノメーター、バシカコレクションはじっくりと検証する価値がある。しかしこの時代にリリースされたパルミジャーニのなかで頭抜けたネオヴィンテージが、このトリック メモリータイムだ。
トリック メモリータイムは、パルミジャーニ・フルリエの名のもとに作られた最初の時計で、2017年に報じたように、創業者のミシェル・パルミジャーニ氏が現在も個人的に着用し続けている作品だ。この時計は、ダイヤル12時位置に配置された独自のデジタルジャンピングアワーを応用し、さらに第2時間帯を表示するという、デュアルタイム表示を極めて繊細に表現した。過去25年間(少なくとも昨年リリースのトンダPFまでは)、パルミジャーニ・フルリエの時計に対する共通の批判は、しばしば華美な美観に集中していた。しかし魅力的で繊細なトリック メモリータイムはそのような問題とは無縁だ。同心円状のフルーテッドベゼルとステップベゼルが、直径36mmのケースに彫刻的雰囲気を与え、ギヨシェダイヤルの装飾と湾曲したラグがそれをさらに際立たせている。
数年前、この初期生産モデルのトリック メモリータイムは時折オークションで1万から2万ドルのあいだで販売されていた。しかし、この2年余りのあいだに関心が高まり、最近ではプラチナとYG製の両方が2万ドル台半ば(約340万円)で売られているのを目にするようになった。
1990年代のブレゲはタイプXXだけではなかった。もっとある。そして90年代の歴史あるスイスの時計メーカーを代表する時計が、クラシックな雰囲気のクロノグラフ、Ref.3237である。
このクロノグラフが最初に発表されたのは1980年代半ばから後半にかけてで、当初はRef.3230として発表された。当時、ブレゲは当時ショーメの傘下にあったため、1974年から1988年までの14年間、ブレゲに在籍した伝説の時計師ダニエル・ロートの影響と専門知識がこの時計に生かされていることになる。80年代に誕生したRef.3237は、1990年代を通して生産され、この年代を象徴するモデルとなった。つまりRef.3237を探したいのであれば、90年代製のリファレンスに行き着く可能性が高いだろう。
ブレゲのクロノグラフ Ref.3237は伝説的なレマニア2310のエボーシュムーブメントを中心に作られた。レマニア2310のエボーシュを採用しているモデルとして、ほかになにがあるかご存じだろうか? 名機として名高いオメガ Cal.321である。そしてパテック フィリップのRef.5070 クロノグラフだ(ほかにもロジェ・デュブイ、ヴァシュロン・コンスタンタンなど)。ロートの指導のもと、レマニア 2310はブレゲ巻き上げヒゲゼンマイに改良され、手作業で仕上げられた。2レジスターのダイヤルにはローマ数字プリントと繊細なギヨシェ装飾が施され、ポンププッシャー、ストレートラグ、フルーテッドミドルケースを備えた36mmケースはYG、WG、RG素材で生産された。各モデルのダイヤル6時付近には、ブレゲでおなじみの個別シリアルナンバーが刻印されている。
ブレゲのクロノグラフ Ref.3237は、これまでに製造された最高のクロノグラフエボーシュムーブメントのひとつを搭載し、よりクラシカルなプロポーションを持つ非常に美しいケースに収められた、当代の至宝である。この時計のすべてがエレガントで洗練されたものであり、1999年にスウォッチグループに買収される以前のブレゲでこれほど魅力的な時計を見つけることは困難だろう。Ref.3237の価格は過去3年間で上昇したが、この90年代製造の個体が2万ドル台前半で販売されているのを、まだごく普通に目にすることができる。
ロイヤル オークのクロノグラフといえば、ロイヤル オークオフショアが注目される。確かにこのモデルはロイヤル オークとして初のコンプリケーション搭載機だが、実は初代ロイヤル オークの登場からクロノグラフ機能を獲得するまでにそれほど時間はかからなかった。オフショアが誕生してから4年後の1997年、ロイヤル オークの25周年記念モデルとして、ロイヤル オーク クロノグラフ Ref.25860STが正式に発表されたのだ。
“スモールタペストリー”模様のブラックダイヤルと、3、6、9時位置のクロノグラフ用のインダイヤルを特徴とするRef.25860STは、徹頭徹尾ロイヤル オークらしいピースであった。初代デイトモデルであるロイヤル オーク Ref.5402STの直径39mmを維持したまま、新しいクロノグラフが誕生したからである。Ref.5402STのケース径39mmはそのままに、1997年当時の自動巻きクロノグラフとしては驚異的な薄さであるケース厚11mmというスリム化を実現した(薄型ムーブメントとして有名なフレデリック・ピゲのCal.1185をベースに、新しいAP Cal.2385を搭載したからこそ実現できた偉業といえるだろう)。
しかし、私がロイヤル オーク クロノグラフ Ref.25860STで最も気に入っているのは、1990年代後半に付けられたニックネームにある。1996年にチェスのグランドマスター、ガルリ・カスパロフ(Garry Kasparov)氏とアンバサダー契約を結んだオーデマ ピゲが翌年にRef.25860STを発表すると、カスパロフ氏はすぐに競技中に着用する時計として選んだのだった。彼は、最後の一手を打つまでこの時計を腕につけており、ここぞという時にこの時計を外して相手を倒したという逸話がある。この10年間におけるカスパロフの成功と文化的影響力を考慮し、Ref.25860STは最終的に“カスパロフ”というニックネームで呼ばれるに至った。
Ref.25860STは、ロイヤル オーク誕生40周年記念にあたる2012年に、ロイヤル オーク クロノグラフ Ref.26300に置き換わった。このモデルでは、“スモールタペストリー”と呼ばれる繊細なダイヤルパターンが、より大きな“メガタペストリー”に変更された。
Ref.25860ST“カスパロフ”は結局のところ、ロイヤル オークであることから必ずしも手に入りやすいというわけではない。しかし“ジャンボ”やロイヤル オーク オフショアのようなカルト的人気はない。例えば、最近のオークションの動向を見ると、90年代後半から2000年代半ばの“カスパロフ”が、4万〜10万ドル(540〜1350万円)で落札されている。近い将来、前者の価格帯に落ち着く可能性が高いのではないだろうか。
フランク ミュラーは、新しいタイプの時計メーカーの第一人者である。1992年に自身の名を冠した初の時計コレクションを発表して以来、一夜にして成功を収めた。その奇抜でレトロなデザイン言語と破天荒な個性で、若いブランドながら瞬く間にファンを増やした。自らを“マスター・オブ・コンプリケーション”と呼ぶミュラー氏は、マーケティングと自己演出が得意で、セレブリティを口説き、世界中を旅して回った。彼は当時の優秀な時計職人たちに、自らの会社を立ち上げるよう促したのだった。
フランク ミュラーの初期の作品には、興味深く複雑なものが相当数存在するが(永久カレンダー クロノグラフやヤヌス モノプッシャー クロノグラフなど)、私はフランク ミュラーのダブルフェイス クロノグラフの多彩なモデルが最も一貫して興味深いものだと感じている。
1990年代初頭に発表されたダブルフェイス クロノグラフは、表側に伝統的な3レジスタークロノグラフのデザインを採用し、ケースバックにマルチスケール表示と秒針を備えたサブダイヤルを組み合わせた。この両面の表示には1本の長いピニオンを介して互いに接続されている。
私が知る限り、ダブルフェイス クロノグラフは2000年代半ばまで継続的に製造されていたが、なかでも90年代前半のモデルが最も伝統的な美しさを備えている。YGのダブルフェイス クロノグラフの初期の個体のひとつは、2021年11月にアンティコルム・ジュネーブにて1万6250スイスフラン(約236万円)で落札された。これは、現代において最も影響力のある独立系時計師のひとりによる革新的なクリエーションとしては、十分すぎるほどの適正価格といえるだろう。
この時計は1994年に発表されたA.ランゲ&ゾーネのモダンコレクションに、ランゲ1、アーケード、トゥールビヨン“プール・ル・メリット”とともに発表されたモデルだ。創業者の曾孫にあたるウォルター・ランゲ氏がA.ランゲ&ゾーネの復活を導き、現代では初となる二重窓の大型デイト表示で特許を申請した。アウトサイズデイトとは、ドレスデンのゼンパーオーパー(ザクセン州立歌劇場)に設置された有名な5分時計(時を表示するホイールは1時間ごと、分表示用のホイールは5分ごとに回転する時計)から着想を得たもので、A.ランゲ&ゾーネの創業者フェルディナンド・アドルフ・ランゲの師であるヨハン・クリスチャン・フリートリッヒ・グートケスが製作した時計である。
初期のサクソニアは、アウトサイズデイトを採用し、34mmの小型ケースとロゴの配置が若干異なるが、現在のサクソニア アウトサイズデイトと同じようなデザインになっている。ランゲ1はランゲのデザイン哲学を最も純粋に表現したモデルであり、ダトグラフはランゲの最初の10年間における最高の技術的業績であると評価を得ているが、私はサクソニアが結果的に見過ごされてきたと確信している。
しかし、いざ目的の個体を探すとなったとき重要なのは、どこに着目すべきかである。サクソニアの初期の世代は、ふたつのファミリーに分かれる。Ref.102.xxx系は1994年にデビューしたモデルで、ソリッドケースバックが特徴だ。一方、Ref.105.xxx系は1997年に発表されたモデルで、102.xxx系に代わるモデルである。このRef.105.xxx系で採用された新型の丸型ムーブメント L941.3は、1995年にランゲの仲間入りをした1815コレクションに採用されたL941.1を進化させた手巻きムーブメントだ(なお、Ref.102.xxx系サクソニアはアーケードシリーズと同型ムーブメントを搭載している)。またRef.105.xxx系では、シースルーバック仕様が追加された。
サクソニアのシンプルでミニマルな外装とデザインは、ドイツを出自とするランゲが得意とする控えめなエレガンスをほぼ完璧に表現している。Ref.105.xxx系は、YG、WG、プラチナにさまざまなダイヤルカラーが展開され、2007年に37mmのノンデイトのサクソニアRef.215.xxx系に取って代わられた。ケース素材とダイヤルカラーの組み合わせにより、さまざまなサクソニア Ref.105.xxx系モデルを、1万5000〜2万5000ドル(約206〜344万円)の範囲で見つけることが可能だ。このルールの例外はプラチナケース、ブラックダイヤルのRef.105.035、俗に“ダース”として知られている個体である。最近のサクソニア Ref.105.035の出品とオークションの結果は一貫して4万5000ドル(約620万円)以上の価値が示されている。
ダニエル・ロートは、あまり耳にすることのない、最も重要で影響力のある時計職人のひとりだ。1970年代から80年代にかけてブレゲ社に14年間在籍し、同社の名声を回復させた立役者でもある彼は、1988年にスイスのル・サンティエに自身の会社を設立した。1989年に初の腕時計であるトゥールビヨンを発表し、その1年後には初の手巻きクロノグラフであるC147を発表している(ダニエル・ロート氏の全キャリアについては、昨年A Collected Manが出版した詳細なプロフィールをご覧になることをおすすめする)。
ブレゲのクロノグラフ Ref.3230/3237の成功を受け、彼はC147を開発にあたり同じレマニアエボーシュのベースとなるCal.2320を採用した。この頃、ロート氏はトゥールビヨンとクロノグラフの両方で、今ではすっかりおなじみとなったダブルエリプスケースを開発した。プラチナ、RG、WG、YGなどのプレシャスメタルケースを採用し、ダイヤルカラーバリエーションも豊富で、クル・ド・パリ様式のギヨシェ装飾を施したものもあるが、ときにはスケルトン仕様も採用した。またスプリットセコンドやモノプッシャーなど、よりレアなダニエル・ロートのクロノグラフが存在することも知られている。
ダニエル・ロート初期のクロノグラフは、そのケース形状や装飾の質の高さから、どのようなモデルであっても容易に見分けることが可能だ。この時期の時計製作期間は、残念ながらロート氏にとってかなり短いものとなった。1994年、このフランス人時計師は自社株式の大半を売却し、2000年にブルガリによって完全に買収された。無限の可能性を秘めた1990年代でさえも時計業界の移り変わりは早かったのだ。ダニエル・ロートブランドはすでに消滅し、2レジスター手巻きクロノグラフのC147は時計コレクターのなかでも知る人ぞ知る存在となっているが、それでもロート氏が与えた影響について、ほんの少しだけでも多くの人に知ってもらいたいと思うのである。
ダニエル・ロート C147クロノグラフの初期モデルは、ケース素材やダイヤルの仕上げによって価格に大きな幅があるようだ。YGケースの個体は2万ドル台半ばで販売される一方で、WGケース、サーモンダイヤルの個体は8万200ドルの値がついた。
この記事で紹介する価値のある90年代の時計は数え切れないほどある。実際、この一週間は1990年代に私たちのお気に入りのブランドによって作られた、忘れられた、あるいは過小評価されている時計に焦点を当て、レビューに専念することができた。
ジェームズは今週末に90年代のパテック フィリップのアニュアルカレンダーについて素晴らしい記事を掲載する予定だが、パテック フィリップ ネプチューンの奇妙な世界についてご存知だろうか? オーデマ ピゲからはボーイズサイズのロイヤル オーク Ref.14790や可愛らしく運針するスターホイール(Star Wheel)を選ぶことに迷いはなかった。
また、ヴァシュロン・コンスタンタンのオーヴァーシーズが1990年代半ばに正式に誕生したことを人々は忘れているようだが、今でもその初代オーヴァーシーズを格安で手に入れることが可能だ。また、セイコーのスプリングドライブが20年以上もの長いあいだ、私たちとともにあったことも忘れてはならないだろう。スプリングドライブを搭載した最初の腕時計は、1999年に発売されたセイコー SBWA001で、GS復活10年の節目に発売された。
オメガもまた、90年代に今日では簡単に忘れ去られてしまうようなクールな時計を数多く生み出した。デ・ヴィル コーアクシャル脱進機搭載の限定モデルは、ジョージ・ダニエルズが発明した脱進機を搭載したオメガ初の時計であり、オメガの“1894”はこれまでに作られた最高の手巻きムーブメントのひとつを蘇らせた作品だ。また、数ヶ月前の春のオークションシーズン、ジュネーブのアンティコルムで見たYGケースのスピードマスター ミールにも強烈な印象を持った。この時計は実際に宇宙を旅したにもかかわらず、希少で歴史的なスピードマスターの殿堂には入っていないように見受けられる。
他に過小評価されている90年代の時計はないだろうか? コメント欄で教えてほしい。
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